塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~

蕾白

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第三部

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 アレクは行事続きの中でも通常の執務をこなさなくてはならないらしい。早朝から執務室に連れ戻されたという。
 新床の翌日は妃には公務を課さないのが通例らしく、カミーユは部屋で一人過ごしていた。自分の作った刺繍のハンカチとそうでないものを見比べてみたり、妃教育の課題をやっていた。
 聞くところによると、アレクことサミュエル・アレクサンダー新王太子は「王位に最も遠い王子」とされていたので、昨日の婚礼に出席した大使たちは情報集めに必死になっているらしい。
 アレクは王都にいたら異母弟や他の王族たちが嫌がらせをしてくるし、剣の稽古にかこつけて暴力を振るってくるのが嫌になって、領地経営と称して年の半分は王宮を出ていた。
 そして冒険者登録してふらふらと国内外で活動していたというのだから、彼の人となりを知る人は王宮内にはあまりいないだろう。
「そういえば、鳥の民にはお会いしていないけれど……」
 昨日の晩餐会やその合間の面談でも鳥の亜人には会わなかった。アレクにとっては母方の身内なのに。
「元々滅多に里から出てこない民ですから、祝いの品だけを届けてきたのでしょう。不思議ではありません。ただ、鳥の民は殿下が決闘で負けて一族の元に戻られるのを期待していたようですよ。貴重な先祖返りですし、許嫁候補も選んでいたようで」
 バルバラがそう説明してくれた。ということは、アレクが王太子になることもカミーユと結婚することもよく思っていないのか。
「……ということは、わたしは彼らにとって余計な事をした人族だと思われてるんだ」
 グレンダ王妃があまりに優しく接してくれるから、今まで他の鳥の亜人のことを考えてこなかった。
 ……あの決闘騒ぎには大勢の人たちがそれぞれの思惑で動いていたんだろう。表向きは口に出さなくても、思惑が外れて不満を感じている人もいるだろう。
「カミーユ様が気にかける必要はありません。あちらの勝手な願望なのですから」
「そうだね……」
 カミーユはそう呟いた。
 人はいろんなことを願い望むもので、それがすべて叶うとは限らない。
 その時に次の願いを叶えようと切り替えられる人ばかりではないのだろう。恵まれた人を羨んで憎んで、引きずり降ろそうとする人もいる。
 人の望みは厄介だ。
 ……バルバラはわたしに望むように生きれば良いと言ってくれた。けれど、わたしがアレクを伴侶に望んだことで、鳥の亜人たちの願いを潰してしまったのだと聞かされると胸が重苦しくなる。
 今まで多くの人と接してこなかったカミーユには、全ての人が自分とは全く違う考えと思惑を持っていることは、身が竦むような恐怖だった。
 ……全ての人に憎悪を向けられる瞬間を知っている。だから余計に怖いのかもしれない。
 人の上に立つ者は施政者は、いつそんな立場になるかわからない。民の望みを蔑ろにしていれば……。
 カミーユの気持ちが沈んでいくのに気づいたのか、バルバラが問いかけてきた。
「……カミーユ様。この先殿下をお支えすることが不安ですか?」
「不安だよ。アレクが絞首台に上るようなことは絶対させたくない。わたしはアレクを守りたい。……それでも、あの処刑の日のことがずっと頭のどこかにあるんだ」
 わたしは世間を、人を知らない。この国に来て間もないから習慣や儀礼にも詳しくない。足りないことだらけだし、人族の妃も前例がないから反発を招くだろう。
「……わたしの一番の望みはアレクが父のように処刑されないことだ。もし、わたしがいないことでそれが叶うのなら……と思ってしまう」
「それはなりません。鳥の亜人は伴侶を失うと長くは生きられないのです。鳥の民たちもカミーユ様に思う所があっても、口にはできません。婆はカミーユ様を強くお育てしたつもりです。あなた様の望みを妨げる者を拳で叩きのめすことができるように」
「……拳……」
 叩きのめすのはさすがにどうかとは思うけれど、こちらが弱気になれば相手の思惑にはまってしまう。父が貴族たちに逆らえなくなったように、身動きが取れなくなる。
 アレクにはまだ敵が多い。熊や狼の亜人たちは非力そうな鳥の亜人が国王になることには反感を抱いているだろう。そして現国王の部下たちも露骨にはしていないがアレクの手腕を疑っている。
「幸いこの国には決闘で相手を黙らせるという制度があるのです。殿下を蔑ろにする者は力でねじ伏せれば良いのです。カミーユ様にはそれができます」
「……政敵を決闘で倒せと?」
 この国には決闘で決着をつけるという謎な慣習があって、時には判決の難しい裁判さえ決闘で解決するらしい。ただし、決闘には代理人を指名できる。つまり決闘に持ち込まれたらカミーユが相手と戦えばいい。
 いや、いくらなんでも亜人相手に……でも、わたしが今まで稽古つけてくれていたバルバラも亜人だし……できなくはない……んだろうか。いや、さすがにそれはマズいのでは?
「そうです。愚かにも力こそ正義という制度を作ったのは熊や狼たちです。自分たちよりも強い者がいないから。それをひっくり返せるのは殿下とカミーユ様だけです」
「……そうか。それなら知識が足りないわたしでもアレクの役に……って言うとでも? 決闘で暴れまくる王妃ってどうなの? バルバラみたいに『血まみれ』とか呼ばれるの?」
 バルバラは若い頃のあだ名が「血まみれ熊騎士バルバラ」といい、群がる求婚者全員と決闘してぼっこぼこに叩きのめした伝説があるのだとか。その中にちゃっかり当時の王も含まれていたらしい。この最強侍女が世が世なら王太后様だった……とか怖すぎる。
 その真似をしていたら、どんな二つ名がつけられることか。「血まみれ暴れん坊王妃」だのと言われたらアレクに申し訳がない。
「おや。良いではありませんか。カミーユ様は婆の一番弟子ですからね」
「絶対に嫌だ」
 わたしはずっと強くなりたいとは思っていたけれど、それは何か違う。
 カミーユは首を横に振った。
 バルバラの極論を聞いたせいで、さっきまでの沈んだ気持ちはどこかに消えていたけれど、それには気づいていなかった。
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