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45.森のくまさん
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このギルド史上三人目ですよ。魔力測定装置ぶっ壊した人は。
ルイセニョール冒険者ギルドの事務長からそう言われて恐縮するしかなかった玲音だったが、無事に新米Fランク冒険者として登録してもらえた。
あの測定装置はこの国で王宮魔法使いの採用試験と同レベルなので、もともとステレンビュルス王国で魔法伯という肩書きを持っていたコンラットや、見かけ美少女だけど特殊な長命種族の出身というファースならまだしも、何故自分に壊せたのか。
玲音は事務長が悟りを開いたように淡々と書類を作ってくれるのを居心地悪く眺めていた。
……もう神様のやることにいちいち目くじら立ててもしかたないんだろうか。スキルも勝手に増やすし、魔力量もきっと大盤振る舞いしてくれたんだろう。せめて平穏に暮らせるレベルにしておいて欲しかった。
痛いの嫌だって言ったのはたしかにこっちだけど、程度というものはあるんじゃないかな……。
いつかお金が貯まったら弁償代わりにギルドに寄付しようとこっそり決意した。
「で? 世界でも滅ぼす気なんですか? 測定装置破壊者三名が同じ冒険者パーティに所属するとか……」
そうだった。コンラットもこれから腰を据えて冒険者をする予定なので、ラルスたちのパーティに玲音とともに加入することにしていた。
破壊者三名。確かに総魔力量とか考えたくないメンバーかもしれない。
「いやー。できても流石にやらないさ。俺たちは平和主義なんでね」
ラルスはへらへら笑いながら答える。できないと即答しないあたりが正直者のラルスらしい。
「せめてパーティ名なんとかする気はないんですか。実態とそぐわないでしょう」
「えー? どこが悪いのさ?」
ファースが不満げな顔をする。
「だって『森のくまさん』とかありえないでしょう? うちのギルドで最高位パーティで剣聖の一番弟子がいるパーティなのに……」
紹介するときに唖然とされるこっちの身になってくださいよ、という嘆きに玲音は思わずファースに目を向けた。コンラットは吹き出すのを我慢しているような微妙な表情だったから。
絶対その名前考えたのファースだと思う……。ラルスさんが意外にこまめで可愛いもの好きだってこと知ってる人そんなにいないだろうし。
というより、ここのギルドは王都に次ぐ規模だというのに、二人組パーティがトップだなんて、この二人ホントにすごいんだ……。
「いーんだよ。可愛い方が相手も油断するだろうからこっちに有利になるだろ?」
外見美少女のファースが悪代官みたいな笑みを浮かべている。ギルド側の二人はどん引きだ。
「これだけ強いなら別に相手に油断してもらわなくてもいいのでは……? 新加入のお二人もそれでいいんですか?」
「私は構わないよ。レネはどう?」
「僕も……ラルスさんらしい感じでいいかなって」
玲音までも同意すると、事務長は味方がいないことを悟ってがっくりと肩を落とした。
かくして玲音とコンラットを加えてもパーティ名は変更無しということになった。
「……三分の一って言ったじゃないですか……」
ギルド本部からの帰り、手近な食堂に入って昼食を取ることにした。玲音がコンラットにもらったブレスレットを見ながらそう呟くと、コンラットは首を傾げた。
「嘘じゃないし故障はしてないよ。スキルと魔力量は別だからそんな大事にはならないと思ってたんだけど」
「見通しが甘いんだよ、コンラットは。常時防御魔法使ってて枯渇しないんだから少ないはずないんだよ。レネのスキル開示せずに済んだんだからまだマシだよ。今まで俺たちが見てきただけでもレネのスキルがとんでもないのはわかってるからな」
ラルスがそう言いながらファースに目を向ける。
「それで、まずは最初の活動方針なんだけど。ファースの提案で山岳地帯の合同魔物狩りでもどうかなって」
依頼書を見たコンラットが眉を寄せた。
「B級の依頼じゃないか。危ないだろう。レネはまだ初心者なんだぞ」
「何言ってるの、危ないのは魔物のほうじゃん。それにそれ以下だとうちのパーティじゃ弱い者苛めになっちゃうからね」
まあ確かに。攻撃したら二十倍返しされるんだから相手の方が危ないよね……。この世界に来て一回も怪我してないし。
玲音は冷静にそう思った。
「常時募集の依頼だし、他の冒険者たちも参加してるからあまり実入りは良くないけど、レネのお試しにはいいんじゃないかと思ってね。明日の朝出発するから、午後はそれぞれ買い出しとか用事を片付けようか」
ラルスはそう言って玲音の手に小さな袋を載せた。中に入っていたのが今までの旅であまり目にすることがなかった金貨や銀貨だったので玲音は驚いてしまった。
「これはレネの軍資金ね。これで治癒師用の装備、調えておいで」
「……いいんですか?」
「だって、君のおかげで旅費が浮いてるし、そもそもセブリアン王子の件でもちゃんとお礼していないからね。コンラットにはまた別に支払うから。これは君の分」
そうだった。セブリアン王子の暴走を止める依頼があったんだった。知らないうちに仕事していたんだ……。旅費が浮いたのはジェットが運んでくれたからだから、残ったお金はジェットの家を建てる資金にしよう。
「ありがとうございます」
この世界ではじめての自分のお金。今までコンラットに負担をかけていたのもあって、玲音は気がひけていた。
これからいっぱい働いて恩返ししなきゃ。
そう思うと初めての冒険者活動が楽しみになってきた。
「治癒師は後方支援だから動きやすい格好でいいと思う。応急処置用の包帯とかを持ち歩く鞄と、軽めの防具……防具は要らないか。武器も……要らないのか……?」
食事の後でコンラットに冒険者向けの店に連れて行ってもらった玲音は動きやすい服と革のリュック、そして丈夫そうな靴を選んだ。一応短剣も買ったけれど、これは護身用ではなく鋏兼用の実用品だ。
防具は要らないけれど見た目無防備なのは良くないからと、手甲をつけることにした。
ルイセニョールギルドでは冒険者は役割がわかるように腕章を身につける決まりがあるとかで治癒師は緑色、支援魔法使いは青色だと言われた。
パーティ所属の場合はその腕章にパーティの紋章も縫い付けるらしくて、ラルスが二人分作ってくれると言っていた。
「皆色が違うんですね」
「そうだね。私は攻撃魔法だから紫。ラルスは前衛剣士だから赤、ファースは後衛弓使いだから黒。今回みたいな合同依頼だと混乱しかねないから必ずつけること」
「なるほど。依頼先で初めて会うパーティもいますからね」
その後も必要な物資の買い物をしてコンラットと一緒に帰路についた。
初めて自分の金で買い物ができたのが嬉しくて浮かれていたけれど、ふと気になっていたことを思い出した。
「あの……コンラットさん……?」
「どうかしたの?」
「最近僕、色々あったから自分のスキルを確認してなくて……もしかしたら無自覚で何かやらかしそうなので先に謝っておいてもいいですか?」
玲音のスキル関係のステータスは元の世界の言語で表示されるので、別に人前で開示しても問題はないのだけど、多くの分量が書かれているだけでも普通ではないらしいので、ラルスたちの前で確認できなかったのだ。
コンラットは少し困ったような笑みを浮かべた。
「……また、神様の……アフターサービス? だっけ? それが増えてる感じ?」
「そうですね……」
「じゃあ、帰ったら確認しようか? 私も見せてもらっていいのかな?」
玲音は頷いた。すでにコンラットには大半のスキルを打ち明けているから、問題ない。
荷物を半分以上持ってくれていたので、コンラットは開いた片手で玲音の背中に手を回した。
「それに、やらかしてないことで謝られても困るし。君が故意でやってるんじゃないのはわかってるよ」
……そうですよね……。今までのあれこれが全部故意だったら大変なことになってるだろうし。
「でもね、気にしなくていいんだよ。君を守るためのスキルが増えているのだったら、私には嬉しいことだからね」
コンラットは甘い声でそう囁いてきて、玲音の背中を軽く叩いた。
早島玲音(レネ・ハウスマン)
魔法属性、光、水。
【漢検二級】【英検準二級】【会計簿記三級】
【神々の庇護】【鉄壁の聖者】【黒龍の契約者】
【絶対防御】【鑑定】【治癒】【魔法・毒・呪い無効】【物理攻撃無効】【浄化・解呪】
【攻撃全反射(十倍返し)】悪意ある攻撃はボーナスとしてさらに二倍返し。
【翻訳】【肉体強化】
【範囲防御】【防御付与】【封印】
【ドラゴンティマー】
【範囲結界】【封印】
【クラフト上級】【製薬上級】←new!!
……NEW……やっぱりまた増えてる。
家に帰って自分のスキルステータスを見た玲音が溜め息をつくと、コンラットは目の前に紅茶の入ったカップを差し出してきた。
玲音の溜め息の理由を聞いたコンラットは、そうきたか、と呟いた。
「結界と封印は予想していたけど……クラフトと製薬? もしかして、ドラゴンの家建てたいとか言ったから?」
いや、もしかしてコンラットさんの指輪に魔法付与しようとしていたからかもしれない。
それにしたってタイミングが良すぎる。
「……どっかで神様に盗聴されてる……?」
「まあ、神様だからね。クラフトのスキルは鍛冶や建築とかの仕事には必須だから。製薬っていうのはきっと、治癒師は治癒魔法使うほどじゃない軽症は魔法薬で治すから自分で薬を作れれば安上がりだね」
……これもサービスのつもりなのかな。先回りされるとストーカーされてるような気分になるんだけど。
「思ったより穏やか……ですか?」
「まあ、思ったよりはね? 上級のクラフトスキル持ちはそれだけで貴族お抱えの職人になれるし、製薬スキルも同様だから……」
「黙っておきましょう。使わなければスキルなんて無いも同然です」
このスキルが欲しいひとには暴言だが、棚ぼたでもらってしまったスキルだ。玲音は冒険者としてやりたいことがあるから、必要になるまで使わなければいいと思った。
「それでいいのかい? このスキルがあれば冒険者しなくても……」
コンラットはそう言いかけてから首を横に振る。
「いや。それは……困るな。玲音のそばにいられなくなってしまう」
玲音の隣に座ると、辛そうな顔をする。
「君の選択肢を奪うことはしたくないから……」
そんな顔しなくてもいいのに。いますぐ職人になりたいわけじゃないし、それにクラフトスキルがあってもちゃんと勉強しないと何も作れるはずがない。
「僕はコンラットさんと一緒に冒険者やりますよ? 約束したでしょう?」
本当はあの指輪が完成した段階で、コンラットが自分の魔法の欠点を補えるのがわかっていた。
彼の得意な魔法は広範囲に強烈な攻撃を行う代物だ。殲滅戦なら使えるかもしれないけれど、そうでなければ大惨劇を引き起こしかねない。だから味方を連れての戦いはできないし、魔力的にも負担が大きい。
だから魔法の範囲を限定するための魔法を組み込んだ魔法具を作ることにした。ステレンビュルス王国の王都でその指輪が十分に使えることがわかった。自分が同行しなくても彼は自分の魔法をコントロールできるようになった。
もう玲音のスキルがなくても大丈夫なのに、一緒にいたいと言ってくれるのは嬉しい。スキル以外も必要にされているとわかるから。
くすぐったくて頬が熱くなる。
「レネ……」
頬に手が触れる。顔が近づいてきて唇が触れ合った。唇を押し開いて更に深く重なる。
舌が絡まって口腔を弄られる感触に身体が震える。背中に回った手が逃さないと強く引き寄せるから、身動きもできない。
今までずっとラルスたちが近くにいたし、昨夜はこの家で眠ったけれどつかれていて玲音の方が先に寝落ちしてしまった。
コンラットさんがあからさまに人前でも僕に触るようになったのって、自分のものアピールというより、僕を誘ってるのかもしれない。
キスより先に進んでいいかと。
それってこの人と肌を合わせて、繋がること……だよね?
吐息と混じり合う湿った音を立てて口づけられているうちに脚の間に集まった熱が形を取り始める。
身体……ぞわぞわする。キスだけで勃つなんて……僕、おかしくなってる?
それとも僕もこの人が欲しいって……こと?
「レネ……蕩けたような顔してる。このまま続けていい?」
……身体が落ち着かない。意識が全部持って行かれそうだ。……けど。
玲音は身体の方向を変えてコンラットに向き直る。正面から目線を合わせると相手の目にも熱が点っているのがわかって鼓動が跳ねた。
「……ここでは……恥ずかしいです」
ここは皆で使うための共用の居間だから。ラルスたちが戻ってきたら気まずいし。
そう言いかけたらふわりと抱え上げられた。
「君の部屋でいい?」
「……はい」
玲音がそう答えたら、コンラットは少し頬を染めていた。
僕が経験不足だから、居間まで我慢してくれてたはず。綺麗なお姉さんのお店にも行ってないし。きっと我慢し続けるのは辛いよね?
いつも大人の余裕を見せて守ってくれるコンラットを同じ男として凄いと思っていた。
出会ってから一度もこの人に嫌なことはされてない。
……この人は今まで沢山嫌なことや辛いことがあったはずなのに。
だから、この人にちゃんと応えたいんだ。僕の無知やスキルのせいで不安になってほしくない。
ちゃんと伝えないと。
……僕はあなたとずっと一緒にいたいんだと。わかってもらえるまで何度も。
その瞬間、周囲の景色が慌ただしく変化した。コンラットが階段を使うのももどかしかったのか跳躍魔法で一気に玲音の部屋の前まで移動していた。
びっくりした……。そんなに急がなくても僕は逃げないのに。
そう思っていると、コンラットは玲音の額にキスしてきた。
「ごめん……レネの気が変わる前にって……焦って魔法を使ってしまった」
ああもう。この人、大人なのに可愛い。こんなに綺麗で大人の男性が僕なんかのことでこんなにまっ赤な顔してるのって……。
玲音はコンラットの顔を見上げて小さく頷いた。
ルイセニョール冒険者ギルドの事務長からそう言われて恐縮するしかなかった玲音だったが、無事に新米Fランク冒険者として登録してもらえた。
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玲音は事務長が悟りを開いたように淡々と書類を作ってくれるのを居心地悪く眺めていた。
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「せめてパーティ名なんとかする気はないんですか。実態とそぐわないでしょう」
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絶対その名前考えたのファースだと思う……。ラルスさんが意外にこまめで可愛いもの好きだってこと知ってる人そんなにいないだろうし。
というより、ここのギルドは王都に次ぐ規模だというのに、二人組パーティがトップだなんて、この二人ホントにすごいんだ……。
「いーんだよ。可愛い方が相手も油断するだろうからこっちに有利になるだろ?」
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「これだけ強いなら別に相手に油断してもらわなくてもいいのでは……? 新加入のお二人もそれでいいんですか?」
「私は構わないよ。レネはどう?」
「僕も……ラルスさんらしい感じでいいかなって」
玲音までも同意すると、事務長は味方がいないことを悟ってがっくりと肩を落とした。
かくして玲音とコンラットを加えてもパーティ名は変更無しということになった。
「……三分の一って言ったじゃないですか……」
ギルド本部からの帰り、手近な食堂に入って昼食を取ることにした。玲音がコンラットにもらったブレスレットを見ながらそう呟くと、コンラットは首を傾げた。
「嘘じゃないし故障はしてないよ。スキルと魔力量は別だからそんな大事にはならないと思ってたんだけど」
「見通しが甘いんだよ、コンラットは。常時防御魔法使ってて枯渇しないんだから少ないはずないんだよ。レネのスキル開示せずに済んだんだからまだマシだよ。今まで俺たちが見てきただけでもレネのスキルがとんでもないのはわかってるからな」
ラルスがそう言いながらファースに目を向ける。
「それで、まずは最初の活動方針なんだけど。ファースの提案で山岳地帯の合同魔物狩りでもどうかなって」
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「何言ってるの、危ないのは魔物のほうじゃん。それにそれ以下だとうちのパーティじゃ弱い者苛めになっちゃうからね」
まあ確かに。攻撃したら二十倍返しされるんだから相手の方が危ないよね……。この世界に来て一回も怪我してないし。
玲音は冷静にそう思った。
「常時募集の依頼だし、他の冒険者たちも参加してるからあまり実入りは良くないけど、レネのお試しにはいいんじゃないかと思ってね。明日の朝出発するから、午後はそれぞれ買い出しとか用事を片付けようか」
ラルスはそう言って玲音の手に小さな袋を載せた。中に入っていたのが今までの旅であまり目にすることがなかった金貨や銀貨だったので玲音は驚いてしまった。
「これはレネの軍資金ね。これで治癒師用の装備、調えておいで」
「……いいんですか?」
「だって、君のおかげで旅費が浮いてるし、そもそもセブリアン王子の件でもちゃんとお礼していないからね。コンラットにはまた別に支払うから。これは君の分」
そうだった。セブリアン王子の暴走を止める依頼があったんだった。知らないうちに仕事していたんだ……。旅費が浮いたのはジェットが運んでくれたからだから、残ったお金はジェットの家を建てる資金にしよう。
「ありがとうございます」
この世界ではじめての自分のお金。今までコンラットに負担をかけていたのもあって、玲音は気がひけていた。
これからいっぱい働いて恩返ししなきゃ。
そう思うと初めての冒険者活動が楽しみになってきた。
「治癒師は後方支援だから動きやすい格好でいいと思う。応急処置用の包帯とかを持ち歩く鞄と、軽めの防具……防具は要らないか。武器も……要らないのか……?」
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防具は要らないけれど見た目無防備なのは良くないからと、手甲をつけることにした。
ルイセニョールギルドでは冒険者は役割がわかるように腕章を身につける決まりがあるとかで治癒師は緑色、支援魔法使いは青色だと言われた。
パーティ所属の場合はその腕章にパーティの紋章も縫い付けるらしくて、ラルスが二人分作ってくれると言っていた。
「皆色が違うんですね」
「そうだね。私は攻撃魔法だから紫。ラルスは前衛剣士だから赤、ファースは後衛弓使いだから黒。今回みたいな合同依頼だと混乱しかねないから必ずつけること」
「なるほど。依頼先で初めて会うパーティもいますからね」
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初めて自分の金で買い物ができたのが嬉しくて浮かれていたけれど、ふと気になっていたことを思い出した。
「あの……コンラットさん……?」
「どうかしたの?」
「最近僕、色々あったから自分のスキルを確認してなくて……もしかしたら無自覚で何かやらかしそうなので先に謝っておいてもいいですか?」
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コンラットは少し困ったような笑みを浮かべた。
「……また、神様の……アフターサービス? だっけ? それが増えてる感じ?」
「そうですね……」
「じゃあ、帰ったら確認しようか? 私も見せてもらっていいのかな?」
玲音は頷いた。すでにコンラットには大半のスキルを打ち明けているから、問題ない。
荷物を半分以上持ってくれていたので、コンラットは開いた片手で玲音の背中に手を回した。
「それに、やらかしてないことで謝られても困るし。君が故意でやってるんじゃないのはわかってるよ」
……そうですよね……。今までのあれこれが全部故意だったら大変なことになってるだろうし。
「でもね、気にしなくていいんだよ。君を守るためのスキルが増えているのだったら、私には嬉しいことだからね」
コンラットは甘い声でそう囁いてきて、玲音の背中を軽く叩いた。
早島玲音(レネ・ハウスマン)
魔法属性、光、水。
【漢検二級】【英検準二級】【会計簿記三級】
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【絶対防御】【鑑定】【治癒】【魔法・毒・呪い無効】【物理攻撃無効】【浄化・解呪】
【攻撃全反射(十倍返し)】悪意ある攻撃はボーナスとしてさらに二倍返し。
【翻訳】【肉体強化】
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……NEW……やっぱりまた増えてる。
家に帰って自分のスキルステータスを見た玲音が溜め息をつくと、コンラットは目の前に紅茶の入ったカップを差し出してきた。
玲音の溜め息の理由を聞いたコンラットは、そうきたか、と呟いた。
「結界と封印は予想していたけど……クラフトと製薬? もしかして、ドラゴンの家建てたいとか言ったから?」
いや、もしかしてコンラットさんの指輪に魔法付与しようとしていたからかもしれない。
それにしたってタイミングが良すぎる。
「……どっかで神様に盗聴されてる……?」
「まあ、神様だからね。クラフトのスキルは鍛冶や建築とかの仕事には必須だから。製薬っていうのはきっと、治癒師は治癒魔法使うほどじゃない軽症は魔法薬で治すから自分で薬を作れれば安上がりだね」
……これもサービスのつもりなのかな。先回りされるとストーカーされてるような気分になるんだけど。
「思ったより穏やか……ですか?」
「まあ、思ったよりはね? 上級のクラフトスキル持ちはそれだけで貴族お抱えの職人になれるし、製薬スキルも同様だから……」
「黙っておきましょう。使わなければスキルなんて無いも同然です」
このスキルが欲しいひとには暴言だが、棚ぼたでもらってしまったスキルだ。玲音は冒険者としてやりたいことがあるから、必要になるまで使わなければいいと思った。
「それでいいのかい? このスキルがあれば冒険者しなくても……」
コンラットはそう言いかけてから首を横に振る。
「いや。それは……困るな。玲音のそばにいられなくなってしまう」
玲音の隣に座ると、辛そうな顔をする。
「君の選択肢を奪うことはしたくないから……」
そんな顔しなくてもいいのに。いますぐ職人になりたいわけじゃないし、それにクラフトスキルがあってもちゃんと勉強しないと何も作れるはずがない。
「僕はコンラットさんと一緒に冒険者やりますよ? 約束したでしょう?」
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だから魔法の範囲を限定するための魔法を組み込んだ魔法具を作ることにした。ステレンビュルス王国の王都でその指輪が十分に使えることがわかった。自分が同行しなくても彼は自分の魔法をコントロールできるようになった。
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くすぐったくて頬が熱くなる。
「レネ……」
頬に手が触れる。顔が近づいてきて唇が触れ合った。唇を押し開いて更に深く重なる。
舌が絡まって口腔を弄られる感触に身体が震える。背中に回った手が逃さないと強く引き寄せるから、身動きもできない。
今までずっとラルスたちが近くにいたし、昨夜はこの家で眠ったけれどつかれていて玲音の方が先に寝落ちしてしまった。
コンラットさんがあからさまに人前でも僕に触るようになったのって、自分のものアピールというより、僕を誘ってるのかもしれない。
キスより先に進んでいいかと。
それってこの人と肌を合わせて、繋がること……だよね?
吐息と混じり合う湿った音を立てて口づけられているうちに脚の間に集まった熱が形を取り始める。
身体……ぞわぞわする。キスだけで勃つなんて……僕、おかしくなってる?
それとも僕もこの人が欲しいって……こと?
「レネ……蕩けたような顔してる。このまま続けていい?」
……身体が落ち着かない。意識が全部持って行かれそうだ。……けど。
玲音は身体の方向を変えてコンラットに向き直る。正面から目線を合わせると相手の目にも熱が点っているのがわかって鼓動が跳ねた。
「……ここでは……恥ずかしいです」
ここは皆で使うための共用の居間だから。ラルスたちが戻ってきたら気まずいし。
そう言いかけたらふわりと抱え上げられた。
「君の部屋でいい?」
「……はい」
玲音がそう答えたら、コンラットは少し頬を染めていた。
僕が経験不足だから、居間まで我慢してくれてたはず。綺麗なお姉さんのお店にも行ってないし。きっと我慢し続けるのは辛いよね?
いつも大人の余裕を見せて守ってくれるコンラットを同じ男として凄いと思っていた。
出会ってから一度もこの人に嫌なことはされてない。
……この人は今まで沢山嫌なことや辛いことがあったはずなのに。
だから、この人にちゃんと応えたいんだ。僕の無知やスキルのせいで不安になってほしくない。
ちゃんと伝えないと。
……僕はあなたとずっと一緒にいたいんだと。わかってもらえるまで何度も。
その瞬間、周囲の景色が慌ただしく変化した。コンラットが階段を使うのももどかしかったのか跳躍魔法で一気に玲音の部屋の前まで移動していた。
びっくりした……。そんなに急がなくても僕は逃げないのに。
そう思っていると、コンラットは玲音の額にキスしてきた。
「ごめん……レネの気が変わる前にって……焦って魔法を使ってしまった」
ああもう。この人、大人なのに可愛い。こんなに綺麗で大人の男性が僕なんかのことでこんなにまっ赤な顔してるのって……。
玲音はコンラットの顔を見上げて小さく頷いた。
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