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第92話 戦の前に(リオン)
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「ようやっと帰ってきた」
久々の自室だ。
リオンもあちこちを回った後で、会議へ出席し、報告までしたので疲れが出た。
サミュエルはすぐにロキに言われた仕事をしに行き、いない。
シフと共に回ると言っていたから、その仕事が終われば今日はもう自由にして良いと伝えた。
恋人と一緒に過ごす時間を持たせたい。
「またすぐに出かける準備だよね」
今度は戦場に赴く為の準備をしなくてはならない。
「早く平穏が来るといいですね、それにしても疲れたです」
大事な会議だったが、マオは欠伸が止まらなかった。
「マオもお疲れ様。ちょっとの間だけどしっかり休もうね」
リオンはソファに腰かけ、だらしなく足を投げ出す。
「平穏を取り戻す戦がもう少しで始まるか……入念な下準備と人手が必要だな」
会議では友好国は帝国に与しないという確約した部分だけを伝えた。
あとは自分の撒いた種がどれくらい芽を出すか。
身銭を切っての他国の者をスカウトしてきたが、どう響くだろう。
「マオ、隣に来て。一緒に座ろう」
甘えた声でリオンが呼ぶとマオが来てくれる。
その体を優しく抱きしめ、蕩ける様な笑顔が自然と浮かぶ。
仲睦まじく柔らかな二人の雰囲気に、ウィグルは複雑な気持ちだ。
女性だとリオンにカミングアウトしたが、その事について大した興味も持たれず、当たり前だが自分の事など眼中にないという事がわかった。
ショックではあったが、それでも憧れの存在であることに変わりはない。
先程も皆の前でしっかりと報告や意見を述べ、自分よりもずっと年上で経験豊富な重臣たちの前でも物おじせず、堂々とした話しっぷりをしていた。
余裕のある態度を見て、やはりかっこいいと感じていた。
「リオン様、少々確認したい事が」
マオとイチャイチャしているリオンに声を掛けるはカミュだ。
「ウィグルについてはどうなさいます? このまま素性を隠し続けますか?」
自分の話にウィグルは姿勢を正した。
マオは辞めさせないでと言ってくれたが、皆の前で言われたら、庇うのも難しいだろう。
返答が気になり、緊張した面持ちになる。
「僕はどちらでもいいと思う、ウィグルはどうしたい?」
リオン自身はあまりこの件について問題視していない。
「正直考えが纏まっていなくて……もしも女性と知られたら、護衛騎士を解任されてしまうでしょうか?」
懸念はそこだ、辞めたくはない。
「護衛騎士になるための試験は突破しているから、そう簡単に解任はされないと思うよ。まあ身元を詐称した事については多少お叱りを受けるかもしれないけど、僕に害はなかったもの。ウィグルが望めば解任はさせない。それに詐称って言っても兄と妹が入れ替わったっただけで、身分の差異もそこまではないでしょ? いっそ怪我でウィグルが引退したという事にして、代わりに護衛騎士として再編入してもいいだろうし。辞めたら困るから残って欲しいしね。周囲の目もあるから再試験はするつもりだけど」
リオンは反対はしない。
実際連れまわして腕も上がったし、マオも懐いているからこのまま一緒にいて欲しい。
語学の知識も申し分ない。
「ウィレミナ次第だよ、どうする?」
ここには自分達しかいないからと、本名で呼びかけてみたら、ウィグルことウィレミナは涙を流した。
「わたしの名前まで覚えていてくれたなんて」
「だって大事な部下の事だもの」
身元の調査はするものだが、そういう細かい事までも覚えてくれている。
(やっぱり好き)
想いは届かなくても、自分にきちんと関心を寄せてくれているのは嬉しい。
「今は戦が始まるかもしれませんから、このままウィグルとして側に仕えさせてください。僕の事で手を煩わせるわけには行きませんから。でも許されればいずれは女性に戻り、再チャレンジしたいです。」
ウィグルは頭を下げた。
恋心を諦めるまでは難しいかもしれないけど、やはりこの人の力にはなりたい。
「僕は構わない、カミュもそれでいい?」
「リオン様がいいと言うならば」
そう言うとカミュは足元から影の中に消えていく。
「戦に向けた細かい調整をしてきます。リオン様はマオ様とゆっくりお過ごしください。ウィグル、見張りは任せた。俺とサミュエルがいない分頼んだぞ」
「はい!」
カミュが消えてから、ウィグルは礼をして部屋の外に出た。
「カミュはウィグルを評価しているですよね」
こうして一人護衛を任すとはウィグルの腕を買ってると思う。
書類仕事の時も思ったが、カミュはウィグルに対して刺々しい態度はあまり取っていない。
マオには厳しいのに。
「後輩が出来て嬉しそうだよね」
「そういう事なのですか?」
マオにはそんな風には見えなかった。
「僕は寡黙で勤勉で頼りになるカミュとサミュエルが好きなんだけどさ、あの二人を良く思わない人も多くて。ウィグルが来るまで護衛騎士は居なかったってのは、聞いた?」
「語学面で優秀なものがおらず、なかなか決まらなかったって聞いてたですが」
「それは表向きの奴だね。本当の理由は平民出自の二人を、先輩として敬うのが嫌だって者が多かったからだね。護衛騎士は基本貴族から成るんだけど、なんだろう、誇りが邪魔しちゃうようでさ。外交仕事が多いのも関係あるんだけど、どうしても移動時とか宿泊先とか一緒に過ごすことが多くなって、一人の時間が取れない。そうなると心に負荷が掛かって苛々する。苛々すると本音もが出やすくなるようで、二人に八つ当たりするものが出てきたんだよね」
穏やかなアドガルムの国民でもそういうものがいるのかと驚いた。
特に何を考えているかはわからない二人は普通の人からしたら不気味らしい。
「まぁあの二人より有能な者はいないから、僕からの希望で辞めて貰っていたら、その後誰も来なくなってね。気づいたらカミュとサミュエルがいじめるからって噂が流れちゃった」
物腰穏やかなリオンに辞めさせられたとは言えず、二人のせいだと言われ悪評となり、水面下でそのような噂になってしまっていた。
他国に行っていて、当事者がいない中だったからエリックも庇う事はしにくく、次の護衛騎士はしばらく決まらない状態が続いてしまった。
「実はこの件でサミュエルが相当落ち込んじゃったんだ」
それもあり、無理に護衛騎士は採用していなかった。
「フードや仮面で顔を隠しているのは理由があるんだけど、それも関係してて極度の人見知りなんだよね。それに頑張って俺とか言ってるけどさ、普段の彼は自分の事を僕っていうくらい大人しいし、戦がなければ僕の従者として外交に行くか、城の一室に引きこもって研究しているかぐらいの行動範囲しかない。言っても全然人と交流しないくらい、恥ずかしがりやなんだよ」
「へぇ、何だか意外なのです」
どんどん皆への印象が変わる。
受け入れてもらえていないから話さないのかと思ったが、人見知りとは。
「マオの事をよろしくって言ったら、女性とどう話したらいいかわからないっておろおろしていたよ」
「そうなのですね」
感情をあらわにしたところは見た事がないから、とても気になる。
これからの長い付き合いでそんな面も見れるだろうか。
この前リオンとは一生側にいると言ったし、きっともっと話をして仲良くなれるだろう。
「そろそろ部下の話はいいかな?」
ねだる様なリオンの視線にマオは苦笑し、リオンにキスをする。
抱きしめた手は優しくマオの体を撫で、髪にも触れる。
「くすぐったいですよ」
動く指がくすぐったくて思わず笑ってしまった。
「ごめん、何だか久しぶりだったから」
ふふっとリオンも笑い、マオを抱き上げる。
「あっちに移ろうか」
示したのは二人の寝室だ。
リオンが目を閉じ集中すれば、歩くことなく移動が終わる。
「便利ですね」
「そうだね、いい魔法だ」
魔力さえあれば、リオンはいともたやすく操ることが出来るようになった。
(何かあればこうしてマオだけでも戦場から離脱させなければ)
「リオン様?」
怖い顔をするリオンに話しかければ、すぐさま気づき、にこやかな笑顔になる。
「大丈夫、何でもない」
マオを優しくベッドにおろしてあげる。
手入れの行き届いた布団はふかふかでいい匂いがする。
「いい匂い、やっと帰ってきた感じがするです」
早くこの布団で惰眠を貪りたいものだ。
「そうだね。次も絶対に帰ってこようね。皆で」
不安そうに少しだけ眉尻が下がるのに気づいた。
「大丈夫です、必ず皆で帰って来るです」
抱きしめ、あやすように背中をぽんぽんとすると、安心するように体の力が抜けていく様子が分かった。
「うん。僕も頑張るからね」
やれることはやったはずだ。
あとは本番でけして負けない事。
この温かさと幸せを奪われてなるものか。
久々の自室だ。
リオンもあちこちを回った後で、会議へ出席し、報告までしたので疲れが出た。
サミュエルはすぐにロキに言われた仕事をしに行き、いない。
シフと共に回ると言っていたから、その仕事が終われば今日はもう自由にして良いと伝えた。
恋人と一緒に過ごす時間を持たせたい。
「またすぐに出かける準備だよね」
今度は戦場に赴く為の準備をしなくてはならない。
「早く平穏が来るといいですね、それにしても疲れたです」
大事な会議だったが、マオは欠伸が止まらなかった。
「マオもお疲れ様。ちょっとの間だけどしっかり休もうね」
リオンはソファに腰かけ、だらしなく足を投げ出す。
「平穏を取り戻す戦がもう少しで始まるか……入念な下準備と人手が必要だな」
会議では友好国は帝国に与しないという確約した部分だけを伝えた。
あとは自分の撒いた種がどれくらい芽を出すか。
身銭を切っての他国の者をスカウトしてきたが、どう響くだろう。
「マオ、隣に来て。一緒に座ろう」
甘えた声でリオンが呼ぶとマオが来てくれる。
その体を優しく抱きしめ、蕩ける様な笑顔が自然と浮かぶ。
仲睦まじく柔らかな二人の雰囲気に、ウィグルは複雑な気持ちだ。
女性だとリオンにカミングアウトしたが、その事について大した興味も持たれず、当たり前だが自分の事など眼中にないという事がわかった。
ショックではあったが、それでも憧れの存在であることに変わりはない。
先程も皆の前でしっかりと報告や意見を述べ、自分よりもずっと年上で経験豊富な重臣たちの前でも物おじせず、堂々とした話しっぷりをしていた。
余裕のある態度を見て、やはりかっこいいと感じていた。
「リオン様、少々確認したい事が」
マオとイチャイチャしているリオンに声を掛けるはカミュだ。
「ウィグルについてはどうなさいます? このまま素性を隠し続けますか?」
自分の話にウィグルは姿勢を正した。
マオは辞めさせないでと言ってくれたが、皆の前で言われたら、庇うのも難しいだろう。
返答が気になり、緊張した面持ちになる。
「僕はどちらでもいいと思う、ウィグルはどうしたい?」
リオン自身はあまりこの件について問題視していない。
「正直考えが纏まっていなくて……もしも女性と知られたら、護衛騎士を解任されてしまうでしょうか?」
懸念はそこだ、辞めたくはない。
「護衛騎士になるための試験は突破しているから、そう簡単に解任はされないと思うよ。まあ身元を詐称した事については多少お叱りを受けるかもしれないけど、僕に害はなかったもの。ウィグルが望めば解任はさせない。それに詐称って言っても兄と妹が入れ替わったっただけで、身分の差異もそこまではないでしょ? いっそ怪我でウィグルが引退したという事にして、代わりに護衛騎士として再編入してもいいだろうし。辞めたら困るから残って欲しいしね。周囲の目もあるから再試験はするつもりだけど」
リオンは反対はしない。
実際連れまわして腕も上がったし、マオも懐いているからこのまま一緒にいて欲しい。
語学の知識も申し分ない。
「ウィレミナ次第だよ、どうする?」
ここには自分達しかいないからと、本名で呼びかけてみたら、ウィグルことウィレミナは涙を流した。
「わたしの名前まで覚えていてくれたなんて」
「だって大事な部下の事だもの」
身元の調査はするものだが、そういう細かい事までも覚えてくれている。
(やっぱり好き)
想いは届かなくても、自分にきちんと関心を寄せてくれているのは嬉しい。
「今は戦が始まるかもしれませんから、このままウィグルとして側に仕えさせてください。僕の事で手を煩わせるわけには行きませんから。でも許されればいずれは女性に戻り、再チャレンジしたいです。」
ウィグルは頭を下げた。
恋心を諦めるまでは難しいかもしれないけど、やはりこの人の力にはなりたい。
「僕は構わない、カミュもそれでいい?」
「リオン様がいいと言うならば」
そう言うとカミュは足元から影の中に消えていく。
「戦に向けた細かい調整をしてきます。リオン様はマオ様とゆっくりお過ごしください。ウィグル、見張りは任せた。俺とサミュエルがいない分頼んだぞ」
「はい!」
カミュが消えてから、ウィグルは礼をして部屋の外に出た。
「カミュはウィグルを評価しているですよね」
こうして一人護衛を任すとはウィグルの腕を買ってると思う。
書類仕事の時も思ったが、カミュはウィグルに対して刺々しい態度はあまり取っていない。
マオには厳しいのに。
「後輩が出来て嬉しそうだよね」
「そういう事なのですか?」
マオにはそんな風には見えなかった。
「僕は寡黙で勤勉で頼りになるカミュとサミュエルが好きなんだけどさ、あの二人を良く思わない人も多くて。ウィグルが来るまで護衛騎士は居なかったってのは、聞いた?」
「語学面で優秀なものがおらず、なかなか決まらなかったって聞いてたですが」
「それは表向きの奴だね。本当の理由は平民出自の二人を、先輩として敬うのが嫌だって者が多かったからだね。護衛騎士は基本貴族から成るんだけど、なんだろう、誇りが邪魔しちゃうようでさ。外交仕事が多いのも関係あるんだけど、どうしても移動時とか宿泊先とか一緒に過ごすことが多くなって、一人の時間が取れない。そうなると心に負荷が掛かって苛々する。苛々すると本音もが出やすくなるようで、二人に八つ当たりするものが出てきたんだよね」
穏やかなアドガルムの国民でもそういうものがいるのかと驚いた。
特に何を考えているかはわからない二人は普通の人からしたら不気味らしい。
「まぁあの二人より有能な者はいないから、僕からの希望で辞めて貰っていたら、その後誰も来なくなってね。気づいたらカミュとサミュエルがいじめるからって噂が流れちゃった」
物腰穏やかなリオンに辞めさせられたとは言えず、二人のせいだと言われ悪評となり、水面下でそのような噂になってしまっていた。
他国に行っていて、当事者がいない中だったからエリックも庇う事はしにくく、次の護衛騎士はしばらく決まらない状態が続いてしまった。
「実はこの件でサミュエルが相当落ち込んじゃったんだ」
それもあり、無理に護衛騎士は採用していなかった。
「フードや仮面で顔を隠しているのは理由があるんだけど、それも関係してて極度の人見知りなんだよね。それに頑張って俺とか言ってるけどさ、普段の彼は自分の事を僕っていうくらい大人しいし、戦がなければ僕の従者として外交に行くか、城の一室に引きこもって研究しているかぐらいの行動範囲しかない。言っても全然人と交流しないくらい、恥ずかしがりやなんだよ」
「へぇ、何だか意外なのです」
どんどん皆への印象が変わる。
受け入れてもらえていないから話さないのかと思ったが、人見知りとは。
「マオの事をよろしくって言ったら、女性とどう話したらいいかわからないっておろおろしていたよ」
「そうなのですね」
感情をあらわにしたところは見た事がないから、とても気になる。
これからの長い付き合いでそんな面も見れるだろうか。
この前リオンとは一生側にいると言ったし、きっともっと話をして仲良くなれるだろう。
「そろそろ部下の話はいいかな?」
ねだる様なリオンの視線にマオは苦笑し、リオンにキスをする。
抱きしめた手は優しくマオの体を撫で、髪にも触れる。
「くすぐったいですよ」
動く指がくすぐったくて思わず笑ってしまった。
「ごめん、何だか久しぶりだったから」
ふふっとリオンも笑い、マオを抱き上げる。
「あっちに移ろうか」
示したのは二人の寝室だ。
リオンが目を閉じ集中すれば、歩くことなく移動が終わる。
「便利ですね」
「そうだね、いい魔法だ」
魔力さえあれば、リオンはいともたやすく操ることが出来るようになった。
(何かあればこうしてマオだけでも戦場から離脱させなければ)
「リオン様?」
怖い顔をするリオンに話しかければ、すぐさま気づき、にこやかな笑顔になる。
「大丈夫、何でもない」
マオを優しくベッドにおろしてあげる。
手入れの行き届いた布団はふかふかでいい匂いがする。
「いい匂い、やっと帰ってきた感じがするです」
早くこの布団で惰眠を貪りたいものだ。
「そうだね。次も絶対に帰ってこようね。皆で」
不安そうに少しだけ眉尻が下がるのに気づいた。
「大丈夫です、必ず皆で帰って来るです」
抱きしめ、あやすように背中をぽんぽんとすると、安心するように体の力が抜けていく様子が分かった。
「うん。僕も頑張るからね」
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