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51.僕は天使ではありません①

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「……んで、どうするんだ?」
 ラルスが蒸留酒の入ったグラスを傾けながらコンラットに問いかけてきた。
 レネは昼間の疲れのせいか寝落ちてしまったので、寝室に寝かせてきた。森のくまさんの残り三人は本日の出来事を反芻しつつ、話し合っていた。
「どうって言われても……私はやってもいいと思ってる」
 突然現れた魔王を名乗る人物(?)が冒険者パーティに指名依頼をしたいと言い残して去って行った。返事は詳細を確認してからでいいと言われたものの、相手が相手だけにラルスたちも戸惑っている。
「いや、依頼者魔王ってどうなるんだ? ギルド通してくれるって言ってたけど、ヤバそうな予感しかしないんだけど」
「しかもこの世界の神に喧嘩売るって……話が大きすぎて情報が入ってこない」
 ラルスが頭を抱えている。
 そう。魔王からの依頼は、この世界の神、つまりレネをここに転生させた神が他にも自分のミスを誤魔化すために隠している資料を見つけること。そのためにそれを守っているホワイトドラゴンをなんとかしなくてはならない……という。
 監査官はこの世界の神ではないので、大きな干渉はできない。だからこの世界の人間が動いてくれると助かる、というのが言い分だ。
 けれど、ドラゴン相手となると、一パーティが受けていい依頼じゃない。話が大きすぎて戸惑うのも仕方のないことだろう。
「ホワイトドラゴンか……討伐どころかちゃんと姿を見た人間もいないんだよな。実態がわかっていないから強さもわからない」
 最上級のドラゴンはレネの友達でもあるジェットの一族、ブラックドラゴンと言われているけれど、ホワイトドラゴンは伝承では見かけても詳細がわかっていない。
 ギルドの記録上も存在が確認されたことがないので、ただの伝承で実在しないのではないかとも言われている。
「……実態がわからないんじゃ、強いのか弱いのかもわからないんでしょ? それって討伐できるの?」
「だが私はレネを自分の事情に巻き込んで空から放り投げた奴は許せない。いくらスキルがあるからと言ってもやっていいことじゃないだろう」
 コンラットは今までレネから断片的に聞かされた事情が全て線に繋がったことで、この世界の神に強い怒りを感じた。
 彼を欺してこの世界に落としたなんて。本当なら彼は元の世界で祖父母の許で静かに生きていけたかもしれないのに。
 もちろんそれでは私は彼に会うことができなかった。それでも彼が見知らぬ世界で一から人間関係を築かなくてはならない苦労を考えれば、腹立たしくて仕方ない。
 ……彼の家族は冥府にいて、彼をこれからも見守ってくれているだろう。けれど一人生き残った孫を不慮の事故で失った彼の祖父母の嘆きを考えれば、到底納得できない。
「……まあ、向こうも強制するつもりはなさそうだし、詳細を見てからでいいんじゃないか? 別にドラゴン倒せっていう話じゃないんだから」
「だよなあ……それに、レネを返してくれって言われるよりは遙かにマシだし。なあ、コンラット?」
 ラルスがにやりと笑う。彼らはとっくにコンラットがレネに思いを寄せていたことに気づいていたし、やっと思いが通じたことを知っている。
「確かにそうだな。それだけは感謝している」
 皮肉なことに、その神のやらかしがなければレネとは会うことができなかった。
 自分の力を持て余す魔法使いとして一人で生きていくはずだったコンラットに光明を与えてくれたのは彼だった。
 彼がもう元の世界に戻れないのなら私が大事にする。亡くなった家族や引き離された祖父母の分も。
 コンラットはそう決意しながら酒杯をあおった。

 翌朝、コンラットが目を覚ますとレネはベッドにいなかった。家の裏庭で気配がするのででてみればそこに山が……いや、小高い丘のような大きさの黒いドラゴンがいた。
 ……っていうか、このドラゴン、見るたびに大きくなってるように見えるんだが。成長期なのか? ブラックドラゴンの成体は確かにもっと大きいとは聞いていたが……。
 驚いているとレネがその陰から顔を覗かせてきた。
「すみません。呼んでしまいました。ドラゴンのことはドラゴンに聞けばいいんじゃないかと思って……」
 どうやら昨夜のうちにジェットを呼んでいたらしい。この家の敷地は広いし、森を背にして家を囲むようにうっそうと木々が生えているので外からは見えないだろうが……。
「ジェットの話だと、ホワイトドラゴンは生息地域が違うのでここ百年以上は噂も聞かないらしくて、生死もわからないみたいで」
「ということは生息地域はわかるってことなのか?」
 コンラットは驚いて問い返した。ドラゴンとレネは揃って頭を縦に振る。
「ジェットも詳しいことは年長者に聞かないとわからないけど、ざっくり言うと大陸南部に面している大海の果てだそうです」
「……大海?」
 大陸の南には大海原が広がっている。その先はこの世界の果てになり、人の世界ではない……という言い伝えがある。実際大陸から離れれば離れるほど、海の流れは複雑になり、船で世界の果てを目指して戻ってきた者はいない……という。
 神が何かを隠しているとしたら、そうした言い伝えがある場所を選ぶだろう。というよりその言い伝えも作られたものかもしれない。さらにはホワイトドラゴンという見張りを置いている。
 ……いや、それはもう人間業でどうにかできる案件なのか。
 魔王と名乗った人物(?)の無茶振りにコンラットは呆れた。
「……魔王さんの言い方だと、ダメ元っぽかったから断っていいと思いますよ」
 レネはこの世界のことをまだよく知らない。それでも大海の果てとなればたどり着くだけでも大変だと思ったのかもしれない。
「そうだね。でも、君は行くつもりだろう?」
 コンラットはそう確信していた。断るつもりならドラゴンをわざわざ呼び寄せる必要はないだろう。情報も必要もないのだから。
 レネは軽く目を瞠って、それからジェットに目配せする。
「……その方が目立たないかなって。ダメでしょうか? ジェットが最大速度で連れて行ってくれるっていうから」
 レネはこともなげに言っているけれど、そもそも、自分たちよりもブラックドラゴンの方が目立つと思うんだが……。
「ダメに決まってる。これは『森のくまさん』に来た依頼なんだからね?」
「でもこれは元はと言えば僕が巻き込まれた話なので……」
 コンラットはレネがすでに決意していることに気づいて、たまらなくなって腕を掴んで引き寄せた。
 なんで君は私を置いて行くなんて考えるんだ。君を手放すわけがないだろう。
 小柄な身体を腕の中に抱き込んで耳元で囁く。
「それでもダメだよ。ちゃんとラルスたちと話をしよう。彼らだってきっと私と同じことを言うだろう。皆君のことを心配しているし、大事に思っているんだからね」
「……心配……」
「立場が逆だったらどう思う? 私が君の手が届かないところで一人で危なっかしいことをしていたら?」
 その問いにレネは顔を上げてコンラットを見つめてきた。少し顔が強ばっているように見えた。やっとコンラットの言いたいことを理解してくれたのだろう。
「ごめんなさい……」
「……だから皆と話そう?」
「はい」
 レネはやっと素直に頷いた。
 相手はこの世界の神様なのだから、彼のスキルもその神様がくれたものなら、通用するかどうかわからない。
 ドラゴンまで配置しているくらいだから、よほど後ろ暗いものを隠しているんだろう。
 ……レネが積極的にそれを暴きたいというのなら、私はそれを手伝うまでだ。
 コンラットはそう決意した。
 
 朝一番で冒険者ギルドから連絡が来た。「森のくまさん」への指名依頼。名前は隣国の商人ということになっている。
 それを聞いてきたラルスは戻ってくると全員を招集した。
 依頼内容は失せ物探し。期限は設けないので報酬はあらかじめ全額を前払いする。
「……で? これは何て書いてあるんだ?」
 依頼書の詳細はレネの元の世界の文字で書かれていた。おそらくギルドを通すときに中身を見られたくなかったからだろう。
 レネはそれを見て翻訳してくれた。
『この世界の果てと呼ばれている南方の海にある氷に覆われた大陸、そこに奴が自分の住まいとして作った空間がある。わかりやすく言えばダンジョンだ。おそらくは罠も仕掛けられているだろうし、色々悪趣味な作りになっているはずだ。ラスボスという存在に当たる最下層の守護者はホワイトドラゴン。その施設の最下層の隠し部屋の位置を通報してほしい。座標が特定できないためそのダンジョンの監査ができていないのだ。無理な依頼であることは承知している。報酬は受けても断っても支払うので、奴のやらかした迷惑料の一部だと思って受け取ってほしい』
 受けても断っても報酬分を支払う? おそろしく気前のいい魔王だな。
 それにダンジョンとは随分と興味深い。
 古代遺跡の中に地下への迷宮が作られているものをそう呼んでいる。
 それは当時の有力者の墓所で、宝物が供えられていることから冒険者にとっては危険も伴うがいい稼ぎになると言われている。
 ただ、それらはすでに長い年月が経って、宝物も失われてしまっているのと倒壊の危険が高いことからほとんどが閉鎖されている。
「……さすがにタダで報酬をもらうのも心苦しいよね」
 ファースがそう言って肩をすくめる。
「そうだな。ただ、南の果てに大陸があるというのも初耳だし、それなりに装備を調えてからの出発になる」
 ラルスはそう言ってからコンラットとレネに目を向けた。
「俺はこの依頼受けようと思う。意見はあるかい?」
「……いいんですか? 万一神罰とか当たったら……」
 レネが問いかけた。
 ああそうか。彼はやはり神に逆らうことで皆に危害が及ぶことが怖かったのか。
「遠征中ならセブリアン王子も諦めてくれるだろうし、それにダンジョンは冒険者の憧れだからね。神罰が怖かったら冒険者なんてやってられないよ」
 ラルスがレネに微笑みかけた。
「そうと決まったら出発は一週間後としよう。二人には物資の調達を頼めるかな? 俺とファースは根回しと装備品の整備。あと、ギルドに遠征の連絡をしておかないと……。それから、レネ。ドラゴンは我々も乗せてくれるのかな? それによって馬車の手配とかあるから」
 レネは頷いた。
「大丈夫です。全速力なら三日もあれば行けるって」
 さらりと言われて全員が絶句した。
 いや、世界の果てと言われている地なんだけど、そんな軽いお出かけみたいな……。
 コンラットはあいかわらずのレネの非常識さに堪えきれず吹きだした。
「凄いな。でも、ジェットも飛び続けは疲れるだろうから少し日程の余裕は必要だね」
「……そうですね。それと、全速力だと凄い衝撃が来ると思うので、何か結わえ付けるものはあった方がいいと言われました」
「衝撃?」
「空気抵抗による衝撃ですね。僕のスキルを使っても振動までは防げないので落下する可能性もあるんです。それで、鞍のようなものを作ってあるので、それにシートベルト……固定具を取り付ければいいかなって」
 レネは時々ギルド所属の職人に革加工を習いに通っていた。クラフト系のスキルを得たことを何かに生かしたいと。それでジェット用の鞍を作っていた。
「ええと……そこまで考えてるんなら、レネとジェットには移動手段と旅程の計算を任せようか。ジェットには無理をさせないようにしないとね」
 ラルスが少し笑みを引き攣らせていた。無理もない。ドラゴンによる長距離移動など経験することは普通の人間にはまずない。
 先日の国境越えとは訳がちがう。
「それじゃあ、『森のくまさん』初遠征決定だ」
 ラルスがそう言って、全員が頷いた。

「あ。それともう一つ報告があるんですけど」
 話が決まったところでレネが控えめに挙手した。
「ジェットが独立の許可をもらえたのでここに住まわせていいですか?」
「ドラゴンの家はまだ完成してないんだけど……大丈夫なの? あれ?」
 ファースが窓の外に目を向けた。そこに寝転んでいたはずのドラゴンが姿を消していた。
 コンラットも窓に近づいて周囲を見回した。裏庭にいなかったらどこに……。
 同時に扉をノックする音が聞こえて、レネがその扉を開いた。
「ドラゴンは一族から離れて暮らすために術を一つ覚えなければならないんだそうで」
 扉の向こうから現れたのは浅黒い肌と巻き毛の黒髪、そして金色の瞳をした五、六歳の子供だった。
「僕、やっと人間に化けられるようになったの。だからよろしくね?」
「「「……まさか……」」」        
 コンラットを含む森のくまさんのメンバー全員がその子供が何者なのか理解して固まってしまった。
 ……じゃあ、ドラゴンのお家は最初から要らなかったんじゃないか……。
 そう全員が考えていたことだろう。
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