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47.この紋所が目に入らぬか?

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「ごめん。ホントごめん……僕じゃ止められなかったんだ」
 ファースがそう言いながらどこか笑いを堪えている表情だったので、玲音はいや、この人知ってて止めなかったんだろうと理解した。

 ルイセニョールの東に広がる山岳地帯は魔物が多く跋扈するため、ほぼ常時パトロール的な討伐依頼があるのだとか。冒険者が合同で行うのでB級依頼ではあるが比較的安全なものなのだと聞かされていた。
 玲音とコンラットを加えた冒険者パーティ「森のくまさん」は本日それに参加することになった。つまり新メンバーのお披露目兼、お試しってことだろう。
 依頼地点まではギルドが用意した乗り合い馬車で行って、そこで夕刻まで討伐を行う。
 玲音にとっては初めて冒険者という仕事をすることになるので、張り切って装備を調えていざ出発というところで、何故かラルスから渡されたのがクマ耳がついた毛糸の帽子だった。
「やっぱりうちの子だってわかりやすくした方がいいんじゃないかと思って」
 パーティにはシンボル的なマークがある。森のくまさんは可愛らしいクマの絵だ。実情を知らない人が見たら誤解されるだろう。立派な体躯と如何にも豪腕というぶっとい腕からこんな愛らしい帽子が作られるのはなかなかにギャップが大きい。
 なんでも昨夜、玲音の腕章を縫ってくれているときに突然インスピレーションが湧いてきたのだとか。
 ……悪気はないんだよね……。まるで幼稚園児みたいな可愛い帽子だとしても。
 玲音は笑みが引き攣っているかもしれないと自覚しつつ、脱ぐこともできずにそのまま帽子を被って馬車に乗る羽目になった。他の冒険者からは驚かれるし、大阪のおばちゃんみたいに「飴食うか? 坊主」とか言われるし。
 なのにラルスもコンラットも「可愛い」とご満悦だ。助けを求めてファースに目を向けると、適当な謝罪をされてしまって四面楚歌という四字熟語を思い出した玲音だった。
 ……これでも十八歳なんですけど。前世でも一応成人なんですけど。
 それに昨日ちょっとだけ大人の階段を上った気分だったのに。
 ただ、馬車に同乗しているのがラルスと遜色ない巨漢ばかりだったので、子供扱いも仕方ないのかな……と、諦めることにした。

「今回うちが担当するのはこの区画ね。クラベル村周辺から東の森」
 冒険者たちは四つのグループに分けられて、それぞれ担当地域に散っていく。
「ラルス。あんたらは新人もいるんだろう。だったら村に近いところにした方がいいんじゃないか?」
 同じグループになった人たちで相談して細かく地域を決めることもあるらしい。
 声をかけられたラルスは首を横に振った。
「うちは森の奥に行くよ。家畜被害が出ているのなら肉食だろうから、全員で叩いた方が良い」
「……けど……。あんたのとこのファースは強ぇのは知ってるけど……」
 どうやらその冒険者は小柄な玲音と細身のコンラットを見て心配してくれているらしい。
「ああ、心配しなくてもこの子は僕より強いから。多分あんたたちが束になっても勝てないよ?」
 装備の支度をしながらさらりとファースが答える。冒険者たちは半信半疑どころか九割疑っているような目で玲音を見てから、それ以上何も言わなかった。
 クラベル村はこの地域では比較的大きな村だ。農場と家畜の放牧をして暮らしている。ここ最近家畜の被害が続いているので、重点的に見回ることになったのだとか。
 受け持ちが決まると他の冒険者たちと別れて進むことになった。「森のくまさん」の四人と個人参加している冒険者二人は森の奥の担当になった。そのうち一人がラルスの顔見知りらしい人で玲音のことをあれこれ心配していた大剣使いの男だった。名前はアダンというらしい。飴くれようとした大阪のおばちゃんもこの男だ。
 もう一人はクラベル村出身の新人冒険者。弓使い。ただし玲音より年下なのに身幅も背丈も二回り大きい。

「……柵とかは壊されてないように見えるんですけど」
 玲音が村の側を通ったとき、村の周辺には高い木の柵がぐるりと作られていて、蔓性の植物が絡まっていて補修したような形跡がなかったのに気づいた。
 隣にいたコンラットが頷いた。
「そうだね。それにたいていの村は周囲に魔物避けの仕掛けをしてあるから、小物は近づいて来ないんだよ。そうなるとどんな魔物の仕業だかわかるかい?」
「……もしかして、空? 羊や牛などの家畜を掴んで飛んで行ったのなら中型以上ってことですよね?」
「そうだね。正解だ」
 教師が教え子を褒めるような口調で答えると、コンラットは玲音の頭を帽子の上から撫でた。
 一応はこの世界の魔物と魔獣の違いについて教わってきたけれど、そんなに違いはないらしい。どちらも魔力を持つ生きものを指す。ただ、駆除するべき害獣的な意味合いで呼ばれるときは「魔物」という呼称が使われることが多いのだとか。
 その定義で言うと王都で会った魔狼もドラゴンも魔獣の一種らしい。
「レネ。森に入ったら先頭を任せていいかな」
 ラルスが問いかけてきた。他の冒険者たちがぎょっとした顔をする。
「おい、ラルス。いいのか?」
「いいんだよ。そうだろう? レネ」
「了解です」
 レネはラルスの隣に駆け寄った。治癒師で登録はしたけれど、本来の自分の役割は盾役だ。この場には盾役が不在なのだから自分が前に出るしかない。
「で、コンラットとファースは後衛な」
 その言葉に二人揃って不満顔になる。本来はコンラットも前衛なのだけれど、今日は玲音の研修も兼ねている。きっと側にいられないのが嫌なんだろう。
 ……でもあんまり側にいられると、昨日のあれやこれやが頭をよぎりそうだった。うっかり思い出したら恥ずかしくて叫びたくなるかも。
「レネ。おそらく翼竜型か鳥型の魔獣だ。頭上も警戒しといてくれ」
 ラルスがそう言うので、玲音は冒険者全員の頭上に防御範囲を拡げた。
 翼竜って……プテラノドンみたいな奴かな。今ひとつピンとこないけど。
 そう思いながら森の中を歩くと、笛の音が聞こえた。
「他のグループが接触したか。こっちに来るかもしれないな」
 ファースが弓を手にする。笛の鳴らし方で他のパーティに警告するらしく、それを注意深く聞いていたラルスが呟いた。
「魔物はB級相当、個体数が多い……応援求む、だな」
 B級となると、下級のドラゴンも含まれるんじゃなかったっけ……。
 玲音がそう思っていると頭上に陰が差して大きな音がした。玲音の作った防御魔法に飛びかかってきた胴体だけでも五メートル超えの大きな鳥が吹き飛ばされた。しかも群れで来ていたらしく次々と。
 防御魔法にカウンター攻撃を受けて、さらに木に叩きつけられて大きな鳥がばたばたと周辺に落ちてくる。
 その間「森のくまさん」のメンバー以外はぽかんと口を開けていた。
 ラルスはちょっと顔を引き攣らせていたけれど、小さく頷いた。
「あー……なるほど?」
「盾というより最終兵器っぽくない?」
 ファースがそう言いながら頭上に弓を向ける。まだ上空に残っていた鳥たちを威嚇すると逃げていった。
「とりあえず回収してから救援に向かうか」
 コンラットが落ちて来た鳥を魔法で収納していく。放置しておいて肉食の獣を招き寄せるわけにはいかないからだろう。
 
 再び森の奥へ歩みを進めながらラルスが説明してくれた。
「さっきの巨鳥はルクっていう種で、あんなに群れをなしているのは珍しい。近くに繁殖場があるのかもしれない」
「……そういう場所ってうっかり踏み込んだら大変なことになる奴じゃないですか?」
「そういうこと。それと彼らの繁殖場はドラゴンの住まいに近いって言われている。ドラゴンが保護してくれたら安全に子育てできるし、時々ドラゴンに獲物を分けていれば棲み分けができる……ってことらしい」
「じゃあドラゴンがいるんですか?」
 それならジェットみたいな大きなドラゴンだろうか、と玲音は少し楽しみになった。
「まあ、いたところでレネの敵じゃないだろうけどね」
 ラルスはそう言って笑う。事情を知らないアダンたちが眉を寄せて固まった。
「いえ、僕は平凡な新人冒険者ですからね?」
 そう言って取り繕おうとしたけれど、すでに手遅れかもしれない。
 ここに至るまであの巨鳥だけではなく物陰から突進してきた巨大な猪とか毒蛇とかが玲音の防御魔法であっさり倒されたのを見られてしまっているのだから。おかげで全員無傷で済んでいる。
 そのうえドラゴンと聞いてちょっと声が弾んでしまった。
 ……絶対ヤバい人認定されているよね……。正真正銘新人なんだけど。
 森をぬけると岩山が広がっていた。木々は低木ばかりになって身を隠す場所がない。
 その岩山で大きな音と振動が響いていた。おそらく合同魔物討伐でこの近くにいた冒険者だろうと玲音たちは足を速めた。
「この地区担当はベテランのパーティのはずなんだけど、どうやら魔物に見つかったかな」
「先行して魔物をけん制する。レネは追いつけたら冒険者に防御付与を」
 コンラットがそう言って前に出るとふっと姿が消えた。
 瞬間移動を使ったらしい。それを見てアダンが呟いた。
「思い出した。あいつ、攻撃魔法が強すぎて範囲魔法で森を消し去ったって奴じゃないのか?」
 ……そんなことしてたの? コンラットさんってそれで誰かとパーティを組むのを嫌がってたんだよね。
「大丈夫大丈夫。手加減覚えたからね。さあ、急ごう」
 ラルスは笑って全員を促した。
 やがて開けた場所に出ると、鳥の声と物音が大きくなった。さっきの巨鳥たちが群れで冒険者たちを襲っている。彼らは岩場の隙間に身を隠しながら攻撃している。その前に立ったコンラットが魔法で近づく鳥たちをけん制している。
「レネ。防御魔法を。鳥どもは僕に任せて」
 ファースが飛び出してつがえた矢を放つ。魔法を乗せた矢は真っ直ぐに鳥の胸を貫いた。 ラルスたちとともに冒険者たちに駆け寄ると、レネは周辺に防御魔法を展開した。
「君、治癒師か? 助かった」
 どうやら怪我人がいるらしくそう言われたので治癒魔法を使おうとした途端に、周囲の空気を震わすような獣の吠える声が響いた。
「マズい。ドラゴンが戻ってきた」
 冒険者たちの表情に絶望の色が浮かぶ。ラルスが言っていたようにあの巨鳥の住処にはドラゴンもいたらしい。
「ドラゴンですか?」
 玲音が岩の隙間から空を見上げると、三頭のドラゴンがこちらに飛来しているのが見えた。翼は深い緑色。そして……。

「あんまり大きくないんですね」
 玲音は思わずそう呟いた。ジェットを見慣れているせいか、おそらく十メートルくらいはあるだろうドラゴンが小さく見えてしまった。
「いやいやいやいや。グリーンドラゴンの中でも上位だぞ、あの大きさなら。しかも三頭」
 冒険者たちが顔を引き攣らせている。ずりずりと身体をずらして少しでも隠れようとしている。
「じゃあ怪我を治しますね。そうすれば逃げられるでしょうし」
 どうやら彼らは退却したいらしい。けれど怪我をしている状態では山を下るのも大変だろうと玲音は思った。
 岩場の外にコンラットたちがいるけれど、防御魔法がある限りドラゴンでも傷を負わせることはできないはずだ。ジェットでも壊せなかったのだし。
 けれど、治療をしている間もドラゴンたちが威嚇するように吠え続けるので喧しくてしかたない。
「あーもう、静かにしてくれないかな」
 玲音が小さな苛立ちを感じて立ちあがると、急に右手の甲が熱くなった。
「……え?」
 手の甲に黒く浮かび上がった模様。そう言えばジェットがくれた鱗が……。これって何か意味があるんだろうか。
 そうしたらドラゴンたちの声が言葉に変換されて伝わってきた。
『申し訳ありません。最上位のドラゴンの契約者様方に危害を加えるとは』
『どうかご容赦を』
 ふと玲音が岩場の隙間から外を見ると、ドラゴンたちは地面に頭を付けて平伏するように三頭並んでいた。
 …………何事?
 困惑した様子のコンラットたちがこちらに目を向けてくる。
 もしかして、これ? と玲音が右手の甲をそちらに向けて指差すと、ドラゴンたちが更に縮こまったように見えた。コンラットたちは黙って頷いている。
『おお、それはまさしくブラックドラゴンの契約紋。なんと畏れ多い』
 ……もしかして、彼らはこのジェットの鱗に恐れおののいているんだろうか。
 何か昔の時代劇のアレみたい。この紋所が目に入らぬか、みたいな。
 玲音は岩場から出て、ドラゴンたちに歩み寄った。
「あの……あんまり平伏しなくていいから。とりあえず、こちらは家畜を襲うのをやめてほしいだけなんだ。そうすれば僕たちも退くから」
 襲ってこられるとこっちも攻撃するしかなくなる。彼らも食事を摂らなければならないのはわかるけど、できるだけ衝突は避けたい。
 きっとこの森には他にも魔獣や魔物は多く生息しているんだろう。家畜や畑の被害があるから定期的に討伐していると聞いているから、彼らは人を敵だと思っているだろう。
 玲音たちを襲ってきた鳥を防御魔法で倒してしまったから、彼らに恨まれても仕方ない。だから人を襲うな、とは言えなかった。
 彼らも住処を守る権利があるのだから、棲み分けを守らない人間まで玲音が守る義理はない。
『家畜、とは柵の中にいる獣のことですか。わかりました。鳥たちにもそう伝えましょう』
 ドラゴンはそう言って頭を下げたので、玲音は彼らに歩み寄った。
「わかってくれてありがとう。それで、この紋章って何か君たちに害をなすものじゃないよね?」
『……いえ。契約したドラゴンの力が直接現れていますので……威圧感で息が詰まりそうです』
「それは申し訳ない。ごめんね。怪我の治療が終わったら僕たちは去るから」
『いいえ。畏れ多いことでございます』
 ……ブラックドラゴンって彼らからしたら怖いものなんだ。最初はびっくりしたけど、ジェットは凄く可愛いし素直でいい子なんだけど……僕も大人のブラックドラゴンには会ったことないから、もしかしたら怖いのかもしれない。
 玲音は冒険者たちの怪我の治療をすると、ラルスに撤退を薦めた。
 なんだか「森のくまさん」のメンバー以外の目線が痛かったけれど、気づかないふりをした。
 ……今回ばかりは神様のせいじゃないよね……。ジェットの鱗がこんな効果があるなんて思わなかった。何かそろそろ凡人だと言い張るの無理かも……。
 自分でもそう思えて少し落ち込みそうになった。
「レネはよく頑張ったよ」
 コンラットがそう言って背中を軽く叩いてくれたけれど、何だか笑いを堪えているようにも見えた。
 
 かくして玲音の初めての冒険者任務は終わったのだけれど、その後再びギルドに呼び出されて、しつこく事情を訊かれる羽目になったのは言うまでもない。
 ルイセニョールギルド内では、「ドラゴンを平伏させるくまの帽子を被った天使」がいるらしいというありがたくない噂がしばらくの間流れた。
 唯一良かったのはあのクラベル村は以来家畜被害が激減して静かな生活が戻ってきたということくらいだろう。
 
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