16 / 60
第二部
4
しおりを挟む
「僕は鳥の民の血が強く出たから、身体は軽いしいくら鍛えても筋肉はつかない。王子の義務として剣術や格闘技を習ったけれど、稽古のたびに体格のいい異母弟たちにボコボコにされてたよ。幸い治癒魔法が使えたから助かったけど、このままだと稽古を口実に殺されかねないとは思っていた。周りの者たちもにやにやと笑いながら見ていて止めもしない。弱い者が強い者と戦って負けるのは当然のことだから。この国の王宮はそういうところなんだ」
彼の異母弟たちは熊の亜人だという。年下の弟にすら勝てないアレクは侮られてきたのだろう。
「……そんな。酷い」
皆が同じような体躯に生まれつく訳ではないし、得意なことは人によって違う。
なのにダイモスでは力がない者を認めないのだろうか。
どう考えても膂力で劣る彼が熊の亜人と決闘させられるとか公開処刑じゃないか。
「僕が逃げ続けていたら弟が標的にされかねない。弟は幸い父に似ていて僕より強くなるだろうけど、まだ子供だ。だからそれまで僕が戦うしかない。たとえ僕が負けても次の王位継承争いには弟が一番有利な立場になれるからね」
王位継承決定の儀式で異議を唱えられる機会は一生で一度だけというしきたりなのだそうだ。だから今回アレクなら勝てると踏んで決闘を申し出た者たちは、次代の王位継承決定には加われない。
次の代、誰が王位に就いても、次はその子のときにまた決闘が行われる。アレクの同腹の弟はそのころには大人になっているから、彼が儀式に参加したとしても決闘で潰される心配はない。
「……つまり、弟を今回の王位継承争いに参加させないために、アレクが無理にでも決闘しなくちゃいけないってこと?」
「そういうこと。ちなみに、他の決闘なら代理人を立てることもできるけど、こればかりは認められない」
アレクはどれほどうち負かされて恥をかかされても戦うつもりだったのか。年の離れた弟のために。
どこが非力で弱いんだ。アレクは立派だ。誰かのために戦い続けようとしていたんだ。
わたしなど、塔の中でただ無為に日々を過ごしていた。恥ずかしいくらいだ。
でも、アレクが酷い目に遭うのはいやだ。魔法は確かに不利かもしれないけれど……。
わたしになにかできないだろうか。彼のために何かしたい。
カミーユも熊の亜人の血を引いているバルバラに剣術で全く勝てなかった。
アレクの弟たちはきっと体格も腕力も遙かに上回っているのだろう。そんな相手と戦うなんて。
「下馬評では僕は決闘で殺されるか、死ぬ目に遭うほど叩きのめされて辱めを受けるだろうと言われているよ。賭けにもならないくらいにね。自分でもそう思う。きっと無様を晒すだろう。不甲斐ない男ですまない」
「そんなことはない。アレクはわたしを約束通り助けてくれたじゃないか。そんな風に言わないでくれ」
カミーユはこみ上げてくる感情に目頭が熱くなった。
アレクはこともなげに言っているけれど、きっと辛い思いをしてきたはずだ。
大勢の前で痛めつけられて辱めを受ける。それが悔しくないはずがない。幼い頃からそんな酷い目に遭っていれば、王都になるべくいたくないというのも理解できる。
……わたしには何もできないのか。何かできないのか。
「君がそうやって悲しそうな顔をしそうだから、なかなか言えなかったんだ」
アレクはそう言ってカミーユの手を握った。
「でもね、僕は決めたんだ。もう諦めるのをやめる。君はバルバラに毎日のように負かされてもへこたれなかった。塔の中で絶望して気力を失ったりもしていなかった。そんな君を見ていたら、負かされるからと逃げ回っていられない。君をいきなり未亡人になんてさせないからね。魔法は不利なのは百も承知だけど、徹底的に本気で戦ってみせるよ」
魔法は不利。でも何か工夫すれば立ち向かえるかもしれない。
カミーユは魔法には詳しくない。魔法を生業にしている人がいるがよほどの才覚がないと魔法使いにはなれないと聞いていた。
だったらせめて魔法のことをもっと知らなくては。
「アレク……わたしも手伝わせて。アレク一人を矢面に立たせるわけにはいかない」
「カミーユ……ありがとう」
アレクが切なげに顔を一瞬歪めたように見えた。
アレクには大切な家族がいる。守りたいものがある。ならそれを手伝いたい。
……わたしはわたしのできることをする。アレクのために。
「それで、その王太子を決める儀式というのは、いつ行われるの?」
「二週間後だよ」
「え?」
……たった二週間? カミーユが言葉を詰まらせたのを見て、アレクは微笑んだ。
「大丈夫大丈夫。僕も作戦を考えてはいるからね」
そんな大事な事情を抱えているのに、自分を塔から連れ出してくれたのだと思うと、心の底から申し訳なさでいっぱいになった。
彼の異母弟たちは熊の亜人だという。年下の弟にすら勝てないアレクは侮られてきたのだろう。
「……そんな。酷い」
皆が同じような体躯に生まれつく訳ではないし、得意なことは人によって違う。
なのにダイモスでは力がない者を認めないのだろうか。
どう考えても膂力で劣る彼が熊の亜人と決闘させられるとか公開処刑じゃないか。
「僕が逃げ続けていたら弟が標的にされかねない。弟は幸い父に似ていて僕より強くなるだろうけど、まだ子供だ。だからそれまで僕が戦うしかない。たとえ僕が負けても次の王位継承争いには弟が一番有利な立場になれるからね」
王位継承決定の儀式で異議を唱えられる機会は一生で一度だけというしきたりなのだそうだ。だから今回アレクなら勝てると踏んで決闘を申し出た者たちは、次代の王位継承決定には加われない。
次の代、誰が王位に就いても、次はその子のときにまた決闘が行われる。アレクの同腹の弟はそのころには大人になっているから、彼が儀式に参加したとしても決闘で潰される心配はない。
「……つまり、弟を今回の王位継承争いに参加させないために、アレクが無理にでも決闘しなくちゃいけないってこと?」
「そういうこと。ちなみに、他の決闘なら代理人を立てることもできるけど、こればかりは認められない」
アレクはどれほどうち負かされて恥をかかされても戦うつもりだったのか。年の離れた弟のために。
どこが非力で弱いんだ。アレクは立派だ。誰かのために戦い続けようとしていたんだ。
わたしなど、塔の中でただ無為に日々を過ごしていた。恥ずかしいくらいだ。
でも、アレクが酷い目に遭うのはいやだ。魔法は確かに不利かもしれないけれど……。
わたしになにかできないだろうか。彼のために何かしたい。
カミーユも熊の亜人の血を引いているバルバラに剣術で全く勝てなかった。
アレクの弟たちはきっと体格も腕力も遙かに上回っているのだろう。そんな相手と戦うなんて。
「下馬評では僕は決闘で殺されるか、死ぬ目に遭うほど叩きのめされて辱めを受けるだろうと言われているよ。賭けにもならないくらいにね。自分でもそう思う。きっと無様を晒すだろう。不甲斐ない男ですまない」
「そんなことはない。アレクはわたしを約束通り助けてくれたじゃないか。そんな風に言わないでくれ」
カミーユはこみ上げてくる感情に目頭が熱くなった。
アレクはこともなげに言っているけれど、きっと辛い思いをしてきたはずだ。
大勢の前で痛めつけられて辱めを受ける。それが悔しくないはずがない。幼い頃からそんな酷い目に遭っていれば、王都になるべくいたくないというのも理解できる。
……わたしには何もできないのか。何かできないのか。
「君がそうやって悲しそうな顔をしそうだから、なかなか言えなかったんだ」
アレクはそう言ってカミーユの手を握った。
「でもね、僕は決めたんだ。もう諦めるのをやめる。君はバルバラに毎日のように負かされてもへこたれなかった。塔の中で絶望して気力を失ったりもしていなかった。そんな君を見ていたら、負かされるからと逃げ回っていられない。君をいきなり未亡人になんてさせないからね。魔法は不利なのは百も承知だけど、徹底的に本気で戦ってみせるよ」
魔法は不利。でも何か工夫すれば立ち向かえるかもしれない。
カミーユは魔法には詳しくない。魔法を生業にしている人がいるがよほどの才覚がないと魔法使いにはなれないと聞いていた。
だったらせめて魔法のことをもっと知らなくては。
「アレク……わたしも手伝わせて。アレク一人を矢面に立たせるわけにはいかない」
「カミーユ……ありがとう」
アレクが切なげに顔を一瞬歪めたように見えた。
アレクには大切な家族がいる。守りたいものがある。ならそれを手伝いたい。
……わたしはわたしのできることをする。アレクのために。
「それで、その王太子を決める儀式というのは、いつ行われるの?」
「二週間後だよ」
「え?」
……たった二週間? カミーユが言葉を詰まらせたのを見て、アレクは微笑んだ。
「大丈夫大丈夫。僕も作戦を考えてはいるからね」
そんな大事な事情を抱えているのに、自分を塔から連れ出してくれたのだと思うと、心の底から申し訳なさでいっぱいになった。
28
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜
𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。
だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。
そこで出逢った簫 完陽という料理人に料理を教えてもらうことに。
そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?!
料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕!
※、のところはご注意を。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆

生まれ変わったら知ってるモブだった
マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。
貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。
毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。
この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。
その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。
その瞬間に思い出したんだ。
僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】
まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる