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56.僕は天使ではありません⑥
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大海の果て。この世界の最果てと言われるその地は荒波と嵐に守られている。大型の水棲の魔獣が出没し、船では近づけない。
ブラックドラゴンのジェットは少々の悪天候などものともせずまっすぐにその嵐の中心を目指して飛び続けた。
旅程三日目の最終日は休憩する場所がないため強行軍となった。
どんよりとした黒雲に覆われ、雨が打ち付ける。
そうして、唐突に嵐から抜け出したと思ったら、目の前に小さな島がいくつか見えてきた。その島の周辺だけは嵐に襲われていない。
「あれが……」
一番大きな島にはいくつかの建物が見えた。おそらくそれが目的地だろう。ゆっくりと高度を下げてジェットはその島に向かっていく。
『レネ。何か来てるよ』
その声と同時に周囲が真っ白になった。まばゆい光がこちらに浴びせられたのはわかったけれど、何が起きたのかはわからない。
「なんだこれ?」
すぐに光が薄らいだけれど、目がクラクラする。
『多分熱を帯びた光線みたいなやつだよ。普通ならあれでこんがり焼けちゃう感じ』
「いやそれ怖いんだけど」
防御魔法展開してなかったら死ぬ奴じゃん。っていうか、そんな高温の光線って現代兵器としか思えないんだけど。
玲音はそう思いながらジェットに問い返した。
『発射元は移動してるけど……生きものとは思えないなあ……なんだろう』
「移動? まだ撃ってくる?」
『わかんない。気配は見えてたんだ。空は飛べないみたいだから地上をうろうろしてたんだけど』
ファースが目的地の島を指差した。
「あの島の山の中腹辺りになんかいる。あれがホワイトドラゴンとか言わないよな?」
「どんな形してるんですか?」
「デカい投石機みたいな? 筒があって台座に車輪がついてる」
……砲台? けど普通の大砲にあんな光熱線みたいな機能はついてない。レーザー兵器……は空気中で拡散するから遠距離攻撃に使えないって何かで聞いた。フィクションの中ならバンバン出てくるけど。
つまり玲音の時代より先のオーバーテクノロジーを搭載した兵器の可能性がある。何持ってきてるんだ神様。やりたい放題だ。あんなのがいたらそりゃ誰もこの島には近づけない。チートが過ぎる。
そんなヤバいのどうすれば……と思っていたらファースが付け加えた。
「けど、さっきの攻撃、玲音のスキルで全反射しただろ? 何か自分で喰らって動けなくなってる」
「え?」
……そうだった。玲音のスキルは防御するだけじゃなく有無を言わさず相手にカウンター攻撃を返してしまう。自分の発した光線が何倍もの威力になってはね返されたら……。
一番のオーバーテクノロジーは……僕なのかも。
ああいう砲台とかおいくら万円するのか知らないけど、何しろ神様自身が【絶対防御】なんてものを付けて寄越したんだから、僕のせいじゃない。
「ジェット、砲台みたいなのは一つだけ?」
『一つだけみたい。あの山をぐるっと道路みたいなのがあって、そこを移動して全方位攻撃する感じかな。なんだ、ドラゴンじゃないんだね。つまんない』
「多分あの白い光が何かで目撃されて伝わったんじゃないかな」
ジェットは新たなお仲間に会えるかもと期待していたらしい。
『つまんないから、さっさと遺跡探しに行こうよ』
島の全容が見える距離になると、玲音の目でも山の中腹からこちらに向いている砲台が見えた。十メートル以上ある奇妙な形状の砲門が二つ、車輪のついた台座。すでに砲台が台座から外れて動かなくなった残骸になっている。
島は思ったより整備されていて、まるでリゾート地のビーチを思わせた。ご丁寧にパラソルや椅子も置かれている。その奥に大きなログハウスがある。
きっとここってあの神様がこっそりサボる……いや、休暇を楽しむために作った隠れ家なんだな。他の神様や上司に見つからないようにあれこれ小細工していたんだろうけど、逆に不自然な小細工のせいで目をつけられたのかも。
「随分と変わった素材の傘だな」
ラルスとコンラットはパラソルを覗き込んでそんなことを言い交わしている。ビニールはこの世界にはないから珍しいのだろう。
ファースは鳥の目を借りて周囲を探索しているらしくじっと空を見上げている。
「他にはデカ物はなさそうだから、とりあえず安心かな」
「それなら良かった」
そしてジェットは人間の姿になって砂浜を走り回っていた。
……平和だな。っていうか、島には何も仕掛けしてない……?
不意に白い円盤のような形状のものがふよふよと飛んできた。つるんとした白い円盤の上にリカちゃん人形サイズの黒スーツの初老の男性が直立不動で立っていた。
「ようこそお客様。認証確認をいたします。こちらに登録のない方は上陸を許可できません」
登録なんてあるわけがない。玲音が周辺に防御魔法を張り直そうとした時だった。
「確認しました。マスター。同行者の皆様にも上陸許可を出してよろしいですか」
玲音の前に来たそれはどうやら玲音を主人だと認識したらしい。
もしかして、神様のアバターで認証していた? 僕の今の姿は神様のアバターだから……間違われたってこと?
「許可を出してください」
「かしこまりました。マスター」
玲音がそう言うと、さっさとどこかへ消えていった。。
「……レネを見て主人だって認識するってことは、もしかして、神様本人がここに来ても入れないんじゃね?」
ラルスがそう言って首を傾げた。
「まさか。そうだとしたら間抜けすぎるでしょう」
玲音たちの役目はこの島のどこかにある神様の隠した悪事の証拠を見つけて持ち帰り、隠れ家の座標を魔王に送りつけることだ。
言葉だけだと悪役っぽいけど。
遺跡の入り口はすぐに見つかった。というより、例のミニチュア執事が勝手に案内してくれたのだ。
一見、コテージのような小屋の地下が作られていた。
「……いや、簡単すぎないか」
「そうでもないよ」
コンラットが前方を指差した。短い階段の突き当たりは何もない壁だった。小さなパネルがあって、そこに手のひらの絵が描かれている。
「……なんだこれ。ここに手を置けってこと?」
「多分掌紋認証だと思います」
玲音がそう言ってそこに手を当てる。認証完了、という電子音声とともに、何もなかった壁に扉が現れた。
……ゲームの世界みたいだな。
そう思って玲音がその先に踏み込むと、まさしくゲーム部屋としか思えない設備の部屋に行き当たった。
大きなモニターと椅子。壁一面に並んでいるのはゲームソフトや映像のディスクらしい。 当然そんなものを見たことがないだろう森のくまさんのメンバーは首を傾げる。
「図書室みたいなものか?」
「……まあ、電気がないと使えない部屋ですけど」
ここって電源はどうなってるんだ? ソーラーでまかなえるのか?
っていうか、神様のコレクションエグいな。相当古いソフトまで残ってる。
玲音はじっと棚に並んでいるソフトのタイトルを見ていたけれど、ふと気になるものを見つけた。
「……どうかしたのかい?」
コンラットが玲音の手元を覗き込んで来た。
「……このゲーム、人気あったんで僕もやったことあるんですけど、会社が潰れてしまって続篇は作られなかったはずなんです。なのに、2があるから……」
開いてみるとあきらかにゲームのディスクではなさそうなメモリーカードが入っていた。もしかしてこれが証拠?
「とにかく、魔王さんに連絡ですね」
そうして、他の部屋に隠されていた金の延べ棒やら、謎の神様実物大フィギュア(?)やらを全てコンラットの収納魔法に詰め込んで、魔王に座標を送信した。
そして、砂浜までもどってきたら、何故か小型潜水艦が座礁していて、一人の男がそこに立っていた。
「……あれ? どういうこと? 君たちどうやってここに上陸……ああそうか。君だったんだ」
「どちら様で?」
そう言いながらも玲音は相手の口調や面差しでその正体に気づいていた。
「ほら、僕だよ。君をここに転生させた。いろいろ素敵なスキルもあげただろう?」
玲音はそれで納得した。どうやら急ごしらえで作ったアバターのせいか、本人の面影がいくらか繁栄しているらしい。
「その君がどうしてここにいるんだい? この島には防御システムが……。いや、君なら解除できるのか……だけどここをどうやって……」
神様は玲音が何故この島の存在を知っているのかと訝しんでいるらしい。
「僕は今、冒険者やってるんです。それで誰もたどり着けない場所があると聞いて是非行ってみたいと思って」
「いやいやいやいや。それは無理でしょう。いくら防御スキルがあっても……」
「ねえ、この人何なの? 遊んでくれるの?」
玲音の隣にいたジェットが首を傾げた。それを聞いたラルスがニヤリと笑う。
「おう、この人なら沢山遊んでくれるぞ」
「わーい。遊んで遊んで」
ジェットが嬉しそうに駆け寄って行く。神様はジェットを見てもまだ正体に気づいていない。
魔王が言っていたように、この世界に来た段階で神様は普通の人間になっているのかもしれない。
「まって、その人は……」
玲音が制止しようとしたときにはジェットはドラゴンの姿に戻っていた。さすがの神様も顔を引き攣らせていた。
「ドラゴン? そうか、君ドラゴンと契約してたんだった。っていうか、遊ぶのは無理だから。僕はインドア派だから体力ないから」
神様は慌てて逃げだそうとするも、ジェットは追いかけっこかと認識して大きく咆哮するとゆっくり歩き出す。
「……あー……。よっぽどホワイトドラゴンと遊べなかったのが不満だったんだな」
コンラットが苦笑いを浮かべている。
「ちょっと、君たち、ドラゴンを止めてくれないか。うわあああ」
ジェットは明らかに本気ではない速度で神様を追い回している。美しい砂浜でドラゴンと追いかけっこする姿はシュールで、玲音は額を押さえた。
「協力に感謝します」
ドラゴンに追い回されて神様が疲労困憊で砂浜に倒れた頃になって、今度は魔王が現れた。座標を送信したので降下する場所を特定できたのだろう。
陽光差すビーチに佇む黒衣の魔王というのもなかなかミスマッチだけれど、彼はさくさくと神様を拘束するときっちりとお手本のようなお辞儀をしてみせた。
なんでも世界を管理する神様にも決まり事があって、世界の文明を加速させたり遅らせることはいいけれど、その世界にない文明を強引に持ち込んだり、神様自身の私利私欲で作り替えることはアウトらしい。
つまりこの島全てが悪事の証拠になった。さらに玲音が見つけたメモリーカードにも裏帳簿が入っていることが判明した。
この島を取り巻いている暴風雨も消えて、潜水艦やら意味不明の熱線兵器やらも全て片付けられた。玲音たちが持ち出した遺跡内部のゲームコレクションや宝物も検分してもらった。
魔王はそれを解析するように部下に送っていたけれど、神様実物大フィギュアについては「証拠品でなければ今すぐへし折りたい」と眉をひそめていた。
「この島は自然の状態に戻します。まあ、魔王と神が戦ってこの地が清められたとか適当な話で落ち着かせましょう」
神様、正確にはすでに役職を解かれているので元神様なのだけれど、彼はまだ不平そうにブツブツ呟いている。
「だってさ、問題が起きたら滅茶苦茶あとが面倒臭いじゃない。仕事も回んなくなるし。だから大事にならないようにしただけじゃない。それに、神様が趣味を持っちゃいけないって法はないでしょ?」
魔王はそれを冷淡に一瞥してから、玲音に向き直る。
「一つ提案があるのですが、早島玲音くん、君はこの世界の神になるつもりはありませんか?」
「え?」
「君は過大なスキルを与えられてもそれを悪行に使ったり、他者より優位に立とうとはしなかった。人間以外のドラゴンとも意思疎通を図ろうとした。それに何より、過分な欲を持たない。なかなかに希有な人材ではないかと思います」
神って……そうしたらこの世界にはいられなくなるんじゃ……。
思わずコンラットの顔を見上げた。彼も戸惑った様子だけれどそっと玲音の肩を抱いてくれた。
「……あの……僕は欲がないわけじゃないです。今の生活が十分楽しいですし……」
「もちろん、今のままで大丈夫です。すぐに神になれと言われてなれないでしょうから、私が補佐します。緊急事態がない限り、週に一度のアルバイトくらいの気持ちでやってみませんか?」
「……アルバイト……」
神様ってアルバイト枠あるのか……。
「そして、寿命を終えて正式に神となってもこの世界に降りてくることは可能です。例えばそのブラックドラゴンは人よりはるかに長生きしますけれど、ずっと会いに来ることもできます」
ジェットはまだドラゴンとしては幼い。玲音に残された寿命がいくら長くても、きっとジェットが大人になるまで生きてはいない。それを言われると心は揺れる。
でも、コンラットさんは? 僕はコンラットさんが死んだあともずっと生きていかなきゃいけないのは……。
「僕は一度家族を失いました。先のことは考えられないけど、好きな人がいない場所に一人で残されるのは嫌です」
「レネ」
コンラットが肩に置いた手に力がこもった。きっと彼も同じ思いでいてくれる。
玲音の言葉に魔王はにこりと笑った。
「それは当然でしょう。結論は寿命が終わるまで先送りで構いません。それまでは見習いとして業務を学んでください。もちろんあなたが嫌なら別の候補を探します。それにもし望むのなら伴侶もこちら側に引き上げることもできますよ。神の伴侶となれば俗事には関われませんから、人の王などには就けなくなります。そして伴侶でいる限りは同じ時を生きることになります」
どうやら魔王はコンラットの事情も把握しているらしい。
そうか、神様はアバターを使って平凡な人間としてこの世界に存在することは可能でも、世界を変えるような施政者にはなれない。玲音がコンラットを神の伴侶として指名したら彼は政治に関われなくなる。
……僕がこの世界の神なら、コンラットさんを守れるのなら。
お試し神様業をやってみてもいい。
ずっと「早島芽衣の弟」として透明人間みたいに生きていた僕にできることがあるのなら。
「……わかりました。じゃあ、神様のアルバイトやります。この世界が悪い方に行かないようにできるんですよね?」
大事な人が生きている場所を守ることができるのなら、とりあえずこの寿命が切れるまでだけでも神様業をやってみよう。
玲音はそう決意した。
「コンラットさん、僕の伴侶のままでいてくれる?」
もし彼がそんな面倒な相手はごめんだと言うのなら。そんな不安が頭の片隅にあった。
コンラットは穏やかに微笑んでから、玲音をふわりと抱きしめた。
「もちろん。君が私を求めてくれる限り、ずっと側にいるつもりだよ。私の天使」
「いえ、天使じゃありませんから」
玲音がそう言うとコンラットは笑みを深くして、玲音の耳元に囁いた。
「そうだったね。……私の神様」
ブラックドラゴンのジェットは少々の悪天候などものともせずまっすぐにその嵐の中心を目指して飛び続けた。
旅程三日目の最終日は休憩する場所がないため強行軍となった。
どんよりとした黒雲に覆われ、雨が打ち付ける。
そうして、唐突に嵐から抜け出したと思ったら、目の前に小さな島がいくつか見えてきた。その島の周辺だけは嵐に襲われていない。
「あれが……」
一番大きな島にはいくつかの建物が見えた。おそらくそれが目的地だろう。ゆっくりと高度を下げてジェットはその島に向かっていく。
『レネ。何か来てるよ』
その声と同時に周囲が真っ白になった。まばゆい光がこちらに浴びせられたのはわかったけれど、何が起きたのかはわからない。
「なんだこれ?」
すぐに光が薄らいだけれど、目がクラクラする。
『多分熱を帯びた光線みたいなやつだよ。普通ならあれでこんがり焼けちゃう感じ』
「いやそれ怖いんだけど」
防御魔法展開してなかったら死ぬ奴じゃん。っていうか、そんな高温の光線って現代兵器としか思えないんだけど。
玲音はそう思いながらジェットに問い返した。
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「移動? まだ撃ってくる?」
『わかんない。気配は見えてたんだ。空は飛べないみたいだから地上をうろうろしてたんだけど』
ファースが目的地の島を指差した。
「あの島の山の中腹辺りになんかいる。あれがホワイトドラゴンとか言わないよな?」
「どんな形してるんですか?」
「デカい投石機みたいな? 筒があって台座に車輪がついてる」
……砲台? けど普通の大砲にあんな光熱線みたいな機能はついてない。レーザー兵器……は空気中で拡散するから遠距離攻撃に使えないって何かで聞いた。フィクションの中ならバンバン出てくるけど。
つまり玲音の時代より先のオーバーテクノロジーを搭載した兵器の可能性がある。何持ってきてるんだ神様。やりたい放題だ。あんなのがいたらそりゃ誰もこの島には近づけない。チートが過ぎる。
そんなヤバいのどうすれば……と思っていたらファースが付け加えた。
「けど、さっきの攻撃、玲音のスキルで全反射しただろ? 何か自分で喰らって動けなくなってる」
「え?」
……そうだった。玲音のスキルは防御するだけじゃなく有無を言わさず相手にカウンター攻撃を返してしまう。自分の発した光線が何倍もの威力になってはね返されたら……。
一番のオーバーテクノロジーは……僕なのかも。
ああいう砲台とかおいくら万円するのか知らないけど、何しろ神様自身が【絶対防御】なんてものを付けて寄越したんだから、僕のせいじゃない。
「ジェット、砲台みたいなのは一つだけ?」
『一つだけみたい。あの山をぐるっと道路みたいなのがあって、そこを移動して全方位攻撃する感じかな。なんだ、ドラゴンじゃないんだね。つまんない』
「多分あの白い光が何かで目撃されて伝わったんじゃないかな」
ジェットは新たなお仲間に会えるかもと期待していたらしい。
『つまんないから、さっさと遺跡探しに行こうよ』
島の全容が見える距離になると、玲音の目でも山の中腹からこちらに向いている砲台が見えた。十メートル以上ある奇妙な形状の砲門が二つ、車輪のついた台座。すでに砲台が台座から外れて動かなくなった残骸になっている。
島は思ったより整備されていて、まるでリゾート地のビーチを思わせた。ご丁寧にパラソルや椅子も置かれている。その奥に大きなログハウスがある。
きっとここってあの神様がこっそりサボる……いや、休暇を楽しむために作った隠れ家なんだな。他の神様や上司に見つからないようにあれこれ小細工していたんだろうけど、逆に不自然な小細工のせいで目をつけられたのかも。
「随分と変わった素材の傘だな」
ラルスとコンラットはパラソルを覗き込んでそんなことを言い交わしている。ビニールはこの世界にはないから珍しいのだろう。
ファースは鳥の目を借りて周囲を探索しているらしくじっと空を見上げている。
「他にはデカ物はなさそうだから、とりあえず安心かな」
「それなら良かった」
そしてジェットは人間の姿になって砂浜を走り回っていた。
……平和だな。っていうか、島には何も仕掛けしてない……?
不意に白い円盤のような形状のものがふよふよと飛んできた。つるんとした白い円盤の上にリカちゃん人形サイズの黒スーツの初老の男性が直立不動で立っていた。
「ようこそお客様。認証確認をいたします。こちらに登録のない方は上陸を許可できません」
登録なんてあるわけがない。玲音が周辺に防御魔法を張り直そうとした時だった。
「確認しました。マスター。同行者の皆様にも上陸許可を出してよろしいですか」
玲音の前に来たそれはどうやら玲音を主人だと認識したらしい。
もしかして、神様のアバターで認証していた? 僕の今の姿は神様のアバターだから……間違われたってこと?
「許可を出してください」
「かしこまりました。マスター」
玲音がそう言うと、さっさとどこかへ消えていった。。
「……レネを見て主人だって認識するってことは、もしかして、神様本人がここに来ても入れないんじゃね?」
ラルスがそう言って首を傾げた。
「まさか。そうだとしたら間抜けすぎるでしょう」
玲音たちの役目はこの島のどこかにある神様の隠した悪事の証拠を見つけて持ち帰り、隠れ家の座標を魔王に送りつけることだ。
言葉だけだと悪役っぽいけど。
遺跡の入り口はすぐに見つかった。というより、例のミニチュア執事が勝手に案内してくれたのだ。
一見、コテージのような小屋の地下が作られていた。
「……いや、簡単すぎないか」
「そうでもないよ」
コンラットが前方を指差した。短い階段の突き当たりは何もない壁だった。小さなパネルがあって、そこに手のひらの絵が描かれている。
「……なんだこれ。ここに手を置けってこと?」
「多分掌紋認証だと思います」
玲音がそう言ってそこに手を当てる。認証完了、という電子音声とともに、何もなかった壁に扉が現れた。
……ゲームの世界みたいだな。
そう思って玲音がその先に踏み込むと、まさしくゲーム部屋としか思えない設備の部屋に行き当たった。
大きなモニターと椅子。壁一面に並んでいるのはゲームソフトや映像のディスクらしい。 当然そんなものを見たことがないだろう森のくまさんのメンバーは首を傾げる。
「図書室みたいなものか?」
「……まあ、電気がないと使えない部屋ですけど」
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っていうか、神様のコレクションエグいな。相当古いソフトまで残ってる。
玲音はじっと棚に並んでいるソフトのタイトルを見ていたけれど、ふと気になるものを見つけた。
「……どうかしたのかい?」
コンラットが玲音の手元を覗き込んで来た。
「……このゲーム、人気あったんで僕もやったことあるんですけど、会社が潰れてしまって続篇は作られなかったはずなんです。なのに、2があるから……」
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そうして、他の部屋に隠されていた金の延べ棒やら、謎の神様実物大フィギュア(?)やらを全てコンラットの収納魔法に詰め込んで、魔王に座標を送信した。
そして、砂浜までもどってきたら、何故か小型潜水艦が座礁していて、一人の男がそこに立っていた。
「……あれ? どういうこと? 君たちどうやってここに上陸……ああそうか。君だったんだ」
「どちら様で?」
そう言いながらも玲音は相手の口調や面差しでその正体に気づいていた。
「ほら、僕だよ。君をここに転生させた。いろいろ素敵なスキルもあげただろう?」
玲音はそれで納得した。どうやら急ごしらえで作ったアバターのせいか、本人の面影がいくらか繁栄しているらしい。
「その君がどうしてここにいるんだい? この島には防御システムが……。いや、君なら解除できるのか……だけどここをどうやって……」
神様は玲音が何故この島の存在を知っているのかと訝しんでいるらしい。
「僕は今、冒険者やってるんです。それで誰もたどり着けない場所があると聞いて是非行ってみたいと思って」
「いやいやいやいや。それは無理でしょう。いくら防御スキルがあっても……」
「ねえ、この人何なの? 遊んでくれるの?」
玲音の隣にいたジェットが首を傾げた。それを聞いたラルスがニヤリと笑う。
「おう、この人なら沢山遊んでくれるぞ」
「わーい。遊んで遊んで」
ジェットが嬉しそうに駆け寄って行く。神様はジェットを見てもまだ正体に気づいていない。
魔王が言っていたように、この世界に来た段階で神様は普通の人間になっているのかもしれない。
「まって、その人は……」
玲音が制止しようとしたときにはジェットはドラゴンの姿に戻っていた。さすがの神様も顔を引き攣らせていた。
「ドラゴン? そうか、君ドラゴンと契約してたんだった。っていうか、遊ぶのは無理だから。僕はインドア派だから体力ないから」
神様は慌てて逃げだそうとするも、ジェットは追いかけっこかと認識して大きく咆哮するとゆっくり歩き出す。
「……あー……。よっぽどホワイトドラゴンと遊べなかったのが不満だったんだな」
コンラットが苦笑いを浮かべている。
「ちょっと、君たち、ドラゴンを止めてくれないか。うわあああ」
ジェットは明らかに本気ではない速度で神様を追い回している。美しい砂浜でドラゴンと追いかけっこする姿はシュールで、玲音は額を押さえた。
「協力に感謝します」
ドラゴンに追い回されて神様が疲労困憊で砂浜に倒れた頃になって、今度は魔王が現れた。座標を送信したので降下する場所を特定できたのだろう。
陽光差すビーチに佇む黒衣の魔王というのもなかなかミスマッチだけれど、彼はさくさくと神様を拘束するときっちりとお手本のようなお辞儀をしてみせた。
なんでも世界を管理する神様にも決まり事があって、世界の文明を加速させたり遅らせることはいいけれど、その世界にない文明を強引に持ち込んだり、神様自身の私利私欲で作り替えることはアウトらしい。
つまりこの島全てが悪事の証拠になった。さらに玲音が見つけたメモリーカードにも裏帳簿が入っていることが判明した。
この島を取り巻いている暴風雨も消えて、潜水艦やら意味不明の熱線兵器やらも全て片付けられた。玲音たちが持ち出した遺跡内部のゲームコレクションや宝物も検分してもらった。
魔王はそれを解析するように部下に送っていたけれど、神様実物大フィギュアについては「証拠品でなければ今すぐへし折りたい」と眉をひそめていた。
「この島は自然の状態に戻します。まあ、魔王と神が戦ってこの地が清められたとか適当な話で落ち着かせましょう」
神様、正確にはすでに役職を解かれているので元神様なのだけれど、彼はまだ不平そうにブツブツ呟いている。
「だってさ、問題が起きたら滅茶苦茶あとが面倒臭いじゃない。仕事も回んなくなるし。だから大事にならないようにしただけじゃない。それに、神様が趣味を持っちゃいけないって法はないでしょ?」
魔王はそれを冷淡に一瞥してから、玲音に向き直る。
「一つ提案があるのですが、早島玲音くん、君はこの世界の神になるつもりはありませんか?」
「え?」
「君は過大なスキルを与えられてもそれを悪行に使ったり、他者より優位に立とうとはしなかった。人間以外のドラゴンとも意思疎通を図ろうとした。それに何より、過分な欲を持たない。なかなかに希有な人材ではないかと思います」
神って……そうしたらこの世界にはいられなくなるんじゃ……。
思わずコンラットの顔を見上げた。彼も戸惑った様子だけれどそっと玲音の肩を抱いてくれた。
「……あの……僕は欲がないわけじゃないです。今の生活が十分楽しいですし……」
「もちろん、今のままで大丈夫です。すぐに神になれと言われてなれないでしょうから、私が補佐します。緊急事態がない限り、週に一度のアルバイトくらいの気持ちでやってみませんか?」
「……アルバイト……」
神様ってアルバイト枠あるのか……。
「そして、寿命を終えて正式に神となってもこの世界に降りてくることは可能です。例えばそのブラックドラゴンは人よりはるかに長生きしますけれど、ずっと会いに来ることもできます」
ジェットはまだドラゴンとしては幼い。玲音に残された寿命がいくら長くても、きっとジェットが大人になるまで生きてはいない。それを言われると心は揺れる。
でも、コンラットさんは? 僕はコンラットさんが死んだあともずっと生きていかなきゃいけないのは……。
「僕は一度家族を失いました。先のことは考えられないけど、好きな人がいない場所に一人で残されるのは嫌です」
「レネ」
コンラットが肩に置いた手に力がこもった。きっと彼も同じ思いでいてくれる。
玲音の言葉に魔王はにこりと笑った。
「それは当然でしょう。結論は寿命が終わるまで先送りで構いません。それまでは見習いとして業務を学んでください。もちろんあなたが嫌なら別の候補を探します。それにもし望むのなら伴侶もこちら側に引き上げることもできますよ。神の伴侶となれば俗事には関われませんから、人の王などには就けなくなります。そして伴侶でいる限りは同じ時を生きることになります」
どうやら魔王はコンラットの事情も把握しているらしい。
そうか、神様はアバターを使って平凡な人間としてこの世界に存在することは可能でも、世界を変えるような施政者にはなれない。玲音がコンラットを神の伴侶として指名したら彼は政治に関われなくなる。
……僕がこの世界の神なら、コンラットさんを守れるのなら。
お試し神様業をやってみてもいい。
ずっと「早島芽衣の弟」として透明人間みたいに生きていた僕にできることがあるのなら。
「……わかりました。じゃあ、神様のアルバイトやります。この世界が悪い方に行かないようにできるんですよね?」
大事な人が生きている場所を守ることができるのなら、とりあえずこの寿命が切れるまでだけでも神様業をやってみよう。
玲音はそう決意した。
「コンラットさん、僕の伴侶のままでいてくれる?」
もし彼がそんな面倒な相手はごめんだと言うのなら。そんな不安が頭の片隅にあった。
コンラットは穏やかに微笑んでから、玲音をふわりと抱きしめた。
「もちろん。君が私を求めてくれる限り、ずっと側にいるつもりだよ。私の天使」
「いえ、天使じゃありませんから」
玲音がそう言うとコンラットは笑みを深くして、玲音の耳元に囁いた。
「そうだったね。……私の神様」
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「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
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