塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~

蕾白

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第三部

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 エルネストは音がしそうな勢いで首を激しく横に振った。
「いえいえ。滅相もない」
 カミーユはその言葉が信じられなかった。ダルトワ侯爵家はあまり金銭的に余裕がないのだとバルバラに聞いていた。だからまず彼の豪奢な服装をおかしいと思った。
 姉の子を祝うために衣装を整えたと言うにはあまりに派手だったから。何らかの密命と引き換えに援助を得ていたのではないかと疑いたくなった。
 この人は魔法を使って探りを入れに来たのか? いや、探りたいのはむしろわたしよりもアレクのことかもしれない。彼は今まで政治の表舞台に立ったことはあまりなかっただろうし、王位に一番遠いとさえ言われてきた。
 ……どちらにしても、それが明るみになった段階で国王の意向だとは口が裂けても言えないだろう。国際問題だ。
「ではダルトワ侯爵の独断だと?」
「……だよ……」
 がっくりと俯いたエルネストの口からぽつりと声が漏れた。
「え?」
 突然精悍な成人男性の口から怒濤のような口上が吹きだしてきた。
「カミーユが心配だったんだよ。あのシモーヌ姉上の産んだ子が強引に亜人の国に攫われたとか聞かされたら心配にもなるだろう。うちの一族は国王陛下に楯突こうにもカミーユに手出しされたらと何もできなかったけど、ずっとカミーユのことをダルトワ領に連れ帰りたかったんだ。なのにこの十三年間何度訴えても幽閉が解かれなかった。その上いきなり亜人の国に嫁がせるという。ダルトワ侯爵家の一族郎党怒り狂ったんだからね。こうなったら相手がどんな男だか見極めてやろうと思ったから、特使の話を受けたんだ。この記録媒体も帰国してからカミーユの様子を一族の者に見せたかっただけだ。誰があの国王なんぞのために働きたいものか。あれはシモーヌ姉上を欺した男だぞ」
 一気にまくし立てると、息を整えるように胸元を押さえた。カミーユもアレクもその場に控えていた者たちもあまりの勢いに一瞬固まっていた。
「……欺した?」
 けれど、カミーユには聞き捨てならない一言があった。
「そうだ。ドミニクは姉上を欺したのだ。【祝福】欲しさに」
 カミーユは耳を疑った。
 侍女たちの噂話や、市井に出回っていた恋愛小説の題材にされたりもしていたので、カミーユは母がドミニクと恋仲だったのだと思っていた。
 ……そういえば、バルバラとはそうした話をあまりしてこなかった。カミーユが持つ形見のペンダントも、母が愛する人から贈られたと言っていたけれど……誰のことだったのか。
「こうなったら、王太子殿下、私を罪人としてこの国に拘留してくれたまえ。縛り上げてさらし者にされても私はカミーユの側で同じ空気を吸っていられるのならいかなる拷問も構わない。拘留されたらその分だけカミーユの近くにいられるのだから、私にとっては褒美でしかないのだけれどね」
 すっかり開き直ったエルネストはむしろ目を輝かせてカミーユに身を乗り出してくる。カミーユは思わず後ずさりした。アレクも顔が引き攣っている。
 同じ空気を吸いたい? 捕まってこの国にいればわたしの近くにいられる?
 ……なんか気持ち悪いくらい執着されているんだけど、どういうこと?
 バルバラは隣室で控えているから問いただせないけど、母方の家はいったいどういう人たちなのか。
 エルネストはカミーユの困惑に気づいたのだろう。語調を和らげた。
「カミーユ。今まですまなかった。もっと早くあの塔から出してやりたかったのに。うちの一族は魔法には強いが政治や駆け引きが不得意で何もできなかった。この国で幸せなのならそれでいいんだ。さっき王太子殿下を鑑定しようとしたら、【祝福】に阻まれた。カミーユは殿下を大事に思っているのだね?」
「……はい」
 相手の勢いに負けてカミーユは頷いた。
 この人はカミーユに【祝福】を与える力があることを知っているらしい。
「それを聴けたら満足だ。さあ。捕まえてもらおうか」
 エルネストは芝居がかった様子でそう宣言する。縛れと言わんばかりに両手を前に差し出して。そしてカミーユにだけは熱のこもった目を向けてくる。
 いや何か怖いんだけど。わたしは母の実家に嫌われていると思ってたんだけど。何か思っていたのと違う。
 アレクが困惑もあらわにカミーユに目を向ける。
「……どうしようか? この国にいる間魔力封じの魔法具をつけてもらうくらいのつもりだったんだけど。縛ってあげなきゃダメなのかな?」
「魔法具だけでいいかと……」
 とりあえずアレクが説得してくれて、エルネストに魔力封じをつけさせることで予定通りの滞在を許可することにした。
 ものすごくエルネストが不満そうだったので、本気で捕縛されてこの国に留まるつもりだったんだろうかとカミーユたちは呆れてしまった。
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