上 下
89 / 202

第89話 心構え

しおりを挟む
「やはり駄目だ、危険すぎる。王城に戻って欲しいというのが俺の願いだ。魔法に巻き込まないかという不安も強い」
レナンは納得いっていないようだが、残って欲しいという思いに渋々頷く。

連れて行って万が一誰かが命を落とすようなことがあれば、レナンは自分の命を差し出して、力を行使してしまうかもしれない。

そんな命がけな事をさせるわけには行かない。

「ただ一つだけ約束を。俺がいる内は他の男に靡かないでくれよ」

「あの、エリック様。そのような事はありませんから」
少々照れくさそうに笑っていたレナンだが、次の言葉に顔色を失う。

「俺が死んだ場合はその限りではない、自由に生きてくれ」
真剣な声だ。

「生活の保障はさせるし、王太子妃でもなくなるから大変な仕事も負わなくていいようになる。そもそも俺がいなくなればこの国に縛られる事もない。ルアネドに言ってパルス国に戻ることも出来るようにしておこう。妨げであったヘルガもいないし、トゥーラ様もいる母国ならのびのびと暮らせるからな。追い出したいわけではないから、もちろんレナンが選んでいい。幸せになる道を選んでくれ」
変わらぬ声音と変わらぬ表情でエリックは続けた。

「必ず、生きて帰ってきますよね……?」

「無論そのつもりだが、どうなるかはわからない。戦とはそういうものだ」
少し弱気に感じるエリックの言葉だが、皆の気が引き締まる。

「帝国の者達は、一人でもあのような強い力を持っている。撃退は出来たが、複数でいたにも関わらず押されていた。戦でもしあのような未知なる力を持つ者がまだいたら? あのもの達より強い者がいたら? 勝てる保証はない」
当然のことではあるけれども、先の戦で勝利した事からか、失念しやすい。

「ミューズ嬢もマオ嬢も本来は残っていて欲しいものだが、どうにも頑固だ。だからレナン、君だけでも戦火から少しでも遠ざかっていて欲しい」

「そんなの、わたくしだって本当は了承したくないのに」
押しが弱いといわれたようでムッとする。

「否が応でも了承させる。が、ここでの話はこれで終わりだ。ティタン、何か話はあるか?」
納得していないレナンを押しとどめ、エリックは主導権を譲った。

「俺からは特には……作戦などに関しては兄上やリオンに任せます。そして父上が命じたならば、剣を振るうのみ。ですが」
少し考え、ティタンは言葉を選んでいく。

「属国となった三国からの援軍はお願いしたい。彼の国の者達もまた無関係ではないし、帝国は多くの国や民族を従えていると聞きます。数の上でもアドガルムの兵だけでは守り切れない」
一番危険なのは帝国との境のパルス国だと思っていたが、転移魔法を使うとなればどの国も危険はある。

「戦力として積極的に組み入れて欲しいです。剣を交えた感覚から言えば、グウィエン殿のいるシェスタ国は相当な手練れだ。そういった戦士たちにぜひ助力を乞いたい。いかがでしょう、父上」
前線を張れるものがいたら、戦況は大きく変わりそうだ。

良くも悪くもティタン達は警戒を受けている。

突き崩す為の帝国が知らない遊撃隊がいれば、虚をつけそうだ。

「そうだな、それぞれの国に声を掛けて、作戦を練ってみよう」
アルフレッドも頷いた。

「おそらくもうそんなには時間がない。パルスやセラフィムも先の奇襲でまだ立て直せていない。アドガルムも完全復興はまだしておらず、食料補充や新たな兵の育成も苦しい状況下だ。だからこそ今が好機とし帝国はこちらが整う前に叩きに来るはずだ。宣戦布告を受けてからそう日にちが経ってないうちに来るはずだ」
わざわざ潰す相手の万全を待つわけがないし、そんな真摯な者達ならば、あのような搦め手で奇襲は掛けてこないはずだ。

「だからこちらも奇襲を掛けたい。あちらも万全ではないアドガルムが急に仕掛けたら驚くだろうからな」

「攻め入る理由はどうしますか?」
リオンが訪ねる。

「順番と理由は大事です。防衛線なら正当性も主張できますが、こちらから攻め入るならばかなり説得力のあるものがなければ、他国から付け入る隙となってしまいます。帝国に与しないものや、アドガルムに与しないもの達にとって格好の餌食になるでしょう」

「この前の皇子達の訪問時の無茶な要求とそして属国への奇襲が理由だ。実害を被っているのだから、これは防衛戦だ。このまま手をこまねいて被害を大きくするわけには行かないし、パルス国の商人達も無為に殺された。今も被害は増えている」
表に出ないだけで、色々な被害があちこちで出ている。

「帝国兵が蹂躙、略奪を行なっているという話も聞く。兵の中には無理に命令されたものもいるだろうから、そのような者はなるべく殺したくはない」
ロキとミューズがいった地域もそのようなところだ。

アルフレッドはそのような横暴も止めなければと義憤に駆られる。

「俺の考えは甘いが、それでも皆がついてきてくれて嬉しい」
改めて皆に強く訴える。

「帝国の暴挙をこれ以上許してはならない。皆で力を合わせ、アドガルムを守り、今度こそ平穏を取り戻すぞ!」
力強い言葉に皆が従う意を見せた。












しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...