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アキラの家の玄関に入ったとたんに、いきなり抱きしめられた。
「……裕唯。本当に無事で良かった」
そう言われて、彼も今日の出来事でダメージを受けていたのだと気づいた。ここまで帰ってきたから安心したのかも。
「ええと……ご心配をおかけしました……」
「馬鹿。お前が謝るな。一番堪えてるのはお前だろ。だったらもっと怒っていいんだ」
アキラが僕の頬に手を添えて上向かせる。まっすぐに見つめてくる瞳がとても真剣で、僕は目をそらすこともできずに次の言葉を待った。
「一人で我慢すんな。遠慮もすんな。怒りたい時は怒れ。文句があるなら言え。その方が楽になるぞ」
……我慢? 怒りたい……? ああ、確かにまだ感情の整理がつかなくて頭の中はぐちゃぐちゃになってるけど……。そんなの誰かに聞かせるものじゃない。
「母ちゃんの前じゃ言えねーことあるだろ? 誰かに何もかもぶちまけたくなることだってあるだろ? そういうのは俺に全部言え。全部聞いてやるから」
「……そんなこと言うの、ずるい……」
そんなの今言われたら、抑え込もうとしていたことが全部あふれ出してしまいそうだ。
僕は表情が出ないから我慢強いとか、平然としてるとか思われるけど、心の中は結構狼狽えたり慌てたり苦しかったり辛かったりしてる。
誰もそんなの気づいてくれないし、宣伝するほどでもないから、呑み込んで言わなかっただけで。
……ああ、ダメだ。泣いてしまいそうだ。
「……僕、今日はアキラと一緒に過ごせると思って楽しみにしてたんだ。もう最悪。あの人何で学校まで押しかけてくるんだよ。それで僕が素直について行くと思ってたの? おかしいんじゃないの?」
僕は母さんとの離婚については全部父さんが悪いとは限らない、と思ったから面会に応じてきただけだ。
でも今なら言える。あの人といたら母さんも僕も幸せにはなれなかっただろう。あの人が一番愛してるのはきっと自分自身で、僕たちはその飾りでしかないんだ。
「あの人、僕のこと物わかりのいい大人しい子だって。理想の息子だって。ウケる。全然何にもわかってない。それにいくらいい子でも、自分の進路くらい自分で決めたいし、押しつけられるのは嫌だとは思わないの? 馬鹿じゃない? ホントに自分勝手すぎてツッコミが追いつかない。……でもあの人にはっきり言わなかった僕も悪いのかもしれない」
今日の出来事で心底後悔していた。どうせ伝わらないから、わかってもらえないからと我慢して黙っていたから、あの人は増長して強気に出てきたんだ。
アキラが来てくれなかったら、どうなっていただろう。
連れて行かれても朝木の家の言いなりになるつもりはないけれど、僕の望むことはできなくなってしまうかもしれなかった。
「……今日、アキラが来てくれて嬉しかったんだ。逃げ出しても後で学校に圧力かけられるかもとか考えてて、いろいろ迷いがあったから……」
僕を抱きしめる腕の力が強くなった。聞いているよ、と伝えるように大きな手のひらが背中をぽんぽんと叩く。僕はアキラの胸に顔を埋めた。
「けど、もっと言ってやればよかった。盗聴するとかサイテーだし、また強引な手に出てくるかも。僕のせいで迷惑する人も出るかも。……このままだと色々悪いことばっかり考えてしまいそうで……気持ちがぐちゃぐちゃでどうしていいかわかんない。気持ち悪くて、怖くて最悪……」
「わかった。だったら母ちゃんが帰ってくるまでうちの子になるか? 荷物はその都度取りに帰ればいいんだし、一人であの家いるの気持ち悪いだろ?」
そう言って頭を撫でてくれる。
そんなに優しくしないでほしい。
堤防が決壊したようにあふれた涙が止まらなくて、僕はこんなのいつぶりなのかと思うほど、すがりついて泣いてしまった。
アキラは僕を抱きしめたまま、ずっと背中を撫でてくれた。
僕が一通り泣いて落ち着くのを待ってくれてから、アキラは僕をひょいと抱き上げた。
アキラは不満げに口を引き結んでいた。
「俺だってなあ……俺だって、今日は裕唯が来るの楽しみにしてたんだよ。同じ事ばっかり繰り返す番宣の仕事も苦にもならなかった。一発驚かせてやろうと浮かれて迎えに行ったら……そしたらあの男がお前を……真っ青でひでー顔なのに、同意してるとか。殴りかからなかっただけ褒めてくれ」
「……うん。ありがとう」
優しくリビングのソファーに下ろされた。隣に座ったアキラは僕の肩に手を伸ばして抱き寄せる。
殴ったりしてたら、刑事事件になってしまう。彼の立場を悪くしてしまう事態にならなくて良かった。
「お前がどっかに連れて行かれるのがすげえ怖かった。映像で脅すのは賭けだったけど、効いてよかった」
「格好良かったよ? さすが演技のプロだと思った」
「あの時は頭の中で誰かがずっと俺を責めてるような気がしたんだ。何故彼から目を離したんだ。もう手放してはいけない、と。うるせーよ、そんなのわかってる、って思ったけど、あれは前世の記憶かな。裕唯は『ユイ』が死んだのと同じ歳だから」
僕にはユイの記憶は断片的な夢だけしかない。彼が何を考えていたのか、何を望んでいたのかもわからない。だけど、恋人を十八歳で失った『藤木』はきっと心穏やかではなかったんだろう。
「……それじゃ僕はアキラより長生きしないとね」
「そうしてくれ。俺がクソジジイになっても見捨てずに看取ってくれ。そしたら俺はコオロギに転生して裕唯が死ぬまでつきまとうから」
「え? 何か嫌だなそれ……」
でも、こんなささやかな約束でアキラも前世の藤木も救われるのなら、僕は頑張って長生きしなくては。
そう思っていたら顔が近づいてきて、そのまま唇が重なる。
「……裕唯。俺は本気だから」
熱のこもった声。口づけは深く、唇を割って忍び込んで来た舌が淫らに絡みついてくる。身体が熱くなって僕の中心も反応し始めている。
キスだけで……頭が痺れてしまいそう。何これ……。でも、もっと……。
「ん……っ……アキラ……」
思わずアキラの腕に手を伸ばした。そのままソファーに押し倒される形になって、真上からアキラが僕を見つめてきた。
「抱いてもいいのか? そんなエロい顔してたら我慢できない」
僕、どんな顔してたんだろう? いつも通りの能面顔だと思うのに。でも。アキラには僕の感情がわかるらしいから。
……もし全て受け入れたら……どうなってしまうだろう。でも、アキラがしたいなら。
「……我慢しなくていいよ? 僕に我慢するなって言ってくれたんだから、アキラも我慢しなくていい」
「男前だなあ……」
「男だからね。何なら確かめてみる?」
そう答えたらアキラが小さく吹きだした。
「確かめていいのか? 身体の隅々まで」
笑いながらも僕を見る目にははっきりと欲望が見えた。
「……裕唯。本当に無事で良かった」
そう言われて、彼も今日の出来事でダメージを受けていたのだと気づいた。ここまで帰ってきたから安心したのかも。
「ええと……ご心配をおかけしました……」
「馬鹿。お前が謝るな。一番堪えてるのはお前だろ。だったらもっと怒っていいんだ」
アキラが僕の頬に手を添えて上向かせる。まっすぐに見つめてくる瞳がとても真剣で、僕は目をそらすこともできずに次の言葉を待った。
「一人で我慢すんな。遠慮もすんな。怒りたい時は怒れ。文句があるなら言え。その方が楽になるぞ」
……我慢? 怒りたい……? ああ、確かにまだ感情の整理がつかなくて頭の中はぐちゃぐちゃになってるけど……。そんなの誰かに聞かせるものじゃない。
「母ちゃんの前じゃ言えねーことあるだろ? 誰かに何もかもぶちまけたくなることだってあるだろ? そういうのは俺に全部言え。全部聞いてやるから」
「……そんなこと言うの、ずるい……」
そんなの今言われたら、抑え込もうとしていたことが全部あふれ出してしまいそうだ。
僕は表情が出ないから我慢強いとか、平然としてるとか思われるけど、心の中は結構狼狽えたり慌てたり苦しかったり辛かったりしてる。
誰もそんなの気づいてくれないし、宣伝するほどでもないから、呑み込んで言わなかっただけで。
……ああ、ダメだ。泣いてしまいそうだ。
「……僕、今日はアキラと一緒に過ごせると思って楽しみにしてたんだ。もう最悪。あの人何で学校まで押しかけてくるんだよ。それで僕が素直について行くと思ってたの? おかしいんじゃないの?」
僕は母さんとの離婚については全部父さんが悪いとは限らない、と思ったから面会に応じてきただけだ。
でも今なら言える。あの人といたら母さんも僕も幸せにはなれなかっただろう。あの人が一番愛してるのはきっと自分自身で、僕たちはその飾りでしかないんだ。
「あの人、僕のこと物わかりのいい大人しい子だって。理想の息子だって。ウケる。全然何にもわかってない。それにいくらいい子でも、自分の進路くらい自分で決めたいし、押しつけられるのは嫌だとは思わないの? 馬鹿じゃない? ホントに自分勝手すぎてツッコミが追いつかない。……でもあの人にはっきり言わなかった僕も悪いのかもしれない」
今日の出来事で心底後悔していた。どうせ伝わらないから、わかってもらえないからと我慢して黙っていたから、あの人は増長して強気に出てきたんだ。
アキラが来てくれなかったら、どうなっていただろう。
連れて行かれても朝木の家の言いなりになるつもりはないけれど、僕の望むことはできなくなってしまうかもしれなかった。
「……今日、アキラが来てくれて嬉しかったんだ。逃げ出しても後で学校に圧力かけられるかもとか考えてて、いろいろ迷いがあったから……」
僕を抱きしめる腕の力が強くなった。聞いているよ、と伝えるように大きな手のひらが背中をぽんぽんと叩く。僕はアキラの胸に顔を埋めた。
「けど、もっと言ってやればよかった。盗聴するとかサイテーだし、また強引な手に出てくるかも。僕のせいで迷惑する人も出るかも。……このままだと色々悪いことばっかり考えてしまいそうで……気持ちがぐちゃぐちゃでどうしていいかわかんない。気持ち悪くて、怖くて最悪……」
「わかった。だったら母ちゃんが帰ってくるまでうちの子になるか? 荷物はその都度取りに帰ればいいんだし、一人であの家いるの気持ち悪いだろ?」
そう言って頭を撫でてくれる。
そんなに優しくしないでほしい。
堤防が決壊したようにあふれた涙が止まらなくて、僕はこんなのいつぶりなのかと思うほど、すがりついて泣いてしまった。
アキラは僕を抱きしめたまま、ずっと背中を撫でてくれた。
僕が一通り泣いて落ち着くのを待ってくれてから、アキラは僕をひょいと抱き上げた。
アキラは不満げに口を引き結んでいた。
「俺だってなあ……俺だって、今日は裕唯が来るの楽しみにしてたんだよ。同じ事ばっかり繰り返す番宣の仕事も苦にもならなかった。一発驚かせてやろうと浮かれて迎えに行ったら……そしたらあの男がお前を……真っ青でひでー顔なのに、同意してるとか。殴りかからなかっただけ褒めてくれ」
「……うん。ありがとう」
優しくリビングのソファーに下ろされた。隣に座ったアキラは僕の肩に手を伸ばして抱き寄せる。
殴ったりしてたら、刑事事件になってしまう。彼の立場を悪くしてしまう事態にならなくて良かった。
「お前がどっかに連れて行かれるのがすげえ怖かった。映像で脅すのは賭けだったけど、効いてよかった」
「格好良かったよ? さすが演技のプロだと思った」
「あの時は頭の中で誰かがずっと俺を責めてるような気がしたんだ。何故彼から目を離したんだ。もう手放してはいけない、と。うるせーよ、そんなのわかってる、って思ったけど、あれは前世の記憶かな。裕唯は『ユイ』が死んだのと同じ歳だから」
僕にはユイの記憶は断片的な夢だけしかない。彼が何を考えていたのか、何を望んでいたのかもわからない。だけど、恋人を十八歳で失った『藤木』はきっと心穏やかではなかったんだろう。
「……それじゃ僕はアキラより長生きしないとね」
「そうしてくれ。俺がクソジジイになっても見捨てずに看取ってくれ。そしたら俺はコオロギに転生して裕唯が死ぬまでつきまとうから」
「え? 何か嫌だなそれ……」
でも、こんなささやかな約束でアキラも前世の藤木も救われるのなら、僕は頑張って長生きしなくては。
そう思っていたら顔が近づいてきて、そのまま唇が重なる。
「……裕唯。俺は本気だから」
熱のこもった声。口づけは深く、唇を割って忍び込んで来た舌が淫らに絡みついてくる。身体が熱くなって僕の中心も反応し始めている。
キスだけで……頭が痺れてしまいそう。何これ……。でも、もっと……。
「ん……っ……アキラ……」
思わずアキラの腕に手を伸ばした。そのままソファーに押し倒される形になって、真上からアキラが僕を見つめてきた。
「抱いてもいいのか? そんなエロい顔してたら我慢できない」
僕、どんな顔してたんだろう? いつも通りの能面顔だと思うのに。でも。アキラには僕の感情がわかるらしいから。
……もし全て受け入れたら……どうなってしまうだろう。でも、アキラがしたいなら。
「……我慢しなくていいよ? 僕に我慢するなって言ってくれたんだから、アキラも我慢しなくていい」
「男前だなあ……」
「男だからね。何なら確かめてみる?」
そう答えたらアキラが小さく吹きだした。
「確かめていいのか? 身体の隅々まで」
笑いながらも僕を見る目にははっきりと欲望が見えた。
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