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41.うっかりミスは誰にでもある

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 その日、王都は混乱のさなかにあった。
 王都間近に迫った叛乱軍こと領主連合軍とのにらみ合いに倦んだ国軍の総司令官ヘーラルトは兵士たちへの饗応や娯楽を無償で提供するように王都の商店や花街に命令した。
 それに反発した人々が兵士たちと対立し、暴動と化していた。
 無論、領主連合軍たちもこの機を見逃すはずもなく、ついに軍との交戦状態に突入した。

 ……そんな時にブラックドラゴンが現れたらどうなるか。火に油どころか爆竹放り込むような感じかな。でも、目をそらさないと街の人たちに被害が出そうだし。
 玲音はそう思いながらもコンラットがしたいことに協力するつもりだった。
 ブラックドラゴンが完全にトラウマになっているヘーラルトを玲音とドラゴンで挑発して混乱させる。怯えて軍を退かせてくれればいいけれど、最低でも今の混戦状態を止めさせる。いわば派手な囮だ。
 その間にコンラットは別行動で何かするつもりらしい。
 そのため王都近くの森の中でコンラットを降ろすことにした。
 彼は結っていた銀色の長い髪を解いて魔法使いらしい黒いローブを羽織る。ここからの行動は「フェルセン魔法伯」もしくは「先代国王の庶子」に戻るつもりなのだと玲音は察した。
「魔法については以前君が言ってた方法でやってみようと思う。仕掛けの確認を頼めるか?」
「いいですけど。ぶっつけ本番なんで、いきなり強烈なのはやめてくださいね」
「また……謙遜しなくていいんだよ?」

 以前、市街地にドラゴンが現れた時の対策に、玲音が思いついた方法。コンラットの範囲魔法は本人もその範囲をコントロールできないので市街地では使えない。だったらその範囲を玲音の封印魔法で設定すればいいのではないか。
 何度か旅の間実験してみて成功したので今度はコンラットの指輪にその封印魔法を付与できるかの実験をしていたところだった。
 それが成功したら、コンラットは指輪を使って設定した範囲内だけで自由に魔法を発動できるようになる。
 まあ、上からお椀を被せるような感じを連想しただけなんだけど。あれなら外まで炎が広がらないから魔法の範囲を強制的に設定できる。
 ただ、それがどのくらいの魔法に耐えられるかの限界は試していない。
 だって僕、あの人が本気出して魔法使ったのを見たことないんだよ……。謙遜ではなくて正直なコメントなんだけど。

「……それにしてもこの指輪にも防御魔法かけてあるね? この指輪の付与魔法だけで城が買えるかもしれないな。誰にもくれてやるつもりはないけど」
 コンラットはそう言って自分の薬指に填めた指輪の玲音の瞳と似た色石にキスする。
 自分がされてるわけじゃないのに胸がざわっとするのはなぜだろう。
 玲音はそう思いながら首を横に振った。
「まさか。そうだとしても元の指輪の値段がほとんどですよ」
 コンラットが不足分をこっそり払ったからお揃いで作った偽装婚約指輪の本当の値段を玲音は知らない。知ったら指になんてつけておけなくなる。
 玲音の言葉にコンラットは軽く肩を竦めると、玲音の手を取って引き寄せた。
「それじゃあ、話していた通り。合図をしたら迎えにきてくれるかい? それまでは上空からヘーラルトを威嚇してくれ。無論、市民に無体なことをしている兵士がいたら脅しても構わないよ」
「……わかりました」
 そう答えると、コンラットは玲音の頬に素早く唇を押しつけるとその場からふっと消えた。瞬間移動に入ったんだろう。
 ……ああもう。どんどん距離感おかしくなってるよ。
 玲音はそう思いながらコンラットの唇が触れた場所を手のひらで覆った。
『煙が上がってるよー』
 頭を擡げて王都の方を見つめていたドラゴンがぽつりと告げてきた。
 玲音は慌ててドラゴンの背中によじ登った。
 ドラゴンがふわりと宙に浮かぶ。彼らの推進力の大半は実は魔力らしく、翼で風を起こしたりするのは力の誇示や存在アピールのためなのだとか。
 つまりはほぼ無音で飛ぶことも可能とか、ハイブリッド車みたい。ドラゴンって色々謎だ。
「火災が起きてるのかな。急がないと……あれ?」
 玲音はそこで肝心なことに気づいた。
「そういえば、君のこと何て呼べばよかったの? 名前はあるんだよね? ブラックドラゴンって、僕らで言う『人間』みたいな種族名だよね?」
『そうだよ。でも僕らは個体識別は感覚でしちゃうから、呼び名は特にないよ。人間は個体別に呼び名があるんだっけ? ちびすけとか、黒いのとか、適当に呼んでいいよ?』
「適当はダメだよ」
 鱗を贈られたりして特別扱いしてもらってるのに、雑に呼ぶのは納得いかない。
 っていうか、ちびすけ、って仲間から呼ばれてるってこと? このドラゴンって小さいの? 大きいドラゴンってむしろどのくらいのサイズなの?
「……それじゃ……」
 玲音は黒くつややかなドラゴンの背を見てからぽつりと呟いた。
「ジェットでいい? 僕の母がお気に入りだった宝石の名前なんだけど、君の鱗みたいに真っ黒で綺麗なんだ」
 母が大事にしていたフォーマル用のネックレスの黒石。希少なものらしくて、姉がお嫁に行くときには譲ってあげると言っていた。
 事故のあとは祖母が預かってくれていて、玲音のお嫁さんに使ってもらえるかしら、と言っていた。
 ……結局僕もお嫁さんをもらう前に死んでしまったんだけど。あの石の艶とこのドラゴンの鱗が似てる気がする。ああ、だから最初からこのドラゴンを綺麗だと心惹かれたのかも。
 元の世界でジェットと聞いたら大概の人は航空機を連想する。スペルも同じだったし。大きくて空をすごいスピードで飛ぶんだから、そっちの意味でもあながち間違ってない。
 ドラゴンは頭を縦に揺らした。
『ジェット? うん。覚えたー。君の名前はレネだよね?』
 ドラゴンはそう言うと、互いの名前を連呼しながらその場で旋回する。どうやら気に入ってもらえたらしい
 そして、眼下に川を挟んで向き合っている軍と領主連合軍。王都のあちこちから立ち上る煙が見えてきた。

 巨大なドラゴンの接近に気づいたのだろう。争っていた両軍は戦闘をやめて慌てて退き始めた。
 気分はパニックものの怪獣映画だ。もっとも今の立場は怪獣の方なのだけれど。
『いたよ。あの人、また遊んでくれるかなー?』
 ジェットはヘーラルトを見つけて高度を下げた。
 市街地で逃げ惑う市民に大砲を向けている国軍の兵士たち。人に当てるつもりはなさそうだが建物に被害が出ている。
 ヘーラルトは派手な甲冑を身につけて後ろから指示を飛ばしている。
 玲音はそれを見て怒りを覚えた。
 ……攻撃する相手が違うだろう。いくら何でも武器持ってない相手に大砲持ち出すとか。王子様のそのキンキラ鎧だって彼らの税金で生きてるんじゃないの?
 ヘーラルトも流石に騒ぎに気づいて、そして上空にいるドラゴンを指差して騒ぎ始めた。
「そうだね。遊んでもらおうか。でもその前にあの王子様の周りに結界つくるね」
『そうかー。他の人のお家壊したらだめだもんね』
「よくわかったね。お家がなくなると困るからね。それと、遊んでくれるのはあの人だけだからね?」
『えへへー。ちゃんと気をつけるねー』
 ジェットはそう言って頷いた。
 大砲で建物を破壊している国軍よりよっぽどドラゴンの方が平和的だよ。あの王子様にはジェットの爪の垢を煎じて飲ませたい。
 玲音はこちらを見上げてなにやら怒鳴っているヘーラルトの周囲一メートルくらいを囲むように封印魔法をかけた。これでドラゴンの火球やらビームが当たっても周囲には被害が出ない。
 ついでに王子には防御魔法をかけておいた。脅すのがメインなので怪我をさせるつもりはない。
 最近コンラットさんと練習してたから魔法が上達したかも。
 玲音はそう思いながらドラゴンの首を撫でた。
「いいよ。これであの人と遊んでも他の人には迷惑かからないから」
『やったー』
 言葉と同時にジェットが勢いよく火を噴いた。
 ……あー。よかった。王子様本人にも防御かけておいて。いきなり黒焦げになるところだった。
「……あれ?」
 暢気に思っていた玲音だったが、魔法がかかっていたのは本人だけで、結界の範囲内だけに火柱が上がる中で彼の纏っていた防具も衣服も完全に焼失した。
 ああそうか。本人だけ防御かけちゃったんだ。着ている物には……。
 それにいくら防御があっても、炎に飲まれる恐怖というのは軽減されない。
 かくしてその場にヘーラルトが一糸まとわぬ姿で気絶していた。
「やっちゃった……」
 あ……脅かすだけのつもりだったのに、うっかり身ぐるみ剥いでしまった。モザイクかけないと……。全裸王子とか洒落にならない。
 玲音はやりすぎたと思ったけれど、すでに手遅れだ。
『あれ? もうお終い? あの人強いんじゃないの?』
 ジェットは上空からそれを見てそう無邪気に問いかけてくる。
「……強いっていっても人間だからね」
 ドラゴンたちからすると、自分に喧嘩を売ってくる人間は腕に相当の自信があるのだろう、という認識なのかもしれない。だから遊んでもらえると思っていたんだろう。
 周りの取り巻きたちがこちらを指差して弓を向けてきた。
「困ったな。指揮官が気絶しちゃったから、退却の命令出す人いないんだね」
 身分的に一番偉い人がアレだし。
『じゃあ、全員脅かせばいいの? レネ。ちょっと耳塞いでおいてね』
 玲音が耳を両手で押さえるとジェットが大きく咆哮した。周囲の空気が震えるほどの振動が肌に伝わってくる。
 地上の兵士たちは腰を抜かしてへたり込んだり慌てて逃げ出す者が続出していた。しかもドラゴンが集中して狙っているのはヘーラルト王子が指揮する国軍だと気づいたのだろう。
 兵士たちは命令を無視してバラバラに戦闘を放棄して退却し始めた。すでに完全に統制を失っている。
『あんまり遊んでくれなかったね。これからどうしよう? 呼ばれるまで暇だよね?』
 ジェットはつまらなさそうに言った。
 あれだけの人数の正規軍と領主連合軍、そして王都の市民が逃げ惑っている様子は本当にお騒がせして申し訳ないという気分になる。もう十分だろう。
「そうだね。もうちょっとだけ空をぐるぐるって回って、悪いことしてる人がいないか見て回ろうか。コンラットさんからの合図があるまで自由時間ってことで」
『そうだねー。景色を見ながら飛ぶのも楽しいよねー』
 確かに軍が市民への暴行を加えるのを止めたかったとはいえ、これ以上はやめたほうがいい。あとは人々の目をこちらに引きつけておけばいいはず。
 地上からの攻撃手段なんてないだろうし、玲音を乗せているジェットに下手に攻撃したら十倍返しを受けるだけだから問題ない。
 上空からの王都観光に切り替えて、ジェットと楽しく会話しながら景色を楽しもうと玲音は切り替えた。

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