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第二部
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できることなら会いたくなかった人物と遭遇したのは、王宮にカミーユたちが到着した翌日だった。
王位継承者決定のための儀式開催が国王により宣言され、王位継承権者全てに告知された。アレクは一旦王太子の称号を得たことになるけれど、少しも楽しそうには見えなかった。
「気晴らしに散歩でもしない? グラントリーもちょっと塞いでるから一緒に」
そう、彼の同腹弟は儀式の内容を聞いて真っ青になっていた。グラントリーもアレクが異母弟たちに剣術の稽古でボコボコにされているのを知っていたのだ。
決闘なんて無理。兄上死なないで、と泣き出して大変だった。
そして、当の本人はというと物思いに耽っている様子で、ふとした時にぼんやりと宙を見ていたりする。
たしかに散歩でもした方がよさそうだ。
カミーユはこの国の女性向けの男装っぽい軽装に着替えると、グラントリーと手を繋いでアレクと並んで庭に出た。
王宮の広い庭園は美しい生け垣と様々な花に彩られている。庭は王宮を訪れた人には開放されているとかで、他にもちらほらと散策している人がいる。
……やっぱり逞しくて大柄な人が多いな。人族とは違う空気を纏っているように見える。
カミーユがそう思っていると、グラントリーがきゅっとカミーユの手を強く握ってきた。
「お姉様、兄上は魔法がお強いのでしょう? きっと魔法で勝てますよね」
グラントリーはカミーユを切実な眼差しで見上げてきた。
「ええ。もちろん、一瞬で勝ちますよ」
「二人にそう言われると頑張らないとなあ……」
アレクはそう言ってへらへらと笑う。命がかかっていると言っていた割にそれを全く見せないのが、カミーユにはもどかしく思えた。
わたしでは相談相手にもならないのかもしれないけど、それでも話して欲しい。
「このところ考え事が多いみたいだけど、対策は進んでる?」
「まあ、それなりに……待った」
アレクが足を停める。正面から数人の若い男が歩いてくる。いずれもカミーユより一回り大きい。その真ん中にいた灰色の髪の青年がこちらを見た。
「レイモンド、息災のようだね」
アレクがそう声をかけると、相手は小馬鹿にしたような目をカミーユとグラントリーにも向けてきた。
「これはこれは兄上。やっとお戻りになったのですね。まあ、儀式から逃げるわけにはいきませんからね」
どうやら彼がアレクの異母弟その一らしい。たしか、レイモンドというのは第二妃の長子だったはず。第二妃は狼の一族だというから、彼は狼か熊の亜人なんだろう。
にやにやとだらしない笑みを浮かべながらこちらを一瞥している。
うわ、感じ悪。如何にも決闘で勝つのが決まっているみたいに。そういう感情は普通見せないものではないの?
「そちらが婚約者殿ですか。人族の女にしては上背がある」
顔や細かい容姿は魔法をかけているから見えないだろう。けれど彼らの美的基準は空くまで強さだ。体格が大きいことは魅力的に映るのか、レイモンドはいやらしく口元を歪めてカミーユを見る。
「決闘の結果次第では僕がもらい受けてもよろしいですよ?」
突然相手が手を伸ばしてヴェールに触れようとしたのでカミーユは素早く一歩下がった。レイモンドの動きを見てふと気づいた。
……あれ? 思ったより動きが鈍くない? この男はバルバラに比べたら数倍遅い。それに結果次第ってどういうこと? アレクが決闘で命を落とすと言いたいの?
「お言葉ですが、わたしは自分より弱い殿方はお断りです」
そう言って空振りしたレイモンドの腕を掴むとそのまま足を払って地面に転がした。
相手の勢いを利用した技だが、一回り大きな男が一瞬で倒されたのを見てレイモンドの取り巻きたちは唖然として固まっている。
アレクは困ったような顔をして、地面に仰向けになっているレイモンドに目を向ける。
「大丈夫かい? 僕の妃は強いんだよ? そもそも、他人の番のヴェールに触れるのは無礼だと知ってるはずだよね。父上に報告されたくなかったら、この場は引いてくれるかな?」
レイモンドは屈辱からか顔をまっ赤にしていたが、自力で立ちあがる。カミーユを憎々しげに睨んではいたが、油断していたせいだからな、と言い捨てて取り巻きを連れてその場を去っていった。
「お姉様、お強いのですね。レイモンド兄上は武術大会の優勝者なんですよ」
グラントリーが目をキラキラさせてカミーユを見ていた。
「え?」
カミーユは耳を疑った。体捌きも動きの鋭さもバルバラにはまったく及ばないし、何より隙だらけだったのに。
「カミーユ、君のお師匠と比べてるだろう? 比べちゃだめだからね? バルバラは半分熊の亜人だけど、もう半分は竜の亜人だからね?」
「……竜?」
バルバラは熊の亜人の血が入っていると言っていた。それを聞いてカミーユは人族との混血だと思っていた。彼女の夫はシーニュ人の騎士だったし。
でも若い頃強い男を軒並みぶっ倒してたっていうから……たしかに普通じゃない。けど竜の亜人なんて聞いたことがない。
「亜人の中でも最強種なんだけど、ここ五十年くらいは目撃されていない。だからバルバラに求婚者が多かったんだよ。そんな人に剣術を十年以上叩き込まれてた君は、正直かなり強いと思う。カーネルの兵たちが君と手合わせしなかったのは、バルバラと稽古している君を見てビビってたんだよ」
「……え? 普通に負けてたんだけど……」
「いや、竜の亜人に勝てるのなんてこの国にはまずいないから。剣を打ち合えるだけで普通じゃないから。人族でそれやってるのって激ヤバな人だからね?」
アレクはそう言って額に手を当てた。
「でも、お姉様が夫に選んだということは、兄上はお姉様よりお強いのですね」
グラントリーは嬉しそうに笑う。やっぱり兄が凄いというのは嬉しいんだろう。
「もちろん。わたしの夫はとても強いですよ」
「うわああ。それ滅茶苦茶重圧なんだけど。妻と弟からの期待が重すぎる……」
「何を言ってるの。わたしは最初っからそう思ってるのに」
「やだもう。僕の妃が男前すぎる」
アレクはそう嘆いてから、ふわりとヴェールごとカミーユを抱きしめた。
「ありがとう……期待には応えないとね」
その小さな呟きがカミーユの耳を揺らした。
王位継承者決定のための儀式開催が国王により宣言され、王位継承権者全てに告知された。アレクは一旦王太子の称号を得たことになるけれど、少しも楽しそうには見えなかった。
「気晴らしに散歩でもしない? グラントリーもちょっと塞いでるから一緒に」
そう、彼の同腹弟は儀式の内容を聞いて真っ青になっていた。グラントリーもアレクが異母弟たちに剣術の稽古でボコボコにされているのを知っていたのだ。
決闘なんて無理。兄上死なないで、と泣き出して大変だった。
そして、当の本人はというと物思いに耽っている様子で、ふとした時にぼんやりと宙を見ていたりする。
たしかに散歩でもした方がよさそうだ。
カミーユはこの国の女性向けの男装っぽい軽装に着替えると、グラントリーと手を繋いでアレクと並んで庭に出た。
王宮の広い庭園は美しい生け垣と様々な花に彩られている。庭は王宮を訪れた人には開放されているとかで、他にもちらほらと散策している人がいる。
……やっぱり逞しくて大柄な人が多いな。人族とは違う空気を纏っているように見える。
カミーユがそう思っていると、グラントリーがきゅっとカミーユの手を強く握ってきた。
「お姉様、兄上は魔法がお強いのでしょう? きっと魔法で勝てますよね」
グラントリーはカミーユを切実な眼差しで見上げてきた。
「ええ。もちろん、一瞬で勝ちますよ」
「二人にそう言われると頑張らないとなあ……」
アレクはそう言ってへらへらと笑う。命がかかっていると言っていた割にそれを全く見せないのが、カミーユにはもどかしく思えた。
わたしでは相談相手にもならないのかもしれないけど、それでも話して欲しい。
「このところ考え事が多いみたいだけど、対策は進んでる?」
「まあ、それなりに……待った」
アレクが足を停める。正面から数人の若い男が歩いてくる。いずれもカミーユより一回り大きい。その真ん中にいた灰色の髪の青年がこちらを見た。
「レイモンド、息災のようだね」
アレクがそう声をかけると、相手は小馬鹿にしたような目をカミーユとグラントリーにも向けてきた。
「これはこれは兄上。やっとお戻りになったのですね。まあ、儀式から逃げるわけにはいきませんからね」
どうやら彼がアレクの異母弟その一らしい。たしか、レイモンドというのは第二妃の長子だったはず。第二妃は狼の一族だというから、彼は狼か熊の亜人なんだろう。
にやにやとだらしない笑みを浮かべながらこちらを一瞥している。
うわ、感じ悪。如何にも決闘で勝つのが決まっているみたいに。そういう感情は普通見せないものではないの?
「そちらが婚約者殿ですか。人族の女にしては上背がある」
顔や細かい容姿は魔法をかけているから見えないだろう。けれど彼らの美的基準は空くまで強さだ。体格が大きいことは魅力的に映るのか、レイモンドはいやらしく口元を歪めてカミーユを見る。
「決闘の結果次第では僕がもらい受けてもよろしいですよ?」
突然相手が手を伸ばしてヴェールに触れようとしたのでカミーユは素早く一歩下がった。レイモンドの動きを見てふと気づいた。
……あれ? 思ったより動きが鈍くない? この男はバルバラに比べたら数倍遅い。それに結果次第ってどういうこと? アレクが決闘で命を落とすと言いたいの?
「お言葉ですが、わたしは自分より弱い殿方はお断りです」
そう言って空振りしたレイモンドの腕を掴むとそのまま足を払って地面に転がした。
相手の勢いを利用した技だが、一回り大きな男が一瞬で倒されたのを見てレイモンドの取り巻きたちは唖然として固まっている。
アレクは困ったような顔をして、地面に仰向けになっているレイモンドに目を向ける。
「大丈夫かい? 僕の妃は強いんだよ? そもそも、他人の番のヴェールに触れるのは無礼だと知ってるはずだよね。父上に報告されたくなかったら、この場は引いてくれるかな?」
レイモンドは屈辱からか顔をまっ赤にしていたが、自力で立ちあがる。カミーユを憎々しげに睨んではいたが、油断していたせいだからな、と言い捨てて取り巻きを連れてその場を去っていった。
「お姉様、お強いのですね。レイモンド兄上は武術大会の優勝者なんですよ」
グラントリーが目をキラキラさせてカミーユを見ていた。
「え?」
カミーユは耳を疑った。体捌きも動きの鋭さもバルバラにはまったく及ばないし、何より隙だらけだったのに。
「カミーユ、君のお師匠と比べてるだろう? 比べちゃだめだからね? バルバラは半分熊の亜人だけど、もう半分は竜の亜人だからね?」
「……竜?」
バルバラは熊の亜人の血が入っていると言っていた。それを聞いてカミーユは人族との混血だと思っていた。彼女の夫はシーニュ人の騎士だったし。
でも若い頃強い男を軒並みぶっ倒してたっていうから……たしかに普通じゃない。けど竜の亜人なんて聞いたことがない。
「亜人の中でも最強種なんだけど、ここ五十年くらいは目撃されていない。だからバルバラに求婚者が多かったんだよ。そんな人に剣術を十年以上叩き込まれてた君は、正直かなり強いと思う。カーネルの兵たちが君と手合わせしなかったのは、バルバラと稽古している君を見てビビってたんだよ」
「……え? 普通に負けてたんだけど……」
「いや、竜の亜人に勝てるのなんてこの国にはまずいないから。剣を打ち合えるだけで普通じゃないから。人族でそれやってるのって激ヤバな人だからね?」
アレクはそう言って額に手を当てた。
「でも、お姉様が夫に選んだということは、兄上はお姉様よりお強いのですね」
グラントリーは嬉しそうに笑う。やっぱり兄が凄いというのは嬉しいんだろう。
「もちろん。わたしの夫はとても強いですよ」
「うわああ。それ滅茶苦茶重圧なんだけど。妻と弟からの期待が重すぎる……」
「何を言ってるの。わたしは最初っからそう思ってるのに」
「やだもう。僕の妃が男前すぎる」
アレクはそう嘆いてから、ふわりとヴェールごとカミーユを抱きしめた。
「ありがとう……期待には応えないとね」
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