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第三部
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バルバラは眉を吊り上げた。
「まさか。あの男は世間の人々同様、乙女の祝福と【祝福】を勘違いしているのでしょう」
乙女の祝福というのは世間では女性の純潔を指す。けれど聖女や聖者から与えられるとされる【祝福】は別だ。
「ダルトワ侯爵家の血筋に現れる【祝福】は本人が心から望んで守りたいと思った相手に授けることができるものです。ただし膨大な魔力を必要とするので、ほとんどの者は一生に一度しか使えないとされていました。シモーヌ様は弟君のエルネスト様がお生まれになったとき、難産で声も上げない状態だったため、その力を使いました。とっくに【祝福】の力を失っていたのです」
「それじゃ、どちらにしてもドミニクには【祝福】は手に入らなかったんだな」
アレクはそう言いながらカミーユの腰に手をかけて引き寄せた。
カミーユはアレクの横顔を見つめた。
そうか、わたしは無意識にアレクを守ろうと【祝福】の力を使ってしまったのか。
「そうだね……わたしも一回限りを使ってしまったのだし」
カミーユが呟くとバルバラはあきれ果てたように目を見開いた。
「……まさか。カミーユ様は今まで何度もそのお力を使っていたのですよ」
「え?」
カミーユは戸惑った。アレクがぽつりと呟いた。
「あー……なるほど。何だかわかってきた。そういうことなんだ?」
「そういうことでございます」
「えー? 二人で納得しないで教えて欲しいのだけど」
どうして可哀想なものをみるような目を向けられるのか。
「カミーユ、君今まで刺繍したものとか誰かにプレゼントした?」
「……贈る相手がいなかったのでバルバラのエプロンにしたり部屋に飾っていたけど」
「バルバラに長生きして欲しいなーとか思ってたでしょ?」
「え? もしかして、バルバラにも【祝福】が?」
アレクは困ったような笑みを浮かべて、問いかけてきた。
「じゃあ、最強クラスの亜人のバルバラに【祝福】なんてかけたら、どういうことになると思う?」
カミーユはやっと理解した。今まで一度も剣術の稽古で勝てたことがないどころか、軽くあしらわれてきた理由を。
いくら最強の熊と竜の亜人だとはいえ、年を重ねれば衰えが出る。それを……。
わたしはただでさえ自分より強い相手に【祝福】をかけて試合を挑んでいたのか。
たしかにバルバラは年齢に見合わない体力の持ち主だと思ったけれど……それでも何があるかわからない。唯一の侍女だからと頼りに思ってきた。
「……酷い。なんで教えてくれなかったんだ。おかげで淑女教育ばっかり詰め込まれたじゃないか……役には立ってるけど……」
塔から出ても王女として振る舞うことになったから、役には立ったけれど……。
不条理なことには変わりない。手の上で転がされていたような気分だ。
「婆は【祝福】をいただいたと気づいた時、カミーユ様はなんと素直で優しい御子だと嬉しゅうございましたよ。この歳になって抱えていた古傷の痛みにも衰えにも無縁でお仕えできましたし」
「もしかして、わたしは今までも何か……」
無意識で【祝福】をばらまいていたのなら、他にもやらかしていたのではないか。やらかしていそうな気がする。
「そうですねえ……お気に入りの玩具にもかけていらしたので、うっかり蹴躓いた者が酷い目に遭ったりしましたし……離宮に石を投げてきた者が返り討ちになって自滅したことも……」
幼い頃のカミーユが離宮の庭先に石を積み上げて謎のオブジェを作っていたのを、他の宮の侍女が踏みつぶして壊そうとしたら吹き飛ばされて大怪我をしたらしい。
そんなことが続いたので嫌がらせのために離宮に近づく者がめっきり減ったのだとか。
「そうなると、カミーユは聖女とか聖者になれるくらいの力があるってことだね。まあ、どこにもやらないけど」
「……殿下のお側ならば大丈夫でしょう。この国で鳥の民の伴侶への執着を知らぬ者はいませんから。ただし、ドミニク三世は別です。何か危害を与えてくるはずです」
「……王家の瞳、か」
「そうです。ドミニク三世はマルク王を偽物の王だと誹って処刑した。先代王妃が不義をして設けたのだと。……けれど、マルク王の子に王家の瞳を持つ子供が生まれていた。それはマルク王が王家の血筋であったことの証になります。つまり自分のやったことは間違いだと突きつけられてしまう。だからカミーユ様を幽閉してきた。そして、手元に置いて縛り付けようとしてきた。……それが叶わなくなった今、その動きは要注意でしょう」
……ドミニク三世は自分の味方を使って有利な噂を流し、情報戦をしてきた。民の心を自分に都合が良いように操作し、じわじわと自分を取り囲む堅牢な壁を築いている。
……わたしの存在はその堅牢な壁にわずかでも罅を入れられるのだろうか。
「……父は罪人ではなかったのか」
バルバラは複雑そうな笑みを浮かべた。
「婆には難しい政治のことはわかりません。王として力が足りなかったのはある意味罪ではあるかもしれません。けれど、若くして即位したあの方を蔑ろにして誰も支えようとしなかったことこそ最大の罪でしょう。そして、自分たちが力を得たいがために安全な外側から誹り、貶め辱める……それも罪ではないかと」
「まさか。あの男は世間の人々同様、乙女の祝福と【祝福】を勘違いしているのでしょう」
乙女の祝福というのは世間では女性の純潔を指す。けれど聖女や聖者から与えられるとされる【祝福】は別だ。
「ダルトワ侯爵家の血筋に現れる【祝福】は本人が心から望んで守りたいと思った相手に授けることができるものです。ただし膨大な魔力を必要とするので、ほとんどの者は一生に一度しか使えないとされていました。シモーヌ様は弟君のエルネスト様がお生まれになったとき、難産で声も上げない状態だったため、その力を使いました。とっくに【祝福】の力を失っていたのです」
「それじゃ、どちらにしてもドミニクには【祝福】は手に入らなかったんだな」
アレクはそう言いながらカミーユの腰に手をかけて引き寄せた。
カミーユはアレクの横顔を見つめた。
そうか、わたしは無意識にアレクを守ろうと【祝福】の力を使ってしまったのか。
「そうだね……わたしも一回限りを使ってしまったのだし」
カミーユが呟くとバルバラはあきれ果てたように目を見開いた。
「……まさか。カミーユ様は今まで何度もそのお力を使っていたのですよ」
「え?」
カミーユは戸惑った。アレクがぽつりと呟いた。
「あー……なるほど。何だかわかってきた。そういうことなんだ?」
「そういうことでございます」
「えー? 二人で納得しないで教えて欲しいのだけど」
どうして可哀想なものをみるような目を向けられるのか。
「カミーユ、君今まで刺繍したものとか誰かにプレゼントした?」
「……贈る相手がいなかったのでバルバラのエプロンにしたり部屋に飾っていたけど」
「バルバラに長生きして欲しいなーとか思ってたでしょ?」
「え? もしかして、バルバラにも【祝福】が?」
アレクは困ったような笑みを浮かべて、問いかけてきた。
「じゃあ、最強クラスの亜人のバルバラに【祝福】なんてかけたら、どういうことになると思う?」
カミーユはやっと理解した。今まで一度も剣術の稽古で勝てたことがないどころか、軽くあしらわれてきた理由を。
いくら最強の熊と竜の亜人だとはいえ、年を重ねれば衰えが出る。それを……。
わたしはただでさえ自分より強い相手に【祝福】をかけて試合を挑んでいたのか。
たしかにバルバラは年齢に見合わない体力の持ち主だと思ったけれど……それでも何があるかわからない。唯一の侍女だからと頼りに思ってきた。
「……酷い。なんで教えてくれなかったんだ。おかげで淑女教育ばっかり詰め込まれたじゃないか……役には立ってるけど……」
塔から出ても王女として振る舞うことになったから、役には立ったけれど……。
不条理なことには変わりない。手の上で転がされていたような気分だ。
「婆は【祝福】をいただいたと気づいた時、カミーユ様はなんと素直で優しい御子だと嬉しゅうございましたよ。この歳になって抱えていた古傷の痛みにも衰えにも無縁でお仕えできましたし」
「もしかして、わたしは今までも何か……」
無意識で【祝福】をばらまいていたのなら、他にもやらかしていたのではないか。やらかしていそうな気がする。
「そうですねえ……お気に入りの玩具にもかけていらしたので、うっかり蹴躓いた者が酷い目に遭ったりしましたし……離宮に石を投げてきた者が返り討ちになって自滅したことも……」
幼い頃のカミーユが離宮の庭先に石を積み上げて謎のオブジェを作っていたのを、他の宮の侍女が踏みつぶして壊そうとしたら吹き飛ばされて大怪我をしたらしい。
そんなことが続いたので嫌がらせのために離宮に近づく者がめっきり減ったのだとか。
「そうなると、カミーユは聖女とか聖者になれるくらいの力があるってことだね。まあ、どこにもやらないけど」
「……殿下のお側ならば大丈夫でしょう。この国で鳥の民の伴侶への執着を知らぬ者はいませんから。ただし、ドミニク三世は別です。何か危害を与えてくるはずです」
「……王家の瞳、か」
「そうです。ドミニク三世はマルク王を偽物の王だと誹って処刑した。先代王妃が不義をして設けたのだと。……けれど、マルク王の子に王家の瞳を持つ子供が生まれていた。それはマルク王が王家の血筋であったことの証になります。つまり自分のやったことは間違いだと突きつけられてしまう。だからカミーユ様を幽閉してきた。そして、手元に置いて縛り付けようとしてきた。……それが叶わなくなった今、その動きは要注意でしょう」
……ドミニク三世は自分の味方を使って有利な噂を流し、情報戦をしてきた。民の心を自分に都合が良いように操作し、じわじわと自分を取り囲む堅牢な壁を築いている。
……わたしの存在はその堅牢な壁にわずかでも罅を入れられるのだろうか。
「……父は罪人ではなかったのか」
バルバラは複雑そうな笑みを浮かべた。
「婆には難しい政治のことはわかりません。王として力が足りなかったのはある意味罪ではあるかもしれません。けれど、若くして即位したあの方を蔑ろにして誰も支えようとしなかったことこそ最大の罪でしょう。そして、自分たちが力を得たいがために安全な外側から誹り、貶め辱める……それも罪ではないかと」
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