塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~

蕾白

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 手紙の内容は事務的で簡素なものだった。おそらく書いたのも国王付きの文官だろう。
 箇条書きのような文面の内容はこうだ。
 今回、先代国王の第三王女カミーユとダイモス連合王国の第一王子サミュエル殿下との縁談につき、前向きに検討することになった。
 ただし、長き幽囚により王女としての品格が保たれていないことも考慮して、塔に検分のための使いを行かせる。
 嫁ぐことに支障がなければ、ただちに体裁を整えるので隣国へ向かう支度をすること。その場合特赦として幽閉の罪を免じ、身分も復元される。
 使者はこの手紙の十日後を目処に王都を発つので、心積もりをしておくこと。

「縁談?」
 どうして。カミーユの口から出かかった。
 ダイモス連合王国、獣人国へ嫁げと? 今さら?
 国王はカミーユが男だとは知らない。だから普通の状況ならば王女として政略結婚の駒に使う可能性はある。
 けれど、カミーユは五歳から十三年間塔に幽閉されていた。王女としての素養はない。
 まともな教育を受けてもいない王女を隣国に嫁がせてどうするのか。相手国が恥をかかされたと怒れば外交的にも問題になるというのに。
「ありえない。無理でしょう? ダイモスとは友好的な関係にあるはずだ。自分で言うのもなんだが、こんな厄介な王女を欲しがるのもおかしい」
 それに、亜人の虐殺を命じたマルク王の子だ。亜人の多い隣国からも恨まれているだろう。もしかしたら王子の妃に迎えると見せかけていびり殺したいとか……? 遠回しな処刑なのだろうか。
 けれどそもそもわたしは王女ではないので、嫁げるはずがない。
「無理ですね、いろいろな意味で」
 カミーユの動揺を見て落ち着いたのかきっぱりと答えるバルバラに、カミーユは苦笑した。
「……すでに陛下は縁談を受ける心積もりということだろうか」
「純粋に政略結婚とすれば、もっと早い時期に申し出があったはずです。今までこちらに話がなかったことからして、おそらく半年前の事件の影響ではないかと」
 バルバラは亜人の血を引いているので五感が優れているらしい。それで砦の兵士たちの訓練合間の噂話などに聞き耳を立てては情報を仕入れている。カミーユの知らない出来事にも詳しい。
「事件?」
「半年ほど前に、隣国の特使が暴徒に襲われる事件があったのです。特使が王家に連なる立場の方だったので一時は戦争になるかもしれないとさえ騒がれたようです」
 そんな事件が。確かにここ半年砦の人員が増えている気はしていたけれど。
「結局短絡的犯行で背後関係もなかったことから賠償金で解決したそうです。けれど、そこであちらが強く縁談をもちかけてきたとしたら……」
 それはさすがに断りにくい。こちらに非のある事件を話し合いで解決したのに、ここで向こうの感情を害すのは望ましくない。
 武力で言うなら身体能力の高い獣人の兵士をそろえた隣国の軍は最強だ。戦いになればこの国には勝ち目は薄い。
 けれど、現国王には王子しかいない。政略結婚に差し出す王女がいないのだ。確かあちらの国の王も王子ばかり四人……だったはずだ。基本的に世継ぎが望まれる王族の婚姻は同性婚は好まれない。
「……それなら姉たちの方が先なのでは? 何故わたしが?」
 カミーユには腹違いの姉が二人いた。おそらく歳はさほど違わないはずだ。姉たちの近況は知らないが。
 バルバラは硬い表情で首を横に振った。
「おそらくは年齢の釣り合いでしょう。サミュエル殿下はたしかカミーユ様と同じくらいのお歳であったかと記憶しております」
「……なるほど」
 カミーユは静かにそう答えた。
 自分が王子に嫁げるはずがない。
 あの国は亜人の慣習に則って貴族に限り一夫多妻を認めている。だから大勢の中の一人という可能性はあるけれどそれでも人目の多い王宮で性別を偽り続けることはできないだろう。
 特使が王都を出立するのは十日後になる、と手紙には書かれていた。ということは最短でも十日後には到着する。
 何とか無教養で役に立たないと思われる振る舞いをして誤魔化してしまおうか。けれど、それ以前に直接面談させられたら体つきで確実に男だとわかってしまうだろう。そうなれば大騒ぎになる。
 カミーユは深く息を吐いた。
「……あれ?」
 手紙には二枚目の続きがあった。
 万一、この婚姻が成立しなかった場合、近く迎える建国百五十年の特赦としてカミーユ王女を王都に移し側妃に迎える。
 側妃? 叔父上の? ……無理……。政略結婚より無理だ。
 本来の関係は国王は叔父に当たる。叔父と姪の婚姻は例がない訳ではない。
 けれど、どうしてあの人がわたしを側妃に求めるのか。これは父への復讐の一環だろうか。幽閉してもなかなか死なないから、手元に置いて辱めようという腹なのか。
 息が苦しい。どうして今になってわたしを塔から出すというのか。
 あの人はまだ父を憎んでいるんだろう。そして父の子であるわたしのことも。
「……もう潮時かもしれない。人を騙し続けた報いが来たんだよ」
 カミーユは首にかけた母の形見を見おろした。胸元にある細やかな彫刻が施されたペンダント。中が空洞になっていて、そこには薬が入っている。
 ほんの少しで致死量となる毒薬。母はこの毒の入ったペンダントを大切にしていたらしい。……愛する人にもらったのだと。
 母の形見は全て取り上げられていたけれど、塔に来る時このペンダントだけは返された。きっとこの中に何が入っているかわかっているからだ。

 母は元侯爵令嬢で、才色兼備で知られた人だった。ただ、あまり身体が丈夫ではなかったことから社交界にはほとんど無縁だったという。
 それがたまたま出席したとある貴族の屋敷で開かれた詩歌のサロンで一人の男性に会ったことで、運命が狂い始める。それが当時の王弟ドミニク。
 性的に奔放で享楽的な貴族たちですら眉をひそめる国王マルクの所業が目立ち始めた頃で、それでも大貴族が後ろ盾になっていたから逆らえる者はいない。
 ドミニクは優秀さゆえに邪険にされ、王宮とは無縁な詩歌や音楽のサロンに気まぐれに現れる生活をしていた。
 母はドミニクと恋に落ちて、求婚を受け入れた。けれど、王族の結婚には国王の承認が要る。国王は美しい母を見て自分の側妃にすると言いだした。弟への嫉妬もあったのかもしれない。侯爵家に圧力をかけ、強引に母を王宮に連れて行った。
 ドミニクは失意のまま領地に引きこもってしまったと言われているが、おそらく彼が国王への叛意を剥き出しにしたのはこれがきっかけだった、と噂されている。
 兵士を集め、国王への不満を抱く貴族たちと接触し、そうしてついに王を玉座から引きずり降ろした。……その頃には愛した女性はすでに亡くなっていた。
 ……叔父上にとってはわたしは、愛する人を奪った男が産ませた子だ。あの時父上たちとともに処刑されなかったのが不思議なくらいだ。
 このペンダントは別れる前に母に頼まれてドミニクが渡したものだと聞いている。耐えがたいことがあったら、いつでもこの毒があると思えば耐えられるからと。
 実際母が亡くなったのはこの毒のせいではなかった。
 ……このペンダントをわたしに返したのは、さっさとこの毒を使って死んでしまえという意味なのだと思っていた。こうして追い詰めてくるのは、辱めを受けるのとどちらがいいかと問いかけているんだ。
 あの人の憎しみの炎はまだ消えていない。きっとわたしが生きている限り続くのだ。
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