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【陥穽篇】2.星廻る輩
星廻る輩 ☆玖
しおりを挟む時折閃く雷に注意しつつ、三人がたどり着いたのは平地で開けた公園だった。竜之介の言ったとおり遊具もなく、子どもよりも大人向けの憩いの場としての意味合いが強いようだ。
障害物も少ないここならば、遠慮なく雷獣と対峙できるだろう。
「で、盤はどれを使うんだ? 三人同時なら比和の効果で全員同じ属性のほうがいいだろ」
竜之介がそう言うと、しかし梨々花は首を振った。
「ううん、あたしは適性でいくわ。だから、あんたも水行使って」
「はぁ? お前、さっきと言ってること違うじゃねぇか。それに、それじゃ反発し合っちまうだろうが」
「しょうがないじゃない。あそこまで届けるには、一番火力が出せる適性で行くしかないでしょ」
今度は竜之介が首を振る。
「馬鹿言うな。下手したら相殺されちまうんだぞ。最悪、そのせいで街を破壊しかねねぇ。そんな危ない橋渡れるかよ」
「でも他に方法なんて……」
梨々花と竜之介はうだうだと言い合っている。やり取りを傍らで聞くともなしに聞いていた響は、だんだんイライラしてきていた。
ほぼ強制的に連れ出され、これまたほぼ強制的に妖異調伏をする羽目になってしまった。挙句、自分の意思が介在する余地もなく、状況が勝手に作られている現状に正直かなりうんざりしている。
とにかく早く帰って自室でゴロゴロしたい。響にはその一心しかなかった。
「――あーもう」
とうとう痺れを切らした響ははぁっと嘆息し、やおら会話に割って入った。
「それはこっちでどうにかするから、やるんならさっさとやっちゃおうよ」
二対の視線が響に向けられる。梨々花が目を瞬かせた。
「で、できるの?」
「さぁ、なんとかなるといーね」
適当極まりない返事に周囲は呆れる。
しかし、反論は出てこなかった。その言い草とは裏腹に、響の瞳に確かな意志を感じたのだ。
「わかった、如月さんを信じる」
「チッ、時間もねぇし、こうなりゃ一か八かだ……おい、お前、それが出任せだったらただじゃおかねぇぞ」
竜之介にじとっと睨まれるが、響ははいはいとおざなりな反応をするのみ。
意を決した二人が、それぞれ右腕を掲げる。響は懐から霊符を取り出し、それを指に挟んだ状態で刀印を結び、神経を研ぎ澄ませた。
梨々花と竜之介は互いの目を見て頷き合うと、霊力を練った。
「水蛇召喚!」
「逆巻颪!」
二人の言霊により発動された術は、水の竜と旋風を生み出した。
周囲に幅広く逆巻く風と大きくうねった水の竜が宙でぶつかる。バチバチと音を立てながら二つはせめぎ合い、互いに打ち消し合おうとしていた。
「あ……っ!」
「くそっ、やっぱこうなんのかよ!」
表情を歪める二人の耳に、詠唱が届いた。
「結べ結べ。常は分かつ力、今ここに統べ括らん──」
響だ。呪文を唱えた響は挟んでいた霊符を投げ放った。
「急々如律令!」
まっすぐに飛んで行った符から白い霊力が迸り、二人の術に絡みつく。すると、変化が生じた。
「あ……!」
梨々花が目を見開いて口元に手を当てた。
それまでせめぎ合っていた水と風がみるみる落ち着いていき、調和を取っていくのだ。
響の術が、二人が放った術を上手く調整して結合させたのだということに遅れて気づく。
そして、二つの術が組み合わさったことにより、双方が増強され旋風は巨大な竜巻となった。竜巻の柱に絡みついた水竜が風の流れに乗って速度を上げ、天へと昇っていく。
巨大竜巻と竜を模した水の奔流は、稲光が走る暗雲を見事貫いた。
「なんだ、こりゃ……」
「すごい……」
目の前の光景に呆然とする竜之介と梨々花。自分たちの術がこんな風になるだなんて、思ってもみなかったのだ。
やがて水竜巻が消え去ると、貫いた箇所から晴れ間が覗いた。
一瞬、稲光と雷鳴が消え、静寂が辺りを包み込む。そして次の瞬間、大地を揺るがすほどの凄まじい咆哮が轟いた。
「……っ!」
鼓膜をつんざくような轟音に耳を塞ぎつつ、上空に目を凝らす。すると、雲を突き抜けるようにして躍り出てくるものがあった。
それは下降しながら響たちのほうに近づいてきて、地上にある程度まで迫ると中空で留まる。
肉眼で姿が認知できる距離まで降りてきたのは、四つ足のイタチまたはハクビシンような姿をした獣だった。目測だが、全長は一メートルもないだろう。バチバチと放電しているかのような光を全身にまとっているため、身体の色は判然としない。尻尾が二又に分かれている。
「あれが、雷獣……」
氷輪の言ったとおり、今ので本当に雷獣が姿を現した。
「思ったより小さいわね」
「気ぃ抜くんじゃねぇぞ。あんな形で街をこんなにしやがった奴だ」
「わ、わかってるわよ」
雷獣は自身を見上げている三人に目を留める。咄嗟に身構えた三人を、先ほどの術を放った人間だと認めたらしく、眉尻を吊り上げた。
咆哮が轟く。直後に暗雲から幾閃もの稲妻が響たち目がけて飛来した。その白い閃光はさながら刃。まるで突き立てるかのように降り注ぐ白刃を、三人は障壁を築いて防ごうとする。
「ぐっ……!」
叩き落とされたのは、先ほどまでの比ではない強烈な雷。なまじ目視している分、攻撃を集束させやすくなったのだろう。
障壁がビリビリと震えている。もしこの障壁が破られでもしたら、あの電撃を浴びることになる。そうなれば、間違いなく命はない。
「……くっ、ダメだ、耐えられねぇ! 避けろ!」
竜之介の叫びに応じ、全員が地を蹴った――瞬間、障壁が砕け散り、三人は衝撃で撥ね飛ばされた。
「きゃぁあああ!!」
「ぐあ……!」
「……っ」
地面に転がった響たちの上に、落雷によって削られた土砂と木っ端が降り注ぐ。余波を浴びただけで辛くも直撃は免れ、土埃にまみれながらも怪我はほとんどしていない。
なんとか立ち上がった梨々花は、呆然と中空を仰ぎ見た。
「……こんなの、ムリ……」
足がすくみ、手が震える。あまりにも圧倒的な力を前に、梨々花の戦意が削がれかけていた。
やはり、無謀だったのか。この三人ならもしかしたらと思ったが、天災レベルの妖異相手は自分たちにはまだ早かったのかもしれない。このままでは全滅してしまう。
どうしよう、妖異を倒そうって言ったのはあたしなのに。自分の迂闊さと浅慮が、二人も巻き込んだ。もう取り返しがつかない──。
「呑まれるな。先の威勢はどこへ行ったのだ」
梨々花の思考が絶望に染まりかけた時、声が届いた。
はっとして声が聞こえたほうを見ると、いつの間にか足元に響の式神がいた。
氷輪は肩越しに梨々花を顧みて言う。
「小娘、汝が指揮を取れ」
「え? で、でも、あたしなんかじゃ……」
「この場において、司令塔に最も適しておるのは汝だ」
きっぱりと言い切られ、梨々花はこくりと喉を鳴らす。
「あたしが……」
竜之介や響ほどの実力がないことは自覚している。そんな自分に、指示役など本当に務まるのか。
なおもためらっている風情の少女を氷輪がじっと見据える。
「汝は言った。汝ら三人であの妖異を調伏するのだと。言霊を操る者が、一度言の葉に乗せたものを違えることなどあってはならぬ」
「…………!」
瞠目し息を呑む梨々花から視線を外し、氷輪が重々しく続けた。
「心してかかれ、命運は汝が握っておるのだ。ひとつの過ちが破滅を導くぞ」
「……は!? え、ちょっと、あんまりプレッシャーかけないでよ!」
「ふん。この程度で怖じけるようでは、到底降魔士になどなれぬ」
「んな……っ」
なんなんださっきから。励ましているのかと思いきや、ただ言いたい放題言っているだけではなかろうか。
「汝は降魔士を志しておるのだろう。その意志は容易に放り出してよいものなのか? うん?」
「あーもう、わかったわよ! やってやろうじゃない!」
氷輪の煽りにカチンときて啖呵を切った梨々花の身体は、もう震えてはいなかった。
腹をくくった梨々花は、勢いよく響と竜之介を見やる。
「作戦通りいくわよ! 如月さん、拘束の術をかけ始めて!」
響は頷くとすっと息を吸って集中し、両手で剣印を結んだ。
「ノウマク・サマンダ・バザラダン・カン!」
真言が詠唱される。雷獣は奇妙な感覚が身体にまとわりついたことに怒り、真っ赤な目をギラリと光らせた。
「篁、これ使って!」
ふいに、梨々花が竜之介に盤を投げ渡した。受け取った盤を見て、竜之介が怪訝な顔をする。
「金盤? こんなもんどーすんだ」
「避雷針!」
そのたった一言で、竜之介はそういうことかと合点がいった。
直後に、雄叫びが空気を震わせる。それに呼応して、引き裂くような雷轟とともに再び稲妻が迸った。
そこで、梨々花と竜之介が金行の盤を放つ。
「雷除!」
二枚の盤は三人の両脇に飛んでいき、少し離れた場所に三メートルほどの細長い金属の柱を出現させた。
すると、響たちに迫っていた雷がまるで吸い寄せられるかのように、金属のほうへと逸れていった。
その隙に、響が詠唱を続行する。
「ノウマク・サマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン!」
響が先ほどから唱えているのは不動明王の真言、一字咒と慈救咒。並の妖異であれば、この時点で指一本動かせなくなるほど強力な束縛の術だ。
しかし、雷獣にはこれではいまひとつ足りない。明らかに動きは鈍ったものの、封じるところまではいっていないのだ。術を完全なものにするためには、あともうひとつ、火界咒を唱える必要がある。
「ノウマク・サラバタタ――」
瞬間、雷獣が吠えた。直後に一筋の雷霆が天から落ち、響たちに――ではなく、雷獣自身に直撃する。
「な……!?」
ぎょっとして目を瞠るが、雷の余波が三人のもとに押し寄せたので、響たちは後退を余儀なくされた。
雷を浴びた雷獣は首を左右に振って身震いする。どうやら自身に妖力のこもった雷を浴びせることによって、響の拘束術を打ち破ったらしい。
「クソ……ッ、なんて野郎だ!」
まったく予想だにしない動きだったため、反応することができなかった。やはりこのレベルの妖異が相手となると、そう簡単にこちらの思惑通りにはなってくれないことを痛感させられる。
目元を歪ませる竜之介の横で、梨々花も眉を下げた。
「避雷針も今のでダメになっちゃったし……」
先ほどの攻撃で響たちの代わりに雷の集中砲火を浴び、避雷針に見立てた金属の柱は使い物にならなくなっていた。覚悟はしていたものの、たった一度の攻撃しか耐えられないとは、本当に恐ろしい威力だ。
木行が適性の梨々花は、長所は当然として短所や弱点までひと通り把握しているので、対策として役立つ術式が刻まれた盤をたまたま持っていたのだが、それも今ので使い切ってしまった。
苦々しい表情を浮かべる二人の横で、響もまた鬱々としたため息をこぼす。
「自分が動けなくても雷は操れるのか……めんどーだなぁ」
雷獣がギラつかせた双眸で響たちを睨みつけている。響の隠形は解かれていない。姿は認知されていても、気配はぼやけたままなので、輝血だとはまだ気づいていないのだろう。それだけが響にとっての救いだ。
ともかく、術をかけようにも、このままではまた同じように破られることは請け合い。拘束するなら雷を落とせぬよう、まずは空と雷獣を切り離さなければならないらしい。
そのためには――。
「如月さん、何か考えがあるの?」
驚いて目をやると、梨々花が真剣な面持ちでこちらを見ている。どうして、と思ったが今はそんな些末な疑問に割いている余裕はない。
「あれを結界で囲みたい」
手短に伝えると、二人はすぐにその意図を解した。梨々花が思考を巡らせ、作戦を練り出す。
「なら、あいつをいったん地面に叩き落とすわよ。その瞬間に、結界を」
それに続いて、竜之介が響をまっすぐに見ながら言った。
「そのあと一瞬でいい、やつの動きを止めろ」
彼の真剣な眼差しを受け、響は黙って頷いた。
「もたもたするでない、彼奴が逃げるぞ!」
突如飛び込んできた氷輪の鋭い声に三人がはっと視線を戻すと、雷獣が上昇し始めていた。一旦態勢を整え直すつもりなのか。
まずい、このまま雲の中に逃げられれば、こちらの反撃手段がなくなってしまう。また振り出しに戻ることになるのだ。
「チッ、させるかよ……!」
咄嗟に、竜之介が片手を翳した。校章が淡い光を放つ。
「行け、水蛇!」
竜之介が召喚した水の竜が雷獣を追いかけ、絡みついた。自身を締めつける竜を、雷獣は妖気を爆発させて消し飛ばした。雷獣の視線が下がり、ギロリと竜之介を睨む。
「お前の相手は俺だ、このネズミ野郎!」
「ちょ、ちょっと、たかむ――」
実技授業での記憶がよみがえり、制止しかけた梨々花は、しかし途中で言葉を飲み込んだ。
竜之介が駆け出す直前に、一瞬目配せしてきた。そして、その意味するところを理解したのだ。
いきり立った雷獣が咆哮し、身体に帯びていた電気を竜之介めがけて解き放った。迫ってくる電撃を竜之介は懸命に走り避けながら反撃する。
「これでも食らえ!」
投げた土盤から複数の土塊が出現し、雷獣に向かって放たれた。しかし、雷獣が繰り出した電撃がそれをいとも容易く打ち消す。どころか、そのまま貫いて術者に襲いかかった。
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竜之介が必死に地を蹴って身を投げ出したことで、紙一重で直撃を免れた。けれども、転がった竜之介が身を起こすまでのその一瞬の隙を逃さず、雷獣が攻撃を仕掛けようと再び放電のモーションを取る。
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なぜなら、雷獣の頭上から飛来した竜巻が直撃したからだ。
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不意打ちを食らい、さしもの雷獣もバランスを崩してそのまま地表に落下する。
「如月さん!」
合図を受け、響はあらかじめ手首につけておいた数珠を数個外し、空へ放った。
「散!」
連なっていた数珠が弾け飛び、何十もの珠が地に降り立った雷獣を囲うように輪を形成した。
「これに織りなすは災い退けし檻。禍ものを囲み封じよ、ア・ビ・ラ・ウン・ケン!」
言下に、珠が上下に細い光を放ち、繋ぎあって檻を作り出した。
閉じ込められたことを察し、牙を剥いてグルグルと喉を鳴らしていた雷獣が吠える。しかし、先ほどまでのような稲妻は降ってこない。
暗雲と遮断することに成功したのだ。この結界が築かれているうちは、もう落雷による攻撃はできない。
猛り狂った雷獣の身体がカッと光を放ち始める。バチバチと音を立てながら、その光が増幅していく。どうやら帯電した身体から稲妻を飛ばし、結界を破壊しようとしているようだ。
そんなことをされてはたまらない。これを逃せば、おそらく次はないだろう。同じ手が通用するとはさすがに思えなかった。しかし、動きを封じようにも長々と詠唱している暇はない。
ならば。
すっと神経を研ぎ澄ませ、極限まで集中した響の詠唱が響き渡った。
「ノウマク・サマンダ・バザラダン・カン!」
渾身の言霊に、雷獣の動きが一瞬ピタリと止まる。その瞬間を竜之介は逃さなかった。
竜之介はすでにあるものを形作った右手を雷獣へと向けていた。それは響が結ぶ刀印に似ているが、形が少し違う。
人差し指と中指をくっつけ、その二本と垂直になるように立てられた親指。
そう、刀ではなく、銃だ。
左手を右腕に置いて固定し狙いを定め、竜之介は静かに紡いだ。
「――水穿」
銃口に見立てた指先から水が放たれる。細い糸のような水の線が弾丸のごときスピードで雷獣へと一直線に向かい、そして結界ごとその小さな身体を貫いた。
雷獣の身体がビクンッと一度大きく痙攣し、硬直する。そしてそのまま傾ぐと、横倒しになる前に灰となって消え失せた。
圧縮され細長くなったことで硬度を増し、瞬間的に豪速を生み出すその水は、分厚く頑丈な岩をも貫通する高威力を誇る。攻撃範囲が限りなく局所的なため、繊細な技術が必要とされる扱いが非常に難しい術だが、竜之介が持つ水行術の中で最高レベルのものだった。
その一撃が、雷獣の心臓を見事に射抜いたのだ。
静寂が漂う。はぁはぁと荒い息を吐きながら、竜之介が恐る恐る呟く。
「や、やった……のか?」
「倒した……」
呆然としていた梨々花が、徐々に表情を明るくさせて歓喜の声を上げる。
「やったわ! あたしたちで雷獣を倒したのよ!」
雷獣の調伏を確認し、響は結界を解く。すると、周囲に散っていた数珠が一斉に砕け散った。
響が術を発動させる際に使う数珠は術具ではなく、霊的な力など持たないただの安価な市販品だ。しかし、それを響がしばらく身に着けていると多少の霊力が宿り、術具として使えるようになる。
元々術具でもなんでもないものを術具にするのは時間がかかる上に一回だけの使いきりになってしまうのだが、響はこの方法を好んで用いている。輝血であり古式を操る響にしかできない芸当だ。
疲れたように重苦しい息を吐き、響は額に滲んだ汗を拭った。
そうして、空を仰ぐ。暗雲に走っていた稲光も雷鳴も止んでいた。これでもう被害が出ることはないだろう。
やっと終わった――そう思いかけたところで、響はふいに動きを止めた。
「やったわ、如月さん! ……如月さん?」
喜びを分かち合おうと響に駆け寄ったところで梨々花は首を傾げた。脅威を退けたというのに、響の表情に喜びはなく、訝しげに周囲を窺っていた。
おかしい、雷獣は確かに倒した。雷獣が放っていた妖気による威圧感もなくなっている。
だというのに、陰気が消えていない。
なんだこれは。どういうことだ。
その時、響の視界に何かが映った。同時に梨々花の悲鳴が耳朶を叩く。
「な、なんで……!」
梨々花の視線の先を追う。公園の入り口。そこにカマキリに似た形をした妖異がいた。
その妖異が三人めがけて突進してくる。細長い数対の足を動かし、見た目からは想像もできない速さで迫ってきた。開いた咢からは刃こぼれした刃物のようなギザギザの歯が見える。
「ちくしょう!」
竜之介が盤を取り出し、梨々花に怒号を飛ばす。
「三船、火盤だ!」
「え、いきなり!?」
驚きつつも梨々花は火盤を手に取り、竜之介と同時に投げ放った。
「炎弾!」
二人が放った炎が合わさる。大きな火の玉となったそれは相手に直撃し、妖異は火達磨となった。
妖異が消し炭となって消滅する。しかし、妖気は依然として辺りに漂ったままだ。
「ふむ、原因はどうやらこの陰気のせいのようだな」
氷輪が冷静に状況を分析する。
妖気、それすなわち陰気。妖異は陰気の濃い場所を好む。
氷輪が言うには、雷獣が放った稲妻には妖気が篭っており、それが町中に充満してしまったことによって妖異が引き寄せられているとのこと。暗雲が陽気を抑え込んでしまっているのも原因のひとつだろう。
あの暗雲も、これほどに陰気が溜まってしまったのも、すべては雷獣のせい。
「え、じゃあ、今街中は妖異だらけってこと……!?」
梨々花が色を失くし、呆然と立ちすくんだ。竜之介が唸る。
「くそっ、ウジ虫みてぇに湧きやがって!」
「もう力もそんなに残ってないのに、このままじゃ……」
響は言わずもがなだが、竜之介と梨々花もかなり力を消耗していた。これほどまでの大がかりな調伏は生まれて初めてだったのだ。霊力は当然として、精神も摩耗している。雷獣ほどの脅威ではなくとも、この状況で複数の妖異と相対する余力はほとんどなかった。
突如、空から奇声が上がる。はっと目を移すと、鳥型の妖異が上空から迫ってくるところだった。
「もう……っ、いい加減にしてよ!」
梨々花が苦しげな表情で術を放とうとした、刹那。
どこからともなく現れた白い虎が怪鳥に噛みついた。
「え?」
三人の頭上を跳躍し、降り立った虎は咥えていた怪鳥を噛み砕く。
獲物が消失すると、白い虎の顔がこちらを向いた。その目に瞳はなく、不思議なオーラをまとっている。これは本物の動物ではない。式鬼だ。
「これ、もしかして……干支獣式鬼? ってことは!」
「大丈夫か、お前ら!」
梨々花が目を輝かせた直後に声が聞こえた。
巡らせた目が捉えたのは、駆け寄ってくる見知った人影だった。
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