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「新しいの買ってくれたんだ? 別にいいのに」

 その翌日、登校途中に出くわした大斗からひょいと小さな包みを渡された。バスをおりたところに待ち構えていて、いきなり声をかけられたから驚いた。

 中身は消しゴムだった。しかも新品。

「そういうわけには行かないよ。大変おせわになりました」

 大斗はそう言ってひょこりと頭を下げる。

「気にしないで。でも、わざわざありがとう」

 なるべく冷淡に思われないように答える。

 大斗とは三年になって初めて同じクラスになったけど、挨拶と軽い話しかしたことがなかった。夏までは部活が忙しそうだったから、接点がなかったのもある。

 大斗は柔道部の全国レベルの有望選手らしくて、いつも校舎に「全日本出場」とかでっかい垂れ幕に名前が書いてある有名人だし、人懐っこい性格で友人も多そうだ。

 バリ硬表情筋のせいで人付き合いに躓きがちな僕とは真逆かもしれない。

 そのまま並んで学校に向かうことになったけれど、どうせ教室で会うんだから、そこで渡してくれれば良かったのでは? 何でわざわざバス停で待ってたんだ?

「もしかしてずっと待ってくれてたの? 消しゴムのために?」

 大斗はちょっと言いにくそうに目線を外した。

「教室で物のやりとりしてたら何か詮索されそうだからさ。裕唯のこと見てるヤツ結構いるんだよ」

「?」

 いろいろ期待されている大斗ならともかく、地味で目立たない一般生徒を誰が見るというのか。僕に何か人を惹きつけるようなものがあるとは思えない。

「裕唯の顔を見てるんだよ」

「顔? アンドロイドだから?」

 僕の顔は亡くなった母方の祖父にそっくりなんだそうだ。そして祖父はその母、つまり曾祖母にそっくりだったとか。そっちの家系は表情筋が死んでる人が多いらしい。

 自分でも顔を鏡で見るたびにバランスは悪くはないけど色白で表情が乏しいのは自覚してる。周りからは愛想がないとか思われて誤解される事も多い。

 あだ名はロボットかアンドロイド。もしくは能面とか心霊写真だ。

 七五三の写真撮影で撮影スタジオの人たちが総出で機嫌を取って笑わせようとしたけれどピクリとも笑わなかったという伝説は、今も語り草になっている。

 この顔のどこが他人の興味を引くというんだろう。

「表情変わるとこが見られたらスーパーレアだとかウルトラレアだとか話してるの聞いたことあるんだ。裕唯は可愛い顔してるからこっそり見てるヤツいるんだよ」

「ソシャゲのガチャかよ。それに可愛いわけないじゃん」

 SSRの輩出率なみに表情変わらないとかどういう評価なんだ。たまには僕だって笑ったり……してるよな? してるはずだ。人間だもの。

 それに珍獣扱いされてるだけで可愛いとか思われてるはずがない。

「え? 可愛いと思うけどな」

 可愛い? 可愛いという単語は無愛想と並び立つのか? 

「……大斗。悪いことは言わないから今すぐ眼科に行くべきだ。絶対目にどこか異常があるんだよ。いや、この場合認知が間違ってるから脳外科か……?」

 可愛げがないと言われたことなら山ほどある。僕を可愛いとか言うのはどこか異常があるとしか思えない。

「え、何で俺が心配されんの? でも俺には可愛く見えるってことは、やっぱり前世から何かの縁が……」

 前世。また前世か。そう言われてどうしろと? ちょっと苛立ちを感じてそっけなく言い返した。

「僕の前世はコオロギだから、大斗はせいぜい近くで草食ってた行きずりのキリギリスくらいの関係だよ」

 そんな正解のわからないことであれこれ言われるのは面倒臭い。

 前世の恋人云々言われる馬鹿馬鹿しさに比べればコオロギのほうがよっぽどマシな気がする。もうコオロギでいいや。コオロギになってやるよ僕は。

 人間吹っ切れれば細かい事はどうでも良くなってしまうらしい。

「え? でも、何で俺はキリギリス? 仲間のコオロギじゃないの?」

「いいことを教えてあげよう。コオロギは肉食のやつもいて、共食いもするらしいんだよね。……たとえ仲間であっても頭から……」

「うわ、エグっ。怖い怖い」

 大斗は大きななりをして割とビビりなのかもしれない。顔が引き攣っていた。

 これでもう当分前世とか言ってこないだろう。訳のわからない否定しにくいことを言ってくるなら、今後はこの手で行こうと僕は思った。

 前世ネタには全てコオロギで対抗してしまおう。コオロギは正義だ。

 そう強気になっていたそのとき、すれ違った人がぽそりと何か呟いた。何と言ったのかは聞き取れない。でも、それだけで心臓が跳ねた気がした。

 え? 何?

 けれどその人は足早に遠ざかると道路の端に停まっていたワゴン車の後部座席に乗り込んだ。ペットボトルを手にしていたから多分すぐそこにあった自販機で何か買っていたんだろう。

「……何かあった?」

 大斗がぼんやりと去って行く車を見ていた僕に声をかけてきた。

「いや、さっきすれ違った人、めっちゃ背が高かったからびっくりしただけ」

 僕はそれだけやっと答えて、大斗に向き直った。

 そう、とても背が高い人だった。そして耳を揺らした声。それだけが印象に残った。



 試験期間はいつもと違う時間帯に帰れるので風景が新鮮だ。試験の出来さえ気にしなければ根拠なく無敵な気分になれる。

 定期テスト最終日、僕はいくらか気持ちが高揚していた。この時間なら普段なら間に合わないスーパーのタイムセールに行ける。午後三時からなのでいつも悔しい思いをしていた。

 お買い得品の食パンと牛乳をゲットして……と考えながら歩いていると、突然腕を後ろから掴まれた。

 そのまま近くのブロック塀に背中を押しつけるようにされると、目の前に回ってきた長身に視界が塞がれてしまう。

 びっくりするくらい背が高い。190センチはあるんじゃないだろうか。自分の周りの人間で最大サイズの大斗よりも高い。身幅はすらりと細いけど。

 黒いキャップ帽とマスク、無地のオーバーサイズTシャツとカーゴパンツ。ダークブラウンのサングラスをかけている。シンプルな服装でもファッション誌の一ページのように様になっているのはスタイルがいいからだろう。

 誰? っていうか、もしかして僕は今ピンチなのでは?

「あの……何なんですか?」

「お前こそ何なんだよ」

 苛立ち気味にそう言われた瞬間、全身がぞわりと反応した。

 ……この声……まさか。

「……悪い。急ぎ過ぎた」

 相手はサングラスを外してマスクをずらした。その顔は昨日母さんが見ていたドラマに出演していた朱皇アキラその人だった。

 そっくりさん……じゃない。この声は間違いない。

「朱皇アキラ……さん?」

「俺を知ってるんだな? 話がしたい。ちょっと一緒に来てくれ」

 何これ……。

 直接耳元で囁かれたその声はいつも以上に衝撃的で、頭の中が熱で溶かされたようになって全身から力が抜けた。相手は驚いた様子で慌てて支えてくれた。

「おい、ユイ。しっかりしろ」

 あれ? 僕名前言ったっけ? って言うか、身体がいつも以上におかしい。

 全身が熱を帯びて、まるで酔っ払ったみたいにきちんと立っていられない。

「……おい、持病かなにかあるのか? 歩けるか?」

「ない……大丈夫……だから……。放っておいて……」

 これ以上この人の声を聞いていたら……。

 頭の中でチカチカと色ガラスの破片に光が乱反射していて、それが高速で回転している。

 ……マズい。けど、この人から離れれば……そう思って相手の腕を引き剥がそうとしたら不意に足が地面からふわりと離れた。

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