塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~

蕾白

文字の大きさ
上 下
6 / 61
第一部

6

しおりを挟む
 しばらく町を散策した後で、夕食の時間になる前にアレクはカミーユを塔まで送ってくれた。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
 アレクは少し表情を曇らせた。
「……本当に? 楽しかった?」
 もしかしたら虜囚に気まぐれに希望を見せて、傷つけてしまったと思ったのだろうか。
「嘘じゃないよ」
 カミーユはそう言いながらアレクの顔を正面から見つめた。
「僕に力があれば、このまま君を攫って幸せにする、って言えるんだけど。僕はそんなことを言えるような強い男じゃないんだ。それなのに、君にちょっとだけ外を見せて……残酷なことをしてしまったような気がして」
 カミーユは首を横に振った。アレクにそんな危険なことはさせられない。それに侍女を置いて逃げることはできない。もし連れて逃げたとしてもすぐにわかってしまう。
 塔の一階にある物資運搬用の窓に毎日食事や日用品が届けられる。その都度書類に受領のサインをして返すことになっている。それが止まったら囚人が亡くなったものとして兵士たちが検分に来ることになっている。塔の中に二人分の遺体がなければ王都に報告が行く。
 ……きっと叔父上はわたしを一番憎んでいらっしゃるだろうから、遺体を見るまでは気を緩めはしない。
「アレクはわたしのために魔法を使ってくれたんだろう? その気持ちがとても嬉しい。街をこの目で見たのは初めてだから、とても興味深かった。そんな顔しないで。アレクにはいつものように笑っていてほしい。アレクの笑顔がわたしは好きだ」
 わたしのせいでアレクの表情が曇るのは嫌だ。わたしは生まれたときから王宮の一角で生きてきたから、不自由な暮らしに慣れている。大丈夫だ。
 同情なんてしなくていい。わたしは囚人なのだから。
 カミーユはそう自分に言い聞かせて笑みを浮かべた。
「カミーユ……」
 アレクは緑の瞳を軽く瞠るとさっと頬を赤らめた。それから咳払いを一つ。
「あの、念のために聞いていい? 好きなのは、笑顔だけ?」
 そう言いながら顔を近づけてくる。
 え? どういう意味?
 綺麗な顔が目の前に来ると、それだけで心臓が落ち着かない。侍女以外の人とこんなに近くに顔を合わせたことなんてないし。
「笑顔がくっついてる本体のほうは?」
 カミーユの手を両手で包むように握る。こちらを見つめる瞳に熱を感じて、カミーユは戸惑った。
 アレクを好き……? わたしが?
「ごめん、困らせちゃったね。僕の取り柄は魔法だけだから、君に好かれたくていいとこ見せたかったんだ。でも今日、何の変哲も無い空を見て驚いている姿に、僕は君のことわかってなかったんだと思って……。やっちゃったなーって反省してたんだ。僕には君を助ける力がないって言っておいて、君の気持ちが知りたいなんて……一体どの口が言ってるんだって思うよね」
 アレクにはアレクの事情がある。カミーユはこの塔から出て自由になりたいとは望んでいないし、助けて欲しいわけじゃない。
 わたしはあまりに人とのつながりが薄くて、好きになって欲しいと言われてもその「好き」が自分の思うものと同じなのかわからない。
 彼が話してくれる外の世界は楽しくてめまぐるしくて、うっかり笑ってしまうようなことや、興味深いことであふれていた。だから彼が来てくれるのが嬉しかった。会えなかったら次はいつ来てくれるだろうと頭の隅でずっと気になっていた。
 それは「好き」という感情ではないだろうか。
 カミーユは自分の感情の認識が間違っているかもしれないと不安になった。
「僕は初めて会った時から、カミーユのこと可愛いと思ってたんだ」
「可愛い?」
 自分に向けられるとは思えない言葉にカミーユは混乱した。
 アレクより一回り逞しい腕、筋肉の付いた身体にまとった簡素なディドレス。可愛いというのはもっと可憐な、アレクが摘んできてくれる野花のようなものではないのだろうか。
「可愛いよ。刺繍や作法の勉強にも手を抜かない頑張り屋さんだし、自分をこてんぱんにうち負かすような侍女のことを思いやっているし、鴉に追われたボロボロのひ弱な小鳥にも優しい声をかけてくれる。……可愛い君のことを思うと胸が熱くなって、ひとときも頭を離れないんだ。君には僕のような弱々な男なんてふさわしくないのはわかってるんだけど、好きになってもいいかな」
 カミーユはだんだん頬が熱くなってきた。何だか本で読んだ物語で女性にそのような言葉を告げる場面があったような気がする。自分に向けられるととても気恥ずかしい。
 アレクは整った美しい顔をわずかに上気させて、鮮やかな緑の瞳に熱を宿らせている。
「……もしかして、アレクは、わたしを恋愛対象にしているのか?」
 そう問いかけると、アレクはそれが正解だと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。
 同性に恋情を抱く人もいるとは聞いていた。特に亜人は惹かれる相手には同性も異性も関係はないらしい。
 けれど自分が、とは思いもしなかった。
「……っ」
 カミーユは熱を帯びる頬を両手で押さえた。
 鏡を見なくてもわかる。きっと顔が赤くなってしまっている。胸の鼓動もうるさいくらい大きくなっている。
 わたしも気づいてしまった。「好き」の形に。
 ……けれど、わたしはアレクを幸せにはできない。ここから出ることもできないし、何も差し出すものがない。彼に何もできない。その「好き」には……。
 戸惑いと喜びが入り混じった感情を、理性で押さえつけようとしながら、カミーユは首を横に振り続けた。
「それはだめだ。友としてならともかく……」
 恋愛の「好き」には応えられない。そう言いたいのに言葉が続かない。
 ふわりとアレクの両腕がカミーユを抱きしめた。驚いて固まっていると顔が近づいてきた。
「……カミーユ。僕は君のことを諦めない。今はダメダメだけど、強くなって君を幸せにできるように頑張るから」
 唇が重なる。ほんの一瞬の温もりが唇に触れて、すぐに離れる。次の瞬間、アレクは鳥の姿になって窓から飛び去って行った。
 ……諦めるのは早い? わたしはわたし自身のことを諦めなくてもいいんだろうか。

「今日は裁縫の課題、ちっとも進んでいませんね。カミーユ様」
 夕食後、カミーユの課題を見ていたバルバラがそう指摘した。それはそうだろう。今日はアレクに外に連れ出されていたのだから。
 それに戻ってからはアレクに口づけされたことで頭が働かなくて裁縫に手がつけられなかった。ほんのちょっと唇が触れただけの行為にどうしてここまで心が乱されてしまうのか。
「少しうとうとしてしまって」
「お怪我のせいで熱が出たのではありませんか? 少しお顔も赤いようですし。今日はもうお休みになったほうがよろしいのでは?」
 午前中の剣術の稽古でつけられた傷はアレクが治癒魔法をかけてくれたから全く傷みもない。けれどそれを知らないバルバラは心配してくれていたらしい。
「……そうさせてもらうよ。少し疲れが溜まっているのかもしれない」
 カミーユは少し罪悪感を抱きながらそう答えた。
 バルバラは食事を下げながら珍しく少し躊躇った様子でこちらに振り向いた。
「お加減が悪いときに申し上げにくいことですが、カミーユ様。こちらが先ほど届きました」
 バルバラはトレイに乗せた書状を差し出した。王家の紋章が施された赤い封蝋。
 カミーユはそれを見て、一気に背筋が寒くなった。
「国王陛下からです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺が聖女なわけがない!

krm
BL
平凡な青年ルセルは、聖女選定の儀でまさかの“聖女”に選ばれてしまう。混乱する中、ルセルに手を差し伸べたのは、誰もが見惚れるほどの美しさを持つ王子、アルティス。男なのに聖女、しかも王子と一緒に過ごすことになるなんて――!? 次々に降りかかる試練にルセルはどう立ち向かうのか、王子との絆はどのように発展していくのか……? 聖女ルセルの運命やいかに――!? 愛と宿命の異世界ファンタジーBL!

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。 ※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

王は約束の香りを娶る 〜偽りのアルファが俺の運命の番だった件〜

東院さち
BL
オメガであるレフィは母が亡くなった後、フロレシア国の王である義父の命令で神殿に住むことになった。可愛がってくれた義兄エルネストと引き離されて寂しく思いながらも、『迎えに行く』と言ってくれたエルネストの言葉を信じて待っていた。 義父が亡くなったと報されて、その後でやってきた遣いはエルネストの迎えでなく、レフィと亡くなった母を憎む侯爵の手先だった。怪我を負わされ視力を失ったレフィはオークションにかけられる。 オークションで売られてしまったのか、連れてこられた場所でレフィはアルファであるローレルの番にさせられてしまった。身体はアルファであるローレルを受け入れても心は千々に乱れる。そんなレフィにローレルは優しく愛を注ぎ続けるが……。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される

志麻友紀
BL
帝国の美しい銀獅子と呼ばれる若き帝王×呪いにより醜く生まれた不死の凶王。 帝国の属国であったウラキュアの凶王ラドゥが叛逆の罪によって、帝国に囚われた。帝都を引き回され、その包帯で顔をおおわれた醜い姿に人々は血濡れの不死の凶王と顔をしかめるのだった。 だが、宮殿の奥の地下牢に幽閉されるはずだった身は、帝国に伝わる呪われたドマの鏡によって、なぜか美姫と見まごうばかりの美しい姿にされ、そのうえハレムにて若き帝王アジーズの唯一の寵愛を受けることになる。 なぜアジーズがこんなことをするのかわからず混乱するラドゥだったが、ときおり見る過去の夢に忘れているなにかがあることに気づく。 そして陰謀うずくまくハレムでは前母后サフィエの魔の手がラドゥへと迫り……。 かな~り殺伐としてますが、主人公達は幸せになりますのでご安心ください。絶対ハッピーエンドです。

処理中です...