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50.魔王さん激おこ案件【後篇】

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 とりあえず魔王こと冥府の神様を応接間に通して、全員で話を聞くことになった。
 まるで商談に来たビジネスマンという風情で背筋をぴんと伸ばして座っている魔王、という実にシュールな図になった。
 玲音がこの世界に来た経緯を正直に説明すると、魔王の眉間に深々と皺が寄った。ただでさえビーム出せそうな眼光が更に鋭くなる。全身から禍々しいオーラが燃え上がるように立ち上る。
「あの野郎……」
 怒ってる。滅茶苦茶怒ってる。まさに魔王降臨。やっぱり魂の数をごまかすのってかなりまずいことだったんじゃないか。
 話を聞いていたランスたちも唖然としている。
 玲音が首を引っ込める仕草をすると、隣からコンラットに抱き寄せられた。
「お客人。レネが怖がっているから、その殺気、やめてほしいのですが」
 魔王は慌てて首を横に振った。とたんに禍々しい気配が消え失せる。
「失礼しました。つい、部下に対する怒りが抑えきれませんでした。戻ったらしっかり反省させたいと思います」
「話聞いてると、レネはあんたの部下のミスに巻き込まれただけで、別に何も悪いことはしていないんだろう?」
 ランスが問いかける。
「その通りです。しかもここに転生させてしまったからにはもう修正できませんので、寿命までここで暮らすしかありません。それにしても送り込むときに空から放り投げるような座標を選ぶとか、馬鹿な部下で……」
「え? 転生前なら元の世界に戻ることもできたんですか?」
 あの時もう元には戻せないと聞いたから玲音は転生を受け入れたというのに、それさえ誤魔化されていたなんてほとんど詐欺では?
 魔王は大きく頷いた。
「もちろんです。あの馬鹿がきちんと報告して責任を取っていれば、冥府の裁量で修正できました。あの馬鹿が自分が保身に走った結果がこれです。降格と減俸くらいでは気が済みません。……覚えてろよあの野郎……」
 最後の一言に魔王らしさが出ていて、玲音はあの神様の行く末を案じてしまった。
 あああ。処分されちゃうんだ。まあ、悪いことしたのなら責任は取らないとダメだよね。でも最初にミスしたのはあの神様の部下だったんだからある意味気の毒なのかも。
 それでも玲音は、きっとこの怖そうな上司がいたから余計にミスを誤魔化そうとしたのかも、とはこっそり思った。
「実は、奴は過去にもやらかしてまして。その時もつじつま合わせにこの世界に何人か転生させていたんです。間違って刈りとった魂を転生させ、口止め料とばかりにチートなスキルを与えていた。そもそも冥府の許可なく転生させるとかありえないんです。あの時も厳重注意を受けたはずなんですが……」
 うわー、どんどん前科が出てくるんだ。
 玲音は呆れ気味にそう思った。
「それがこの世界で『まろうど』と呼ばれている存在ですか?」
「そのようです」
「それで……その、あなたはどうして魔王なんですか?」
 玲音は一番気になっていたことを問いかけてみた。あの神様が問題児で、玲音の一件がバレてしまってその上司が調査のためにこの世界に来た。そこまではわかる。
 けど中身どう見ても真面目で仕事もできそうな人なのに、何故魔王なのか。
 見た目と中身がギャップ大きすぎる。
「……神という立場であっても、他の世界に関与するときは溶け込めるように偽装するようにしています。そして、その偽装は管理する神が作って登録しています。監査官などの部外者はこの姿しか与えられない設定になっていました。作ったのはつまりあの馬鹿です」
 ……つまり部外者がこの世界に来る時用のアバター的なものが「魔王」しかないと?
「つまり、自分が何かやらかして監査官とかが入ることを予想した嫌がらせなんですね」
 ……それで来た時に何だか不機嫌そうだったのか。こんな姿で監査とかできないだろうし、魔王が現れたって皆パニック起こしそうだし。
「ええ、ですから私がこの世界に来る時は『魔王』にしかなれないんです。いい迷惑です。別に私、この世界滅ぼしに来てるんじゃないんですよ。あの馬鹿の仕事っぷりを調べて厳罰に処したいだけです」
 じゃあ、魔王って……。
 それに、王子様から聞いた魔王復活というお告げは、監査が入るってことを知らせてきたってことだろうか。そこへ魔王の姿の監査官さんが来たら、皆逃げ出して監査なんてできなくなるだろう。完全な妨害工作だ。
「……お疲れ様です……」
「いえいえ。君が無事に過ごしていて良かった。まあ、君に付けられたスキルなら、ドラゴンに囓られても無事でしょうけど」
「そうですね……十分チートです」
 玲音がそう答えると、魔王は首を横に振った。
「いえいえ、無欲もいいところですよ。過去には一生金に困らないように手から金貨を生み出すスキルとか、触れた相手が自分に惚れるスキルとか、欲まみれのものもありましたからね。今後あの馬鹿絡みで何かあったらそのカードに呼びかけてください」
 玲音はさっきもらった名刺サイズのカードを見た。
 よかった。見かけ魔王だけど、真面目そうな神様だし、頼りになりそう。
「……もしかして、魔王って二千年前にもこの世界に来てる?」
 ファースがぽつりと問いかけた。魔王が嫌なことを思い出したようにすっと表情が暗くなる。
「それが前回の監査です。この世界では魔王が現れて神が英雄を使わしたと伝えられているでしょうが、実際は逆です。あの馬鹿が魂の誤差を誤魔化すためにこの世界に転生させられた人たちの調査に来て、後始末をしたんです。あの時の転生者は玲音と違って欲望まみれのチートで大暴れしていたのでそりゃもう大変でした」
「うわー……あんたも苦労人なんだな」
 ラルスが思わず呟いて、他人に振り回される苦労でしばし意気投合していた。

「今後の君のフォローは当面私が担当します。今のところ仕事も得て、周りにも恵まれているようなので安心しました。ではこれからあの馬鹿をきっちり処分しなくてはなりませんので、失礼します」
 そう言って魔王は立ちあがった。
「……一つ質問したい。魔王? 神様?」
 そこでコンラットが声を上げた。
「レネの家族はあなたの管理している冥府にいるのだろうか?」
 魔王はふっと口元に笑みを浮かべた。
「いますよ。すぐに転生する魂もいますけれど、彼らは玲音がこちらに来るまで待ちたいと、転生を選びませんでした。だからいつか会うことができるでしょう」
 玲音はそれを聞いて驚いた。突然引き離された家族はまだ自分に思いを向けてくれている。手の届かないところに行ってしまったわけじゃなかった……?
「待っていてくれる……? 三人とも? 僕を恨んでいない?」
「もちろん。いつまででも待つからゆっくり来なさい、とのことでした。最初にお伝えするべきでしたね」
 玲音はそれを聞いて思わず涙があふれてきた。
 ずっと自分を責めてきた。生き残ってしまったことが心苦しくて。
 ……僕は生きていていいんだ。
 コンラットが玲音の背中を支えるように手をかけてきた。
 この人は僕がずっと自分を責めていたことを知っているから、家族のことを訊いてくれたんだろうか。
「……ありがとうございます」
 魔王が穏やかに頷いた。
「それでは私はお暇させていただきます」
 そして玄関に向かいかけてに思い出したように足を止めた。
「そうだ。あなた方は依頼があれば荒事でも引き受けるのですよね。一つ依頼をしたいのですが」
 魔王は穏やかに微笑んだつもりかもしれないが、その笑顔の背後には禍々しい気配があふれていた。
   
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