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第一部
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……この声……?
勢いよく振り向くと、そこにいたのはアレクだった。見たこともない豪奢な衣装を身に纏っている。華やかな美貌はその衣装に全く負けてはいない。
光沢のある黒に金糸で刺繍を施された上着は彼の黒髪と白い肌に似合っている。
「……アレク……?」
恐る恐る呟くと、彼はふわりといつもの笑みを浮かべた。
「僕の名はサミュエル・アレクサンダー・ランドル・タウンゼント。ダイモス連合王国の第一王子だ。……ちょっとお迎えが派手になってごめんね」
そう言うとどこからか取りだした白いヴェールをカミーユに被らせる。
「視覚を錯乱させる魔法がかけてある。馬車に乗るまでこれを被っていて」
階段を大勢が駆け上がってくる気配がした。おそらく彼の供や国境警備軍の兵士たちだろう。おそらくアレクが彼らより先んじてこの部屋に来たのは、地上から最上階まで転送魔法を使ったのだ。魔法障壁を解除できたのだ。
ドアが開いて息を切らせながら指揮官らしき男が叫んだ。
「……勝手なことをされては困ります。殿下」
「勝手なことをしているのはどっちだ。僕の妃を検分するというのに、こちらの国の者だけが行うのはおかしいだろう。正式な書類も見せたはずだ。そもそもこの縁談は和解の条件の一つだったはずだろう」
アレクがはっきりと響く声で告げると追ってきた兵士たちも黙り込んだ。
「それにこの国の者は亜人に対して理解がないようだ。亜人は自分が運命と感じた相手ならば何があろうと自分のものにする。カミーユ王女を一目見て運命であると確信した。このままお連れして行く。こちらの国王陛下には僕の父から親書が届いているはずだ」
「ですが、その方は……」
「……まだ言うのならもう一度壁を壊して見せようか? 何なら砦の壁ごと崩れ落ちるかもしれないが?」
それを聞いてカミーユはさっきの轟音はアレクが魔法で塔の外壁を破壊したのだと理解した。魔法障壁があるからこの塔の周りでは大きな魔法は使えない。けれど障壁が解除されたのなら、強大な攻撃魔法も使えたのだろう。
……アレクがサミュエル王子だと言われても、訳がわからない。
そもそも、アレクはわたしが縁談の相手だと知っていてこの塔を訪ねてきたのだろうか。
でも、わたしに縁談が来たと知って驚いていたのも嘘には見えなかった。
「では、カミーユ姫。お手を」
アレクはそう言ってカミーユに手を差し伸べる。
そうだ。順序はどうであれ、彼がここに来たのはわたしを連れ出すためだ。信じると決めた。だから。
カミーユは侍女から叩き込まれた優雅な所作で一礼するとアレクの手を取った。
そして、まるで舞踏会にエスコートされるような足取りで、呆然としている兵士たちを放って階段を下り始めた。
「あの……アレク?」
小声で問いかけると、彼は振り向かずに同じく小声で答えた。
「バルバラは先に馬車に行かせた。話はそこで」
元々所作が綺麗なところから、育ちがいいのだろうとは思っていた。冒険者と言っても出自はそれぞれで、元貴族だったり流民だったりと身分もまちまちだと聞いていた。
……家出中だと言っていたけど……王子が家出して冒険者やってるって……。
そうして階段が途切れた先に崩れた外壁があって、そこをくぐればあっけなくカミーユは塔を出ることができた。
五歳の時、バルバラに抱えられてこの塔に入った時は何もわからなかった。そしてこの塔の中で死んで朽ち果てるのだと思っていた。
こうして自分の足で塔から出られる日が来るなんて……。
現実とは思えなくてカミーユは自分の頬を指で抓んだ。
「馬車は砦の外に待たせているよ」
ヴェールを被ったカミーユを連れてアレクはまっすぐに歩く。
アレクが連れてきた従者らしき人々が駆け寄ってきて一礼した。剣は下げていないが亜人特有の立派な体躯の持ち主ばかりだ。
「首尾は?」
「辺境警備隊はこの件に関与しないと言質を取りました」
「それでは帰ろうか」
アレクがそう言うとカミーユの腰に手を回してきた。
砦の周辺には騒ぎを聞きつけて来たらしい人々や、入国のために列に並んで待っている人々がいた。物々しい雰囲気に驚いた様子でこちらを遠巻きに見つめている。
カミーユはそれをヴェール越しに見つめてから、自分の足で国境を越えた。
熊と剣と槍をあしらったダイモス連合王国の国旗と王家の紋章をあしらった豪奢な四頭立ての馬車が待っていた。警護の騎兵も周りを固めている。
この馬車は本物だ。ということはやはりアレクはサミュエル王子本人なんだ。
カミーユたちが乗り込むと程なく馬車は走り始めた。車窓から十三年間過ごしてきた砦と白い塔がみるみる遠ざかるのをカミーユはただ黙って見つめていた。
現実感がなくて、まるで絵空事を見ているようだ。窓から流れ込む風に混じった草花の匂い。土の匂い。
……わたしは外に出られたんだ。諦めてしまわなかったから……。
胸の奥が熱い。十三年間、時が止まったような暮らしをしてきた。やっとこれからわたしの時間が動きだすのだろうか。
そうして塔の姫は祖国を後にして、隣国に渡ることになったのだ。
勢いよく振り向くと、そこにいたのはアレクだった。見たこともない豪奢な衣装を身に纏っている。華やかな美貌はその衣装に全く負けてはいない。
光沢のある黒に金糸で刺繍を施された上着は彼の黒髪と白い肌に似合っている。
「……アレク……?」
恐る恐る呟くと、彼はふわりといつもの笑みを浮かべた。
「僕の名はサミュエル・アレクサンダー・ランドル・タウンゼント。ダイモス連合王国の第一王子だ。……ちょっとお迎えが派手になってごめんね」
そう言うとどこからか取りだした白いヴェールをカミーユに被らせる。
「視覚を錯乱させる魔法がかけてある。馬車に乗るまでこれを被っていて」
階段を大勢が駆け上がってくる気配がした。おそらく彼の供や国境警備軍の兵士たちだろう。おそらくアレクが彼らより先んじてこの部屋に来たのは、地上から最上階まで転送魔法を使ったのだ。魔法障壁を解除できたのだ。
ドアが開いて息を切らせながら指揮官らしき男が叫んだ。
「……勝手なことをされては困ります。殿下」
「勝手なことをしているのはどっちだ。僕の妃を検分するというのに、こちらの国の者だけが行うのはおかしいだろう。正式な書類も見せたはずだ。そもそもこの縁談は和解の条件の一つだったはずだろう」
アレクがはっきりと響く声で告げると追ってきた兵士たちも黙り込んだ。
「それにこの国の者は亜人に対して理解がないようだ。亜人は自分が運命と感じた相手ならば何があろうと自分のものにする。カミーユ王女を一目見て運命であると確信した。このままお連れして行く。こちらの国王陛下には僕の父から親書が届いているはずだ」
「ですが、その方は……」
「……まだ言うのならもう一度壁を壊して見せようか? 何なら砦の壁ごと崩れ落ちるかもしれないが?」
それを聞いてカミーユはさっきの轟音はアレクが魔法で塔の外壁を破壊したのだと理解した。魔法障壁があるからこの塔の周りでは大きな魔法は使えない。けれど障壁が解除されたのなら、強大な攻撃魔法も使えたのだろう。
……アレクがサミュエル王子だと言われても、訳がわからない。
そもそも、アレクはわたしが縁談の相手だと知っていてこの塔を訪ねてきたのだろうか。
でも、わたしに縁談が来たと知って驚いていたのも嘘には見えなかった。
「では、カミーユ姫。お手を」
アレクはそう言ってカミーユに手を差し伸べる。
そうだ。順序はどうであれ、彼がここに来たのはわたしを連れ出すためだ。信じると決めた。だから。
カミーユは侍女から叩き込まれた優雅な所作で一礼するとアレクの手を取った。
そして、まるで舞踏会にエスコートされるような足取りで、呆然としている兵士たちを放って階段を下り始めた。
「あの……アレク?」
小声で問いかけると、彼は振り向かずに同じく小声で答えた。
「バルバラは先に馬車に行かせた。話はそこで」
元々所作が綺麗なところから、育ちがいいのだろうとは思っていた。冒険者と言っても出自はそれぞれで、元貴族だったり流民だったりと身分もまちまちだと聞いていた。
……家出中だと言っていたけど……王子が家出して冒険者やってるって……。
そうして階段が途切れた先に崩れた外壁があって、そこをくぐればあっけなくカミーユは塔を出ることができた。
五歳の時、バルバラに抱えられてこの塔に入った時は何もわからなかった。そしてこの塔の中で死んで朽ち果てるのだと思っていた。
こうして自分の足で塔から出られる日が来るなんて……。
現実とは思えなくてカミーユは自分の頬を指で抓んだ。
「馬車は砦の外に待たせているよ」
ヴェールを被ったカミーユを連れてアレクはまっすぐに歩く。
アレクが連れてきた従者らしき人々が駆け寄ってきて一礼した。剣は下げていないが亜人特有の立派な体躯の持ち主ばかりだ。
「首尾は?」
「辺境警備隊はこの件に関与しないと言質を取りました」
「それでは帰ろうか」
アレクがそう言うとカミーユの腰に手を回してきた。
砦の周辺には騒ぎを聞きつけて来たらしい人々や、入国のために列に並んで待っている人々がいた。物々しい雰囲気に驚いた様子でこちらを遠巻きに見つめている。
カミーユはそれをヴェール越しに見つめてから、自分の足で国境を越えた。
熊と剣と槍をあしらったダイモス連合王国の国旗と王家の紋章をあしらった豪奢な四頭立ての馬車が待っていた。警護の騎兵も周りを固めている。
この馬車は本物だ。ということはやはりアレクはサミュエル王子本人なんだ。
カミーユたちが乗り込むと程なく馬車は走り始めた。車窓から十三年間過ごしてきた砦と白い塔がみるみる遠ざかるのをカミーユはただ黙って見つめていた。
現実感がなくて、まるで絵空事を見ているようだ。窓から流れ込む風に混じった草花の匂い。土の匂い。
……わたしは外に出られたんだ。諦めてしまわなかったから……。
胸の奥が熱い。十三年間、時が止まったような暮らしをしてきた。やっとこれからわたしの時間が動きだすのだろうか。
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