塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~

蕾白

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第二部

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 決闘の後、王太子決定により各所での手続きがあるとかで、アレクに会うことができないまま先にカミーユは北宮に戻された。
 アレクが無事だったのはよかったけれど、顔を見るまでは安心できない。
 形がはっきりしない不安がずっとカミーユの心を揺らしていた。
 あの後、バルバラが調べてきてくれたので、レイモンドの「反則行為」の内容を知ることはできた。
「毒……?」
「あの剣に毒を噴霧する道具を取り付けていたのです。剣自体の拵えが派手なので事前に検査した者も装飾だと思ったようで。殿下は最初の一撃でそれに気づいていたのでしょう」
 あの時、アレクが話しかけていたのはそれだったのか。
 決闘で使える武器は一つだけ。毒を仕掛けていたのなら反則だ。
 アレクが風魔法を使い続けていたのは毒の霧を浴びないためだった。観客席に拡散させないためでもあったのだろう。
 レイモンドは意地になって毒の噴霧を続けて、自分が浴びてしまったのか。
「残念ながらレイモンド殿下は重篤な状態のようです」
「……アレクは大丈夫なのか? 毒をいくらか浴びたのでは……?」
 もしかして、なかなか帰ってこないのはそのせい?
 カミーユが急に不安になると、バルバラは首を横に振った。 
「決闘の後で医師の治療を受けたのですが殿下は幸い問題はなかったそうです。使われた毒はかなり強いもので、経皮摂取しても痙攣と呼吸困難を起こして最悪死に至るものです」
 それを聞いてカミーユは大きく息を吐いた。それにしてもそんな猛毒を決闘の場に持ち込むなど、どういうつもりなのか。
「その場で斬って倒せば毒の有無まで調べませんから、最初から殿下を殺すつもりだったのでしょう。そのような小細工、熊の亜人としては恥さらしです」
 バルバラは怒っているようだった。たしかに、バルバラに武道一般を習ったカミーユも正々堂々という印象だったので違和感がある。
「……熊の亜人は真っ向勝負こそ全て、って感じだよね?」
「左様でございます。ですからつまらぬ小細工をしたとバレた段階でレイモンド殿下の負けです。そのような者が王になど認められるはずはありませんから」
 この国の望ましい王は強く民の上にあることが求められる。おそらくは小細工を弄するよりも力でねじ伏せるような強さが美徳とされている。少なくとも民の前で見せる一面では。
 だからこそアレクも初戦では攻撃性の強い派手な魔法を使って見せたのだろう。もしかしたら、あの魔法を見て、接近戦に持ち込めないと危惧してレイモンドは毒を仕込んだのかもしれない。
 不意に窓の外で物音がした。小さく何かがしきりに窓に当たっているような音。
 カミーユが窓をわずかにあけると、白と黒の羽をした小鳥が飛び込んできた。
「……アレク?」
 アレクは目の前で小鳥の姿から人の姿に変わる。そして、カミーユに抱きついた。もどかしくヴェールを引き剥がすと驚いて固まっていたカミーユに口づける。
 一頻り唇を味わうように重ねてきてから、一気に口を開いた。
「ああもう。カミーユが足りなくて死にそうだった。面倒くさい年寄りやむさ苦しい野郎ばっかりに一日囲まれてたからもう限界だよ。カミーユを補充させて」
 まるで駄々っ子のようだ。
 けれど王太子決定はこの国にとって重要なことだ。ややこしい手続きがあって当然だろう。きっとそれで疲れているんだろう。
 カミーユはアレクのしたいようにさせてあげようと思った。
「大変だったんだね。……もう大丈夫? 終わったの?」
「必要なことは全て終わった。戻ろうとしたら僕に慌てて取り入ろうとしてる奴らが部屋の外で待ってるのが見えたから窓から逃げてきたんだ。あんな連中の相手してたらカミーユのところに戻るのが遅くなるじゃないか。……ごめんね、カミーユ。あんな大勢の人の居る場所は辛かったでしょ?」
 アレクにはカミーユが観客たちに恐怖を抱いていたのがわかったのだろうか。
「……わたしのことより、アレクの方が大変だったんだから……」
「うん……」
 アレクはカミーユにぎゅうぎゅうと強く抱きついて、首筋に顔を埋めている。
「僕は勝ち負けより生き延びることが目標でいいと思っていた。だけど相手は殺しにかかってくるというカミーユの言葉でやっと目が覚めた」
「本気出せた?」
「……いや、最初はまだ本気じゃなかったんだよ。けど……」
 アレクはカミーユの顔を覗き込んできた。
「今日何故か異常に絶好調だったのか、イアン相手で軽い威嚇で火魔法撃ったら壁が壊れちゃったんだよ……」
 アレクはイアンは自分たちのことを無視していたけど危害を加えられてはいなかったので、魔法で威嚇して場外に落とそうと思っていたらしい。
「……絶好調?」
「わからないんだよ。それでうっかり防御魔法が遅れたはずなのに、相手が吹っ飛ばされるし……。神殿関係者にめっちゃ詰められたけど……どこで【祝福】をかけてもらったのかと。僕に祝福をくれたのってカミーユだけだよね? それに、これも」
 アレクが懐からカミーユが刺繍したハンカチを出して見せた。
「……祝福って……その……」
 まさかと思うけれどカミーユがアレクに抱かれたことを言ってしまったのだろうか。カミーユが言い淀むと、アレクは困ったような笑みを浮かべた。
「言ってないよ? 『乙女の祝福』なんてのはロマンティックだけどただの迷信だし、本来の【祝福】はそういう意味じゃないんだ。使える人間は今、この国では確認されてない」
「じゃあどうして?」
「カミーユ、君は自分の魔力やスキルを測ったことがないって言ってなかった? 絶対王都で計測しちゃダメだよ。おそらく君は他者に【祝福】を与えられる能力者だ。正式に言えば聖女や聖者と呼ばれる」
 カミーユは首を傾げた。聖女や聖者というのは伝説に度々出てくる、神によって特殊な力を授けられた人々だ。書物で読んだことがある。けれどただの言い伝えだと思っていた。
 たしかに自分は魔力などを調べてもらう機会がなかった。五歳までは離宮に閉じこめられていたし、その後は塔の中で暮らしていた。
 ……だけど、そんな大それた能力がわたしにあるなんて、にわかには信じられない。
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