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【陥穽篇】4.窺窬する謀略
窺窬する謀略 ☆弐
しおりを挟む「……ここでひとつ、響に物申しておきたいことがある」
暁鐘がそう切り出したのは、翌日の昼休みのことだった。
響はいつもの校舎裏にて、相変わらずひとりで昼食をとっていた。正確にはひとりと二体だ。
クロワッサンを頬張る氷輪の横で、メロンパンを食べ終えた暁鐘が居住まいを正している。
暁鐘が式神となってすぐのころ、氷輪が食べるクロワッサンをもの珍しそうに見ていた。
氷輪は意地汚くも分けてやろうという気概を一切見せなかったので、響が仕方なしに自身が食べていたメロンパンを与えてみたところ、暁鐘はそれをいたく気に入ってしまったのだ。
クロワッサンにメロンパンって、仮にも神獣が安上がりすぎではないだろうか。
とは思ったものの、そんな安上がりのものでも響の財政的にはけっこうな痛手であった。
響の手持ちの小遣いは、毎月自分の口座から引き落としているものだ。その金は、両親が振り込んでおいてくれている。
振込金額自体はそれなりに大きいのだが、響は必要最低限しか使わないようにしていた。月の利用限度額を自分で定めて、引き落としは月初めの一回のみ、その金額で一ヶ月を乗り切ると決めている。
なので、必要以上の出費があると、必然月末までの手持ちが逼迫してくる。
また引き落とせばいいだけの話ではあるのだが、よほどのことがない限りそんなことはしたくない。――なるべく、手をつけたくないのだ。
そもそもの話、神獣は食事を必要としないはずなのだ。妖異が人を襲って喰らうのは、ひとえに自身の力を強くするため。霊性の高い人間を捕食すれば、より強い力を得られるからにほかならない。
しかし、神獣に分類される妖異は人間を食べるということをしない。すでに十分な力を持っているため、その必要性がないからである。
ゆえに、神獣にとって〝食べる〟という行為は腹を満たすというより、味や触感を楽しんでいるのに近いのだという。
つまり、食事が生きていくために必要不可欠な人間や他の動物とは違い、娯楽にすぎないということだ。妖異の身体の作りなどわからないので、食べたものがどこに消えているかはさておき。
そんな娯楽のために毎度買わされては堪らない。なので、二週間に一度という取り決めをした。氷輪は大層不服そうだったが、当然無視した。
それはそうと。
「なぜ響は本気を出さないのだ」
話は冒頭に戻る。暁鐘は何やら憤然とした風情で、響をまっすぐ見ている。
「またその話? 前にも言ったじゃん」
響がうんざりした顔をするが、暁鐘は言い募る。
「それは確かに聞いた。とはいえ、そなたが見くびられている現状にはやはり納得がいかない」
暁鐘の瞳が険しくなる。
「なぜああも好き勝手に言わせたままなのだ。そなたの持つ力は凄まじい。私を救ったあの力で、周囲を黙らせればいいではないか」
「あんな術ホイホイ出してたらこっちの身が持たないっての」
思わずつっこむも、響は依然として興味を示さない。
「……やはり、輝血とやらは、知られるとまずいのか?」
「まーね。面倒なんだって、色々と」
そう言うと暁鐘は口を閉ざしたが、不満そうな様子だ。
暁鐘は、輝血を知らなかった。
中国を住処としていたから解す言語の違いからその言葉を知らなかった――というわけではない。
そもそも、中国には輝血が存在しないのである。
それを聞いた時、響はああそうかと思い出した。
そうだ。輝血はこの日本にしかいないのだ。
他と比べて霊力の高い人間自体はどこの国にもいるが、輝血ほどの桁外れな霊力を持ち、常に妖異から狙われ続ける人間は日本という一国にしか存在しない。
どうして日本だけなのかは、実は解明されていない。地域差だとか遺伝子的なものだとか諸説あるが、これといって断定できるものは何ひとつとしてないのが現状だ。
暁鐘が呪詛に蝕まれていた時、響に真っ先に目をつけた。
それを、響はてっきり輝血を認識してのことだと思っていた。しかし、それは〝羅刹〟の正体が飛廉だとわかる前。
中国を故郷とする飛廉は、輝血という存在をあの時初めて目にしたと言うのだ。
響を狙ったのは、ひとりだけ霊力の種類が異なり、それがあのどうしようもなかった飢餓感を満たしてくれるのではないかと思ってのことだったらしい。
氷輪曰く、それは打ち込まれた呪詛が響の輝血に反応し、欲したからではないかとのことだった。
「しかし、しかしだ、響よ。主が侮られるのは、やはり悔しい。己が何もできないことが不甲斐ないのだ」
「そー言われてもなー……」
響は頭を掻く。なんと言われようと、周囲に実力を知らしめたいというような気持ちが一切湧き上がってこない。
だって響は、降魔士になんてなりたくないのだから。
そこで、氷輪がおもむろに口を開いた。
「暁鐘よ、能ある鷹は爪を隠すということわざが日本にはある」
「む。氷輪殿、それは一体どういう意味だ?」
「真に才ある者は、おいそれとその実力を表に出さぬという意味を持つ。つまり、そういうことだ」
氷輪の言葉を噛んで含めるようにして考えていた暁鐘だったが、やがてひとつ頷いた。
「なるほど。つまり響は謙虚、と。そう言いたいのだな」
氷輪はあやうく吹き出しかけた。だが、偉大なる神獣という尊厳がそれを食い止め、氷輪は何食わぬ顔を保つことに成功する。
沈黙を肯定と捉え、何かを思考し始めた暁鐘を尻目に、響がちらっと氷輪を一瞥した。
「なに、氷輪。わたしのこと、そんな風に思ってくれてるわけ?」
「図に乗るな。ふと、そのようなことわざがあると思っただけのこと。誰も汝のことだとは申しておらぬわ」
氷輪がぴしりと尾を振ると、響はあっそとだけ返した。別にどうでもいいことだったので気にしてはいない。
と、氷輪がこう言ったのには少しわけがある。
氷輪も暁鐘の不満がわからないわけではない。事実、氷輪とて自分を従えてみせた人間の力を周囲に知らしめてやりたいと思っていたこともあった。
しかし、それは響がまだ普通科にいた時の話。あの頃は、響が術者であることが周囲にばれぬようにしていなけばならなかった。
氷輪の場合は、主が侮られようがそれ自体にはあまり興味はないのだが、表立った行動ができないという状況がただ退屈だったのだ。
しかし、そんな退屈な日々は終わった。
響は降魔科に転科し、そしてAクラスに配属された。氷輪が望んでいたとおりに。
そして、それによって様々なことが起こり、以前よりも俄然面白みと刺激が増したのである。
ゆえに、響の力を認めさせるということに拘らなくなった。むしろ、主の実力は一部しかしらないというこの現状のほうが面白いと考えを改めたので、氷輪は暁鐘をなだめにかかったのだ。
言っていることはそれらしいというだけでわりと適当だが、暁鐘が白澤である氷輪に一目置いているのもあり、あっさり真に受けてくれた。本当に扱いやすい奴だと思う氷輪に、罪悪感というものは一切ない。
「そうか、わかったぞ」
ふいに、暁鐘が声を上げた。二対の視線が羽のついた子鹿に集中する。
「そもそも、才ある者を見抜けぬ周囲にこそ、大いに問題があるではないか。そのような盲者どもを相手にしてやる必要もないわけだ」
いや、別に見抜かなくていいから……。そんなことされたら、また絶対面倒なことになる。てか、さすがにそこまで言わなくても。思ってないし。
若干口端を引きつらせている響に暁鐘は気づかない。
「口惜しい気持ちがなくなったわけではないが、そういうことならば仕方がない。主が隠しているものを、使役たる存在が明かしていい道理はないからな」
何やら鷹揚に頷いていた暁鐘は、響に向かって頭を下げた。
「すまない。響も考えあってのことだろうに、そなたの意志を尊重せず、浅慮なことを言った」
「え、あー、うんまぁ別に……気にしなくていいけど」
なんだか明後日の方向に勘違いされた気がしなくもないが、ひとまず納得してくれたのならもうそれでよしとしよう。考えるのも面倒だし。
早くも思考を放棄した響は相変わらずものぐさだった。
「では、響よ。私に何かできることはないだろうか。私は私なりの方法でそなたを支えたい」
「要求多いな……」
響はかりかりと頭を掻く。式神使えねーとか思っておきながらあれだが、実を言うと特にこれといって頼むようなことがない。とりあえず大人しくしててくれればそれでいいような気もする。
などとひどいことを思っていると、暁鐘が閃いたとばかりに目を輝かせた。
「気晴らしに遠出はどうだ? この背に乗せて連れて行ってやろう」
「それは却下で」
響が即座に断ると、暁鐘は見るからにうろたえた。
「な、なぜだ?」
もう暁鐘には乗りたくないからです。
口には出していない。が、表情でそれが伝わったのか、暁鐘が必死に言い募る。
「こ、今度は加減をする。同じ過ちは繰り返さないと誓おう」
暁鐘が式神となった直後のことだ。学校に乗せて行ってくれと頼んだら、張り切りすぎた暁鐘が一切の容赦なく爆速で飛んだ。
たしかに歩けば三十分以上かかるような距離を、ものの三分程度で目的地まで到着することはできた。できたがしかし、飛翔している間はまるで生きた心地がしなかったのだ。氷輪に乗った時の比ではない。
あの恐怖は、肝が冷える、などといった言葉では到底収まりきらない。正直、あんな思いはもうしたくない。もはやトラウマレベルである。
「しかし、それほどか……。我が君は喜んでくれたのだが」
「あれを喜べるとか神経どうなってんだよ……」
響がなおも渋る風情でいると、子鹿がしゅんとうな垂れた。その悲嘆に暮れた様があまりにも痛々しい。うっと言葉を詰め、さすがに心苦しさを覚えた響はそっと息を吐いた。
「まぁ、あれだよ。それはまた今度でいいから」
実際問題、特に行きたい場所もない。リフレッシュというならば、寮の自室でゴロゴロしていたい。これが、出不精の引き籠り気質を極めた者の末路である。
「汝ほど張り合いのない人間もそうおらぬだろうよ」
呆れた風情の氷輪に、響はうるさいなと返す。
そこで再び暁鐘が閃いた。
「では、そなたが現在任せられている統括会の仕事とやらはどうだ」
その言葉に、また汝はそれを……と言わんばかりに氷輪が眉をひそめる。
「まぁそりゃ、手伝ってもらえたら助かるけど……」
手伝ってほしいと思ったことは一度や二度ではない。だが、ただひとつ根本的な問題がある。
「っていうか、そもそも暁鐘、そんな姿じゃ手伝えないじゃん」
暁鐘は羽の生えた子鹿の姿である。普段はちんまりとした羽をパタパタと動かして浮いているが、四足歩行をとる。そんな暁鐘に一体何ができるというのだろう。
「まさか、風で浮かしてーとか言わないよね」
風を自在に操る風伯の本領を発揮するつもりだろうか、と響がジト目で言うと、しかし暁鐘は首を振った。
「いや、私が人身をとる。さすれば、手助けも可能だ」
「え?」
なんの気なしといった様子の暁鐘の発言に、響は目を丸くした。
「暁鐘、人に変化できるの?」
「ああ」
「マジか」
なんだよもうそういうのはもっと早くに教えといてよと言うと、暁鐘は眉を下げた。
「すまない、私も長らく変化していなかったせいで思い至るのが遅れてしまってな」
どれ、ひとつやってみせよう。
そう言った暁鐘の姿が突然眩い光に包まれた。光に中心にあるシルエットが形を変え、徐々に大きくなっていく。
そしてその光が収まると、その場に一人の人間が佇んでいた。
「このとおりだ」
「おおー……?」
本当に人の姿だ。すごい。――すごい、のだがしかし。
「……なんで、老人?」
暁鐘がとった人間の姿は、まるで仙人のような様相だった。
二メートル近い長身だ。顎には、地に着きそうなほど長く蓄えられた髭がある。身にまとった中華風の衣は、裾も袖も何もかも長くひらひらしている。言うなれば、昔の武官か貴族のような出で立ちだった。
「我が君のそばにあった時、ずっとこの姿でいたのだ」
民衆の前に立つ際、側近の妖異たちはみな人身をとっていた。人の姿になると、見鬼でなくとも姿が認知できるようになる。黄帝の威厳を高めるためというのももちろんあったが、何よりも異形の姿で人々を無暗に怯えさせることのないように、という黄帝の配慮であった。
仙人のような姿なのも、こういった出で立ちの者が味方にいるのだとわかれば、民衆も安心し心強く思うだろうという理由からである。
「ふーん……」
今どきの世間ではコスプレしているようにしか見えないな、という感想を抱きつつ、仰々しい外見の仙人然とした暁鐘をじーっと見ていた響はふと瞬きをした。
「てか、暁鐘ってオス? 男? なの?」
翁といった風体だったので聞いてみると、暁鐘は否定した。
「いや、私に人間や動物のような性別などはない」
ということは、氷輪と同じか。
「それ、色々姿変えられんの?」
「ああ。最初は我が君にお喜びいただこうと、女人の姿をとったことがあるのだが……」
その姿を披露したところ、黄帝は顔を真っ赤にして、頼むから違う姿にしてくれと懇願してきた。思えば、あれほどにうろたえた主君の姿を見たのは、後にも先にもあの時だけだった気がする。
「ほう?」
黄帝がうろたえたという話に、それまでまったく興味を示していなかった氷輪の心が動いた。
「その女人の姿とやらは、どのようなものなのだ」
「ん? ああ、これだ」
そうして再び変化した暁鐘の姿を見て、響はあやうく手に持っていた総菜パンを落っことすところだった。
いやいやこれはいくらなんでもまずいだろう、色々と。
蠱惑的とか、刺激的とか、目に毒とか、そんなちゃちな言葉では到底片付けられない。かろうじて衣服を身にまとってはいるが……これは、どこからどう見てもただの痴女である。
こんなのの横を歩きたくないと、周囲の反応に無関心な響ですら思ったほど、暁鐘の変化した女性の姿はなんとも筆舌に尽くしがたい完全アウトな相貌だった。
氷輪が呆れ顔をする。
「何をどうしたらそのような姿になるのだ」
「同胞に言われたのだ。人間の男はああいう姿の女人を好むぞ、と」
そうして同胞が指し示したのが、その時近くを歩いていた遊女だったという。それを元にああしてこうしてと同胞が付け加え、そのアドバイスを参考に構築した女性像がこれらしい。
それを聞いて、響と氷輪は納得と同時に頭痛を覚えた。
おそらく、暁鐘はからかわれたのだ。それを鵜呑みにしてしまったのだろう。
この日本で、いや日本でなくともこんな格好で外を出歩いていたら、即通報案件だ。わいせつ物陳列罪か何かで逮捕されること間違いなしだろう。
いくら人に仕えたことのある妖異とはいえ、その辺りの人間の感覚はよくわかっていないらしい。現に暁鐘は自分の姿を見て、そんなにおかしいだろうかと首を傾げている。
「……とりあえず、戻って」
同性であっても見るに堪えず、響が片手で目元を覆いながらそう言うと、暁鐘はわかったと頷いて仙人姿に戻った。
今の一連でなぜかどっと疲れた。響は深々とため息を吐き出す。
人に変化できるというのは朗報だが、化けたところであの姿でいられては堪らない。だからと言って、この老人の姿ではどう考えても不自然だ。
どうしたものかと頭を悩ませている響の横で、氷輪がひょいと尻尾を振った。
「試しに、響と同程度の年の姿をとってみよ」
「人の子の姿か。そういえば、やったことはなかったな。……ふむ」
ひとしきり響を観察していた暁鐘が光り出す。
次に現れたのは氷輪の注文通り、響と同い年ぐらいの子どもだった。しかも、嘉神学園の制服をまとっている。服装もコピーできるらしい。
「どうだろうか」
「へぇ、いいんじゃない?」
これなら誰に見られても不思議がられることはないだろう。だいぶ見目が整いすぎているような気もするが、師や玲子と並べたらそこまで違和感はないかとあっさり思い直した響は、自分の感覚が若干おかしいことに気づいていない。
「てか、女子なんだ」
暁鐘が変化したのは、スカート姿の女子生徒だった。身長は響よりも高い。玲子と同じぐらいだろうか。線が細く、肩より長い髪は金色だ。
「主と性別を一致させたほうが、都合がいいだろうと思ってな」
それがわかっててなんでさっきのあれをおかしいと思わないんだよ、と思わず内心でつっこむ響だ。
このどこかずれた感性にはこれから苦労しそうだな、と響は額に手を当てて軽く頭を振るのだった。
「どうだ、響。私はそなたの役に立てそうか?」
「あー、まぁそだね。じゃあ、また必要なとき声かける」
響が肯定的に返すと、子鹿姿に戻った暁鐘は嬉しそうに羽をパタパタと動かした。
どこか感性がずれていてやる気が空回りすることもあるが、まぁ悪いやつじゃないんだよなぁ、と響はそっと息を吐いた。
△ △
別に、妖異調伏なんてものはどうでもよかった。
他の人間が持たない力を持っていることで、周囲から持ち上げられていい気がした。ただ、それだけ。
人々の安寧? さらさら興味がない。
降魔科のある学校へ行ったのは、この力をもっと便利に使いたかったから、という理由でしかなかった。
力をちょっと見せつければ、力を持たない者は自分を恐れ、なんでも言うことを聞いた。
それが、本当に気分がよかった。
それなのに。
あいつらは、俺のこの力を奪いやがった。
それは規則違反だとかなんだとか抜かして。
ふざけるな。俺はこの便利な力を、有効に使っていただけだというのに。
そして力を使うすべを奪われ、退学させられた。放り出された俺は、罵られ嘲われる日々を送る羽目になったんだ。
許せない。
俺から力を奪ったやつらが。俺をこき下ろしやがったやつら全部が。
だから、俺は。
復讐すると決めた。
「――集まったか」
河西凌吾は、腰を下ろしていたコンテナの上に立ち上がった。
ここは明かりのない、薄暗い屋内。倉庫の中だ。
至る所に大きなコンテナが置かれ、そこに蝋燭の火がいくつも灯っている。そのせいか怪しげな雰囲気だ。
この暗がりに、複数の人影がある。
その数、十ほど。それも、全員十代の少年少女だった。みな同じ制服を着ている。
「諸君、例の準備は上々かな?」
おどけたような口調で呼びかける。すると、はいという声が各所で上がった。
河西はよしよしと頷いて、再び口を開こうとした。その時。
「……あ、あの」
ふいに上がった声に遮られた。
河西が目を向けた先には、二人組の少女の姿があった。そのうちの背が低いほうが口を開いたようだ。
「ほ、本当に、これで、う、上手くいくんです、よね……?」
どもったようなしゃべり方が妙に癇に障りイラッとしたが、ぐっとこらえて河西は努めて穏やかな口調で返答する。
「もちろんだとも。これで諸君の勇姿が評価されること間違いなしだ」
そうして、青年はぐるりと周囲を見渡した。
「前にも話した通り、俺は真に実力のある者たちが日陰者扱いされているのを見るのは辛いんだ。しかも、諸君はまだ若い。伸びしろは十分にある」
持ち上げて、その気にさせて。
「俺はな、諸君に期待しているんだ」
寄り添うように。
「安心していい。今ここに集まった諸君には秘めたる力があり、この計画が成功した時には必ずや日の目を見ることになるだろう。この俺が保証する!」
じっくりと勘違いさせる。
河西の力のこもった演説に、歓声のような声が上がる。
思わず漏れそうになった笑い声を誤魔化すように、河西は両手を広げ高らかに言った。
「では、計画通りに。頼んだよ、今は名もなき勇者たち!」
学生たちが去った倉庫にひとり、河西だけが残された。
乗っていたコンテナから降りた河西の口から声が漏れ出る。
「…………クッ」
次いで、ギャハハハという下卑た哄笑が広い空間に放たれた。
「ハッ、なにが勇者だ。バッカじゃねぇの」
先ほどとは打って変わり、青年は口汚い言葉を吐き捨てる。
「頭の悪いガキどもがよ」
あんなでまかせでしかない自分の言葉を、そして自分たちの明るい未来を信じて疑っていないのだろう。
利用されているとも知らずに。
「――おかげで計画が遂行できているんだ。むしろ感謝するべきだろう」
ふいに背後から声がかかった。
河西が振り返ると、コンテナの陰から人が姿を現した。
黒い和服を着た壮年の男だ。顎髭を生やし、目元の鋭さもあいまっていかめしい顔つきである。
その男は手に何かを載せていた。香炉だ。手のひらに収まるほどの大きさで、蓋が被せられているが、そこから微かに匂いが漂っている。
つい先ほどまで焚かれていたそれを、青年はどこか胡散臭そうに見やる。
「便利なもんだな、古式ってのは。そんなもんひとつで黙せんだから」
「これだけでできるわけではない。色々と手順を踏む必要があるから、こう見えて面倒だぞ」
男の言葉に、青年はへーとどうでもよさそうな反応をする。
「そんなことより、これでいいんだよな、方士様よぉ?」
方士と呼ばれた男が頷く。
「ああ。首尾は順調のようだな」
「言ったろ。抜かりはねぇってよ」
「成功を祈ろう」
「本当にそう思ってんのか?」
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「……へっ、わかってんならそれでいい」
河西はもう興味はないとばかりに男から目を逸らした。その背中を、感情のない瞳がただ見つめている。
ようやくここまで来た。もう少しでこの復讐が果たされる。
河西は天井を仰ぎ、恍惚とした笑みを浮かべた。
「さぁ、破滅への秒読みだぜ? ――嘉神学園よぉ!」
△ △
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