塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~

蕾白

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第二部

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王宮の東側に国軍関連の施設がある。練兵場などに広大な敷地が当てられている。闘技場もその一つだ。
 鍛錬のための武術大会などが行われる時は市民にも公開されているとのことで、円形のすり鉢状に設けられた席には多くの人々が集まっていた。
 カミーユはバルバラを伴って闘技場にある王族専用の観覧席に座ってその広さに圧倒されていた。
 人々が待ちきれない様子で騒いでいる熱気を見ていると、急に過去に引き戻されそうになった。
 五歳のとき、あの処刑場に連れ出されたときの記憶が甦ってくる。
 ……偽物の王を吊せ。
 人々がそう叫び、一人、また一人と処刑が行われるたびに歓声が上がった。
『父や兄たちと最後の別れができたか?』
 震えるだけのカミーユにかけられた冷淡な声。
 思わず顔を覆って冷静になれ、と念じた。アレクは処刑されるわけじゃない。けれど膂力で圧倒的な差がある相手との決闘をさせられるのだから、公開処刑に等しい。
 アレクが魔法で勝ち残ると信じてはいても、あの時の記憶がカミーユに恐怖を呼び起こす。
 わたしにできることはここでアレクの帰りを待つことだ。それくらいできないでどうする。わたしはもう五歳の子供ではないのだ。
「カミーユさん。一人でいたら不安でしょう? こちらにいらっしゃいな」
 グレンダ妃が歩み寄ってきた。ヴェール越しで表情はわからないけれど、その言葉には温かみがあった。隣でグラントリーも心配そうにこちらを見ている。
 グレンダの席は国王の隣でその向こうには第二妃たちの席がある。派手なドレスを着て勝ち誇ったように取り巻きをつれているのに比べて、グレンダ妃の周りには侍女と護衛以外誰もいない。
 誰もアレクが勝つとは思っていないかのようで、カミーユは差し出されたグレンダの手を取った。緊張しているのかひんやりとした手にカミーユは自分の事ばかり考えていた自分を恥じた。
 母として我が子が決闘させられるのはどれほど辛いか、カミーユには察することさえできない。
「どうかご一緒させてください」
「一緒に応援しましょうね。あの子は決して弱くはないんだから」
「お姉様。僕も応援します」
 グラントリーがそう言ってカミーユの隣に来た。
 そうして地面が揺れるような歓声が起きた。決闘が始まるのだ。

 最初の対戦はアレクとイアン公子。現国王の亡き王弟の子で十九歳。アレクより頭一つ背が高く、隆々とした筋肉を見せびらかすように上半身は剥き出しだ。武器は双剣。
 対するアレクは武器を持たず、上着なしの軽装で長い杖を手にしていた。魔法にはかならずしも杖は必要ないけれど、魔法のみを使って戦うという意思表示のためだと聞いていた。
 軽装ゆえにアレクの細身が目立つ。入場してきたとき一瞬こちらを見たように思えた。
 軽く杖を掲げて笑みを浮かべたのがわかった。
「サミュエル・アレクサンダー王子殿下とイアン公子殿下との対戦を行います」
 審判役らしい髭を蓄えた男が闘技場の中央に立って宣言した。闘技場はほぼ真四角の舞台のような造りになっていた。
 決闘はその舞台から落ちて一定時間が過ぎるか、倒れて動けなくなるか、どちらかが降参するまで行われる。
 人々が口々にイアンやアレクの名前を叫ぶ。
「こちらも応援してくれる人がいるのですね」
 カミーユがそう呟くと、グレンダ妃が教えてくれた。
「あれは賭けをしているからですわ。どちらに賭けているかだけのことです」
 そうか。純粋にアレクが王になって欲しいと思っている訳ではないのか。
 少しがっかりしたけれど、それでも応援は応援だ。アレクの力になってくれればいい。
「カミーユさんもあの子に賭ければよろしいのに。お小遣いになりますわよ?」
 しれっとグレンダ妃が言う。どうやら我が子に賭けているらしい。
 ……やっぱりこの人アレクのお母さんだ。何でも楽しんでしまうところがどこか似ている。
 カミーユは両手を祈るように組んで、対戦開始の合図が鳴る瞬間を迎えようとした。

 勝負は一瞬だった。
 アレクが手にした杖をまっすぐに向けると、轟音とともに壁面に大穴が開いていた。幸い観客席のない場所だったけれど、対戦相手の真横を巨大な火の塊が横切っていったのは誰もが見ていたはずだ。
 相手も観客もついでに何故かアレク本人も固まっていた。しげしげと杖を眺めている。
 そこへイアンが立ちあがって剣を振りかざしてきた。一瞬で間合いを詰めてきた。
 カミーユは思わず腰を浮かしかけた。
 あれでは防御が間に合わない。
 その時だった。アレクの周りがぱっと明るく光ってイアンが場外まで吹き飛ばされた。
 壁に叩きつけられたイアンは気絶したのかその場から動かなくなった。
 ……いつの間に防御魔法を展開していたんだろう。
 アレクは短縮詠唱や無詠唱も使えるとは聞いていた。けれどあの一瞬でそこまでできてしまうとは思わなかった。
「やった。兄上の勝ちだ」
 グラントリーがぴょんぴょん跳び上がりながらグレンダとカミーユに笑いかけた。
「よかった……」
 カミーユがほっと胸を押さえると、隣にいたグレンダが首を傾げた。
「あの光……あれは鳥の民の魔法ではありませんわ。あの子、いつの間にあんなに腕を上げたのかしら」
 観客たちは驚きと混乱と賭けに外れた悔しさとで一頻りざわついたあと、アレクの勝利を讃えた。
 アレクは杖を掲げてその歓声に応えた後で、カミーユの方に顔を向けてひらひらと手を振ってきた。
 ……よかった。とりあえず一人……。
 カミーユはこっそりとヴェールの下で手を振り返した。
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