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44.目標は高く道は険しく?

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「ドラゴンの家を建てる……??」
 玲音の手元を覗き込んだコンラットが不思議そうに問いかけてきた。
「何か目標を立てたら、紙に書き出しておくといいって何かの本で読んだので」
 朝食のあとで、玲音は唐突にそう思いだして紙に今後の目標一覧を書いていた。
 筆記用具一式は旅の途中でコンラットに買ってもらった。
 一般的にはペン先をインクにつけて書くのが主流らしいのだけど、魔法でインクを自動補充できるタイプのものもあるらしい。玲音は手動でインクをつけて書く作業が目新しくて気に入っていた。
 書いていたら食後のお茶を楽しんでいたコンラットたちが集まって来ていたのは気づいていた。
「ジェットが遊びに来たときに、お泊まりできる家があればいいなと思って。もちろんこれから僕が働いて稼ぐんですよ? お金貯めてから……」
 そう言ったらラルスが頷いた。
「いいねえ、デカい目標を持つのは悪いことじゃない」
「いや、その前にドラゴンがお泊まりに来るほうが話がデカすぎないか」
 ファースが冷静な突っ込みを入れてきた。

 ここはオルテガ王国の東部国境近くにあるルイセニョールの街。
 東側にはそびえ立つ山脈が広がっていてその向こうはフェーレ王国という国になるらしい。
 フェーレに繋がる街道は山越えの難所のため、装備を調えていく必要がある。そのためルイセニョールは宿場街として栄えている。
 あるよね、ここより先にはガソリンスタンドありません、みたいな看板立ててるお店。そんな感じかも、と玲音は思った。
 さらに山岳地帯には山賊や魔獣も多く、自警団的な役割を担う冒険者ギルドがある。オルテガでも二番目に大きなギルドが存在するのだとか。
 ここをラルスたちは拠点として活動してきたらしい。コンラットはこの街の外れに家を購入していて、ラルスたちは宿屋代わりに利用している。
 もとは成金豪商の邸宅だったらしく敷地は広い。けれど建物は大きい割にボロボロだったのでかなり安く買えたのだとコンラットは言っていた。
 建物は住めるように改装したものの、庭には手が回ってなくて、外からはうっそうとした茂みの中にやっと屋根が見えるような有様だ。きっと、ご近所の人たちはこの家に人が寝泊まりしてるとか思いもしてないのではないかと玲音は思った。
「でもあのドラゴンには世話になったんだし、どうせ外からはほとんど見えないんだから大丈夫じゃないか?」
 ラルスがそう言って玲音に笑いかけた。
 そう、ここに来る道中はジェットのおかげでかなり助かったのだ。

『ごめんねえ。ルイセニョールまで送ってあげたかったんだけど』
 十日ほど前、オルテガ北部国境近くで玲音はドラゴンとの別れを惜しんでいた。彼は住処をしばらく離れていたのでそろそろ戻らなくてはならないらしい。
『僕は人間が来たらおもてなしっていうか、遊んであげるのがお仕事なんだよ。だから留守中に誰か来たら困るって言われるから』
 そう言って胸を張るのを見て、玲音は納得した。どうやらまだ幼くヤンチャ盛りのドラゴンには人間を追い払う役目を与えているらしい。退屈しのぎと幼くても責任感を持たせるためだろうか。
 そして、帰りついでだからと全員を乗せて、空からオルテガとの国境を越えたところで降ろしてくれた。まだステレンビュルス王国は内乱で大荒れ状態で国境は封鎖されたままだったのだ。
 馬はジェットを恐れていたので諦めて事前に国境近くの町で売り払ったけれど、ここからなら馬車の定期便があるらしい。
「お仕事はちゃんとしないといけないよね。がんばってね」
『うん。でもそろそろ弟と交替してもいいかなあ。レネの側にいたいし』
「……でも僕たちこれから街で過ごすことが多いから、ドラゴンには暮らしにくいかもしれないよ。僕もジェットといたいんだけど」
『そうだよねえ……僕の種族で一番小さくても人間のお家に入れないくらいだし。でも、みんなに相談してみるね。また呼んでね。鱗の紋章があればレネの居場所わかるからね』
 そう言ってドラゴンは飛び去って行った。
「いや、最初からこうしてもらったら楽だったのかも」
 ファースがそう言っていたけれど、ラルスが首を横に振る。
「人間楽を覚えたらダメな気がするんだ。……でも空を飛ぶのは楽しかったからまたレネが一緒の時にお願いしたいな」
 どうやら二人とも空の旅がかなり気に入ったらしい。
 そんな訳で予想外に楽にルイセニョールの街までたどり着くことができたのだ。

「遊びに来るだけなら庭の一部を伐採すれば場所は作れるけど、建物となるとかなり頑張らないといけないね」
 コンラットはそう言いながらあれこれ計画を立て始めている。玲音は焦ってそれを止めた。自分でやりたいから「目標」なのだ。甘やかさないでほしい。
「いやいや、僕が稼ぐんです。冒険者登録して働くんですから。ジェットをおもてなしできるようにしないと」
「ここは私と君の家なんだから、協力するよ」
 そう言って玲音の髪に指先を潜り込ませてくる。耳や首筋をくすぐるようにしてからその手が肩に置かれる。コンラットは顔を近づけて来て耳元で囁いた。
「二人でしっかり働いてお金を貯めよう。その方が早く彼を迎えられるよ?」 
 もしかして、僕が寂しがっていると思ったんだろうか。
「……でも、できるだけ自分でやりたいです。相談には乗ってくださいね」
 そう答えるとコンラットは頬に軽くキスをくれた。
「もちろんだよ。自分でやり遂げたいなんて健気だね。レネは本当に可愛いね」
 いやいや、やめてください。ラルスさんたちも見てるんですから。
 コンラットの気持ちを受け入れると告げてから、人前でもあちこち触れてくるようになってきた気がする。でも、実はあれからキスと軽い愛撫以上のことはされていなかった。
 とはいえ、ちょっとシャイな国民性が抜けていないレネには人前のスキンシップは恥ずかしい。いや、誰もいなければいいというわけでは……そうなのか?
 うっかりインクを倒したりしないように片付けていると、ラルスが問いかけてきた。
「お二人さん、イチャついているとこ悪いんだけど、今日はギルド本部に行くんだろ。そういやレネは魔力測定受けたことあるのか?」
「魔力測定ってなんですか?」
「……さすが天使。天然すぎない?」
 ファースがあきれ顔になっている。
 この世界では魔法を使える人はあまり多くないからそれだけで要職につける。治癒魔法を使えると治癒師として教会で働けるように。魔法の有無で就ける職業が変わってくる。
 十歳くらいまでに魔力測定を受けるのが一般的で、それによって進路が開ける場合もあるという。そして二度目に魔力測定を受けるのは職業に就く時だ。
 ちなみにスキルが必要な職業に就くときは、ほぼ自己申告だけど、王宮などに仕える場合は鑑定魔法を持つ魔法使いからそのスキルを持っている確認はされるらしい。全部の開示はしない。
「冒険者登録のときに魔力測定を受けることになるんだけど、レネもやっちまいそうだな……」
「え?」
「ギルド事務所にある魔力測定装置をぶっ壊した人間が過去に二人いる。すぐそこに。高価な装置だからギルド長が涙目になってたな」
 ラルスがにやりとして目でコンラットとファースを指し示す。
「えー……? 僕そんな酷い事しませんよ」
 レネはそう言ってから、最近忙しくて自分のスキルを確認していなかったことを思い出した。
 何か嫌な予感がする。あの神様が何か勝手に増やしたりしていたりしないだろうか。
 突然手を伸ばしてきたコンラットがレネの手首に細い銀色のブレスレットを填めた。
「これをつけてたら大丈夫。これは魔力量を誤魔化すときに使う魔法具でね、本来の三分の一しか表示されないから。慎ましやかな君はきっと目立ちたくないだろうから作っておいたよ」
「ありがとうございます」
 レネがほっとすると、ファースが半眼になって付け加えた。
「甘いなコンラット。でもまあ一定以上の魔力の証明するだけだから、壊しても問題なし」
 やーめーてー。そんな、「やっちゃえ」みたいな清々しい表情でサムズアップするの。
 玲音は極力悪目立ちはしたくないのだ。出る杭は打たれるって思ってしまう気弱な人間なのだから。

 ついでにラルスたちのパーティにコンラットとレネを加える手続きをしたいからと四人揃って街の中心にあるルイセニョール・ギルド本部に向かうことになった。
「コンラットさんがこの街を拠点に選んだのは理由があるんですか?」
 コンラットはステレンビュルス王国の魔法伯として働きながら度々この街に来て冒険者「コンラット・ルカス」として活動していたらしい。冒険者は力量だけを問われるからとはいえ、数あるギルドからこの街を選んだのは何かあるんだろうかとレネは思った。
「このあたりは母の実家フィデル伯爵家の所領なんだ」
 コンラットはあっさりと答えた。コンラットの亡くなった母は先代国王の王妃付き侍女。貴族令嬢だったのだろうとは思っていたけれど。
 ラルスはそれを聞いて目を丸くした。
「え? そうなの? お前フィデル伯爵家の縁者だったの? それも初耳なんだが」
「……まあ、伯爵家には内緒でやってたし、向こうも代替わりしてるから私の顔なんて知らないと思うよ。一応は母が亡くなったことを報告しに行こうとは思ってるけどね」
「伯爵家とは疎遠だったんですか?」
 玲音が問いかけると、コンラットは首を横に振る。
「母は時々手紙のやりとりをしていたようだった。ただ、私を産んでからはどこに人の目があるかわからないから自由に手紙を出せないと言っていた。あちらは私の名前くらいは知っているだろうけど、面識はない。父が亡くなった後もうかつに接触して政治的ないざこざに巻き込みたくないから連絡しなかったんだ」
「まあ、そりゃあ隣国の国王の子を産んだとなれば面倒だろうな。ってことは当代のフィデル伯爵はお前さんの伯父なのか? どっかで見た顔だと思ってたら……コンラットに似てたんだな」
 ラルスは少し考え込む仕草をした。どうやら彼は伯爵と面識があるらしい。
「おそらく。母には兄が二人いたはずだ。そのどちらかだろう」
 そうか、この国にはコンラットさんの母方の血縁者がいるんだ。
 玲音は納得しつつ、彼の祖国の現状を思い出していた。

 あれから領主連合軍が王宮を占拠してニクラス王は退位、フーベルト王子が即位することが決まったのだけれど、まだそれぞれの派閥が揉めているらしい。
 しかも調査した結果、先代国王の同腹の王子を暗殺したのがフーベルト王子派の貴族だったことがわかって事態は更に混迷している。
 オルテガ王がこれを好機と見て攻め入るのではないかという話も伝わってきていた。
 ……敵が同じ間は共闘できても、いざ敵がいなくなったら内部で揉めてしまうというのはありがちだけど、このままだと周辺国が攻めてきたらどうなってしまうんだろう。
 戦争を直接経験したことのない玲音だったけれど、コンラットはこの手の話題には一切何も言わなくなったので、逆に気にしているんだろうなとは察していた。

 冒険者ギルドは石造りの立派な建物だった。この街で一番大きな建物は中央教会だけれどその次ぐらいだろうか。王都に次ぐ大規模なギルドで、出入りする人の数も多い。
 受付にはずらりと人が並んでいて、まるで役所みたいだと思っていたら、何故か玲音たちは別室に通された。
 如何にも賓客用のような応接室に通されてから気づいた。ラルスたちは高ランクパーティだから扱いが違ったのだと。
 やがて強面の四十歳代くらいの男と真面目そうな女性が入ってきた。ギルドの事務局長とその秘書だと説明された。
「本日はパーティメンバーの追加と冒険者登録とか。そちらが新規登録の方ですか?」
 女性がそう問いかけて、玲音の目の前に水晶球を置いた。
「登録には一定以上の魔力、もしくは武術の能力があることが必要です。スキルの申告は必要ありません。ただし、依頼によっては職種の指定がありますので、該当するものを選んでください」
 小柄な玲音を見て、最初から魔法系の冒険者を目指すのだろうと思われたらしい。
 ……どちらかというと僕はコンラットさんの盾役なんだけど……。
 渡された書類にある職種には盾もあったけれど、これを証明すると自分の防御スキルがバレてしまう。
「……治癒と支援魔法で……」
 玲音が無難に答えると相手の女性はまるで小学校教師のような眼差しで頷いた。きっと彼女は玲音のことをラルスの縁者の子供とでも思っているのだろう。
 冒険者を志願しているけど最初は危なっかしいからラルスが預かったのだろう、くらいに。そのせいか相手の表情も穏やかだ。
「では、この装置で魔力量を測りますので……」
 言われるままに水晶に触れると鈍い音がした。
 玲音は目の前の事務長と秘書がぽかんと口を開けて固まっているのを見て、それからコンラットに恨みがましい目を向けた。
 三分の一になるって言ったじゃないか……っていうか、これって絶対神様のせいだよね? あの神様は僕をどうしたいんだ。

 玲音の手の下で水晶球が真っ二つにひび割れていた。
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