塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~

蕾白

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第一部

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「だから、わたしの話をきいていないのか? わたしはもう……」
 カミーユは胸が苦しくなった。
 ああ、アレクを拒む言葉を吐くだけで、これほど苦しい。こんなに辛いのなら最初から会わない方がよかったと思うほどに。
 けれどアレクはカミーユがどれほど拒もうとしても、腕を緩めてくれない。
「僕もできる限りのことはする。僕は弱いけど、君のためにならどんなに無理してでも強くなるから。……だから自分から死ぬなんて言わないで。頼むから」
 ……わたしの愛しい人。
 神に愛されたような美貌を持つアレク。彼の事情は詳しく知らないけれど、いつか教えてくれるだろうか。
 ずっと塔の中で同じことの繰り返しを生きてきたわたしより、沢山のことを知っている。
 ああもっとこの人と話がしたい。もっといろんなことを教えて欲しい。
「アレク……わたしはまだ死にたくない。まだ生きていたいんだ」
 カミーユはやっとのことでそう口にした。
 死を待つだけの幽囚のくせに、浅ましくてずうずうしい。そう言われてもいい。
 アレクは指で頬に触れて、唇を重ねてきた。
 再びの口づけはゆっくりと優しく、頑なに死を選ぼうとするカミーユの心まで溶かしていくようだった。
 そう望んでもいいのだと、言い聞かせるように。アレクの腕も甘くカミーユを包み込んでくれた。

 王宮から送られた書状を見て、アレクは眉を寄せた。
 何か真剣に考えている様子だったのでカミーユは黙ってそれを見つめていた。
「陛下が君のことを憎んでいる、というのは兄との確執からなのかな? それにしたって……政略結婚が成立しなかったら側妃? いくら憎む相手がもう君一人だからって、執拗過ぎる気がするんだけど」
 カミーユは母と現国王の関係をかいつまんで説明した。
「……なるほど。マルク王はそういう方だったんだね。弟の恋人を奪い取ったのか。そりゃ恨みも買うなあ……。どっちかというと、ドミニク三世陛下は形だけ検分して『王女は到底嫁げる状況じゃない』とか言って縁談を断って、自分の手元に呼び寄せるつもりかな」
「そもそもわたしに縁談が来たのは予想外だった。状況からしてわたしを名指しで求めてきたようだ。政略結婚なら正妃の子である姉がいるのに……」
 たしか自分には異母姉が二人いた。年齢は三、四歳上だと聞いている。顔も知らないけれど、今もどこかに幽閉されているはずだ。王家の血筋だけが狙いなら正妃の子である姉のほうがふさわしいのに。
 カミーユがそんなことを考えていると、アレクが口元を押さえて複雑な表情で固まっていた。まずいことを口にしてしまった、と後悔しているように見えた。
「アレク?」
「言いにくいんだけど……君の異母姉は二人ともすでに亡くなっているよ」
 そう言えばさっき、アレクはおかしなことを言っていた、叔父上が憎む相手がもうわたし一人しかいないと。
「幽閉された直後に王妃の実家が二人を奪還しようと騒ぎを起こして、さらに現国王の暗殺も狙っていたらしい。それで一族まとめて処刑された……って」
 カミーユはそれを聞いて嘆くよりも納得してしまった。
「そう……なのか。多分侍女がわたしの耳に入れまいとしていたんだね」
 結局そうなってしまったのか、と。兄弟の中でわたし一人が生き残ってしまったのか。
 アレクが気遣うようにこちらに身を乗り出して顔を見つめている。
「教えてくれてありがとう。大丈夫、わたしはあまり肉親の情というものがわからないから、辛いとは思ってない。十三年前のあの時も、涙一つ流さなかったんだ」

 十三年前のことは今でも覚えている。
 カミーユが暮らしていた離宮に大勢の兵士がやってきた。甲冑を身につけた大柄な兵士たちに囲まれた時は怖ろしくてバルバラにしがみついて震えていた。それまでカミーユは乳母と侍女たちしか周りにいなかったのだ。
 連れて行かれたのは大きな広場にしつらえられたいくつもの絞首台。
 その正面に設けられた観覧席に座らされた。逃げないように両側を兵士が見張っていた。
 やがて絞首台の上にぞろぞろと質素な服を纏った人たちが次々に引き出されてくる。
 集まった民が上げる怒りの声が呪いの言葉のように肌に伝わってくる。
「吊せ、偽物の王を吊せ。悪逆な貴族たちを吊せ」
 ……どうしてこんなに大勢の人が怒っているの? 何が起きたの?
 絞首台に上るまで抵抗したり泣き叫んでいる人もいたけれど、吊されてやがて動かなくなった。
 その度に集まった人々が勝ち誇ったような歓声を上げる。
 ……わたしもあそこにつれて行かれるの? どうしてあんな酷いことをしているの?
 何が起きているのかわからないカミーユには現実の出来事とは思えなくて、侍女の腕の中でただ震えていた。
「カミーユ」
 その時高い場所に設えられた席から降りてきた長身の男が問いかけてきた。自分と同じ金の髪をした偉丈夫。後で知ったけれど、あれが現国王のドミニクだったのだ。
「父や兄たちと最後の別れができたか?」
 相手の顔はよく見えなかった。低く感情のない声で頭上から突きつけられた言葉。
「……父上と兄上が? どちらにいらっしゃったのですか……?」
 カミーユの言葉に一瞬だけ相手が戸惑ったように見えた。けれど、話は終わったとばかりにそのまま踵を返すと去って行った。
 
「わたしは肉親がいても誰一人顔を知らない。父や兄たちが目の前で処刑されていたというのに気づかなかったんだ。今も同じだ。姉たちが死んでいたと知っても少しも心が動かない。だから気にしなくていいよ」
 最初からいないも同然の存在だった。冷たくあしらわれたり嫌がらせをされたりもしなかった。だから事実をそのまま受け入れるだけのことだ。
 アレクは姉たちの死を知ってカミーユが悲しむと心配してくれたらしい。
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