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第三部
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母シモーヌが気に入っていた詩の作者はドミニクではなかった。その名を語って母に言い寄ってきていただけだった。
カミーユはぞわぞわと以前から感じていたほの暗い感覚が蘇ってくる気がした。
……あの人は世間の人々が言うような、「本物の王」なのか?
「その前からシモーヌ様もいくらか疑惑を持っていたようです。そして、調べればいくらでもボロが出てきました。あの男には元々婚約者がいて、そちらを解消する動きはなかった。そして、以前から侯爵家の女性に【祝福】を与える力があることに興味を持っていたのです。おそらくは自分が本物だという箔付けが欲しかったのでしょう」
ダルトワ侯爵家は魔法研究の権威であるとともに【祝福】スキルを持つ者が多いのが有名で、シモーヌもその一人だった。
けれど、その大半が魔力が多くないために生涯に一度しか使えないのだという。希に魔力量が多い者が聖職者になり聖女と呼ばれていた。
……ドミニクが求めたのは【祝福】を受けたという事実。それも自分の権威を高めるため? それでは母のことを本当に好きだったわけではないのか。だから母の好きな詩人だと思わせて口説こうとした? 偽りだらけだ。
何故か世間ではドミニクに都合のいい噂ばかりが流れていた。もし、彼が情報を操作していたとしたら?
おそらくそうした噂を流す者を雇っていたのだろう。人は美談よりも醜聞や色恋沙汰を好む。そうした傾向を逆手にとって、自分の印象を操作していたのだ。
当時はマルク王の出自を疑った噂がまことしやかに囁かれていた。
そして、国内で起きる諍いや災いは偽物の王だからではないかというもの。王は女性を周りに侍らせ、豪奢な遊興にふけり、政治は宰相任せで何もしていない……など。
これではドミニク王子の方が立派な王になれるのではないか、という考えを導くように。
王を揶揄する歌が民の間で歌われ、何かあれば王が悪いと罵るようになった。
そして「ディマンシュの虐殺」だ。一日にして国軍によりディマンシュに住んでいた亜人の姿が消え失せたと言われてはいるが、実際殺された人数ははっきりしていない。
なのに、王都では大虐殺だったという知らせが伝えられ、瞬く間に民に広まった。
そもそも、何故亜人を虐殺したのか。その理由さえわからないままに、暴動が起きて王は捕らえられ処刑された。
マルク王は……処刑されねばならないほどに非道な偽物の王だったのだろうか?
「侯爵家はシモーヌ様をドミニク王子に渡してはならないと考えましたが、相手は王族。容易に逆らうわけにはいきません。そんな頃にマルク王からシモーヌ様を側妃に召し上げるという命令が届きました」
母はその命令状の署名と、匿名の手紙の筆跡が同じだと気づいて確証を抱いたのだという。嬉々として王宮に上がると宣言した。
「さすがに国王の命令にはどうにもできませんから、二度と侯爵家に関わってくることはありませんでした。ただ、その直後、王に恋人を奪われた貴公子、のような題材の読み物や詩歌が王都で大流行しました」
それではカミーユが乳母たちの噂や書物で知っていた恋物語は、母とドミニク王子のことではなかったのだ。
「……それでは……」
マルク王はシモーヌを本当に側妃にするつもりはなかった。
ドミニクが自分の筆名を語ってシモーヌを手に入れようとしていると気づいて、肩書きだけを与えてほとぼりが冷めるまで離宮で静かに過ごせるようにしたかったらしい。
「けれど、お二人は詩歌の話で意気投合して惹かれ合うようになったのです。……そうして産まれたのがカミーユ様でございます。けれど、出産前から王妃からの嫌がらせが続くようになって、王はシモーヌ様の元に通うのを控えようとなさいました。そのままシモーヌ様が亡くなって、王はカミーユ様のことをずっとお気になさっていました。どうにかして普通の若者として育てられぬかと思ったが、王家の瞳を持つかぎりそれができない、とカミーユ様の枕元で嘆いて……」
「わたしに会いにいらしたのですか……?」
「ええ。皆が寝静まった深夜にこっそりと。『瞳が見られないのが残念だ』と仰せでした」
見捨てられたと思わせるために、マルク王はカミーユに関わらなかった。そうして内密に離宮を訪ねてきたのだろうか。
わたしの……父上。様々なしがらみを抱えて、それでもわたしを気にかけていてくださったのか。わたしは……何も知らず、父が目の前で処刑されても怯えていただけで涙すら出せなかったのに。
カミーユはぞわぞわと以前から感じていたほの暗い感覚が蘇ってくる気がした。
……あの人は世間の人々が言うような、「本物の王」なのか?
「その前からシモーヌ様もいくらか疑惑を持っていたようです。そして、調べればいくらでもボロが出てきました。あの男には元々婚約者がいて、そちらを解消する動きはなかった。そして、以前から侯爵家の女性に【祝福】を与える力があることに興味を持っていたのです。おそらくは自分が本物だという箔付けが欲しかったのでしょう」
ダルトワ侯爵家は魔法研究の権威であるとともに【祝福】スキルを持つ者が多いのが有名で、シモーヌもその一人だった。
けれど、その大半が魔力が多くないために生涯に一度しか使えないのだという。希に魔力量が多い者が聖職者になり聖女と呼ばれていた。
……ドミニクが求めたのは【祝福】を受けたという事実。それも自分の権威を高めるため? それでは母のことを本当に好きだったわけではないのか。だから母の好きな詩人だと思わせて口説こうとした? 偽りだらけだ。
何故か世間ではドミニクに都合のいい噂ばかりが流れていた。もし、彼が情報を操作していたとしたら?
おそらくそうした噂を流す者を雇っていたのだろう。人は美談よりも醜聞や色恋沙汰を好む。そうした傾向を逆手にとって、自分の印象を操作していたのだ。
当時はマルク王の出自を疑った噂がまことしやかに囁かれていた。
そして、国内で起きる諍いや災いは偽物の王だからではないかというもの。王は女性を周りに侍らせ、豪奢な遊興にふけり、政治は宰相任せで何もしていない……など。
これではドミニク王子の方が立派な王になれるのではないか、という考えを導くように。
王を揶揄する歌が民の間で歌われ、何かあれば王が悪いと罵るようになった。
そして「ディマンシュの虐殺」だ。一日にして国軍によりディマンシュに住んでいた亜人の姿が消え失せたと言われてはいるが、実際殺された人数ははっきりしていない。
なのに、王都では大虐殺だったという知らせが伝えられ、瞬く間に民に広まった。
そもそも、何故亜人を虐殺したのか。その理由さえわからないままに、暴動が起きて王は捕らえられ処刑された。
マルク王は……処刑されねばならないほどに非道な偽物の王だったのだろうか?
「侯爵家はシモーヌ様をドミニク王子に渡してはならないと考えましたが、相手は王族。容易に逆らうわけにはいきません。そんな頃にマルク王からシモーヌ様を側妃に召し上げるという命令が届きました」
母はその命令状の署名と、匿名の手紙の筆跡が同じだと気づいて確証を抱いたのだという。嬉々として王宮に上がると宣言した。
「さすがに国王の命令にはどうにもできませんから、二度と侯爵家に関わってくることはありませんでした。ただ、その直後、王に恋人を奪われた貴公子、のような題材の読み物や詩歌が王都で大流行しました」
それではカミーユが乳母たちの噂や書物で知っていた恋物語は、母とドミニク王子のことではなかったのだ。
「……それでは……」
マルク王はシモーヌを本当に側妃にするつもりはなかった。
ドミニクが自分の筆名を語ってシモーヌを手に入れようとしていると気づいて、肩書きだけを与えてほとぼりが冷めるまで離宮で静かに過ごせるようにしたかったらしい。
「けれど、お二人は詩歌の話で意気投合して惹かれ合うようになったのです。……そうして産まれたのがカミーユ様でございます。けれど、出産前から王妃からの嫌がらせが続くようになって、王はシモーヌ様の元に通うのを控えようとなさいました。そのままシモーヌ様が亡くなって、王はカミーユ様のことをずっとお気になさっていました。どうにかして普通の若者として育てられぬかと思ったが、王家の瞳を持つかぎりそれができない、とカミーユ様の枕元で嘆いて……」
「わたしに会いにいらしたのですか……?」
「ええ。皆が寝静まった深夜にこっそりと。『瞳が見られないのが残念だ』と仰せでした」
見捨てられたと思わせるために、マルク王はカミーユに関わらなかった。そうして内密に離宮を訪ねてきたのだろうか。
わたしの……父上。様々なしがらみを抱えて、それでもわたしを気にかけていてくださったのか。わたしは……何も知らず、父が目の前で処刑されても怯えていただけで涙すら出せなかったのに。
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