僕の前世はコオロギですから!【完結】

蕾白

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 校門から少し離れた所に見たことのある黒いワゴンが停まっていた。森さんが降りてきてドアを開けてくれた。

「お疲れさま。ドッキリはどうでした?」

「いや、それどころじゃなかったから」

 車に乗り込んで家に向かう間にアキラが事情を説明すると、森さんが一旦ぽかんとしてそれから急に怒りだした。

「何ですかそれ。海外だったら即座に逮捕される案件だよ? しかも受験前の大事な時期に」

「この時期だからだろ? 裕唯の受験先を知りたかったんじゃないか? 跡取りにふさわしいところを強引に受験させようとか」

「そんなこと言われたら、名前も書かずに白紙で答案出すけど」

 僕が即座にそう言うと、二人とも吹きだした。

 とはいえ、僕が父さんに受験先を言わなかったのは法律関係の学部も政治家に関係しているからだ。勝手に後継ぎになる気があるとか期待されたくなかった。

 校長から僕の受験先までバラされているかもしれないと思うとゾッとした。

「裕唯は何かやりたい仕事あるのか? 弁護士?」

「いえ、目指してるのはむしろ裁判官とか検察? 顔に感情が出ないのは職務上有利なんじゃないかと思って」

「なるほど。裁判官が顔に考えが出まくりってのは確かにまずいから、向いてるのかもしれないね」

 森さんが運転しながら前を向いたままそう言ってくれる。僕の隣にいたアキラは首を傾げると悪だくみするような笑みを浮かべる。

「んで? 将来親父さんが汚職とかで捕まったらビシバシ裁いてやるって?」

「あー……多分身内だと担当できないんじゃ……」

「そっか。刑事ドラマとかでそういうのあったな」

「けど、それもちょっと狙ってました」

 もともと検察の仕事に興味を持ったのは、政治家の汚職事件がきっかけだ。父方の家が政治家だとは知っていたので、事件が起きるたびについニュースに目が行った。

 汚職などの事件捜査の報道で必ず「検察」の名前が出てくるので、何か格好よさげに見えて自分であれこれ調べたのだ。

『まあ、時代劇の悪代官が今にいたら、ああいう悪徳政治家なんだろうねえ』

 子供の頃、まだ存命だった祖父がそう説明してくれた。

『じゃあ、上様に成敗されなきゃいけないよね』

 もしあの人が将来世間に迷惑をかけるような悪徳政治家になったら、一切の容赦なく法律でぶん殴って更生させるのが息子としての義務じゃないか、と思ったのはそれがあったからかもしれない。

「うわあ。親父さん泣くな。あれは自分の立場が悪くなったら情に訴えてくるタイプだろ」

「泣き落としも土下座も、離婚の時に母さんがフルコンプリートで経験済みだって」

 僕はふとアキラの顔を見て、帽子からはみ出したピンクの髪に手を伸ばした。

「……でもこんな色の頭してるから、最初誰って思った。まさか地毛じゃないよね?」

 それに歩き方や口調を変えるだけで印象が違いすぎた。何人かまわりに生徒がいたのに朱皇アキラだとは気づかなかったようだった。僕も声を聞かなかったらわからなかった。

 さすがプロの俳優だ。

「ああ、このピンクはヅラなんだ」

 そう言って帽子を脱いでからピンク色の鬘を外す。

「お前を一回驚かせてから、実は鬘でしたーってドッキリだったんだけど」

 二段構えか……。多分でもそれをされても僕の表情筋だと勝てそうな気はする。

「色々残念感が……。でも、今日は番宣で大変だったんじゃ……」

 午前中の生番組で今夜の最終回の宣伝をして回っていたはずだ。その後で鬘まで用意して僕にドッキリを仕掛けようとか……何やってるんだ。

「まあ、ずっと朝っぱらからテレビ局にいたからな。待ち時間に考え事はできたんだ。それに、共演の成宮が入籍したから質問があっちに集中して楽な仕事だった」

 そう言えば入籍で思い出した。

 父さんが僕が養子になるのが嫌だと言っていた。あれって母さんと杉浦さんが入籍したら僕も杉浦さんの籍に入って姓が変わると思ったんだ。まだ話にも出てないのに。

「どうかしたのか?」

 僕が名前のことを説明するとアキラはさらに突拍子もないことを言い出した。

「それならいっそ『高松』にするか?」

 運転席で森さんが盛大に咽せていた。ちょうど信号待ちでよかった。

 いやそれ、あんたの本名でしょうが。何言ってんの。……ってそれもしかしてプロポーズか何かのつもり? 雑すぎん?

「え? 嫌なのか?」

「無理無理。今そんなことしたら杉浦さんとの再婚がよほど嫌なのかって誤解されるよ」

 そんなに杉浦姓になるのが嫌だったのか、って思われるのも申し訳ない。だって母さんを幸せにするって言ってくれた人なんだから、いい関係はキープしたい。

 そう思ったから突っぱねたのに、何故かアキラは嬉しそうに僕の頭を撫でた。

「わかったわかった。今は、だな?」

 え? あれ? 断ったことになってない。確かに「今」って言ったけど。つまり時期がきたらOKって意味に……あれ? おかしいぞ? ポジティブすぎないか?

「アキラ。付き合い始めたばかりだってのにあまり強引だと本当に嫌われるよ?」

 森さんが呆れたようにミラーごしにこちらに目を向けている。

「お前、卒業後一人暮らしするくらいだったら俺と暮らしてもいいじゃないか」

 いや確かに再婚関連のことを話したときに、大学が決まったらアパート借りて独立するって話したけど、なんで同居する気満々なのか。

 まあ、第一志望なら今の家からでも通えるから……って何流されかけてるんだ、僕は。

 僕が黙っていたら森さんが厳かに告げた。

「いい加減にしなさい。アキラ。そんなに焦らなくてもいいでしょう」

 アキラはふてくされたように口を尖らせる。するりと伸びてきた手が僕の手を握った。

「……危なっかしいんだよ。今日だってちょっと目を離したら攫われかけてたじゃないか」

 ふと思い出した。前世っぽい夢に出てきた「ユイ」が僕の曾祖母の弟昭彦なら、僕は今、彼が死んだのと同じ歳だ。

 アキラが僕のことを心配するのはそのこともあるのかもしれない。

「とりあえず……受験終わるまではその先は考えられないので」

「その通りだね。ほら、彼のほうがよほど冷静ですよ。むしろ彼の受験の応援が先でしょう? 邪魔してどうするんですか」

「えー……。何で森は裕唯の味方なんだよ。所属俳優を大事にしろよ」

 アキラは不満げにそう言いながらも口元には笑みが浮かんでいた。



 マンションの前で車から降ろしてもらった。僕は一旦自宅に寄ってからお泊まり荷物を用意するつもりだったのだけど、アキラは一緒に行くと言い出した。

「何で?」

「気になることがあるんだよ。あと、家に入ったらしばらく俺に話しかけるな。……最近何かの業者を家に上げたか?」

「……え?」

 少し考えてからリビングの大きめのラックを搬入設置してもらったのを思い出した。

「わかった。リビングだな」

 アキラは家に上がるとそのままリビングに向かった。ラックの周りをぐるりと見回してから、口元に立てた指を当てると手招きしてきた。

 ラックの裏側のコンセントに見覚えのない電源タップがあった。ラックで塞がれるから、ホコリよけのカバーをして何も挿していなかったはずなのに。

 アキラはそれをハンカチで包んで引っこ抜くと他のコンセントをぐるりと見回す。

「もう多分大丈夫だ」

「……もしかして、これ盗聴器?」

「ああ。お前の母親が出張だって向こうが知ってたって聞いて、何かあるんじゃないかって思ってた。前に同じ事務所の奴が仕掛けられた時に好奇心で見せてもらったんだ」

 僕は背中がぞわっとして気持ちが悪くなった。

 リビングでの会話が盗聴されていたのなら、あの人は母さんの再婚もとっくに知ってて、母さんの不在を狙って僕に接触しようとしたってこと? 計画的犯行じゃないか。

「……指紋は出ないだろうけど、一応警察に届けるか? あと、念のために専門業者にチェック入れてもらった方が良い。森なら知ってるかもな」

 何だか手が震えて差し出された盗聴器に触れなかった。あのラックは先週買ったばかりだから盗聴されていたとしても、ここ一週間くらいだとは思う。それでも嫌悪感が拭えない。

 急にあの人に掴まれた左手首に痛みを感じた。今まで気を張っていたから痛みをわすれていた。そこに残っている執着を思い出してしまったからかもしれない。

 ……どうして放っておいてくれないんだ。

 あの人の執着が嫌だった。けれどそれが予想以上だったことを今日思い知ってしまった。今まで一人で留守番していることも多かったけど、一人でいるのが怖く思えてきた。

 安全な場所だと思っていた自宅に、あの人の思惑が入り込んでいたなんて。

 ……アキラがついてきてくれて良かった。一人じゃない。それがこんなに安心できる時もあるんだ。

「盗聴器については母さんに相談してからにする。どうせ今回のことも話さなきゃいけないし……」

「わかった。じゃあ、準備出来たのなら行こうか」

 用意していたバッグを僕が手にする前に、アキラが持ち上げた。

「こんな気分で家にいたんじゃ落ち着かないだろう?」

 そう言われて僕は素直に頷いた。色々とあったから精神的にダメージが大きすぎた。

 アキラに促されるままに家を後にした。
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