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短編
【3章幕間】黎明の光を浴びて
しおりを挟む「――白澤殿、それはまことか」
瞠目する暁鐘に、氷輪はふっと鼻を鳴らした。
「あくまで憶測にすぎぬがな。とはいえ、間違ってはおらぬという確信はある」
「たしかにあのお方であれば、その程度のことは軽くやってのけるだろう。しかし、そうか……我が君が……」
そうして、暁鐘は瞳を揺らして言葉を詰めた。
響が飛廉に暁鐘と名を与え、式神としたその日の晩。
寮で食事と風呂を済ませた響が自室の椅子に座り、その机上には氷輪と暁鐘がちょこんと乗っかっている。霊気を抑えた姿のため、一見愛らしいぬいぐるみが飾られているかのようだ。
例によって同室相手が不在なのをいいことに、氷輪が黄帝の残留思念が起こした事の一端を、暁鐘と響に話して聞かせていた。
暁鐘は顔を俯かせ、黙ったまま肩を小刻みに震わせている。感激のあまり言葉が出てこないのだろう。
そんな式神を横目に、響はそっと胸元に手を当てた。
胸のあたりにずっとあったあの妙な感覚。まさか、あれにそんな事実があったとは。
響が呪詛返しをしようと思ったのは、この身を狙ってくる飛廉から自分を守るためだったはずだ。しかしそれがいつの間にか呪詛に苦しむ飛廉を救うためにと、目的の主旨がすり替わっていた気がする。
それが、黄帝の残留思念によるものだったとしたら、納得がいくものもある。
それにしても、なぜあのタイミングで思念が動き出したのだろう。もう少し早くに力を貸してくれていれば、自分もあんな大怪我をせずに済んだのでは。まぁ、結局怪我は思い出したくもない目にあいつつもすぐに治してもらったし、残留思念程度の力に期待することでもないのだろうが。
それはともかく、なにかトリガーでもあったのだろうか。直前の出来事をなんとなく思い返してみる。
あれは確か、暁鐘にのしかかられた時だ。そこで暁鐘の心に触れ、本心を知った。
もうこんなことはしたくないと、助けてくれと、身の内で悲鳴を上げていて。そんな呪詛に苦しむ暁鐘の姿が、まるで望まず背負わされた業に苛まれている自分を見ているかのようだった。
そこまで考えが及んだ時、ふとあるひとつの考えが脳裏を過った。
黄帝の思念を呼び起こさせたのは、自分が暁鐘を助けたいと、思ったから――?
「…………まさか」
響は己の思考を打ち消すように首を振った。
違う。あれは別に、そんなんじゃない。
自分を守るために動いた結果、暁鐘を救うような形になった。それだけだ。
自分には、誰も救えない。この力は、自分を守るためだけにあるのだ。これまでも、これからも。
響の視界で前髪がふいに揺れる。
「……ん?」
髪が揺れる? 頭は動かしていない。気のせいかと思いきや、再び髪がなびく。これは、風?
窓は開けていないはずだが、と顔を上げた響は目の前の光景にぎょっと目を見開いた。
「って、ちょ、なに!?」
部屋の中で、風が吹いている。風にあおられ、部屋中に置いてあるものがガタガタと音を立てている。
「おお、我が君よ……っ、あなたの思慮深さに、私は、私は……!」
その風の発生源は暁鐘だ。打ち震えている暁鐘を中心として、風が渦を巻いていた。おそらく自身のために主君が一役買っていたことに感動しているのだろう。その喜びが物理的に溢れ出てしまっているようだった。
心なしか、風が徐々に強まり出している。暁鐘の傍にいた氷輪があわやのところで吹き飛ばされかけ、机に掴まりながら声を張り上げる。
「飛廉、この馬鹿者! 部屋を破壊するつもりか!」
「――え? あ、ああ」
氷輪の叱責に、我に返った暁鐘がようやく周囲の様子に気づいた。慌てて霊気を抑えると、風は瞬時にやみ、室内は静けさを取り戻す。
「す、すまない、私としたことが、つい感情を抑えきれず……」
「はー、びっくりした……」
ひとまず惨事になることは免れ、響と氷輪はほっと息をつく。あやうく部屋中のものが落下、散乱する事態になるところだった。
悄然と肩を落とした暁鐘は落ち着きを取り戻した。……かのように見えたが、少ししてから再び肩が震え出した。どうやらいまだ余韻が抜けずにいるらしい。このままではまた同じことが起こりかねない。
「あー、で、暁鐘がずっと言ってる我が君ってのが、そのコーテイって人なんだ」
暁鐘の意識を逸らすため、響が適当に話を振る。すると、暁鐘は嬉しそうに頷いた。
「ああ、そうだ。とても尊いお方であった」
響の怪しいイントネーションに引っかかりを覚えた氷輪が、胡乱な表情を主へ向ける。
「響よ、汝の黄帝についての知識はどの程度あるのだ」
「今初めて名前を聞いたぐらい?」
「まったく、汝というやつは……。その程度のことも知ら……ぬか」
呆れたように言いかけた氷輪だったが、すぐに思い直す。暁鐘が苦笑した。
「無理もない。この国にはあまり所縁がないうえに、人間にとっては相当昔のことにあたるだろうからな。ふむ……どのぐらい前だったか」
飛廉が思考を巡らすまでもなく、知識の神獣がすかさず答える。
「人間の理に合わせて言うならば、紀元前二十六世紀頃といったところか」
「きげんぜ……そう」
響はただそれだけ呟いた。反応が薄く見えるのはいつもの無関心からではなく、遥か彼方のことすぎてまったく想像もつかなかったからだ。
これが百年前だとかであれば、まだ驚くことはできただろう。しかし、云千年も前のことだと言われても全然ピンとこない。ゆえに、リアクションがとれないのである。
氷輪たちはついこの間のことのように言っているが、長生きして百余年程度の寿命しかない人間からすれば、もはや別次元の話だ。スケールが違いすぎる。
「仕方がない。特別に説明してやろう」
首を振りつつも、なんだかんだと白澤が知識の扉を解錠する。
「黄帝は、古代中国を統治した五帝、その最初の帝王だ」
五帝とは、黄帝、センギョク※、帝コク※、尭、舜、の中国を治世した五人の天子のことをいう。
その最初の帝王たる黄帝は、衣服や家屋、文字や暦、果ては医術まで数えきれないほどの様々な人類文化を創始制定した偉人として、中国では今もその名が語り継がれている。
「へえ~……」
思念を残すほどの術者の上に、風伯たる暁鐘が我が君と称して敬愛しているほどの人物だからきっとすごい人なんだろうなとは思っていたが、想像の範疇を余裕で飛び越すほどの偉業を聞かされ、そんな言葉しか出てこない。
人間、自分の理解が及ばないものに遭遇すると早々に思考を放棄するものである。
それにしても、思念を残すだなんて、いくらなんでも人間離れがすぎるのではないか。あの深晴でもできないのではないだろうか。しかも、微弱ながらも響に力を与えたというのだから、その力は相当のものだ。
それに今の話を聞く限り、暁鐘は日本には所縁がないと言ったが、日本は元々中国から多種多様な事柄を学んで取り入れてきている。ということは、間接的にはかなり縁があることになるのではないだろうか。
陰陽道もそうだ。最終的に日本独自の発展を遂げているとはいえ、元は中国から伝来されたものだ。
では陰陽術を操る自分にとって、黄帝とは大先輩……いや、師範にあたると言っても過言ではないのでは。
などとつらつら考えつつ、響は氷輪に視線を移した。
「で、氷輪はその黄帝って人と知り合いなわけ?」
「ふん、そのような気安いものではないわ。彼奴とは一度相まみえただけのこと」
「そこで白澤図を残した、というわけか」
「白澤図?」
またも初めて聞く言葉に響が首を傾げると、暁鐘がそうだと頷いた。
「白澤殿が、我が君に一万以上にも及ぶこの世の妖異鬼神について教えたのだ。それを書き記した書物を、白澤図と言う」
黄帝が中国を統治するにあたり、この白澤図の存在はかなり大きかったのだという。
そこまで説明して、ふと暁鐘が軽く目を伏せた。
「しかし、白澤図自体はいつからか散逸されてしまっていてな。現存していないのだ」
暁鐘がちらと氷輪を窺うように見やる。氷輪は落ち着き払った口調で言った。
「構わぬ。むしろ、いかがわしい扱いをされるぐらいならば、なくなってしまったほうがよいのだ、あのようなものは」
人間の邪さは、ときに我らの想像を超えるからな。
そう皮肉る氷輪に、ふーんと話を聞いていた響がふと思い出す。
「なんだっけ、白澤ってたしか『有能な為政者の前に出現する』とかなんとかなかった? 黄帝と会ったのもそれ?」
「まさか。為政者云々など人間どもの勝手な解釈にすぎぬ。我にはそのような意図、欠片もないわ」
不機嫌そうに吐き捨てて尻尾をぴしりと振った氷輪は、ふいににやりと口角を上げて響に流し目を送った。
「汝のもとにおるのが確たる証拠だ」
「あー、たしかに」
自分は為政者でもなんでもない。ついでにそんなものに一ミリの興味もない。
怒るでもなくただ納得する響とは反対に、暁鐘は首を傾げた。
「そうか? 響ほどの力があれば、民を導くこともできると思うが」
「いや、やんないから……」
何を言い出すんだ、この妖異は。そんな面倒なこと誰がするか。
嫌そうな顔で響が首を振ると、暁鐘は少しばかり残念そうに眉を下げたが、それ以上そこに触れることなく、氷輪に視線を移した。
「しかし、『有能な為政者の前に出現する』か。あながち間違いではないだろう。我が君の治世に、その白澤図が事実大きく貢献しているのだから」
「呑気なものだ。そのせいで汝はあの男に敗れるはめになったのだというに」
呆れ口調で氷輪が言うと、暁鐘はむっとした顔をする。
「以前も言ったが、それについて私は恨みなどを持ってはいない。むしろ感謝を――」
「それはもうよい、この盲目め」
言い募ろうとした暁鐘を、氷輪は聞き飽きたとばかりに遮る。
ふたりの話を黙って聞いていた響は、ふと敗北という言葉に引っかかりを覚えた。
「暁鐘って黄帝と戦ったの?」
「……ああ。私はかつて我が君と相対したことがある」
暁鐘は懐かしむように、琢鹿での戦いを響に語って聞かせた。
「我が君は敗れた私を罰することなく、改心の機会を与えてくださったのだ」
響はふむと考え、話をまとめる。
つまり、その白澤図とやらには、きっと暁鐘たちのことまで書かれていたのだろう。黄帝はそれを元に打開策を練り、敵に打ち勝った。そして、暁鐘は黄帝の配下になったというわけか。
いまいちよくわかっていなかった部分が、ようやく判然とした。
「でも、もともと敵だったんでしょ? そんなあっさり下についちゃうんだ」
響に他意は一切ない。ただ思ったままのことを口に出しただけだ。
これが人間相手であれば激昂されていたかもしれないが、長命の人外は動じることなくそっと苦笑するだけだった。
「私と蚩尤は元々同門であり、ともに修行を積んだ間柄なのだ。その縁あって、琢鹿の戦いでは蚩尤側についた。しかし、言ってしまえばそれだけにすぎない」
だから、蚩尤が討たれたと知ったときも、特段悲しくはなかった。憎悪の念もついぞ湧いては来なかった。
強いて言えば、自分たちを打ち負かした人間の存在に驚きを覚えたぐらいだ。
「へぇ、なんていうかちょっと薄情な感じなんだ」
これにも他意はない。響が言葉を選んでいないだけである。
汝がそれを言うか、と無関心を地で行く主に軽くつっこみつつ、氷輪は嘆息した。
「響よ、妖異と人間を同等に考えるでない。これほどまでに情が強いのは、人間だけなのだ」
良くも悪くも、な。
氷輪は目を細めて意味ありげに付け加える。
「我らは、人間ほど愛憎の情を持たぬ。必要がないのでな。……まぁ、ここに多少あてられたものはおるようだが」
氷輪がちらと暁鐘に視線をやる。暁鐘はひとつ瞬きをした。
「確かに、私も我が君と出会ってから敬愛の念というものを知った」
「ふん、我には到底理解できぬ」
氷輪がきっぱりと言い切ると、暁鐘はこてんと首を傾げる。
「響にはないのか?」
「戯言を。これのどこにそのようなものを抱く余地がある?」
「ま、氷輪にそんな風に思われても気持ち悪いだけだしねー」
横槍を入れた響を、氷輪はキッと睨んだ。
「口を慎め、無礼者。むしろ、汝こそ我を敬って然るべきであろう」
「はぁ~? 誰が、何を、敬うってぇ?」
そうして、いつものように睨み合いが始まる。
そんなふたりを、暁鐘は傍から眺めることしかできない。
盲目、か。
ふと氷輪に言われた言葉を思い出す。そういえば、似たようなことを言われたことがある。
――お前の忠誠心に勝てる者はいない
いつしか故郷の同胞に言われた言葉だ。まったくの無意識ではあったのだが、ことあるごとに主君の話をしていたらしく、呆れた顔をされたのだった。
お前たちは違うのかと問いかけると、確かに主君に忠誠を誓ってはいるが飛廉には負ける、と返された。
黄帝からも、幾度となくお前は忠義者だなと言われた。暁鐘としては、臣下として主君のために尽くすという当たり前のことをしているつもりだったのだが。
とはいえ、たしかにあの戦いを経験する前までは、誰かに、ましてや人間の下について尽くすことになるとは想像もしていなかった。
――私に、力を貸してくれないか
この言葉から、すべてが始まった。
暁鐘の脳裏に、在りし日の記憶が鮮明によみがえってくる。
△ △
『……配下に加われ、だと?』
告げられた言葉に、暁鐘は我が耳を疑った。同時に相手の正気も疑った。
敗戦したあと、暁鐘は生き残った味方の同胞たちと黄帝の面前に引っ立てられた。
処刑を覚悟し、潔く処されようと思っていたのだが、相手軍の大将は死刑宣告どころか、自分の下につかないかと言ってきたのだ。
『馬鹿な、我らはそちら側の人間を数多く殺したのだぞ』
仲間を多く殺されたのだ。憎くてたまらないと、人間ならそう思うはず。報復としていたぶり殺そうとは思えど、配下に置こうなどと思うわけがない。
「そうだな、お前たちに殺された兵士の中には、私と親しかった者もいた」
しかしな、と続けた黄帝は口調はどこまでも穏やかだった。
「戦に死はつきもの。戦場に出た時点で、みな己の死は覚悟している」
この時の暁鐘には到底理解できなかった。なぜ死ぬとわかっていて戦場に出るのか。自分を含めた妖異たちは勝利を信じて疑わず、己の死など微塵も考えていなかったというのに。
「それを言うなら、我々もお前たちの仲間だけでなく、大将を討ち取った。憎くはないのか?」
『憎い? なぜ? それはやつらが力不足だっただけのこと。蚩尤とてそうだ』
暁鐘が意味がわからないとばかりにさらりと言うと、他の妖異たちも賛同して頷いた。これが人間と人外の、いわゆる見解の相違である。
暁鐘の返答に、そうかと言って黄帝はふっと彼方を見やった。
「私はな、この国を治めると誓ったのだよ。それを成し遂げることが、この戦で死んでいった者達へのせめてもの手向けとなろう」
そうして、黄帝は視線を飛廉たちへと移した。
「我が悲願を成就させるためには、お前たちの力が必要だと私は考えている」
だから力を貸してくれないか。
そう言って武器も持たない手を無防備に差し伸べた黄帝を、暁鐘は呆然と見ていた。自分たちを負かしただけに飽き足らず、さらなる野望へと手を伸ばそうとしているのか。
……面白い。
大願を抱く人間に興味が湧き、暁鐘は黄帝の配下となることを承諾したのだ。
ただし、もし自分たちを奴隷のように扱うことがあれば、尊厳を踏みにじられるぐらいなら己の死と引き換えにしてでも暴れてやろうと思っていた。
けれども、黄帝は暁鐘を、否、暁鐘を含む元蚩尤陣の妖異たちを、無慈悲に酷使するようなことなどしなかった。言葉通り、治世のために全霊を注いだのだ。
いつしかその姿に魅かれ、飛廉は黄帝を心の底から敬うようになり、彼の助けとなるべく尽力した。
そうして長く険しい道のりを経て、ようやく治世を成し遂げたとき、黄帝は飛廉を含む家臣を集めてこう言った。
「感謝するぞ。お前たちがいなければ成し遂げられなかった。だから――」
お前たちは〝盟友〟だ、と。
臣下ではなく、盟友と言ってくれたのだ。
それが堪らなく嬉しくて、感動に身を震わせた。
それから、治世を成し遂げたあとも民のために尽くすと宣言した黄帝に、暁鐘はさらなる忠誠を誓ったのだった。
△ △
懐かしい記憶に胸が温かくなるのを感じ、暁鐘はそっと微笑んだ。右耳から垂れるこの耳飾りをもらったのも、ちょうどそのあとのことだったように思う。
そこでふと気づく。そういえば、あの時も明け方だったな。
祖国の全土を見晴るかせる山の頂上に立った黄帝の後背に、眩い朝日が照っていた。
これからの輝かしい未来を祝福するかのような、そんな黎明の光を浴びて微笑む黄帝の姿に目を奪われたのだ。
響からもらったこの〝暁鐘〟という名も、明け方を意味する日本語だというのだから、どうやら自分はなにかと〝朝〟に縁があるらしい。
思わずふっと微笑んだ暁鐘だが、すぐに表情を引き締めた。
――人間を守りなさい
この言葉を胸に刻み、黄帝が死ぬまで忠義を尽くし、黄帝亡きあとも飛廉たちは彼が愛した土地と人々を守ろうと思ったのだ。
だというのに、自分は迂闊にも何者かの術中にはまり、何人もの罪のない人間を殺めてしまった。たとえそれが自分の意志ではなかったのだとしても、約定を違えてしまったことに変わりはない。
おそらく、黄帝は許してくれるだろう。でなければ、響に力を貸すはずがない。この耳飾りとともに彼の心が帰ってくることもなかっただろう。
けれども、暁鐘は自分を許せない。術にかかったのも、己の弱さが原因だ。
だから。
暁鐘は一度ぐっと目を瞑り、そしてそっと開いた。
だから、見ていてくれ――軒猿。
主君であり、盟友である者の真名を心中で呟く。本人に向かってはただの一度も紡いだことのないものだ。
私はこれから罪を償うために、私を呪縛から解き放ってくれたこの人間のもとで力を尽くす。自分が自分を許せるようになるまで、その間だけ、どうか別の人間を主とすることを許してほしい。
あなたに恥じない盟友でありたいから。
そうして暁鐘は、その決意をそっと胸にしまい込んだ。
――――暁鐘は気づかない。
耳飾りの赤い石が、一瞬だけほんの微かな光を灯したことに。
そして、その色があたたかみを帯びていたことに。
ひとり決意を新たにした暁鐘がふと意識を戻すと、響と氷輪はまだ言い合いをしていた。
「汝は我がいかに偉大であるかわかっておらぬのだ」
「あーハイハイ。そーですねー」
鬱陶しそうに受け流した響は、欠伸をしながらぐっと伸びをした。
「なんか氷輪のつまんない小言聞いてたせいか、すっごい眠くなってきた……」
「なんだと!」
噛みつかんばかりの勢いでがおうと吠える氷輪を無視し、響は立ち上がった。その目は半分閉じかかっている。
「いやもーマジで無理。寝る」
消灯時間までまだ三十分ほどあるが、もう瞼を開けているのがしんどくなってきた。明日からまた学校だし、少しでも疲れを取っておきたい。
そうしてやや危なっかしい挙動で二段ベッドに上がり、布団を被った響はものの数秒で寝息を立て始めた。響が欠伸をしてからここまで一分と経っていない。
「よほど疲れていたのだな」
机上に残された暁鐘が驚いていると、その横で憤懣やるかたない風情だった氷輪が尻尾をひと振りした。
「ふん……まぁ無理もなかろう。怪我は完治しているとはいえ、病み上がりもいいところなのだ。連日の疲れも取れてはおらぬだろうしな。まったく、人間とはまこと脆弱なものだ」
「……そう、だな」
氷輪の言葉を聞いて原因にすぐさま思い当たり、暁鐘の表情に影が落ちる。
そんな暁鐘を横目で見て、氷輪が鼻を鳴らす。
「あやつが軟弱なのだ。体力をつけよと幾度も申しておるというのに、我のありがたい助言を無碍にしおって。自業自得に他ならぬ」
ぶつぶつと小言をこぼす氷輪の傍らで、暁鐘は沈鬱な表情のままだ。
氷輪は軽く息を吐き、ふいに机上から飛び降りた。
「……白澤殿?」
戸惑い気味の暁鐘を肩越しに顧みて、氷輪はくいっと顎をしゃくった。
「飛廉よ、少し顔を貸せ」
響が式神二体のお互いの呼び方が変わっていることに気づいたのは、それから数日経った頃のこと。
この無頓着な主に氷輪は深々と嘆息し、暁鐘は苦笑するのだった。
(※五帝のセンギョクと帝コクには当てはまる漢字がありますが、特殊文字のせいで媒体によって正常に表示されないため、カタカナにしています。)
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