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生涯
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平穏な日々がただ流れていく。
皆が受け入れてくれたから、エリックはこの場に戻ってこれたと感謝している。
あれからも少しずつエリックは成長し、年齢もレナンに近づいていった。
今は同い年くらいになっただろうか。
レナンの魔法についても打ち明けると、とても大事な事過ぎてと、しばらく部屋から出てこなくなった。
「わたくしが死んだらエリックも死んでしまうのでしょう?そうしたらニコラも」
自分の命に二人の命の責任があると知れば、怖くはなるだろう。
「そんな事にならないよう俺が君を守るし、もし何かあったとしても君と一緒なら怖くはない。もう一人になんてしないから」
抱きしめ、宥め、ようやく部屋から出てきてくれた。
子ども達には成人したら改めて話すつもりだが、アイオスにだけは立太子した時に教えておいてもいいのかもしれない。
急遽王になる可能性もあるからだ。
エリックはいつでもレナンを慈しみ、レナンはエリックから離れることもなかった。
新たに生まれた第四子、シャインは他の兄弟達からとても可愛がられた。
名は昔のものではなく新たにつけた、つらい過去は必要ない。
特にリアムが率先して世話をしてくれ、それはそれは頼もしいかぎりだった。
「俺が守っていきます。だから父様も母様も心配しないで大丈夫です」
守るべき存在が出来た事で、だいぶ成長したようだ。
シャインも毎日会いに来るリアムにだいぶ懐いている、嬉しい事だ。
「これで少しは前の分の幸せを取り戻せただろうか」
大人たちに翻弄され、行き場を失くし、病で命を失ってしまったシャインの前世。
過去を思い出すことなくこのまま健やかに過ごして欲しい、親としても一人の人間としても切にそう願ってしまう。
「エリック様」
声を掛けてきたのは二コラだ。
ずっと側にいて支えてくれていた男。
二コラは貧民街に住む男だった。
人を殺すことを生業とし、今でも人の命を奪う事を何とも思っていない。
エリックと会う前のニコラは、自分と、そして妹のマオの命を守るために悪事に手を染めてきた。
エリックとニコラがお互いが幼き頃に賭けをし、それにエリックが勝ったことから、そこから生涯仕えるようになったのだ。
以来ニコラは忠実な僕となっている。
今までの働きからすると、一番の陰の功労者だ。
「どうした、二コラ」
「今度の戴冠式での警護についての話です。人数も大事ですが、人が多ければいいわけではないので、それぞれに経験豊富な者の配備をしていきたいと思います。キール殿にも打診を行ない、どの者が最適か共に相談して決めていこうと思うのですが」
キールは剣の達人だが、火と風の両方の魔法を使え、魔力も豊富だ。
昔は隣国の騎士であったが、アドガルムへ移住し、他の者への手本になるほど優れた剣技を披露してくれた。
第二王子であったティタンとしょっちゅう手合わせするような仲であるので、王族の信頼も厚い騎士だ。
「任せる。当日に備え、万全にしておいてくれ。さすがにもう暗殺はされたくない」
「冗談でもそのような言葉はおやめください」
二コラの咎めるような口調にややエリックも驚いた。
「珍しいな、二コラが俺にそのように言うとは。まぁ俺が死ねば二コラも死ぬし、軽率な発言だったか」
「あなたと死ねるのは本望です、それは怖くありません。一番つらかったのは守り切れずあなたを失ってしまった時です。本当に、心がつぶれそうだった」
苦い顔になりながら、二コラは呻く。
「俺は命は惜しくないのです。ですから今後、俺より先に逝くのだけはおやめくださいね」
「保証は出来ないな」
どのみちレナンと繋がった命なので何とも言えない。
寿命で死ぬか、病で死ぬか。
暗殺などはけして成功などさせないつもりだが。
「だが、せめてこの国を継ぐ次の国王が育つまでは生きていたいな。孫の顔も見たい」
エリックの戴冠式が終われば、数年で立太子の儀を行なう予定だ。
もちろん立太子するのはアイオスだ。
王太子になるに向けて、現在アイオスの婚約者候補の打診も始まろうとしている。
「アイオスは結婚できるだろうか? かなり選り好みをしていると聞いたが」
「それに関してはエリック様譲りとしか。エリック様もしばらく決めることをせず、かなり国王陛下をやきもきさせていましたよね。レナン様を娶るまでどれだけの女性を袖にしたか……そしてレナン様を口説くために、脅しめいた事も発言されていましたね」
「そうだったかな」
エリックはそらとぼけた口調になる。
「アイオスも本気で欲しい人が出来ればそうなる。俺達の血はそのような者達ばかりだ、父上だって例外ではない」
昔母である王妃に聞いた二人のなれそめ話を思い出す。
「どうにもそういう風に突っ走る傾向があるようだ、マオだって相当リオンに求められただろ」
「そのようですね」
二コラの妹、マオはエリックの弟リオンと結婚したので一応エリックとニコラは姻戚関係となっていた。
「あの時は肩の荷が下りました。リオン様なら妹を任せられると安堵したものです」
幾つになっても、マオが強くなろうとも、ずっと心配ではあったが、こうしてマオを守る唯一の者が出来て喜ばしかった。
「二コラはどうなんだ? そういう相手はいないのか?」
「おりません。俺の生きがいはエリック様を守る事だけです、配偶者などいりません。可愛い甥っ子と姪っ子がいる、それだけでもう十分なのです」
二コラに恋愛をするつもりはないようだ。
「もう充分俺のために働いてくれた。ニコラも自分の幸せを掴んでいいんだぞ」
エリックの促しに、ニコラは曖昧に微笑むだけであった。
契約の魔法など解いてほしいのだが、ニコラはそれを良しとしてくれない。
(いつか気が変わり、ニコラにも共に過ごしたいと思うものが出来ればな)
どこまでも忠実な従者の、いつか来る幸せを願わずにはいられなかった。
やがて無事に戴冠式を終えて、エリックはアドガルムの国王となった。
見目麗しく冷たい眼差しの国王と、笑顔が素敵で人間味溢れる朗らかな王妃の存在を、民達はすぐに受け入れた。
エリックは次々と仕事を捌き、困っているところにはすぐに人を派遣した。
民あっての国であるとも理解しているので、貴族たちの働きにも精査し、働きに応じて、税の軽減などを考慮した。
エリックの働きは認めてもらえることが多かったので、信頼へと繋がったようだ。
周辺国との関係も更に良好となり、グウィエンがシェスタ国の国王になると益々国交が増えた。
あわよくばアドガルムとの血のつながりも欲しかったようだが、アイオスが選んだのはパルス国の王女であった。
ルアネドとロゼッタに似た思慮深い奥ゆかしい女性である。
レナンも大いに喜び、エリックも反対などせずに祝福していた。
アイオスが十六歳になって立太子するとより注目を浴びるようになったが、婚約者がパルス国の王女と知るや否や、すごすごと引っ込むものばかりであった。
それでもちょっかいを出したり、粗さがしするようなものはアイオスが容赦しなかった。
エリックに教えてもらった、やや陰険な方法で追い払う事にしている。
しっかりと血は受け継がれているようだ。
「思い残すことはないな……」
色々とあった人生ではあったが、子ども達も大きくなった。
それぞれが自分たちなりの幸せを見つけ、孫を見ることも出来、もはやエリックやレナンが守る必要はない。
エリックが死んでからの、失った時以上の働きはもう出来たのではないだろうか。
遣りきった感はある。
少し年老いた自分の顔に触れてみた。
浅く皺が刻まれた目元、色素の薄くなった金髪。
緑色の瞳は変わらぬギラギラした光を讃えていた。
死んで別な者として生まれ変わり、別人として生きることも出来た。
けれど王族としての矜持がそれを許さず、何もせず己だけの為に生きるなんてする気もなかった。
仮にアドガルムが無くなっていたとしたら、その時点でもう生きる気力もわかず、死を選んでいただろう。
家族も故郷もなくなっていれば、さすがのエリックとて戻らなかったし、他の生き方を摸索する気もなかった。
レナンも家族もいないこの世界に何の魅力があろうか。
だからレナンと一緒に死ぬことが出来るこの魔法は、自分にとって都合の良いものだ。
死んでからもレナンと一緒になれると確約されているようなものだ。
そんな風に色あせることのない感情を持ち合わせることが出来て良かった、と隣で眠るレナンに寄り添う。
死んでから十年後に戻ってきたこの場所は、いつまでも変わらず温かくエリックを受け入れてくれた。
自分たちが居なくなった後もその思いが続くことを祈っていく。
「どうかこの幸せが永く続きますように」
子ども達も兄弟も民達も。
そして一番は妻が幸せでありますように。
幸せそうな寝顔をしているレナンにさらに愛しさが芽生え、寄り添ったまま目を瞑る。
生きる時も死ぬ時も永久に一緒だと、心の中で誓いながら。
皆が受け入れてくれたから、エリックはこの場に戻ってこれたと感謝している。
あれからも少しずつエリックは成長し、年齢もレナンに近づいていった。
今は同い年くらいになっただろうか。
レナンの魔法についても打ち明けると、とても大事な事過ぎてと、しばらく部屋から出てこなくなった。
「わたくしが死んだらエリックも死んでしまうのでしょう?そうしたらニコラも」
自分の命に二人の命の責任があると知れば、怖くはなるだろう。
「そんな事にならないよう俺が君を守るし、もし何かあったとしても君と一緒なら怖くはない。もう一人になんてしないから」
抱きしめ、宥め、ようやく部屋から出てきてくれた。
子ども達には成人したら改めて話すつもりだが、アイオスにだけは立太子した時に教えておいてもいいのかもしれない。
急遽王になる可能性もあるからだ。
エリックはいつでもレナンを慈しみ、レナンはエリックから離れることもなかった。
新たに生まれた第四子、シャインは他の兄弟達からとても可愛がられた。
名は昔のものではなく新たにつけた、つらい過去は必要ない。
特にリアムが率先して世話をしてくれ、それはそれは頼もしいかぎりだった。
「俺が守っていきます。だから父様も母様も心配しないで大丈夫です」
守るべき存在が出来た事で、だいぶ成長したようだ。
シャインも毎日会いに来るリアムにだいぶ懐いている、嬉しい事だ。
「これで少しは前の分の幸せを取り戻せただろうか」
大人たちに翻弄され、行き場を失くし、病で命を失ってしまったシャインの前世。
過去を思い出すことなくこのまま健やかに過ごして欲しい、親としても一人の人間としても切にそう願ってしまう。
「エリック様」
声を掛けてきたのは二コラだ。
ずっと側にいて支えてくれていた男。
二コラは貧民街に住む男だった。
人を殺すことを生業とし、今でも人の命を奪う事を何とも思っていない。
エリックと会う前のニコラは、自分と、そして妹のマオの命を守るために悪事に手を染めてきた。
エリックとニコラがお互いが幼き頃に賭けをし、それにエリックが勝ったことから、そこから生涯仕えるようになったのだ。
以来ニコラは忠実な僕となっている。
今までの働きからすると、一番の陰の功労者だ。
「どうした、二コラ」
「今度の戴冠式での警護についての話です。人数も大事ですが、人が多ければいいわけではないので、それぞれに経験豊富な者の配備をしていきたいと思います。キール殿にも打診を行ない、どの者が最適か共に相談して決めていこうと思うのですが」
キールは剣の達人だが、火と風の両方の魔法を使え、魔力も豊富だ。
昔は隣国の騎士であったが、アドガルムへ移住し、他の者への手本になるほど優れた剣技を披露してくれた。
第二王子であったティタンとしょっちゅう手合わせするような仲であるので、王族の信頼も厚い騎士だ。
「任せる。当日に備え、万全にしておいてくれ。さすがにもう暗殺はされたくない」
「冗談でもそのような言葉はおやめください」
二コラの咎めるような口調にややエリックも驚いた。
「珍しいな、二コラが俺にそのように言うとは。まぁ俺が死ねば二コラも死ぬし、軽率な発言だったか」
「あなたと死ねるのは本望です、それは怖くありません。一番つらかったのは守り切れずあなたを失ってしまった時です。本当に、心がつぶれそうだった」
苦い顔になりながら、二コラは呻く。
「俺は命は惜しくないのです。ですから今後、俺より先に逝くのだけはおやめくださいね」
「保証は出来ないな」
どのみちレナンと繋がった命なので何とも言えない。
寿命で死ぬか、病で死ぬか。
暗殺などはけして成功などさせないつもりだが。
「だが、せめてこの国を継ぐ次の国王が育つまでは生きていたいな。孫の顔も見たい」
エリックの戴冠式が終われば、数年で立太子の儀を行なう予定だ。
もちろん立太子するのはアイオスだ。
王太子になるに向けて、現在アイオスの婚約者候補の打診も始まろうとしている。
「アイオスは結婚できるだろうか? かなり選り好みをしていると聞いたが」
「それに関してはエリック様譲りとしか。エリック様もしばらく決めることをせず、かなり国王陛下をやきもきさせていましたよね。レナン様を娶るまでどれだけの女性を袖にしたか……そしてレナン様を口説くために、脅しめいた事も発言されていましたね」
「そうだったかな」
エリックはそらとぼけた口調になる。
「アイオスも本気で欲しい人が出来ればそうなる。俺達の血はそのような者達ばかりだ、父上だって例外ではない」
昔母である王妃に聞いた二人のなれそめ話を思い出す。
「どうにもそういう風に突っ走る傾向があるようだ、マオだって相当リオンに求められただろ」
「そのようですね」
二コラの妹、マオはエリックの弟リオンと結婚したので一応エリックとニコラは姻戚関係となっていた。
「あの時は肩の荷が下りました。リオン様なら妹を任せられると安堵したものです」
幾つになっても、マオが強くなろうとも、ずっと心配ではあったが、こうしてマオを守る唯一の者が出来て喜ばしかった。
「二コラはどうなんだ? そういう相手はいないのか?」
「おりません。俺の生きがいはエリック様を守る事だけです、配偶者などいりません。可愛い甥っ子と姪っ子がいる、それだけでもう十分なのです」
二コラに恋愛をするつもりはないようだ。
「もう充分俺のために働いてくれた。ニコラも自分の幸せを掴んでいいんだぞ」
エリックの促しに、ニコラは曖昧に微笑むだけであった。
契約の魔法など解いてほしいのだが、ニコラはそれを良しとしてくれない。
(いつか気が変わり、ニコラにも共に過ごしたいと思うものが出来ればな)
どこまでも忠実な従者の、いつか来る幸せを願わずにはいられなかった。
やがて無事に戴冠式を終えて、エリックはアドガルムの国王となった。
見目麗しく冷たい眼差しの国王と、笑顔が素敵で人間味溢れる朗らかな王妃の存在を、民達はすぐに受け入れた。
エリックは次々と仕事を捌き、困っているところにはすぐに人を派遣した。
民あっての国であるとも理解しているので、貴族たちの働きにも精査し、働きに応じて、税の軽減などを考慮した。
エリックの働きは認めてもらえることが多かったので、信頼へと繋がったようだ。
周辺国との関係も更に良好となり、グウィエンがシェスタ国の国王になると益々国交が増えた。
あわよくばアドガルムとの血のつながりも欲しかったようだが、アイオスが選んだのはパルス国の王女であった。
ルアネドとロゼッタに似た思慮深い奥ゆかしい女性である。
レナンも大いに喜び、エリックも反対などせずに祝福していた。
アイオスが十六歳になって立太子するとより注目を浴びるようになったが、婚約者がパルス国の王女と知るや否や、すごすごと引っ込むものばかりであった。
それでもちょっかいを出したり、粗さがしするようなものはアイオスが容赦しなかった。
エリックに教えてもらった、やや陰険な方法で追い払う事にしている。
しっかりと血は受け継がれているようだ。
「思い残すことはないな……」
色々とあった人生ではあったが、子ども達も大きくなった。
それぞれが自分たちなりの幸せを見つけ、孫を見ることも出来、もはやエリックやレナンが守る必要はない。
エリックが死んでからの、失った時以上の働きはもう出来たのではないだろうか。
遣りきった感はある。
少し年老いた自分の顔に触れてみた。
浅く皺が刻まれた目元、色素の薄くなった金髪。
緑色の瞳は変わらぬギラギラした光を讃えていた。
死んで別な者として生まれ変わり、別人として生きることも出来た。
けれど王族としての矜持がそれを許さず、何もせず己だけの為に生きるなんてする気もなかった。
仮にアドガルムが無くなっていたとしたら、その時点でもう生きる気力もわかず、死を選んでいただろう。
家族も故郷もなくなっていれば、さすがのエリックとて戻らなかったし、他の生き方を摸索する気もなかった。
レナンも家族もいないこの世界に何の魅力があろうか。
だからレナンと一緒に死ぬことが出来るこの魔法は、自分にとって都合の良いものだ。
死んでからもレナンと一緒になれると確約されているようなものだ。
そんな風に色あせることのない感情を持ち合わせることが出来て良かった、と隣で眠るレナンに寄り添う。
死んでから十年後に戻ってきたこの場所は、いつまでも変わらず温かくエリックを受け入れてくれた。
自分たちが居なくなった後もその思いが続くことを祈っていく。
「どうかこの幸せが永く続きますように」
子ども達も兄弟も民達も。
そして一番は妻が幸せでありますように。
幸せそうな寝顔をしているレナンにさらに愛しさが芽生え、寄り添ったまま目を瞑る。
生きる時も死ぬ時も永久に一緒だと、心の中で誓いながら。
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