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第二部
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「僕は鳥の民の血が強く出たから、身体は軽いしいくら鍛えても筋肉はつかない。王子の義務として剣術や格闘技を習ったけれど、稽古のたびに体格のいい異母弟たちにボコボコにされてたよ。幸い治癒魔法が使えたから助かったけど、このままだと稽古を口実に殺されかねないとは思っていた。周りの者たちもにやにやと笑いながら見ていて止めもしない。弱い者が強い者と戦って負けるのは当然のことだから。この国の王宮はそういうところなんだ」
彼の異母弟たちは熊の亜人だという。年下の弟にすら勝てないアレクは侮られてきたのだろう。
「……そんな。酷い」
皆が同じような体躯に生まれつく訳ではないし、得意なことは人によって違う。
なのにダイモスでは力がない者を認めないのだろうか。
どう考えても膂力で劣る彼が熊の亜人と決闘させられるとか公開処刑じゃないか。
「僕が逃げ続けていたら弟が標的にされかねない。弟は幸い父に似ていて僕より強くなるだろうけど、まだ子供だ。だからそれまで僕が戦うしかない。たとえ僕が負けても次の王位継承争いには弟が一番有利な立場になれるからね」
王位継承決定の儀式で異議を唱えられる機会は一生で一度だけというしきたりなのだそうだ。だから今回アレクなら勝てると踏んで決闘を申し出た者たちは、次代の王位継承決定には加われない。
次の代、誰が王位に就いても、次はその子のときにまた決闘が行われる。アレクの同腹の弟はそのころには大人になっているから、彼が儀式に参加したとしても決闘で潰される心配はない。
「……つまり、弟を今回の王位継承争いに参加させないために、アレクが無理にでも決闘しなくちゃいけないってこと?」
「そういうこと。ちなみに、他の決闘なら代理人を立てることもできるけど、こればかりは認められない」
アレクはどれほどうち負かされて恥をかかされても戦うつもりだったのか。年の離れた弟のために。
どこが非力で弱いんだ。アレクは立派だ。誰かのために戦い続けようとしていたんだ。
わたしなど、塔の中でただ無為に日々を過ごしていた。恥ずかしいくらいだ。
でも、アレクが酷い目に遭うのはいやだ。魔法は確かに不利かもしれないけれど……。
わたしになにかできないだろうか。彼のために何かしたい。
カミーユも熊の亜人の血を引いているバルバラに剣術で全く勝てなかった。
アレクの弟たちはきっと体格も腕力も遙かに上回っているのだろう。そんな相手と戦うなんて。
「下馬評では僕は決闘で殺されるか、死ぬ目に遭うほど叩きのめされて辱めを受けるだろうと言われているよ。賭けにもならないくらいにね。自分でもそう思う。きっと無様を晒すだろう。不甲斐ない男ですまない」
「そんなことはない。アレクはわたしを約束通り助けてくれたじゃないか。そんな風に言わないでくれ」
カミーユはこみ上げてくる感情に目頭が熱くなった。
アレクはこともなげに言っているけれど、きっと辛い思いをしてきたはずだ。
大勢の前で痛めつけられて辱めを受ける。それが悔しくないはずがない。幼い頃からそんな酷い目に遭っていれば、王都になるべくいたくないというのも理解できる。
……わたしには何もできないのか。何かできないのか。
「君がそうやって悲しそうな顔をしそうだから、なかなか言えなかったんだ」
アレクはそう言ってカミーユの手を握った。
「でもね、僕は決めたんだ。もう諦めるのをやめる。君はバルバラに毎日のように負かされてもへこたれなかった。塔の中で絶望して気力を失ったりもしていなかった。そんな君を見ていたら、負かされるからと逃げ回っていられない。君をいきなり未亡人になんてさせないからね。魔法は不利なのは百も承知だけど、徹底的に本気で戦ってみせるよ」
魔法は不利。でも何か工夫すれば立ち向かえるかもしれない。
カミーユは魔法には詳しくない。魔法を生業にしている人がいるがよほどの才覚がないと魔法使いにはなれないと聞いていた。
だったらせめて魔法のことをもっと知らなくては。
「アレク……わたしも手伝わせて。アレク一人を矢面に立たせるわけにはいかない」
「カミーユ……ありがとう」
アレクが切なげに顔を一瞬歪めたように見えた。
アレクには大切な家族がいる。守りたいものがある。ならそれを手伝いたい。
……わたしはわたしのできることをする。アレクのために。
「それで、その王太子を決める儀式というのは、いつ行われるの?」
「二週間後だよ」
「え?」
……たった二週間? カミーユが言葉を詰まらせたのを見て、アレクは微笑んだ。
「大丈夫大丈夫。僕も作戦を考えてはいるからね」
そんな大事な事情を抱えているのに、自分を塔から連れ出してくれたのだと思うと、心の底から申し訳なさでいっぱいになった。
彼の異母弟たちは熊の亜人だという。年下の弟にすら勝てないアレクは侮られてきたのだろう。
「……そんな。酷い」
皆が同じような体躯に生まれつく訳ではないし、得意なことは人によって違う。
なのにダイモスでは力がない者を認めないのだろうか。
どう考えても膂力で劣る彼が熊の亜人と決闘させられるとか公開処刑じゃないか。
「僕が逃げ続けていたら弟が標的にされかねない。弟は幸い父に似ていて僕より強くなるだろうけど、まだ子供だ。だからそれまで僕が戦うしかない。たとえ僕が負けても次の王位継承争いには弟が一番有利な立場になれるからね」
王位継承決定の儀式で異議を唱えられる機会は一生で一度だけというしきたりなのだそうだ。だから今回アレクなら勝てると踏んで決闘を申し出た者たちは、次代の王位継承決定には加われない。
次の代、誰が王位に就いても、次はその子のときにまた決闘が行われる。アレクの同腹の弟はそのころには大人になっているから、彼が儀式に参加したとしても決闘で潰される心配はない。
「……つまり、弟を今回の王位継承争いに参加させないために、アレクが無理にでも決闘しなくちゃいけないってこと?」
「そういうこと。ちなみに、他の決闘なら代理人を立てることもできるけど、こればかりは認められない」
アレクはどれほどうち負かされて恥をかかされても戦うつもりだったのか。年の離れた弟のために。
どこが非力で弱いんだ。アレクは立派だ。誰かのために戦い続けようとしていたんだ。
わたしなど、塔の中でただ無為に日々を過ごしていた。恥ずかしいくらいだ。
でも、アレクが酷い目に遭うのはいやだ。魔法は確かに不利かもしれないけれど……。
わたしになにかできないだろうか。彼のために何かしたい。
カミーユも熊の亜人の血を引いているバルバラに剣術で全く勝てなかった。
アレクの弟たちはきっと体格も腕力も遙かに上回っているのだろう。そんな相手と戦うなんて。
「下馬評では僕は決闘で殺されるか、死ぬ目に遭うほど叩きのめされて辱めを受けるだろうと言われているよ。賭けにもならないくらいにね。自分でもそう思う。きっと無様を晒すだろう。不甲斐ない男ですまない」
「そんなことはない。アレクはわたしを約束通り助けてくれたじゃないか。そんな風に言わないでくれ」
カミーユはこみ上げてくる感情に目頭が熱くなった。
アレクはこともなげに言っているけれど、きっと辛い思いをしてきたはずだ。
大勢の前で痛めつけられて辱めを受ける。それが悔しくないはずがない。幼い頃からそんな酷い目に遭っていれば、王都になるべくいたくないというのも理解できる。
……わたしには何もできないのか。何かできないのか。
「君がそうやって悲しそうな顔をしそうだから、なかなか言えなかったんだ」
アレクはそう言ってカミーユの手を握った。
「でもね、僕は決めたんだ。もう諦めるのをやめる。君はバルバラに毎日のように負かされてもへこたれなかった。塔の中で絶望して気力を失ったりもしていなかった。そんな君を見ていたら、負かされるからと逃げ回っていられない。君をいきなり未亡人になんてさせないからね。魔法は不利なのは百も承知だけど、徹底的に本気で戦ってみせるよ」
魔法は不利。でも何か工夫すれば立ち向かえるかもしれない。
カミーユは魔法には詳しくない。魔法を生業にしている人がいるがよほどの才覚がないと魔法使いにはなれないと聞いていた。
だったらせめて魔法のことをもっと知らなくては。
「アレク……わたしも手伝わせて。アレク一人を矢面に立たせるわけにはいかない」
「カミーユ……ありがとう」
アレクが切なげに顔を一瞬歪めたように見えた。
アレクには大切な家族がいる。守りたいものがある。ならそれを手伝いたい。
……わたしはわたしのできることをする。アレクのために。
「それで、その王太子を決める儀式というのは、いつ行われるの?」
「二週間後だよ」
「え?」
……たった二週間? カミーユが言葉を詰まらせたのを見て、アレクは微笑んだ。
「大丈夫大丈夫。僕も作戦を考えてはいるからね」
そんな大事な事情を抱えているのに、自分を塔から連れ出してくれたのだと思うと、心の底から申し訳なさでいっぱいになった。
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