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第44話 つかず離れずの距離
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マオは語学以外の基礎的な教養の勉強なども受け始める。
至極つまらなくはあるが、教えてくれる先生方は良い人達で、誰も虐げたりはしない。
生きるために必要な事だと割り切り勉強を始めるが、元来要領の良いマオの吸収力は凄かった。
リオンの為に、というよりは教えてくれる先生方の期待に報いる為だ。
重ねて言うがけしてリオンの為ではない。
「勉強捗ってる?」
ひょいっと顔を出したリオンに、露骨に嫌な顔を向けたマオを見て、先生はびっくりする。
リオンは外面がいい為、このようにあからさまな嫌悪を向けるものなど少ない。
それなのにこの王子妃は威嚇ともいえる表情でリオンを見た。
「ほら、アマンダ先生が驚いている。そういう表情は良くないよ」
笑って、とマオの頬にリオンは触れた。
気やすい態度や口調はマオへの親しみが見えた。
だがマオはその手を振り払う。
「いいのです、そもそもリオン様は現在公務の時間なのです。ぼくを口実にサボるのは止めるです」
確かに休憩時間ではない。
「いいじゃない、愛しい妻に会いたくて来たんだよ。それに規定量の仕事は終わらせてある」
甘い声でそう言うとマオの頭を撫でる。
「アマンダ先生、少し早いですが休憩でいいでしょうか?」
リオンの問いかけに時計を見る。
早過ぎるが、わざわざ聞くからには意図があるのだろう。
アマンダが了承し、退室するとリオンはマオに抱き着く。
「離すです、変態!」
「失礼だね、愛する妻を抱きしめるのは皆がする事だろ?」
細く見えるリオンの腕だが、まるで振りほどけない。
身体強化で筋力を上げ、逃がさないようにしているのだ。
「あんなに夜は可愛いのに、どうして人前では素っ気無いの?」
「キレてるからですよ!」
マオは諦めることなくリオンの体を押し返そうと頑張る。
「何で? 何に怒ってるの?」
「勉強の邪魔はするし、人前で触れてくるからです! 普通の貴族はそのような事しないです。愛が重いのです」
「兄様達もこうだけど?」
まるで意に介さないリオンにマオは脱力する。
「アドガルムくらいですよ。こんな執着みせるのは」
「生憎と僕たちは愛する人を手放したりしない、諦めてくれ。娼館で見た男達とは違うだろうが」
マオの最後の男になるんだとリオンは意気込んでいる。
「それとも忘れられない男でもいた?」
「……」
マオは無言を貫く。
「僕はマオが好きだからいつか全て教えてね」
唇にキスを落とすがマオの体は硬い。
(時間、もう少しかかるか)
まだ心を溶かしきるのには早そうだ、抱えている秘密がきっと邪魔をしている。
まぁ自分が構いすぎるのもいけないのだろうけど、からかいたくて仕方ないのだ。
その時ノックの音がした。
「失礼いたしますリオン様、二コラです。こちらにいると伺いましたが、入ってもよろしいでしょうか?」
珍しい訪問者にリオンは訝しんだ。
エリックからけして離れない従者兼腹心だ。
「内容次第だ」
兄の側を離れてまで話したいなど、怪しい。
「一緒にいるマオ様……いえ、マオに関しての話です」
呼び捨てにする言葉にリオンの眉がぴくんと跳ねる。
「許可する、入れ」
リオンはマオを引き寄せ、短くそう言った。
改めてマオは二コラを見る。
薄茶の髪に黒縁の眼鏡をかけている。
気弱そうで大人しそうな人種、どこかで見覚えはあるが、思い出せない。
「どちらさまで?」
こうして顔を見てもわからない。
「覚えていないだろう、あの頃とは雰囲気も違うし、顔つきも違う」
マオの顔を見ながら二コラは静かに話し始めた。
「お前の兄だ。今はエリック様に頂いた名を名乗らせてもらっている、しばらくぶりだな」
「兄さん?」
あの凄惨な顔とギラギラした目をした兄なのか。
髪色だって明るくなり肌艶もいい、変わり過ぎてわからなかった。
「そうか、二コラがマオの兄……では証拠を消していたのは君か」
マオに関する都合の悪いものを根絶やしにしたのは二コラか。
「えぇ。妹にはシェスタの王城で幸せな生活を送ってもらいたかったので。過去を知るものは全て消しました」
二コラは苦笑する。
リオンの婚姻相手と聞いてまさかと思ったのだが、再会できるとは。
王城では酷い扱いだったようだが、二度と飢えない環境で雨風をしのぐ場所もある、過去の生活よりもマオは幸せなんだと自分に言い聞かせていた。
昔の二コラは人を殺して生活をしていたが、あの頃はそれしか生きるすべがなかった。
物心つくまでは一応母親は生きていたが、マオを産んで間もなく病で死んだ。
娼婦の母親が死ねばそれまで住んでた場所など呆気なく追い出される。
その日暮らしの生活に心も体も疲弊する日々だ。
それでも守るべき対象であるマオがいたのは二コラの救いだ。
人を殺め、金品を奪い、金を払う代わりに娼館にて幼いマオを預かってもらう。
子どもが一人でいるなど、攫ってくれというものだ
シェスタの国王が気まぐれでマオを引き取ってくれたのは良かった。
これで人並みに生きていける、もう、マオに汚れ仕事などさせなくていいのだと。
「娼館を燃やしたのは何故だ。お世話になったのだろう?」
「そこの主人が約束を違え、マオを娼婦にしようとしたので消しました。屑しかいなかったのでご安心を」
金を払い、マオを守ってくれるという約束を反故しようとしていたのだ、許せない。
「他には何を? 今こうして来たという事は全て話してくれるのだろ」
身体強化を使ってるわけでもないのに、マオはリオンから離れられない。
圧が違う。
「えぇ。リオン様がマオの幸せを確約したら全て」
「兄に誓う、話せ」
二コラにとってはエリックこそ至上だ。
居もしない神に誓うよりも信憑性がある。
「兄さん、ぼくが言うです」
マオはこれを機に心の荷を下ろそうと思った。
これ以上そばにいたらほだされてしまう。
「ぼくも人を殺して生きてきたです、だからあなたに相応しくないのです」
ずっと秘密にしてきた、知られたら罪人として処罰されることだ。
二コラとは違い、マオは仮にも王女だ。
立場に縛られてしまう。
「騙すようで申し訳ないです、王女どころか、ここに居られない人殺しなのです。ですからここから追い出して欲しいです。リオン様の瑕疵になるですから」
「それがどうした。人殺し? 生きてくためにしたことだし、善良な者を甚振って殺したわけでもないだろう。困っている子供に助けの手も差し出さなかった周囲の大人も悪い」
マオの言葉などある程度予想していたし、それくらい構わない。
快楽殺人を起こしたわけでもない、きちんと罪悪感を持ち、秘密をつき通そうともしなかった。
誠実でしかない。
「それに顔も知らぬ者の命よりも、こうして今マオが生きている事の方が僕には大事だ」
優しく抱きしめた。
「二コラ。僕を侮ったか? そんな事でマオを嫌いになるわけがない。あの兄がいるんだ、予測ぐらい出来ただろう」
「……そうでした」
二コラがいつもの笑顔でへらっと笑う。
「マオもその程度で悩んでいたのか? 僕の瑕疵など気にするな」
もしもそういう者が出てきたとしても跳ねのけるだけだ。
リオンにはそれだけの力と功績がある。
「マオの初めての男として責任を取らなきゃいけないし」
さすがに兄の前でのその発言は許せない。
「変態!」
バチンと言う音と衝撃に、叩いたマオの方が驚いた。
避けもせずにリオンが平手を受けたのだ。
「なんて避けないですか?!」
「一回くらいは受けとかないと悪いと思ってね、でもさすがに痛い」
見る間に赤くなる頬を押さえ、痛みに顔を顰める。
端整な顔が台無しだ。
「すぐに治癒師を、サミュエルを呼ぶです」
焦るマオの姿に二コラは安心した。
リオンを真に嫌うわけではないようだ。
「幸せになるんだよ」
大量の涙を流しつつも二人の邪魔をしないように認識阻害の術で姿を消し、静かにその場を後にした。
至極つまらなくはあるが、教えてくれる先生方は良い人達で、誰も虐げたりはしない。
生きるために必要な事だと割り切り勉強を始めるが、元来要領の良いマオの吸収力は凄かった。
リオンの為に、というよりは教えてくれる先生方の期待に報いる為だ。
重ねて言うがけしてリオンの為ではない。
「勉強捗ってる?」
ひょいっと顔を出したリオンに、露骨に嫌な顔を向けたマオを見て、先生はびっくりする。
リオンは外面がいい為、このようにあからさまな嫌悪を向けるものなど少ない。
それなのにこの王子妃は威嚇ともいえる表情でリオンを見た。
「ほら、アマンダ先生が驚いている。そういう表情は良くないよ」
笑って、とマオの頬にリオンは触れた。
気やすい態度や口調はマオへの親しみが見えた。
だがマオはその手を振り払う。
「いいのです、そもそもリオン様は現在公務の時間なのです。ぼくを口実にサボるのは止めるです」
確かに休憩時間ではない。
「いいじゃない、愛しい妻に会いたくて来たんだよ。それに規定量の仕事は終わらせてある」
甘い声でそう言うとマオの頭を撫でる。
「アマンダ先生、少し早いですが休憩でいいでしょうか?」
リオンの問いかけに時計を見る。
早過ぎるが、わざわざ聞くからには意図があるのだろう。
アマンダが了承し、退室するとリオンはマオに抱き着く。
「離すです、変態!」
「失礼だね、愛する妻を抱きしめるのは皆がする事だろ?」
細く見えるリオンの腕だが、まるで振りほどけない。
身体強化で筋力を上げ、逃がさないようにしているのだ。
「あんなに夜は可愛いのに、どうして人前では素っ気無いの?」
「キレてるからですよ!」
マオは諦めることなくリオンの体を押し返そうと頑張る。
「何で? 何に怒ってるの?」
「勉強の邪魔はするし、人前で触れてくるからです! 普通の貴族はそのような事しないです。愛が重いのです」
「兄様達もこうだけど?」
まるで意に介さないリオンにマオは脱力する。
「アドガルムくらいですよ。こんな執着みせるのは」
「生憎と僕たちは愛する人を手放したりしない、諦めてくれ。娼館で見た男達とは違うだろうが」
マオの最後の男になるんだとリオンは意気込んでいる。
「それとも忘れられない男でもいた?」
「……」
マオは無言を貫く。
「僕はマオが好きだからいつか全て教えてね」
唇にキスを落とすがマオの体は硬い。
(時間、もう少しかかるか)
まだ心を溶かしきるのには早そうだ、抱えている秘密がきっと邪魔をしている。
まぁ自分が構いすぎるのもいけないのだろうけど、からかいたくて仕方ないのだ。
その時ノックの音がした。
「失礼いたしますリオン様、二コラです。こちらにいると伺いましたが、入ってもよろしいでしょうか?」
珍しい訪問者にリオンは訝しんだ。
エリックからけして離れない従者兼腹心だ。
「内容次第だ」
兄の側を離れてまで話したいなど、怪しい。
「一緒にいるマオ様……いえ、マオに関しての話です」
呼び捨てにする言葉にリオンの眉がぴくんと跳ねる。
「許可する、入れ」
リオンはマオを引き寄せ、短くそう言った。
改めてマオは二コラを見る。
薄茶の髪に黒縁の眼鏡をかけている。
気弱そうで大人しそうな人種、どこかで見覚えはあるが、思い出せない。
「どちらさまで?」
こうして顔を見てもわからない。
「覚えていないだろう、あの頃とは雰囲気も違うし、顔つきも違う」
マオの顔を見ながら二コラは静かに話し始めた。
「お前の兄だ。今はエリック様に頂いた名を名乗らせてもらっている、しばらくぶりだな」
「兄さん?」
あの凄惨な顔とギラギラした目をした兄なのか。
髪色だって明るくなり肌艶もいい、変わり過ぎてわからなかった。
「そうか、二コラがマオの兄……では証拠を消していたのは君か」
マオに関する都合の悪いものを根絶やしにしたのは二コラか。
「えぇ。妹にはシェスタの王城で幸せな生活を送ってもらいたかったので。過去を知るものは全て消しました」
二コラは苦笑する。
リオンの婚姻相手と聞いてまさかと思ったのだが、再会できるとは。
王城では酷い扱いだったようだが、二度と飢えない環境で雨風をしのぐ場所もある、過去の生活よりもマオは幸せなんだと自分に言い聞かせていた。
昔の二コラは人を殺して生活をしていたが、あの頃はそれしか生きるすべがなかった。
物心つくまでは一応母親は生きていたが、マオを産んで間もなく病で死んだ。
娼婦の母親が死ねばそれまで住んでた場所など呆気なく追い出される。
その日暮らしの生活に心も体も疲弊する日々だ。
それでも守るべき対象であるマオがいたのは二コラの救いだ。
人を殺め、金品を奪い、金を払う代わりに娼館にて幼いマオを預かってもらう。
子どもが一人でいるなど、攫ってくれというものだ
シェスタの国王が気まぐれでマオを引き取ってくれたのは良かった。
これで人並みに生きていける、もう、マオに汚れ仕事などさせなくていいのだと。
「娼館を燃やしたのは何故だ。お世話になったのだろう?」
「そこの主人が約束を違え、マオを娼婦にしようとしたので消しました。屑しかいなかったのでご安心を」
金を払い、マオを守ってくれるという約束を反故しようとしていたのだ、許せない。
「他には何を? 今こうして来たという事は全て話してくれるのだろ」
身体強化を使ってるわけでもないのに、マオはリオンから離れられない。
圧が違う。
「えぇ。リオン様がマオの幸せを確約したら全て」
「兄に誓う、話せ」
二コラにとってはエリックこそ至上だ。
居もしない神に誓うよりも信憑性がある。
「兄さん、ぼくが言うです」
マオはこれを機に心の荷を下ろそうと思った。
これ以上そばにいたらほだされてしまう。
「ぼくも人を殺して生きてきたです、だからあなたに相応しくないのです」
ずっと秘密にしてきた、知られたら罪人として処罰されることだ。
二コラとは違い、マオは仮にも王女だ。
立場に縛られてしまう。
「騙すようで申し訳ないです、王女どころか、ここに居られない人殺しなのです。ですからここから追い出して欲しいです。リオン様の瑕疵になるですから」
「それがどうした。人殺し? 生きてくためにしたことだし、善良な者を甚振って殺したわけでもないだろう。困っている子供に助けの手も差し出さなかった周囲の大人も悪い」
マオの言葉などある程度予想していたし、それくらい構わない。
快楽殺人を起こしたわけでもない、きちんと罪悪感を持ち、秘密をつき通そうともしなかった。
誠実でしかない。
「それに顔も知らぬ者の命よりも、こうして今マオが生きている事の方が僕には大事だ」
優しく抱きしめた。
「二コラ。僕を侮ったか? そんな事でマオを嫌いになるわけがない。あの兄がいるんだ、予測ぐらい出来ただろう」
「……そうでした」
二コラがいつもの笑顔でへらっと笑う。
「マオもその程度で悩んでいたのか? 僕の瑕疵など気にするな」
もしもそういう者が出てきたとしても跳ねのけるだけだ。
リオンにはそれだけの力と功績がある。
「マオの初めての男として責任を取らなきゃいけないし」
さすがに兄の前でのその発言は許せない。
「変態!」
バチンと言う音と衝撃に、叩いたマオの方が驚いた。
避けもせずにリオンが平手を受けたのだ。
「なんて避けないですか?!」
「一回くらいは受けとかないと悪いと思ってね、でもさすがに痛い」
見る間に赤くなる頬を押さえ、痛みに顔を顰める。
端整な顔が台無しだ。
「すぐに治癒師を、サミュエルを呼ぶです」
焦るマオの姿に二コラは安心した。
リオンを真に嫌うわけではないようだ。
「幸せになるんだよ」
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