59 / 59
59.後は野となれ山となれ??
しおりを挟む
「……そんなことでいいのか??」
玲音の言葉に玉座から腰を浮かす勢いでその人は驚いていた。
そんなに驚くこと言っただろうか。
玲音は思わず隣にいたコンラットに目を向けたけれど、彼からは笑みを含んだ頷きが返ってきただけだった。
いいんだよね? ちゃんと事前に話し合ったし。第一王子殿下を助けたご褒美に好きなものをくれるって言ったのは国王陛下だし。
「はい。国王陛下。僕はこの国の市民権が欲しいです」
「いや……その。金品とか……爵位とか……そうしたものは要らないのかね?」
見かねて国王の傍らにいた重臣らしき人が問いかけてくる。
「お金は働いて貯めるので大丈夫です。爵位なんて僕のような若輩者には荷が重いです。僕はちゃんとした居場所が欲しいだけです。出来れば僕の伴侶にもいただけると嬉しいです」
玲音が第一王子の治療の対価に要求したのはこの国の国民になることだった。
神様業をするとしても、普段は冒険者をしながらこの国で暮らすつもりだから、ちゃんとした市民権を得たいと思った。そして、コンラットにも。
国王としては第一王子の恩人に大盤振る舞いする気満々だったように見えたけれど、玲音としては後が面倒そうな爵位なんて欲しいとは思えなかった。
というか爵位とか元の世界でも全く縁がなかったので何をするのか全然わからないし。
……でも、あんまり少ないと向こうが困っちゃうのかな。
だったらもう一つおねだりしておこうか、と玲音は顔を上げた。
「では、もう一つ。僕の友人のドラゴンをルイセニョールの家に住まわせたいのですが、びっくりして兵を向けてこないように配慮していただけると嬉しいです」
国王がそれを聞いて首を傾げた。
「ドラゴン? 友人? ……ちなみにドラゴンは何種だね?」
「ああ。この子の友人なら、あのブラックドラゴンでしょう」
セブリアン王子が快活に答えたので、その場が騒然となった。
あーやっぱりブラックドラゴンってこういう反応なんだ。そんなに怖がらなくても可愛いのに。
セブリアン王子は楽しそうに玲音に笑いかけてきた。
「国王陛下。この子を保護しておけばドラゴンとも友好な関係を築けますよ。それに彼の伴侶は魔法使いとして一流だ。迎え入れて損はありません」
「それはそうだが……」
国王が即答しないのは、きっとコンラットの出自を知っているのだろう。隣国の王の血を引く彼を受け入れれば後々外交問題になりかねない。冒険者なら特に所属は問われないが国民となれば話は別だ。
そこへ貴族たちの中から一人の男が歩み出た。
「畏れながら陛下。彼は生まれこそ隣国ですが、私の甥です。迎え入れることに問題はないかと存じます。身元は私が保証しましょう」
「フィデル伯爵。ああ、そうであったな」
コンラットは驚いた顔をしてその人物を見つめていた。
確かフィデル伯爵ってお母さんの実家だっけ。ちょっとだけ似ている気がする。
「それでは望み通り二人とも我が国に迎え入れよう。そして、その……友人も」
国王はそう言って笑みを浮かべた。
とりあえず玲音の希望は全て聞いた上で金一封も付け加えるということで報償の話はついた。
玲音としては早く家に帰りたかったのだけれど、その後もひっきりなしに王子を治療した治癒師にと面会に貴族が押しかけてきた。
やっと終わったと思ったらすでに夕方で、出発は翌朝ということになった。
「……レネ、疲れてる?」
用意された部屋に戻ると、コンラットがそう問いかけてきた。
「ちょっとだけ。そういえば、叔父さんに会えた?」
コンラットは謁見の後、フィデル伯爵に呼び止められていた。
「少しだけ話したよ。私が以前からルイセニョールで冒険者をやってることも知っていたそうだ。困ったことがあったら力になると言ってくれた。それと母の遺骨を一族の墓所に入れてくれると」
「それは良かった」
フィデル伯爵はコンラットが冒険者をしている真意がわからなくて今まで接触してこなかったらしい。コンラットに権力への欲も陰謀もないと気づいて手を差し伸べてくれたらしい。
コンラットの手が伸びてきて玲音を腕の中に引き入れる。
「……格好良かったよ。レネ。お金や爵位をあっさり断ったのを見て、貴族たちが唖然としていたのがとても面白かった」
「だって、爵位をもらったら政治に関わることになっちゃうし」
おそらく近いうちに魔王こと玲音の上司になる冥府の神が全ての事後処理を終えてこの世界の神殿にお告げの形で新たな神への交替が知らされる。
そのついでにステレンビュルス王国の神殿にはコンラットを王位に就けることは神が認めないというお告げもつけてもらうことにしている。コンラットは神の寵愛を受ける立場なので、かの国の行く末を見守る運命にある、と。
これで諦めてくれればいいのだけど。
「私もきっぱり祖国に対して返答をすることにしたよ。父の遺言は単なる親心で私が不自由しないか心配しただけのことで、父は私を王位につけたくなかったはずだ。そもそも私はそんな教育を受けていないから、出来る気もしない」
コンラットはそう言っているけれど、彼の才覚なら国王だってできそうな気がする。
「……もし、いつまでも諍いを続ければ他国から攻め入られて国は消える。それに民の生活も脅かされる。それがわからない施政者なんて要らないだろう?」
「上の人たちがいつまでも揉めてたら国が混乱するし」
「だから、祖国に対しては、いつまでも揉めていたら私はステレンビュルスを滅ぼしに行くぞって脅してやろうと思う。私の背後にはブラックドラゴンを連れたレネがいるのは彼らだって知っている」
つまり共通の敵である先代国王ニクラスがいた間は彼らも妥協していたんだから、また共通の敵を作り出して脅そうってこと?
「何か魔王っぽいですね」
「ラルスにああいう衣裳作ってもらおうか。それで脅してやるのもよさそうだ」
魔王コスプレして祖国を脅すとか、なかなかに過激だ。けれどラルスに聞いた話だと本来彼が本気の魔法を使ったら王都を焦土にするくらいできたらしいので、もしかしたら本気で魔王ができるかもしれない。
「もし、お告げが降りても言うこと聞かなかったらそうしましょう」
玲音がそう提案するとコンラットは微笑んで玲音を抱き上げた。
「では、私の神様。そろそろ明日に備えて床入りしましょうか。それとも私をご寵愛くださいますか?」
「……ええと……明日早起きできるくらいで……手加減してください」
寵愛ってレベル決められるんだろうか。でも、コンラットの絶倫スキルはまだ訂正が済んでないので言っておかないと明日起きられなくなるし……。
「大丈夫。背負ってでもちゃんと連れて帰るから」
「それ全然手加減じゃない……」
玲音の抗議はふわりと降りてきた唇に塞がれた。
ああもう……。でも、嫌じゃないから、困ってしまう。
翌朝、用意された馬車に乗り込もうとした森のくまさん一行のもとにセブリアン王子が現れた。
「陛下……父上がいたく玲音のことを気に入ったらしくて、いつでも遊びに来ていいと伝えてほしいそうだ。コンラットにも王宮魔法使いの指導に来てほしいと言っていた」
「うちのパーティがあんまり悪目立ちするのは困るんですが……」
ラルスがそう言うとセブリアン王子は豪快に笑う。
「いや、剣聖の一番弟子と伝説の少数民族と強力な魔法使いだけでも目立つのに、ブラックドラゴンの契約者で解呪もできる治癒師なんてどこの国でも欲しがる人材だ。俺だって欲しいくらいだし」
「お断りです。コンラットがこっち睨んでるでしょう」
玲音の隣にいるコンラットにラルスが目を向ける。
「いつでも宮仕えしたくなったら言ってくれ。二人とも高給で雇うから」
セブリアンは懲りた様子もなく笑う。
そこへ突然騒がしい気配が伝わってきた。
「……何事?」
「殿下、巨大なドラゴンがこちらに向かってきているという報告が……」
セブリアンが首を傾げた。
「ドラゴンって……」
「ブラックドラゴンと思われます」
それを聞いた玲音は思わず馬車の窓から空を見た。黒い影がこちらに近づいてくる。
……しかも一頭じゃない?
『レネ。ここにいたのー? 探したよー』
「ジェット……?」
頭の中で声が響いた。
すでに王宮の上空にブラックドラゴンが現れている。日差しが遮られて人々が何事かと空を見上げて悲鳴を上げている。
『帰ろうと思ったら弟たちが離れてくれなくって、ついてきちゃったんだ。しばらくこっちにおいてもいい?』
どうやら玲音に連絡してこなかったのは実家で弟たちにつきまとわれていたせいらしい。そういえばもっと小さいのもいるって聞いたような。どのくらい弟がいるのかは知らないけれど。
ジェットよりも一回り小さいドラゴンが二頭彼の後を追いかけるように飛んでいる。そしてもう一頭ジェットと大きさが変わらないドラゴンがいる。
「全部弟なの?」
『あー、それとね、僕の奥さんになりたいっていうから、連れてきたー』
「え? お嫁さん?」
ジェットが玲音のところに入り浸って、しかも今後も玲音の家で暮らすと宣言したら押しかけ女房ならぬ押しかけ婚約者としてくっついてきたんだそうだ。
『とりあえず弟は人に変身できる子だけ連れてきたからー』
「……それならなんとか……。でも、王都からちょっと離れてくれると嬉しいな」
四頭のブラックドラゴンが上空を旋回しているので、すっかりパニック状態だ。
『じゃあ先にお家に帰ってるねー』
ジェットはあっさりそう答えると残りの三頭を連れて飛び去った。
玲音が事情を説明すると、さすがのセブリアン王子も顔を引き攣らせた。
「……嫁さんと弟……? やっぱり領地ほしくないか? レネ」
たしかに。ちょっとだけほしいかも。でもドラゴンのことはルイセニョールの領主であるフィデル伯爵が請け負ってくれたから何とかしてくれる……よね?
とりあえず彼らには大人しく空路でルイセニョールまで戻ってもらおう。
玲音がそう納得していると、コンラットが何故か笑いを堪えている様子で顔を背けた。
「……何か?」
「いや、君はこの期に及んでもまた新しい問題を呼び寄せるんだなと思って」
「僕がしたことじゃないですよ」
そもそも前神様がやたらとくっつけてくれた法外なスキルも何もかも玲音が望んだわけではないし、ブラックドラゴンとの契約もあっちからだし……。
そんなトラブルホイホイみたいなことを言われても困る。
「これからは平凡な神様として働きながら、普段は一冒険者として生活して寿命を全うするのが僕の目標なんですから」
玲音がそう言うと、向かい側の席に座ったラルスとファースが爆笑した。
「……無理無理、それは絶対無理ってもんだ」
「なんでですか」
玲音としては本気でそう思っているのに、どうやら誰もわかってくれない。隣にいたコンラットも笑いを我慢しているのか肩が震えている。
……そりゃ、空から来た時点で普通じゃないのはわかってるけど、いつまでもそうじゃないんだから。もう余計なスキルくっつけてくれる神様はいないんだし。何なら僕が神様なんだし、目指せ平凡な一市民だからね。
玲音はそう思いながら、ゆっくりと走る馬車から流れる景色を見つめた。
その後、各地の神殿に新たな神が生まれたというお告げが降りた。新たな神は民の生命を軽んじる施政者には天罰が下ると宣言したため、各国の王は震え上がった。
そして、オルテガ王国のフィデル伯爵領ルイセニョールにはドラゴンを連れた冒険者がいると噂になった。彼と銀髪の伴侶は後に二人で各地を回る旅に出て、様々な冒険をしたとあとで、忽然と姿を消したという。
玲音の言葉に玉座から腰を浮かす勢いでその人は驚いていた。
そんなに驚くこと言っただろうか。
玲音は思わず隣にいたコンラットに目を向けたけれど、彼からは笑みを含んだ頷きが返ってきただけだった。
いいんだよね? ちゃんと事前に話し合ったし。第一王子殿下を助けたご褒美に好きなものをくれるって言ったのは国王陛下だし。
「はい。国王陛下。僕はこの国の市民権が欲しいです」
「いや……その。金品とか……爵位とか……そうしたものは要らないのかね?」
見かねて国王の傍らにいた重臣らしき人が問いかけてくる。
「お金は働いて貯めるので大丈夫です。爵位なんて僕のような若輩者には荷が重いです。僕はちゃんとした居場所が欲しいだけです。出来れば僕の伴侶にもいただけると嬉しいです」
玲音が第一王子の治療の対価に要求したのはこの国の国民になることだった。
神様業をするとしても、普段は冒険者をしながらこの国で暮らすつもりだから、ちゃんとした市民権を得たいと思った。そして、コンラットにも。
国王としては第一王子の恩人に大盤振る舞いする気満々だったように見えたけれど、玲音としては後が面倒そうな爵位なんて欲しいとは思えなかった。
というか爵位とか元の世界でも全く縁がなかったので何をするのか全然わからないし。
……でも、あんまり少ないと向こうが困っちゃうのかな。
だったらもう一つおねだりしておこうか、と玲音は顔を上げた。
「では、もう一つ。僕の友人のドラゴンをルイセニョールの家に住まわせたいのですが、びっくりして兵を向けてこないように配慮していただけると嬉しいです」
国王がそれを聞いて首を傾げた。
「ドラゴン? 友人? ……ちなみにドラゴンは何種だね?」
「ああ。この子の友人なら、あのブラックドラゴンでしょう」
セブリアン王子が快活に答えたので、その場が騒然となった。
あーやっぱりブラックドラゴンってこういう反応なんだ。そんなに怖がらなくても可愛いのに。
セブリアン王子は楽しそうに玲音に笑いかけてきた。
「国王陛下。この子を保護しておけばドラゴンとも友好な関係を築けますよ。それに彼の伴侶は魔法使いとして一流だ。迎え入れて損はありません」
「それはそうだが……」
国王が即答しないのは、きっとコンラットの出自を知っているのだろう。隣国の王の血を引く彼を受け入れれば後々外交問題になりかねない。冒険者なら特に所属は問われないが国民となれば話は別だ。
そこへ貴族たちの中から一人の男が歩み出た。
「畏れながら陛下。彼は生まれこそ隣国ですが、私の甥です。迎え入れることに問題はないかと存じます。身元は私が保証しましょう」
「フィデル伯爵。ああ、そうであったな」
コンラットは驚いた顔をしてその人物を見つめていた。
確かフィデル伯爵ってお母さんの実家だっけ。ちょっとだけ似ている気がする。
「それでは望み通り二人とも我が国に迎え入れよう。そして、その……友人も」
国王はそう言って笑みを浮かべた。
とりあえず玲音の希望は全て聞いた上で金一封も付け加えるということで報償の話はついた。
玲音としては早く家に帰りたかったのだけれど、その後もひっきりなしに王子を治療した治癒師にと面会に貴族が押しかけてきた。
やっと終わったと思ったらすでに夕方で、出発は翌朝ということになった。
「……レネ、疲れてる?」
用意された部屋に戻ると、コンラットがそう問いかけてきた。
「ちょっとだけ。そういえば、叔父さんに会えた?」
コンラットは謁見の後、フィデル伯爵に呼び止められていた。
「少しだけ話したよ。私が以前からルイセニョールで冒険者をやってることも知っていたそうだ。困ったことがあったら力になると言ってくれた。それと母の遺骨を一族の墓所に入れてくれると」
「それは良かった」
フィデル伯爵はコンラットが冒険者をしている真意がわからなくて今まで接触してこなかったらしい。コンラットに権力への欲も陰謀もないと気づいて手を差し伸べてくれたらしい。
コンラットの手が伸びてきて玲音を腕の中に引き入れる。
「……格好良かったよ。レネ。お金や爵位をあっさり断ったのを見て、貴族たちが唖然としていたのがとても面白かった」
「だって、爵位をもらったら政治に関わることになっちゃうし」
おそらく近いうちに魔王こと玲音の上司になる冥府の神が全ての事後処理を終えてこの世界の神殿にお告げの形で新たな神への交替が知らされる。
そのついでにステレンビュルス王国の神殿にはコンラットを王位に就けることは神が認めないというお告げもつけてもらうことにしている。コンラットは神の寵愛を受ける立場なので、かの国の行く末を見守る運命にある、と。
これで諦めてくれればいいのだけど。
「私もきっぱり祖国に対して返答をすることにしたよ。父の遺言は単なる親心で私が不自由しないか心配しただけのことで、父は私を王位につけたくなかったはずだ。そもそも私はそんな教育を受けていないから、出来る気もしない」
コンラットはそう言っているけれど、彼の才覚なら国王だってできそうな気がする。
「……もし、いつまでも諍いを続ければ他国から攻め入られて国は消える。それに民の生活も脅かされる。それがわからない施政者なんて要らないだろう?」
「上の人たちがいつまでも揉めてたら国が混乱するし」
「だから、祖国に対しては、いつまでも揉めていたら私はステレンビュルスを滅ぼしに行くぞって脅してやろうと思う。私の背後にはブラックドラゴンを連れたレネがいるのは彼らだって知っている」
つまり共通の敵である先代国王ニクラスがいた間は彼らも妥協していたんだから、また共通の敵を作り出して脅そうってこと?
「何か魔王っぽいですね」
「ラルスにああいう衣裳作ってもらおうか。それで脅してやるのもよさそうだ」
魔王コスプレして祖国を脅すとか、なかなかに過激だ。けれどラルスに聞いた話だと本来彼が本気の魔法を使ったら王都を焦土にするくらいできたらしいので、もしかしたら本気で魔王ができるかもしれない。
「もし、お告げが降りても言うこと聞かなかったらそうしましょう」
玲音がそう提案するとコンラットは微笑んで玲音を抱き上げた。
「では、私の神様。そろそろ明日に備えて床入りしましょうか。それとも私をご寵愛くださいますか?」
「……ええと……明日早起きできるくらいで……手加減してください」
寵愛ってレベル決められるんだろうか。でも、コンラットの絶倫スキルはまだ訂正が済んでないので言っておかないと明日起きられなくなるし……。
「大丈夫。背負ってでもちゃんと連れて帰るから」
「それ全然手加減じゃない……」
玲音の抗議はふわりと降りてきた唇に塞がれた。
ああもう……。でも、嫌じゃないから、困ってしまう。
翌朝、用意された馬車に乗り込もうとした森のくまさん一行のもとにセブリアン王子が現れた。
「陛下……父上がいたく玲音のことを気に入ったらしくて、いつでも遊びに来ていいと伝えてほしいそうだ。コンラットにも王宮魔法使いの指導に来てほしいと言っていた」
「うちのパーティがあんまり悪目立ちするのは困るんですが……」
ラルスがそう言うとセブリアン王子は豪快に笑う。
「いや、剣聖の一番弟子と伝説の少数民族と強力な魔法使いだけでも目立つのに、ブラックドラゴンの契約者で解呪もできる治癒師なんてどこの国でも欲しがる人材だ。俺だって欲しいくらいだし」
「お断りです。コンラットがこっち睨んでるでしょう」
玲音の隣にいるコンラットにラルスが目を向ける。
「いつでも宮仕えしたくなったら言ってくれ。二人とも高給で雇うから」
セブリアンは懲りた様子もなく笑う。
そこへ突然騒がしい気配が伝わってきた。
「……何事?」
「殿下、巨大なドラゴンがこちらに向かってきているという報告が……」
セブリアンが首を傾げた。
「ドラゴンって……」
「ブラックドラゴンと思われます」
それを聞いた玲音は思わず馬車の窓から空を見た。黒い影がこちらに近づいてくる。
……しかも一頭じゃない?
『レネ。ここにいたのー? 探したよー』
「ジェット……?」
頭の中で声が響いた。
すでに王宮の上空にブラックドラゴンが現れている。日差しが遮られて人々が何事かと空を見上げて悲鳴を上げている。
『帰ろうと思ったら弟たちが離れてくれなくって、ついてきちゃったんだ。しばらくこっちにおいてもいい?』
どうやら玲音に連絡してこなかったのは実家で弟たちにつきまとわれていたせいらしい。そういえばもっと小さいのもいるって聞いたような。どのくらい弟がいるのかは知らないけれど。
ジェットよりも一回り小さいドラゴンが二頭彼の後を追いかけるように飛んでいる。そしてもう一頭ジェットと大きさが変わらないドラゴンがいる。
「全部弟なの?」
『あー、それとね、僕の奥さんになりたいっていうから、連れてきたー』
「え? お嫁さん?」
ジェットが玲音のところに入り浸って、しかも今後も玲音の家で暮らすと宣言したら押しかけ女房ならぬ押しかけ婚約者としてくっついてきたんだそうだ。
『とりあえず弟は人に変身できる子だけ連れてきたからー』
「……それならなんとか……。でも、王都からちょっと離れてくれると嬉しいな」
四頭のブラックドラゴンが上空を旋回しているので、すっかりパニック状態だ。
『じゃあ先にお家に帰ってるねー』
ジェットはあっさりそう答えると残りの三頭を連れて飛び去った。
玲音が事情を説明すると、さすがのセブリアン王子も顔を引き攣らせた。
「……嫁さんと弟……? やっぱり領地ほしくないか? レネ」
たしかに。ちょっとだけほしいかも。でもドラゴンのことはルイセニョールの領主であるフィデル伯爵が請け負ってくれたから何とかしてくれる……よね?
とりあえず彼らには大人しく空路でルイセニョールまで戻ってもらおう。
玲音がそう納得していると、コンラットが何故か笑いを堪えている様子で顔を背けた。
「……何か?」
「いや、君はこの期に及んでもまた新しい問題を呼び寄せるんだなと思って」
「僕がしたことじゃないですよ」
そもそも前神様がやたらとくっつけてくれた法外なスキルも何もかも玲音が望んだわけではないし、ブラックドラゴンとの契約もあっちからだし……。
そんなトラブルホイホイみたいなことを言われても困る。
「これからは平凡な神様として働きながら、普段は一冒険者として生活して寿命を全うするのが僕の目標なんですから」
玲音がそう言うと、向かい側の席に座ったラルスとファースが爆笑した。
「……無理無理、それは絶対無理ってもんだ」
「なんでですか」
玲音としては本気でそう思っているのに、どうやら誰もわかってくれない。隣にいたコンラットも笑いを我慢しているのか肩が震えている。
……そりゃ、空から来た時点で普通じゃないのはわかってるけど、いつまでもそうじゃないんだから。もう余計なスキルくっつけてくれる神様はいないんだし。何なら僕が神様なんだし、目指せ平凡な一市民だからね。
玲音はそう思いながら、ゆっくりと走る馬車から流れる景色を見つめた。
その後、各地の神殿に新たな神が生まれたというお告げが降りた。新たな神は民の生命を軽んじる施政者には天罰が下ると宣言したため、各国の王は震え上がった。
そして、オルテガ王国のフィデル伯爵領ルイセニョールにはドラゴンを連れた冒険者がいると噂になった。彼と銀髪の伴侶は後に二人で各地を回る旅に出て、様々な冒険をしたとあとで、忽然と姿を消したという。
97
お気に入りに追加
179
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
暗殺者は王子に溺愛される
竜鳴躍
BL
ヘマをして傷つき倒れた暗殺者の青年は、王子に保護される。孤児として組織に暗殺者として育てられ、頑なだった心は、やがて王子に溺愛されて……。
本編後、番外編あります。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
落第騎士の拾い物
深山恐竜
BL
「オメガでございます」
ひと月前、セレガは医者から第三の性別を告知された。将来は勇猛な騎士になることを夢見ていたセレガは、この診断に絶望した。
セレガは絶望の末に”ドラゴンの巣”へ向かう。そこで彼は騎士見習いとして最期の戦いをするつもりであった。しかし、巣にはドラゴンに育てられたという男がいた。男は純粋で、無垢で、彼と交流するうちに、セレガは未来への希望を取り戻す。
ところがある日、発情したセレガは男と関係を持ってしまって……?
オメガバースの設定をお借りしています。
ムーンライトノベルズにも掲載中
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結おめでとうございます🎉
素敵なお話ありがとうございました😊
森のくまさんのみんなが幸せそうで良かったです(*^^*)
最後までおつき合いありがとうございました。
楽しんでいただけて嬉しいです。
2度目まして(* ˊ꒳ˋ*)
昨日こちらの作品を見つけ最新話まで読まさせていただきました😊
レネとコンラットの恋の行方も気になるのですがドラゴンが可愛くて可愛くて⸜(◍´˘`◍)⸝
これからの更新も楽しみにしてます
年末で疲労が溜まっていると思いますのでご自愛くださいませm(_ _)m
感想ありがとうございました。
ドラゴンは今後も登場予定ですので、よろしくお願いします。
次回更新は1月上旬(順調にいけば9日)を予定していますのでもうしばらくお待ちください。
初めまして!コメント失礼します!
めちゃくちゃ面白くて一気読みしてしまいました!ドラゴンと喋れるレネくんに、手籠めにしたいコンラットさん…。
凄く続きが気になります!
ありがとうございます。
ドラゴンとは意思疎通できるのにコンラットさんとは意思疎通できてないレネがどうなるのか、今後ともよろしくお願いします