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第二部
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カーネル領に滞在していた頃、カミーユは尋ねたことがあった。
「塔の壁を壊すような魔法が使えるのに、どうして異母弟に勝てなかったの?」
アレクは異母弟たちに剣の稽古の名目で酷い目に遭わされていたと言っていた。
けれどあれほどの魔法が使えるのなら、相手も馬鹿にしたりしないのではないかと、カミーユは不思議に思っていた。
アレクはその問いにあっさり答えた。
「所詮剣の稽古なんだから本気の魔法を使ったりはしないよ。それやったら相手死んじゃうから」
アレクは魔法が使えるけれど、稽古だから手加減をしなくてはと考えてしまうらしい。それで剣術の稽古では魔法は使えなくて一方的にボコボコにされていたという。向こうは稽古だからと容赦してくれなかったってことじゃないか。
……そんなの不公平だ。
「魔法は詠唱とか魔法陣とかが必要だから、決闘で不利だと言わなかった? そもそも使わなかったの?」
「うん。相手は一応弟だから……」
「アレク。それは無礼ではないの?」
稽古であっても相手に手加減する、というのはある意味傲慢に聞こえた。
けれど、バルバラでも一度では壊せないと言っていた分厚い石の壁をぶち抜いた魔法は、人に向けるのは危険だという気持ちもわかる。
……いくら殺し合いではないとしても、向こうは一方的にアレクを痛めつけて恥をかかせたのだ。それはすでに稽古でもないし、手合わせでもない。
「格下でも格上でも相手が本気でかかってくるなら殺す覚悟で行けと、わたしはバルバラに教わった。手加減なんてしちゃダメだと思う。それに今度の儀式は本気の決闘なんだろう?」
アレクはそれを聞いて驚いたように目を瞠る。それからなるほど、と頷いた。
「そうか……そうだよねえ。僕は手加減することばっかり考えてたよ。本気出したほうがいいんだね」
「アレクが本気出すと凄いんだって教えた方がいい。わたしもそれが見たい」
カミーユがそう言ったら、アレクは重荷が取れたかのようにふわりと笑った。
「よーし、良いとこ見せちゃおうかな。カミーユが惚れ直してくれるくらいに」
……確かに言った。本気出せって。
次の決闘まで慌ただしく壁に空いた大穴の応急処置が行われていた。結局イアンは気絶したままで担架に乗せられて会場を後にした。
時間が少し開くので、とお茶と軽食が運ばれてきた。ちゃっかりとカミーユの隣に来たグラントリーがあれこれ教えてくれた。
イアンとその弟はことあるごとに自分たちは優秀だとひけらかしていたらしい。けれど、本当の敵は第二妃の子たちだと思っていたのか、グラントリーやアレクのことは無視して挨拶すらしなかったのだとか。
「立派な大人はご挨拶がきちんとできるんだって作法の先生も言ってたよ」
「そうですね。挨拶は大事だと思います」
イアンが敗退したことで、王弟の子に王位が渡ることはなくなった。
次の一戦、レイモンドはおそらく憎悪を向けてくるだろうし、アレクの魔法を目にしていただろうから油断はしないだろう。
そこへグレンダ妃が戻ってきて戸惑ったような口調でカミーユに問いかけた。
「カミーユさんは魔法には詳しくて? 魔力か特殊な能力をお持ちかしら?」
「……いえ。何もありません」
カミーユは正直に答えた。
ずっと幽閉されていたので魔力や能力を調べてもらう機会はなかったけれど、自分が魔法を使えるとは思わなかった。
アレクと知り合ってから魔法に関する書物を読んで、こっそりいくつかの呪文を試してみたけれど何も起こらなかったから。
多分私には魔法の才能はないんだろう、と思っていた。
「けれどシーニュ王国は魔法が盛んだと聞いています。王族は何かしらの魔法を使えるとも……」
「お恥ずかしいことですが、わたしは本当に魔法のことはわからないのです」
バルバラは身体能力は高くても魔法には詳しくなかったので、魔法に接することもなかった。
「そうなのですね。実は第二妃は神殿でレイモンドに加護魔法をかけてもらったらしいのです」
「加護というのは……?」
「魔法攻撃や物理攻撃を弱体化させるものです。扱える術者が少ないので法外な対価を要求されますから、そんなものより自分を鍛えたほうが手っ取り早いと鍛錬に励む人の方が多いのですが」
「魔法攻撃を弱体化……」
つまりアレクと対戦するために大金を払って加護魔法をしてもらっていたというのか。
どのくらいの効果があるのか知らないけれど、魔法を防がれたらアレクに勝ち目はなくなる。
……それ、ずるくないだろうか。相手の手の内がわかっているから加護をかけてもらうとか。
この国では魔法を使える人は少ない。亜人の中でも鳥の民などの一部の民、それも先祖返りという体質の持ち主だけだとか。そうした希少な能力を持つ者は聖職者になることが多いらしい。
「つまり神殿は第二妃様の味方ということですか?」
「彼らはあの子が決闘に負けて王位継承権を失ったら神殿にほしいと、前々から国王陛下に言ってきていましたから。利益が一致しているのでしょう」
「……」
神殿はアレクの魔力を狙っているのか。誰も彼もがアレクの敵に回るのがカミーユには悔しかった。力が全てだというのが亜人たちの考えだとはわかっている。
けれど、力というのは膂力だけではないのだ。
……わたしに加護の魔法が使えたら、アレクを守れるだろうか。
けれど、カミーユにできたのはせいぜい刺繍したハンカチをお守りに贈るくらいだった。
いくら自分が剣術を鍛えていても、この場にいるだけでは何もできない。
「わたしは何もお役に立てていませんね……」
「あら、それは違いますわ。あなたが応援してくれることが、あの子にとってはあらゆる加護よりも大切なのです。次の一戦も一緒に応援しましょうね」
グレンダはそう言って可愛らしく首を傾げている。ヴェール越しでも彼女が微笑んでいるのが見えた気がした。
やがて対レイモンドの一戦が始まる合図の喇叭が鳴り響いた。
アレクは先刻と同じ長い杖だけを手にしている。向かい合うレイモンドはご大層な鞘に収まった長剣を従者から受け取っていた。
それを見たグレンダが国王に顔を向けたのがわかった。
「塔の壁を壊すような魔法が使えるのに、どうして異母弟に勝てなかったの?」
アレクは異母弟たちに剣の稽古の名目で酷い目に遭わされていたと言っていた。
けれどあれほどの魔法が使えるのなら、相手も馬鹿にしたりしないのではないかと、カミーユは不思議に思っていた。
アレクはその問いにあっさり答えた。
「所詮剣の稽古なんだから本気の魔法を使ったりはしないよ。それやったら相手死んじゃうから」
アレクは魔法が使えるけれど、稽古だから手加減をしなくてはと考えてしまうらしい。それで剣術の稽古では魔法は使えなくて一方的にボコボコにされていたという。向こうは稽古だからと容赦してくれなかったってことじゃないか。
……そんなの不公平だ。
「魔法は詠唱とか魔法陣とかが必要だから、決闘で不利だと言わなかった? そもそも使わなかったの?」
「うん。相手は一応弟だから……」
「アレク。それは無礼ではないの?」
稽古であっても相手に手加減する、というのはある意味傲慢に聞こえた。
けれど、バルバラでも一度では壊せないと言っていた分厚い石の壁をぶち抜いた魔法は、人に向けるのは危険だという気持ちもわかる。
……いくら殺し合いではないとしても、向こうは一方的にアレクを痛めつけて恥をかかせたのだ。それはすでに稽古でもないし、手合わせでもない。
「格下でも格上でも相手が本気でかかってくるなら殺す覚悟で行けと、わたしはバルバラに教わった。手加減なんてしちゃダメだと思う。それに今度の儀式は本気の決闘なんだろう?」
アレクはそれを聞いて驚いたように目を瞠る。それからなるほど、と頷いた。
「そうか……そうだよねえ。僕は手加減することばっかり考えてたよ。本気出したほうがいいんだね」
「アレクが本気出すと凄いんだって教えた方がいい。わたしもそれが見たい」
カミーユがそう言ったら、アレクは重荷が取れたかのようにふわりと笑った。
「よーし、良いとこ見せちゃおうかな。カミーユが惚れ直してくれるくらいに」
……確かに言った。本気出せって。
次の決闘まで慌ただしく壁に空いた大穴の応急処置が行われていた。結局イアンは気絶したままで担架に乗せられて会場を後にした。
時間が少し開くので、とお茶と軽食が運ばれてきた。ちゃっかりとカミーユの隣に来たグラントリーがあれこれ教えてくれた。
イアンとその弟はことあるごとに自分たちは優秀だとひけらかしていたらしい。けれど、本当の敵は第二妃の子たちだと思っていたのか、グラントリーやアレクのことは無視して挨拶すらしなかったのだとか。
「立派な大人はご挨拶がきちんとできるんだって作法の先生も言ってたよ」
「そうですね。挨拶は大事だと思います」
イアンが敗退したことで、王弟の子に王位が渡ることはなくなった。
次の一戦、レイモンドはおそらく憎悪を向けてくるだろうし、アレクの魔法を目にしていただろうから油断はしないだろう。
そこへグレンダ妃が戻ってきて戸惑ったような口調でカミーユに問いかけた。
「カミーユさんは魔法には詳しくて? 魔力か特殊な能力をお持ちかしら?」
「……いえ。何もありません」
カミーユは正直に答えた。
ずっと幽閉されていたので魔力や能力を調べてもらう機会はなかったけれど、自分が魔法を使えるとは思わなかった。
アレクと知り合ってから魔法に関する書物を読んで、こっそりいくつかの呪文を試してみたけれど何も起こらなかったから。
多分私には魔法の才能はないんだろう、と思っていた。
「けれどシーニュ王国は魔法が盛んだと聞いています。王族は何かしらの魔法を使えるとも……」
「お恥ずかしいことですが、わたしは本当に魔法のことはわからないのです」
バルバラは身体能力は高くても魔法には詳しくなかったので、魔法に接することもなかった。
「そうなのですね。実は第二妃は神殿でレイモンドに加護魔法をかけてもらったらしいのです」
「加護というのは……?」
「魔法攻撃や物理攻撃を弱体化させるものです。扱える術者が少ないので法外な対価を要求されますから、そんなものより自分を鍛えたほうが手っ取り早いと鍛錬に励む人の方が多いのですが」
「魔法攻撃を弱体化……」
つまりアレクと対戦するために大金を払って加護魔法をしてもらっていたというのか。
どのくらいの効果があるのか知らないけれど、魔法を防がれたらアレクに勝ち目はなくなる。
……それ、ずるくないだろうか。相手の手の内がわかっているから加護をかけてもらうとか。
この国では魔法を使える人は少ない。亜人の中でも鳥の民などの一部の民、それも先祖返りという体質の持ち主だけだとか。そうした希少な能力を持つ者は聖職者になることが多いらしい。
「つまり神殿は第二妃様の味方ということですか?」
「彼らはあの子が決闘に負けて王位継承権を失ったら神殿にほしいと、前々から国王陛下に言ってきていましたから。利益が一致しているのでしょう」
「……」
神殿はアレクの魔力を狙っているのか。誰も彼もがアレクの敵に回るのがカミーユには悔しかった。力が全てだというのが亜人たちの考えだとはわかっている。
けれど、力というのは膂力だけではないのだ。
……わたしに加護の魔法が使えたら、アレクを守れるだろうか。
けれど、カミーユにできたのはせいぜい刺繍したハンカチをお守りに贈るくらいだった。
いくら自分が剣術を鍛えていても、この場にいるだけでは何もできない。
「わたしは何もお役に立てていませんね……」
「あら、それは違いますわ。あなたが応援してくれることが、あの子にとってはあらゆる加護よりも大切なのです。次の一戦も一緒に応援しましょうね」
グレンダはそう言って可愛らしく首を傾げている。ヴェール越しでも彼女が微笑んでいるのが見えた気がした。
やがて対レイモンドの一戦が始まる合図の喇叭が鳴り響いた。
アレクは先刻と同じ長い杖だけを手にしている。向かい合うレイモンドはご大層な鞘に収まった長剣を従者から受け取っていた。
それを見たグレンダが国王に顔を向けたのがわかった。
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