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43.誠意のない謝罪は炎上の元

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 コンラットを王宮まで運んだあと、玲音とドラゴンのジェットは中庭にいた。
 おそらく彼は一人で大丈夫だろうし、そんなに長居したい場所ではないだろうと思ったから彼が戻ってくるまで待つつもりだった。
 けれど、遠巻きに警備の兵士らしき人たちや貴族のような風体の人々がこちらを窺っているのが見えて、流石に居座っていたら迷惑だろうかと思い始めた。
 王都のあちこちで騒ぎが起きているし、ジェットが壊した城壁から領主軍が攻め込んで来るのも時間の問題だろう。

 元々この国の王は敵対する人たちから人質を取って身動きできなくしておいて、圧政を敷いてきたらしい。国王が即位して十年近く、抑圧されてきた人々の怒りは溜まりに溜まっているだろう。
 コンラットさんもずっと病気のお母さんを国王に人質に取られていたから抵抗できなかったらしいし。
『ねえ、ここの人たちはどうして隠れているの? ご挨拶しなくていいの?』
「きっと王都の人たちはドラゴンを見慣れていないから、ちょっとびっくりしてるんじゃないかな。出てきてくれないんなら挨拶はあとでいいんじゃないかな」
 多分、ちょっとじゃなく相当怖がっているだろうけど、それを言ったらドラゴンが心を痛めるかもしれないと玲音は空気を読んだ。
 コンラットの魔法は広範囲を焼け野原にしてしまうくらいは朝飯前だろうと玲音は思っている。そんな能力持ちの人を人質で縛り付けていたのだからその報いは受けるべきだろう。
 ……もっともコンラットさんは王宮を破壊したら直すのに税金使うだろうからそのお金がもったいないから辞表叩きつけて辞めるだけにしたっぽいけど。今回あちこちの領主が挙兵したこともあって、黙っていられなくなったのかなあ。
「人の考えていることってわかんないよね。だから何をしてあげれば一番いいのかもわかんなくなるよ」
 玲音がそう呟くと、ドラゴンは金色の目を細める。
『そうだねえ。僕も人間の考えてることなんてわかんないよ。ドラゴン倒したら偉い人になれるなんておかしくない? もっと大勢の人を助けるとか、いいことをした人のほうが偉いのにねえ』
「……そうだよね。力ばっかりひけらかす人より世の中のためになる人の方が凄いよね」
 ドラゴンから見てもドラゴン討伐をしたら勇者になれるシステムはおかしいらしい。
 あの王子様のように討伐に成功したって嘘吐くような人よりも、たとえ周りから庶子だと侮られていても魔法伯としてこの国のために働いてきたコンラットの方が凄いに決まっているのに。
 そこへ隠れていた人々を押しのけて銃を持った集団が現れた。
 それを率いているのがキラキラした鎧を纏ったヘーラルト王子だと気づいて玲音はジェットと顔を見合わせた。
 ……またか。
 お互い考えていることは同じだろうと確信しながら、玲音は頷いた。

「おのれドラゴンの分際で、よくもこの栄光ある王宮の庭を穢しに来たな。この勇者たるヘーラルトが成敗してくれる」
 味方を引き連れてきたせいか今度は強気だ。そして、今までのように一番前に出てくることなく後ろに控えてギャンギャン騒いでいる。
 ……少しは学習したのかな。衣装はともかくあの金ぴかな鎧、スペアあったんだな……。
 玲音はそう思いながらドラゴンの前に立った。大声で呼びかける。
「勇者ってドラゴン倒した人のことじゃないんですかー? 嘘はいけないとおもいますよ」
 隠れている人々の方から失笑が上がった。どうやらヘーラルト王子がドラゴン討伐に失敗したことは皆口に出さなくても知っているらしい。
 ヘーラルトが腕を振り回しながら叫き始めた。
「貴様ごとき平民が何を言うか。……そうか、貴様はあの叛乱軍の一味なのだな。ならば容赦はしないぞ。攻撃しろ」
 その言葉と同時にドラゴンの口から空気を震わすような咆哮が上がった。
『こんどこそ遊んでくれるの? やったー』
 という声に玲音には聞こえたけれど、残念ながら人間たちには通じなかったらしい。銃を持った男たちは震え上がってしまっていた。
「何をやっている。さっさと撃たぬか」
 そう命令するヘーラルトの声も震えている。
「撃ってもいいですけど、大変なことになりますよ?」
「うるさい。そのような脅しに屈するか」
 ヘーラルト王子は手近にいた兵士から銃を奪い取ると玲音に向ける。銃声がいくつか続いたあと、轟音とともにヘーラルト王子の背後にあった建物に大きな穴が空いた。身を隠していた人たちが大騒ぎしながら逃げ惑う。
 あー。下手くそだから反射された攻撃も王子に当たらなかったんだ。
「一応警告はしましたからね。撃っても無駄ですし、当たった分は全部そちらに返りますから」
 十倍二十倍のことは抜いて玲音は告げた。
「っていうか、こんなに可愛いドラゴンに銃を向けるとか酷くないですか。さっきも攻撃しようとしましたよね?」
「いや……それはこっちに向かってくるから……」
「向かってくる生きものなら攻撃していいんですか? いい大人の言うことじゃないでしょう?」
 玲音はゆっくりとヘーラルト王子たちの方に向かって歩み出た。ドラゴンも玲音を追いかけてくるのがわかった。地響きで。
「わ……わかった。悪かった。だからそれ以上こっちに来るな」
 ヘーラルト王子はそう言いながら後ずさりする。周囲の兵士たちも王子のとばっちりを受けたくないとばかりに遠ざかって行く。
「うわー。SNSで炎上する見本みたいな謝罪」
 玲音が思わず呟くとヘーラルトたちがびくりとすくみ上がった。
「炎上だと? 王宮に火を放つ気か」
「……そんな馬鹿なことするわけないじゃないですか。ドラゴン討伐した勇者だって嘘ついたのもうバレバレだから黙っていてもらえますか? それともさっきからドラゴンも退屈してますから、あなたが遊び相手になってくれるんですか?」
 玲音がそう言うと見物していた貴族たちや兵士たちが我先に逃げていく。
 いやー。素晴らしいくらい人望ないなあ……。こういうとき部下の一人くらい「王子殿下、ここは私に任せてお下がりください」とかかっこよく言うんじゃないのかなあ。
 ヘーラルトは尻餅をついた状態で一人残されて玲音を睨んできた。
「王子に対してこのような無礼が許されると思うなよ」
 許さないって言われても……誰が許可を出すんだろう。王が? でも僕もジェットもこの国の民じゃないし、僕を捕まえようとしたらもれなく十倍返しのカウンターが発動するだろうから……捕まりたくても捕まらないと思う。
「じゃあ、王子じゃなくなったらあなたに無礼を働いても許されるんですね?」
「え?」
「……あなたの父が王でなくなったらあなたは王子じゃなくなりますよね。じゃあその時には沢山無礼させてもらいますね」
 玲音は背後から近づいてくる気配にチラリと目を向けた。おそらく領主軍は近くまで迫っている。人質を取り戻した彼らにはもう何も躊躇うことはないのだから、士気も上がっているはずだ。
 意図せず領主軍を有利にしたけれど、玲音からするとコンラットをこの国にまだ縛り付けようとした男の言葉が頭に残っているので、彼らを支持したつもりはない。
 ……どちらに正義があるかじゃなく、人質をとるような卑怯な人には味方できないってだけのことだよね。やるんなら正々堂々ガチ勝負やってもらわないと。
「王で……なくなるだと?」
 ヘーラルトもそれに気づいたのだろう。顔が引き攣っている。
 何とか立ちあがると、父上、と叫びながら王宮の中へ走って行った。
「ジェット。あの人たちの邪魔をしちゃだめだから、空でコンラットさんを待とうか」
 圧政に立ち向かうために戦いを始めた領主軍。玲音とジェットがいくらかは手伝ったとはいえ、主役はあの人たちだ。だから、自分たちはこの場にいる訳にいかない。
 玲音がドラゴンの背によじ登ると、そのまま空高く飛び上がった。
 これで国王を追い詰めてこの国が変わるなら、歴史の動くシーンを見ているってことだよね……。
「記録映像とか撮っておくと後々歴史的資料になりそうだけどね……」
 あいにくこの世界には録画機能の付いたスマホはない。
『何か人がいっぱいわちゃわちゃしてて、楽しそうだね』
「うっかり踏んづけちゃいけないからしばらく空で待ってようか」
『いいよー。レネとお空飛ぶの楽しいからー』
 ドラゴンはそう言いながら王宮の上空を旋回する。
 いやー。うちの子可愛い過ぎないかな。玲音はそう思いながらドラゴンの首を撫でた。

*  *  *

 コンラットが謁見の間に着いたころ、ドラゴンの咆哮が聞こえてきた。
 威嚇? いや、むしろ楽しそうに聞こえるから大丈夫だろう。
 コンラットはそう思ってそのまま足を進める。
 王宮の中はむしろ静まり返っていて、コンラットをここまで案内してきた侍従も役目を終えるとすごい勢いでどこかへ去って行った。
 ……沈む船には誰も残りたくはないだろう。
 謁見の間の中央に据えられた玉座。そこに座った男は憔悴しているようには見えなかった。コンラットを睨み据えて、まだ威厳を保とうと背筋を伸ばしている。
「……ドラゴンが怖ろしくて逃げ出したのではなかったのか?」
「まさか。ヘーラルト殿下ではあるまいし」
 高みから見おろすように告げられた言葉に、コンラットは笑みを浮かべて応じた。
「私の母が亡くなったことを隠し通せると思っていたのですか? 私を繋いでいた枷がなくなって、一番震えているのはあなただと思いましたが」
 国王ニクラスの手が震えているのに気づいていた。本来は小心者で威張り散らすことで自分を大きく見せようとする。その底辺にあるのは幼い頃に足を痛めたせいで剣で名を上げることができず、それで他の兄弟たちに馬鹿にされたという劣等感だ。
 フーベルトとは対照的だ。彼は凡庸だと言われ続けていたけれど、他の人質たちを気にかけている様子を見れば、心根が歪んでいないのが明らかだ。
 今まで知ろうとしてこなかったが、父の兄弟たちの中にはニクラスよりも遙かに優れた王になれる人がいるのではないだろうか。
「お前も兄上と同様に、私のことを蔑んでいたのだろう。ふしだらにも主を裏切った侍女の子の分際で」
「蔑んだりはしませんよ。あなたには何の興味もありませんでしたから」
 虚栄心が強く、見栄っ張りな男。貴族たちからすれば扱い易い愚かな王になるのだろうとは思っていた。持ち上げられていれば上機嫌なのだから。
「けれど、母を侮辱されたので、ここは怒っていいところでしょうね」
 コンラットは剣を抜くとニクラスの眼前に鋒を突きつけた。
 コンラットの母は王妃のために自分の身を差し出した。王妃は子に恵まれず、このままでは王に見放されるのではないかと不安に思っていた。夫と侍女との間に子ができればこれからも自分の元に通ってくれるのではないかと。
 だから王妃はコンラットを我が子のように可愛がってくれた。母はコンラットを王妃に捧げるつもりだったのかもしれない。それほど王妃に身を尽くして仕えていた。
 ……それを主を裏切っただのと言われる筋合いはない。
 流石に殺気を向けられたことは理解したのだろう、ニクラスは顔を強ばらせた。
「ま……待て。悪かった。母親のことは……」
「謝る気がないのならその口は閉ざしておいた方が賢明ですよ」
 コンラットは冷ややかに告げる。ニクラスは狼狽えたように周囲を見回すが、すでに誰も残っていない。
「あなたは王の器ではなかった。自分の取り巻きだけを贔屓して圧政を敷いたツケが来たんですよ。そろそろ大人しくその玉座を手放すべきです。いずれ領主連合軍が王宮を制圧するでしょう。人質もすべて解放したことですし、あなたには彼らとの交渉する材料がない」
「だが……」
「国軍は司令官のヘーラルトが戦意喪失して逃亡しました。ドラゴン討伐に成功した勇者だというのに、随分なご活躍ぶりだ。私がここに来るまでにあなたの取り巻きだった貴族たちの馬車が有り金持って出ていくのが見えましたよ。おそらく領地に逃げ込む算段でしょう」
 コンラットがそう告げたところで、謁見の間の重い扉が開いてヘーラルトが狼狽えた様子で駆け込んできた。玉座の傍らで王に剣を突きつけたコンラットを指差して怒鳴る。
「フェルセン魔法伯。貴様……いったいどうやって入ってきた」
 おや。とコンラットは眉を吊り上げた。
 我先に沈む船から逃げるように取り巻きの貴族や衛兵たちも姿を消していく中でヘーラルトが父を案じて戻ってくるとは思わなかった。
「父上に手を出すな。貴様のような下賎の者を魔法伯に取り立ててやった恩を忘れたのか」
 ……ああ、残念だ。ちょっと感心したところだったのに。魔法伯の肩書きは父の生前にもらっている。ニクラス叔父上には関係ない。それを逆手にあれこれ顎で使われたのが恩義だというのならよほどの被虐趣味だろう。
 コンラットは剣を鞘に収めると、腕組みをした。
「何もしませんよ。私は。あなた方を裁くのは民やあなた方に虐げられた領主たちだ」
「コンラット……お前は新たな王になる者につくというのか? フーベルトか?」
 がっくりとうなだれて床を睨んでいるニクラス王が問いかけてきた。
「いいえ。私は全ての役職を返上して、この国を出るつもりです。母も亡くなったことだし何も未練はありません」
 父アドリアン王も優しかったマリア妃も、そして母ももうこの世にはいない。
 父の弟、同腹だった叔父になら可愛がってもらった記憶があるけれど、彼はすでに亡くなった。その死も不審な点が多かったけれど、そうまでして王位に就きたい人間が生き残っているだけのこと。
 だったらそいつらごとこの国を見捨てて構わないだろう。
「……そうか。では結局兄上のおっしゃったとおりになったのだな」
 ニクラス王は両手で顔を覆って吐き捨てるように告げた。
「コンラットを王位に就けることはしないが、コンラットが自分の意思でこの国を捨てる時が来たらこの国は終わるだろう……と。王位継承権者に向けた遺言に書かれていた。我が子可愛さの戯れ言かもしれないと皆思っていたが、コンラットが味方したものが正統な次期国王になる、と思った者もいた」
 父がそんな遺言を残していた? 確かに父が亡くなればコンラットは魔法だけが取り柄の一臣下という立場になる。それを案じたのかもしれないけれど。
 コンラットは眉を寄せた。
「何ですかそれは。もしかして母を人質まで取って王宮に私を残した理由がそれですか?」
 もしコンラットが他の者の庇護下に入ったら正統性を疑われると思ったとか?
 コンラットは繊細な彫刻が施された天井をちらりと見上げた。
「……馬鹿馬鹿しい。それを聞いてますますこの国が嫌になりましたよ」
 手のひらを天井に向ける。
「お別れです、叔父上」
 真上に向かって手加減無しの炎魔法を撃った。轟音とともに噴き上がった炎が空に舞い上がり、天井が屋根ごと燃える。
 ヘーラルトが悲鳴を上げて、ニクラス王も慌てて杖を手に玉座から離れた。親子二人部屋の隅で縮こまる様子にコンラットは肩をすくめた。
 ヘーラルトが「やっぱり炎上させるんじゃないか」と叫んでいたのは意味がわからないが。
 そんなに怯えなくてもとりあえず天井だけを範囲指定したつもりだ。彼に知らせるために。
 すぐに上空に黒い影が近づいてきて、風を巻き上げながら降りてくる。
「……ドラゴン……?」
 ニクラス王が唖然とした表情でレネを乗せた巨大なブラックドラゴンを見上げる。
 心配そうな顔を向けてくるレネに手を振ると、コンラットは瞬間移動でドラゴンに飛び乗った。
 舞い上がると同時に領主軍の兵士たちが謁見の間になだれ込んできた。
「……気が済みましたか?」
 前を向いたままのレネの問いにコンラットは背中から抱きつくようにして彼のうなじに顔を埋めた。
「すっきりしたよ。さあ、戻ろうか」
 もう何一つ未練はない。可愛いレネと仲間がいる。あとはどうにでもなれ、だ。
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