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 目が覚めたら見知らぬ部屋にいた。

 どうやら寝室らしくて大きなベッドの上に寝かされていた。同じ色調で統一されたお洒落な家具にどこかのホテルかと一瞬思ったけれど、サイドテーブルや椅子に衣服や本が雑に置いてあるのが見えた。僕の制服のブレザーと鞄もそこに置いてあった。

 いやいやいやいや。ちょっと待ってくれ。学校の帰りに朱皇アキラに声をかけられて、声を聴かされて動けなくなって……。あのあとどうなった?

 身を起こして周囲を見回していると、気配に気づいたのか背の高い男が部屋に入ってきた。帽子もサングラスもない素顔はテレビ画面で見たままだった。

 整った顔と均整の取れた長身。そして何より目力が強い。

 ……やっぱりこの人、朱皇アキラ本人だよな。芸能人様って素顔でも滅茶苦茶イケメンなんだな……ってそれどころじゃない。

「大丈夫か? いきなりぶっ倒れるからびっくりした。路上に放置する訳にいかねーから、とりあえず車に乗せてうちに連れてきたけど。病院行くなら送っていくぞ?」

 目の前で倒れた僕を放置して行けなかったということだろうか。ということはここってこの人の家?

 まだ頭がクラクラするのに、この人の声を聞いていたら頭が全く働かない。しかも身体が反応し始めている。このままだとマズいかもしれない。

 とりあえず何とか穏便に帰してもらおうと僕はベッドから降りた。強引に声のトーンを落としてから一礼した。

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。あの、朱皇アキラ……さん、ですよね? 僕に何か……?」

 そもそもこの人がいきなり声をかけてきたせいじゃないか。何のつもりで人気俳優の朱皇アキラが僕に声をかけてきたのか。

「驚かせて悪かった。ただ、話がしたかっただけなんだ。ちょっと焦ってたから乱暴になったけど……」

 困惑した様子で眉を寄せている。

 いや、何してんのホントに。

 一般人でもあんな声のかけ方は褒められることじゃない。誰かが見ていたら記事のネタにでもされそうだ。しかもどこの誰とも知らない他人を介抱のためとはいえ自宅の寝室に連れ込むか?

「あの、もう一人で帰れますから……」

「じゃあ車で送らせてくれ。俺が原因なんだから」

 いやいやいやいや。そんなことされたら大変なことになる。

 それにさっきから下半身に熱が集まってきている。さすがにこの人にそんなこと言えない。とにかく密室でこの人の声を聞き続けているわけにはいかない。

「あ……あの、遠慮します。自力で帰れますから……」

 不意に顔が近づいてくる。その目が何もかも見透かしているように思えて身が竦んだ。

「……もしかして」

 僕の手首を掴んでそのままベッドに押し倒すと足の間に触れてくる。制服のスラックスの上から形を確かめるように握られる。逃げようにも長い両膝に挟まれて動けない。

 バレた。よりによって本人の前でこんなの……。

「や……っ。ちょっとどこ触ってるんですか」

 ふっと口元が緩く弧を描く。こちらを見る目がまるで標的を定めたような鋭さを帯びている。どういうこと? 

「なんだ。お前もそうなんだ。なら、遠慮しなくていいな」

 お前も? どういう意味だよ。っていうか、触り方が容赦ない。

「こんな状態で自力で家まで帰れるのか? もうパンツの中ヤバそうだけど」

「そっちが触るからじゃないですか。やめてください」

 大きな手に衣服ごと掴まれて扱かれて、このままだと本当にマズい。いや、ヤバそうだってわかってるのなら触んないでほしい。

 どうしていきなり僕に声をかけてきたのか。何を話すつもりなのか。

 なんでこんなことするのか。

 色々わからないことだらけなのに、こみ上げてくる身体の熱のせいで頭がぼうっとしていてまともに判断なんかできない。

 会ったばかりの人に触られるのがこんなに気持ちいいとか……おかしいだろ。誰でもいいのかよ、僕の身体がこんなに節操ないなんて。

「触る前から硬かったじゃん。俺にこうされたかったとか?」

 違う。けど、この人が原因だと言うのは何か違う。

 この人の声は耳から熱を流し込んで僕をおかしくする甘い毒だ。

 耳元で囁かれながら追い詰めるように触られると、とっくにギリギリ状態だった身体が反応して大きく腰が揺れた。

「あ……っ……。も……やだ……っ」

 人前でこんなこと。しかも初対面の相手に触られて達してしまった。

 自分が放ったものの感触が不快なのに、服の上に添えられた手が確かめるように触れるから濡れた下着が絡みついてくるようで気持ちが悪い。

「もう放して。触らないで」

 相手の身体を押し戻そうともがくと、こんどはあっさりと解放された。

 恐る恐る顔を向けると、鋭い眼差しがまだこちらを見据えていた。からかう色も軽蔑する様子もない。ただ、獲物を見逃すまいとしているかのようで。

 ……何? 怒ってる? 怖いんだけど……。

 どっちかというと酷い事されてるのはこっちだと思う。

 ……これ、普通に誘拐監禁ってやつでは? それに身体に触ってきたってことは最初からそういうことが狙いで声をかけてきたってこと? この人、そういう人なの? 

 身体の熱から解放されたせいか頭が冷めてきた。じわじわと現実が押し寄せてくる。

 不意に朱皇アキラは額に手をあてて大きく息を吐いた。

「悪い。調子に乗りすぎたな」

 そして、もう一度僕に向けてきた目にはさっきまでの鋭さはなかった。

「脱げ」

「え?」

 戸惑っているとベルトに手が伸びてきてあっという間にスラックスを下着ごと引き下ろされた。

「ちょっ……何するんですか」

 シャツにも手をかけてきたので焦って逃げようとしたら、真顔で怒鳴られた。

「馬鹿。洗濯すんだよ。その格好じゃ帰れねえだろ。シャツの裾まで汚れてるんだから、とりあえず全部脱げ。お、このスラックス洗濯機OKのやつか。さすが制服」

 剥ぎ取ったスラックスの洗濯タグを見てブツブツ言っている。

 まるで家事とは無縁そうなイケメンが洗濯だのハンガーだのという言葉を発したのに戸惑っているとテキパキとシャツも剥ぎ取られてしまった。そして片っ端からタグをチェックしている。

「風呂はそっちの右側のドアだ。着替えは適当な服を探しておくから、入ってこい」

 僕から引っ剥がした衣類を抱えて朱皇アキラはこちらには目もくれず背を向けると、そのまま奥の部屋に消えた。

 ……これは誘拐監禁というより……追い剥ぎ? 追い剥ぎして洗濯? でも服ないと帰れないし……。

 けれど、いつまでもベッドルームに裸のままでいるわけにはいかないのでお風呂を借りる以外の選択肢はなさそうだった。
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