目覚めたら死んでから１０年経っていた、まずは国に帰ろう

夫婦の再会

自分の子どもよりも若くなったエリックだが、レナンを見つめる熱い視線は変わらない。

「会いたかった」
そう言ってレナンの前に立つエリックは、レナンより少し背が低い。

「君は変わらないな、相変わらず美しい」
少し口の端が上がるくらいの微笑み。
エリックも緊張しているのだろう、やや硬い声だ。

静かにレナンの目から涙が溢れた。

目の前にいるのは紛れもなくレナンの夫だ。

エリックはレナンの手を優しく握る。

レナンは滲む目元の涙を拭って、何とかエリックの顔を見る。


「本当に本当？　本物のエリックなの……？」
レナンの声も体も震えていた。

伝えたい言葉はそんな事ではないのに。

十年前に殺された夫が目の前にいるのだ、信じる気持ちと信じられない気持ちがこみ上げる。

エリックも震えていた。

またレナンに触れられるなんて夢みたいだ、今なら神の存在も信じてやろうと思えた。

少し年を重ねてはいるが、真っ直ぐで綺麗な銀髪も空のように澄んだ青い瞳も変わらない。







泣かないで、早く笑顔を見せて。

エリックは昔よりも細くなったレナンの体を抱き締めた。

「ぜひ俺の妻になってくれ。大事にすると約束する」

「や、やめて……！」
子どもの姿で改めてプロポーズされ、途端に恥ずかしくなる。

中身はエリックと知っていても、自分の子どもくらいの少年に言われると気恥ずかしさが凄い。

ましてや皆の前だ、生温かい視線を感じる。

「やめない、君が笑顔になるまで何度でも愛の言葉を送ろう。愛してる、ずっと会いたくて触れたくて、苦しかった。ようやく会えて嬉しいよ」
皆の前で、子どもの姿で、このように情熱的に言われても困るばかりだ。

レナンは頰が増々赤くなっていくのを感じる。

「信じてくれたならば、君にキスがしたい。これは現実なのだと早く確かめたい」
エリックは真っ直ぐに、真摯にレナンを見つめた。

レナンの背には及ばないので見上げる形になってしまう。

「あ、後でね」
さすがにここでは了承出来ない。

納得してくれたのか、やっとエリックが離れてくれた。

「お帰りなさい…」

「ただいま」
ようやく帰るべき場所に来れた。

エリックは地に足がついた気分だった。









人が多過ぎて部屋が窮屈になるので、急遽会議室に移る。

大人数の移動に、すれ違うもの皆びっくりしていたが、エリック達はそんな些細な事を気にもしなかった。

「リオンありがとう。長年俺の代わりを務めてくれていたと聞いた、感謝する」

「とんでもない。僕はエリック兄様のようには出来ませんでした、形だけですよ」
そうは言いつつ、感謝の言葉を言われてとても嬉しかった。

「謙遜するな。リオン以外に俺の代わりが出来るものなどいない、優秀な弟をもって俺は幸せだよ」
リオンならばレナンの隣にいても許せるというものだ。

伴侶として譲るということではないが、パートナーまでならギリセーフで。

「ありがとうございます……」
エリックに言われた言葉を胸に刻み、リオンは唇を嚙み締める。

ともすれば涙が出そうだ。

認めてほしい人に認められたと、リオンは喜びを感じていた。

これまでの努力が報われたのだと胸がすく想いだ。

「さすが僕の旦那さんです」
こそっとマオに声を掛けられる。

「ふふっありがとう」
茶化すような軽い口調のマオに、リオンは微笑みを返す。

マオもずっと公私ともにリオンを支えてくれていた。

後で改めてお礼を伝えようと思った。








レナンはまじまじとエリックの顔を見つめている。

子どもになったエリックはさすがというべきか、とてもきれいな肌をしている。

シミもしわもなく羨ましい。

「それにしても十歳になってるなんて、びっくりしたわ。子どもと同い年なんて……」

「待て！」
エリックはレナンの言葉に焦りを覚えた。

エリックの計算上、息子と娘は今の自分よりも少し年上のはずだ。

同い年の子ということは。

「まさか、俺が死んだ後に出産を？」

「えぇ。男の子が生まれたの。本当は、あの時のパーティで伝えようと思っていたのだけれど」

「くっ……！付き添うことも支えることも出来ない時に、レナンに命懸けの事をさせてしまったなんて！　すまない」
エリックは詫びた。

不甲斐なく死んでいる間に、何ということが起きていたのだろうか。

「子どもたちに会いたい。その子の名前は？」
レナンと自分の愛の結晶だ。

会って抱き締めたい。

レナンに対するものとは違う感情がこみ上げる。

「リアムとしましたわ」

「すぐ来てもらおう」

「兄上、落ち着いて」
ティタンが止めに入る。


「子ども達に会うのは少し後にしましょう。亡くなった父親に会うという、およそ信じられない話ですから、混乱が生じてしまいます。まずはこちらで方針を決めてからでもいいのではないでしょうか？」
ティタンはそう言った。

大人達の受け入れは早いが子ども達はまた違う。

セレーネもヘリオスもずっと半信半疑の様子だった。

エリックの実子ならば、より慎重に対応した方が良い気がする。

「そうだな」
説明もまた難しい。

死んだと言われていた父親が急に現れて、、「父さんだよ」などと言っても説得力は薄いかもしれない。

しかも一人は全く会ったことのない息子。

声掛けの内容を精査しなければ。







考え込むエリックをレナンはずっと見つめている。

子どものようで子どもではない自分の夫、口調や態度は昔とあまり変わらない。

でもこうして生きてくれていてよかった。

もう今は、命を絶とうなんて思わない。










エリックが亡くなったあの日、本当は後を追いたかった。

しかし子ども達を置いていくわけには行かない。

ミューズやティタン、リオン達の手を借りて立ち上がる事が出来た。

エリックの躯を前に祈った。

（わたくしはどうなってもいい、死んでもいい！だからこの人を戻して、もう一度会わせて！）
レナンを庇って死んでしまったエリックに縋り、泣いて泣いて空っぽになっていった。

月の灯が差し込む、閉ざされた霊廟に届くはずのない光を何故か感じた。

温かな光に一緒にいたキュアが魔力を感じると言っていたが、そんな事はどうでもよかった。

その光に触れたエリックの体が、花びらのように薄く細かくなって散り始めてしまったのだ。

「嫌だ、消えないで！わたくしも一緒に……！」
かき集めようとしたが掌から溢れてどこかへと消える。

「行かないで、一人にしないで！」
エリックが横たわっていた棺には何も残らなかった。

その後キュアが、憔悴し意識を失ったレナンをベッドに運ぶ。
「レナン様……」

何も出来ない自分が不甲斐なさすぎると、キュアは己に怒りを覚えるが、泣いてたまるかと懸命に耐えた。

その後レナンは三日間目を覚ますことがなかった。








その時を思い出して、心配になり、思わずエリックに触れてしまう。

「大丈夫、ここにいる」
柔らかな笑顔と共にエリックが手を握ってくれた。

特別な意図はなかったのだろうが、温もりと優しさに思わずレナンは泣いてしまった。