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第160話 相まみえる

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「エリック様!」
 多くの帝国兵がいる中でレナンは泣きながらエリックの事を呼んだ。

 皇帝バルトロスの隣にはエリックとミューズ、そしてティタンもいる。

 既にティタンは大剣を担いでおり、臨戦態勢だ。

「部屋からいなくなったと報告があったが、リオン王子たちと一緒とは。油断ならないな」
 ヴァージルはアドガルムの者達が一堂に会するのを見て、それでも余裕の表情だ。

 というのもあちらにはもう有力な戦士が少ない。
 頼みとされるリオンも目に見えて疲弊しているし、二コラもエリックの体に入っているバルトロスが命じれば、こちらに寝返らせることが出来る。

 エリックとなったバルトロスはまじまじとレナンを見つめた。

「レナン、こちらへおいで。アドガルムはこれから帝国に与する。王太子妃であり、貴重な魔力を有する君は助けてあげよう。今こちらにくれば痛い事はしない」
 差し出された手を睨みつけた。
 エリックの声で、目でそんな風に言われるのは我慢ならない。

「誰があなたの元になんて行くものですか。返してください、わたくしの夫を!」
 涙を流し、そう訴える。

「わかっていたか……だが返すことなどしない。こんなに力の溢れる体は初めてだ。それまでは適する体もなく、壊れてばかりだったからな」
 悠然と微笑み、レナンの元へと近づこうとするが、そんな事を許すはずがない。

 キュアと二コラがすかさず前に出る。

「俺に逆らうのか。愚か者達めが」
 バルトロスのひと睨みで二コラは膝をつく。

「二コラ!」
 気遣うようにキュアが寄り添うが、二コラは顔をあげることも出来ない。

「ぐっ、うぅ……」
 胸が締め付けられるように苦しく、痛い。
 顔からは脂汗がにじみ出ている。

「今は俺がエリック王太子だからな、死ねと命じればお前は死ぬ。レナン、こいつを見殺しにしたくなければこちらに来い」
 二コラに蔑むような視線を向けていた。

「駄目だ、レナン様……」
 苦しい息の元、懸命に二コラはレナンに止まるように声掛けをするが、躊躇いもなく前に出る。

「レナン様、あなたに何かあったらエリック様が悲しむ、だから」

「黙れ」
 バルトロスの言葉に二コラはついに呼吸すら出来なくなり、悶えた。

「二コラ!」

「くっ、は……」
 満足に息も吸えず、のたうちまわる二コラを見て、レナンは足を速めた。

 帝国兵がさざ波のように引いて道を開ける。

「来たわ、これで彼を解放してくれるわよね」
 目に涙を浮かべつつも、気丈にそのように声を掛けた。

「いい子だ」
 その言葉と共に二コラはむせ込んだ。
 空気を求め、懸命に呼吸をしている。

「ルビア」
「はい」
 バルトロスに呼ばれたルビアはレナンの手に魔力制御の魔道具を付ける。

「?!」

「お前の魔法でこの体から追い出されてはたまらないからな」
 グイっとバルトロスに体を引き寄せられ、レナンは怯える。

 姿はエリックでも中身は違う人とだ。
 必死で抵抗するものの、全く振り払えない。

「これからは俺がお前の夫だ。そして王太子としてアドガルムへと帰還し、国を頂くとしよう」
 エリックの体があればアドガルムなど容易く奪える。

「その魔法も魅力だが、こうして見ればまぁまぁ美しいな」
 悍ましさにレナンはぎっと睨みつける。

「わたくしが愛するのは一人だけです。あなたに触れられるくらいなら、死んだ方がマシだわ!」
 体を捩らせ抵抗を見せるが、そのようなもので振りほどけるわけもなく、今までいかにエリックが加減をしていたかわかる。

「そんな事をするならば、この体に残った魂も消滅させるが、いいのか? 生き返る機会も失われるぞ」
 エリックを人質に取られ、レナンの目は絶望に彩られる。

「ティタン、この女を抑えておけ」
 エリックの口から乱暴な命令が出た。

「……はい」
 虚ろな目でそう返事をするとティタンはレナンを縛ろうと動く。

「ティタン様、お止めください。目を覚まして!」

「……」
 ティタンは何も言わず、表情も変えずにロープでレナンを縛る。

 きつく痛いその締め付けに呼吸が苦しい。

「エリック様……」
 体の痛みよりも心の痛みで涙が出てしまう。

「後で立場をわからせてやろう」
 レナンにはしっかりと教育しなくてはならない。

 エリックとしてアドガルムに戻った際に余計な事を言われては困る。

「そうして、僕から兄様と義姉様を奪って、ただで済むと思っているの?」
 リオンは一歩前に出る。

「ふん。こうして目の前でレナンを奪われても何も出来ない青二才が。随分と吠えるものだ」
 玉座にいるバルトロス、否、ヴァージルが蔑む目を向けた。

 ティタンも抑えているし、武力で敵う者もいない。
 王族二人を帝国が抑えた、たとえリオンを筆頭にし逆らう事があっても、アドガルムの者がどちらに付くかは明白だろう。

 たかが第三王子だ、出来る事などたかが知れている。

「わかっているか? こちらにはアドガルムの王太子がいる。お前などここで惨めに殺してもいいし、アドガルムにて反逆者として処刑することも可能だ。それにお前達が勝てる可能性は万に一つもない」
 目配せをすれば、ティタンが前に出た。

「お前達にこの第二王子を殺せるか? 先程は命を失わずに済んだが、脱獄したお前達に今度は容赦などしない」
 視線を向けられ、ルド達は剣に手を掛ける。今度は油断すれば一刀のもとに切り捨てられるだろう。

 全力のティタンの一撃を受け止めることは不可能だ。

「……お父様、伯父様。もうやめにしましょう」
 後ろから現れたイシスを見て、ヴァージルの眉がピクリと動く。

「イシス、お前生きていたのか」
「……」
 もはやとうの昔に殺されたと思っていたヴァージルは驚き、バルトロスは眉間に皺を寄せるだけで何も言わない。

「そうして人を操り、恐怖で人を支配しても、帝国によい未来は来ません。より大きな力で潰されるだけです」

「この戦いもあなたも終わりです。皇帝陛下」
 真っすぐにイシスはヴァージルを見た。


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