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38.綺麗なお姉さんは好きですか?
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「……うわー……ギリギリだったか?」
街道から外れた場所で単眼鏡を覗いてラルスが呟いた。
オルヒデーエ伯爵領の外れの森の中、玲音たちは野営の支度をしつつ街道の様子を交替でチェックしていた。ちょうど小高い丘の上に隠れられそうな岩場を見つけて落ち着いたところで、ラルスが街道を行く怪しげな荷馬車の行列を見つけたらしい。
「そう言えば、セブリアン王子は無事に国境を抜けられたのでしょうか」
玲音はふと思い出して問いかけてみた。自分たちより先に王都を出発した王子一行だったが、どこかでトラブルに巻き込まれてはいないだろうか。
「ああ。おそらく大丈夫だ。護衛を連れた他国の王子一行にちょっかいは出さないだろうし、あの連中が本気出せばもうオルテガ入りしているはずだ。あの殿下に付き従っているからそこらの軍隊より強いし」
「……そうなんですね」
あの豪胆で奔放な王子殿下に付いていくには相当の鍛錬が必要なのかな……。勝手に国の秘宝持ち出したり、他国の王を脅そうとする人だし。確かにメンタル弱い人だと疲労で倒れそう。
玲音はこっそりと納得した。
コンラットとファースは食料調達と周辺警戒に行っている。
玲音はラルスを手伝って野営のための天幕を張っていた。街道からたき火が見えないようにするのも怠らない。
「それにしてもコンラットも水くさい。まだ俺らに隠し事してたんだな。長い付き合いだってのに」
「そうなんですか?」
「もう五年以上になるよ。ひょっこりオルテガのギルドに現れては一人で荒稼ぎしてる若いのがいるって聞いてね。しかも魔法使いだというから。本人は鬱屈が溜まっているから大暴れしたいだけだって言うし」
玲音はそれを聞いてコンラットの境遇を思い出した。十年前に先代国王が亡くなって、母親をニクラス王に人質に取られたコンラットは逆らえないまま王のために働かされていた。
つまりストレス解消のために冒険者を始めてたってことだろうか。
「……でもどうやってそんなにしょっちゅうオルテガに行ってたんでしょうね」
コンラットの瞬間移動の魔法は目で見える範囲を跳躍するだけで、長距離を跳んだのを見たことはない。この国でも仕事があったはずなのに、そんなにオルテガと行き来する余裕があったんだろうか。
「魔法具があるんだよ。設置している場所の間を一瞬で移動できるやつ。滅茶苦茶調整が難しい上に高価だから扱える人間は少ない。それを自分の隠れ家とオルテガの家に置いてると言っていた。だから、俺らはせいぜい訳ありの貴族の坊ちゃんだろうとしか思ってなかったんだ」
「……」
ファースがコンラットのことを「トゲトゲ野郎」と評していたのを思い出した。コンラットは人当たりも穏やかで優しいけれど、人を一定以上踏み込ませない性格のようだった。
そしてラルスはそれを水くさいと思っている。きっと情の篤い人なんだろう。
「けどまあ、レネにはちゃんと話していたんなら良かった。コンラットがお揃いの指輪を作ろうとするくらい大事にしているんだろうけど、本音を見せないのは対等に扱っていない証拠だからね。可哀想なことをするんならちょっとお説教するべきかとは思ってたよ」
「そんな。僕だってぜんぶお話してるってわけじゃないですよ」
ラルスはそれを聞いて口元に笑みを浮かべた。
「それはそれは。レネもその調子であいつをうまく転がすんだよ?」
「え?」
「どっちかというと、君よりあいつの方が危なっかしいからね。守ってやってくれ」
ラルスはそう言いながら手際よく杭を打ち込んで天幕を固定する。
危なっかしい?
玲音にとってはコンラットは大人だし、世情にも詳しいから頼りになる人だ。うっかりドラゴンを王子様にけしかけたり魔狼狩りの邪魔をしたり、さらにはドラゴンとお友達になってしまったりとやらかしている自分の方がよほど危ない。
「……はい。あの人の盾になると約束してますから」
自分が役に立てるとしたら、それくらいだ。
だって僕にはコンラットさんがどんなに大変だったかなんて理解しきれるはずがないし、彼が何を考えてるかもわかるはずがない。
……だから守る。
「どうやらガーベラ伯爵が国境を封鎖しているらしい。オルテガからの入国もできなくなっている。オルヒデーエ伯爵と呼応している軍は王都の南に集結している」
ファースが頭の上に乗せた白い小鳥を指差して報告してきた。特殊な長命種族出身の彼は魔法で鳥の目を「借りる」ことができるのだそうだ。
手ぶらで身軽な足取りで戻ってきたファースに続いて戻ってきたコンラットは仕留めたらしい野ウサギと籠一杯の木の実やキノコを抱えていた。
……完全に従者じゃない?
「お疲れ。それじゃしばらく動けそうにないか」
ラルスが獲物を受け取りながら彼らをねぎらう。
コンラットは本気で疲れた様子で頷いた。どうやら最初は穏やかにキノコ採集をしていたのだけれど、ファースが毒のあるなしお構いなしに籠に放り込むのでツッコミを入れすぎて疲れたのだとか。
「細かい事は気にしなくていいんだよ。毒キノコくらい気合いでなんとかなる」
ファースが不満げに言うけれど、毒キノコかどうかは気にするべきじゃないかと玲音も思った。
「……どうして毒キノコが見分けられないのに長命種なんだ……訳がわからない」
「だから代わりにウサギを捕ってきたんだ。適材適所ってやつでしょ」
ファースは開き直ったように言う。見た目が華奢な美少女だけど、中身は結構大雑把で男らしい。
「まあまあ。すぐに料理するからお二人さんは休んでいていいよ。レネも疲れただろうし、座ってて」
ラルスがそう言うと、ファースは手伝うつもりらしく彼についていった。
傍らの手頃な石に腰掛けると、コンラットは玲音に手招きした。
「何かややこしいことになってすまないね……。普段ならもうオルテガ入りしている予定だったんだけど」
「いえ。野営も嫌いじゃないですよ。防御結界の張り方もわかってきましたし」
最初に野営した時は天幕に直接防御付与していた玲音だったけれど、野営している場所を囲む結界を作ればいいのだと思いついて練習していた。
おかげで休んでいる間に獣や賊に襲われることはなくなって、寝ずの番をする必要もなくなった。
これで結界を移動できれば移動中の攻撃にも対応できるんだけど……。
「……このまま内乱状態が続くんでしょうか」
「そうだね。ニクラス王は人質を取ったり、脅したりして他の王位継承権者を抑えつけていた。オルヒデーエ伯が蜂起しても彼がかつて担ぎ上げようとした王子はニクラス王の手の内にある」
「フーベルト王子、でしたっけ」
その王子が幽閉されているから、彼らはその息子を旗印にしている。
「彼を見捨ててでも戦うとなると、大義を失う。そうなるとまず、一定の戦果を上げて、捕虜と交換で王子を解放する要求をする……くらいかな。もし国王が王子を手にかけたり、彼が不慮の死を遂げると、事態は更に変化するだろう。反国王派も一枚岩じゃないからね。たとえ成功しても、ニクラス王と対抗しきれるかどうかはわからないな」
「そうですね……目的が一致しているだけの集まりって後で簡単に揉めちゃいますからね。政治の世界でも信条が違う人たちが強引に手を組んだりしたら、そういうことありがちですよね」
新聞の政治関係のコラムでそんなのを見たと思いながら玲音がそう答えると、コンラットは驚いたように玲音を見つめてきた。
「……君、本当に十八歳だったんだな」
「僕のこと何だと思ってたんですか」
「いや、君の口から政治とか聞いたら、改めてそう思っただけだよ」
そう言いながらコンラットは玲音の頭を撫でてきた。
……やっぱり子供扱いしてるし。でも、この人ちゃんと僕に直に触れてるよね。僕の防御スキルはこの人には効いてない。それは僕が許してるってこと?
「コンラットさんは、僕のこと犬かなにかだと思ってませんか?」
「そんなことはないよ。犬よりも君の方が遙かに可愛い」
そう言いながらコンラットの手がゆっくりと頭の上から頬を伝って顎に触れる。
「……もしかして欲求不満ですか? 綺麗なお姉さんのお店とか行けないから、困ってます? 僕、綺麗なお姉さんのような色気もありませんから、無理ですよ」
コンラットがやたらに接触してくるのはそういうことではないか、と玲音は勝手に結論づけていたのだけれど、それを聞いた相手は驚愕で固まった。
それから立ち直ったと思ったら、玲音の両手を握って詰め寄ってきた。
「君……そういうお店に行ったことあるのかい? というか、君がそういうお店の存在を知っていたってことが衝撃なんだけど」
この人にとって自分は一体何なのか。天使のような無垢な子供だろうか?
コンラットの勢いに怯みながらも玲音は言い返した。
「だから僕、子供じゃないって言ってるじゃないですか。行ったことはないけど、そういうことって耳に入ってくるでしょう?」
「そう……か」
明らかにほっとしている。何故? 僕はまだ学生だったんだから、そんなお店に出入りする余裕なんてないのに。
……まあ、コンラットさんはそういう事情は知らないんだろうけど。
この世界だと玲音の年齢だとすでに一人前扱いされるらしいから、もしかしたらコンラットが自分くらいの時はそうした経験があるのかもしれない。
「でもね、レネ。私はそういうお店に行かなくても、君がいるから十分だよ。それに、お揃いの指輪の相手がいるのにそんな所に行くのは不誠実じゃないか」
両手を握り閉めたまま、正面からそう言われるとそうなのかな、と思ってしまった。
いやいやいや。指輪は単なる口実だよね? そんなこと言われたらホントの婚約者みたいで……。
心臓が急ぎ足で脈打ち始めたのを知られたくない。そう思って手を引こうとしても離してもらえない。
「……だから、君もそういうお店には行ったりしないでくれるかな?」
近い近い近い。ずいと顔を近づけてくるから玲音は身動き取れなくて焦ってしまった。
「行きませんよ。だいたい、僕じゃ子供扱いされてつまみ出されるのがせいぜいです」
ヤケ気味でそう答えたら、失礼にも相手は盛大に笑い出した。おかげで手を離してもらえたけれど、自虐でウケてもあまり嬉しくない、と思った玲音だった。
……でも、冷静になってみるとコンラットさんが他の人と……というのはあまり考えたくない。どう接していいのかわからなくなるし、自分が邪魔になっている気がして、申し訳なくなってしまうから。
街道から外れた場所で単眼鏡を覗いてラルスが呟いた。
オルヒデーエ伯爵領の外れの森の中、玲音たちは野営の支度をしつつ街道の様子を交替でチェックしていた。ちょうど小高い丘の上に隠れられそうな岩場を見つけて落ち着いたところで、ラルスが街道を行く怪しげな荷馬車の行列を見つけたらしい。
「そう言えば、セブリアン王子は無事に国境を抜けられたのでしょうか」
玲音はふと思い出して問いかけてみた。自分たちより先に王都を出発した王子一行だったが、どこかでトラブルに巻き込まれてはいないだろうか。
「ああ。おそらく大丈夫だ。護衛を連れた他国の王子一行にちょっかいは出さないだろうし、あの連中が本気出せばもうオルテガ入りしているはずだ。あの殿下に付き従っているからそこらの軍隊より強いし」
「……そうなんですね」
あの豪胆で奔放な王子殿下に付いていくには相当の鍛錬が必要なのかな……。勝手に国の秘宝持ち出したり、他国の王を脅そうとする人だし。確かにメンタル弱い人だと疲労で倒れそう。
玲音はこっそりと納得した。
コンラットとファースは食料調達と周辺警戒に行っている。
玲音はラルスを手伝って野営のための天幕を張っていた。街道からたき火が見えないようにするのも怠らない。
「それにしてもコンラットも水くさい。まだ俺らに隠し事してたんだな。長い付き合いだってのに」
「そうなんですか?」
「もう五年以上になるよ。ひょっこりオルテガのギルドに現れては一人で荒稼ぎしてる若いのがいるって聞いてね。しかも魔法使いだというから。本人は鬱屈が溜まっているから大暴れしたいだけだって言うし」
玲音はそれを聞いてコンラットの境遇を思い出した。十年前に先代国王が亡くなって、母親をニクラス王に人質に取られたコンラットは逆らえないまま王のために働かされていた。
つまりストレス解消のために冒険者を始めてたってことだろうか。
「……でもどうやってそんなにしょっちゅうオルテガに行ってたんでしょうね」
コンラットの瞬間移動の魔法は目で見える範囲を跳躍するだけで、長距離を跳んだのを見たことはない。この国でも仕事があったはずなのに、そんなにオルテガと行き来する余裕があったんだろうか。
「魔法具があるんだよ。設置している場所の間を一瞬で移動できるやつ。滅茶苦茶調整が難しい上に高価だから扱える人間は少ない。それを自分の隠れ家とオルテガの家に置いてると言っていた。だから、俺らはせいぜい訳ありの貴族の坊ちゃんだろうとしか思ってなかったんだ」
「……」
ファースがコンラットのことを「トゲトゲ野郎」と評していたのを思い出した。コンラットは人当たりも穏やかで優しいけれど、人を一定以上踏み込ませない性格のようだった。
そしてラルスはそれを水くさいと思っている。きっと情の篤い人なんだろう。
「けどまあ、レネにはちゃんと話していたんなら良かった。コンラットがお揃いの指輪を作ろうとするくらい大事にしているんだろうけど、本音を見せないのは対等に扱っていない証拠だからね。可哀想なことをするんならちょっとお説教するべきかとは思ってたよ」
「そんな。僕だってぜんぶお話してるってわけじゃないですよ」
ラルスはそれを聞いて口元に笑みを浮かべた。
「それはそれは。レネもその調子であいつをうまく転がすんだよ?」
「え?」
「どっちかというと、君よりあいつの方が危なっかしいからね。守ってやってくれ」
ラルスはそう言いながら手際よく杭を打ち込んで天幕を固定する。
危なっかしい?
玲音にとってはコンラットは大人だし、世情にも詳しいから頼りになる人だ。うっかりドラゴンを王子様にけしかけたり魔狼狩りの邪魔をしたり、さらにはドラゴンとお友達になってしまったりとやらかしている自分の方がよほど危ない。
「……はい。あの人の盾になると約束してますから」
自分が役に立てるとしたら、それくらいだ。
だって僕にはコンラットさんがどんなに大変だったかなんて理解しきれるはずがないし、彼が何を考えてるかもわかるはずがない。
……だから守る。
「どうやらガーベラ伯爵が国境を封鎖しているらしい。オルテガからの入国もできなくなっている。オルヒデーエ伯爵と呼応している軍は王都の南に集結している」
ファースが頭の上に乗せた白い小鳥を指差して報告してきた。特殊な長命種族出身の彼は魔法で鳥の目を「借りる」ことができるのだそうだ。
手ぶらで身軽な足取りで戻ってきたファースに続いて戻ってきたコンラットは仕留めたらしい野ウサギと籠一杯の木の実やキノコを抱えていた。
……完全に従者じゃない?
「お疲れ。それじゃしばらく動けそうにないか」
ラルスが獲物を受け取りながら彼らをねぎらう。
コンラットは本気で疲れた様子で頷いた。どうやら最初は穏やかにキノコ採集をしていたのだけれど、ファースが毒のあるなしお構いなしに籠に放り込むのでツッコミを入れすぎて疲れたのだとか。
「細かい事は気にしなくていいんだよ。毒キノコくらい気合いでなんとかなる」
ファースが不満げに言うけれど、毒キノコかどうかは気にするべきじゃないかと玲音も思った。
「……どうして毒キノコが見分けられないのに長命種なんだ……訳がわからない」
「だから代わりにウサギを捕ってきたんだ。適材適所ってやつでしょ」
ファースは開き直ったように言う。見た目が華奢な美少女だけど、中身は結構大雑把で男らしい。
「まあまあ。すぐに料理するからお二人さんは休んでいていいよ。レネも疲れただろうし、座ってて」
ラルスがそう言うと、ファースは手伝うつもりらしく彼についていった。
傍らの手頃な石に腰掛けると、コンラットは玲音に手招きした。
「何かややこしいことになってすまないね……。普段ならもうオルテガ入りしている予定だったんだけど」
「いえ。野営も嫌いじゃないですよ。防御結界の張り方もわかってきましたし」
最初に野営した時は天幕に直接防御付与していた玲音だったけれど、野営している場所を囲む結界を作ればいいのだと思いついて練習していた。
おかげで休んでいる間に獣や賊に襲われることはなくなって、寝ずの番をする必要もなくなった。
これで結界を移動できれば移動中の攻撃にも対応できるんだけど……。
「……このまま内乱状態が続くんでしょうか」
「そうだね。ニクラス王は人質を取ったり、脅したりして他の王位継承権者を抑えつけていた。オルヒデーエ伯が蜂起しても彼がかつて担ぎ上げようとした王子はニクラス王の手の内にある」
「フーベルト王子、でしたっけ」
その王子が幽閉されているから、彼らはその息子を旗印にしている。
「彼を見捨ててでも戦うとなると、大義を失う。そうなるとまず、一定の戦果を上げて、捕虜と交換で王子を解放する要求をする……くらいかな。もし国王が王子を手にかけたり、彼が不慮の死を遂げると、事態は更に変化するだろう。反国王派も一枚岩じゃないからね。たとえ成功しても、ニクラス王と対抗しきれるかどうかはわからないな」
「そうですね……目的が一致しているだけの集まりって後で簡単に揉めちゃいますからね。政治の世界でも信条が違う人たちが強引に手を組んだりしたら、そういうことありがちですよね」
新聞の政治関係のコラムでそんなのを見たと思いながら玲音がそう答えると、コンラットは驚いたように玲音を見つめてきた。
「……君、本当に十八歳だったんだな」
「僕のこと何だと思ってたんですか」
「いや、君の口から政治とか聞いたら、改めてそう思っただけだよ」
そう言いながらコンラットは玲音の頭を撫でてきた。
……やっぱり子供扱いしてるし。でも、この人ちゃんと僕に直に触れてるよね。僕の防御スキルはこの人には効いてない。それは僕が許してるってこと?
「コンラットさんは、僕のこと犬かなにかだと思ってませんか?」
「そんなことはないよ。犬よりも君の方が遙かに可愛い」
そう言いながらコンラットの手がゆっくりと頭の上から頬を伝って顎に触れる。
「……もしかして欲求不満ですか? 綺麗なお姉さんのお店とか行けないから、困ってます? 僕、綺麗なお姉さんのような色気もありませんから、無理ですよ」
コンラットがやたらに接触してくるのはそういうことではないか、と玲音は勝手に結論づけていたのだけれど、それを聞いた相手は驚愕で固まった。
それから立ち直ったと思ったら、玲音の両手を握って詰め寄ってきた。
「君……そういうお店に行ったことあるのかい? というか、君がそういうお店の存在を知っていたってことが衝撃なんだけど」
この人にとって自分は一体何なのか。天使のような無垢な子供だろうか?
コンラットの勢いに怯みながらも玲音は言い返した。
「だから僕、子供じゃないって言ってるじゃないですか。行ったことはないけど、そういうことって耳に入ってくるでしょう?」
「そう……か」
明らかにほっとしている。何故? 僕はまだ学生だったんだから、そんなお店に出入りする余裕なんてないのに。
……まあ、コンラットさんはそういう事情は知らないんだろうけど。
この世界だと玲音の年齢だとすでに一人前扱いされるらしいから、もしかしたらコンラットが自分くらいの時はそうした経験があるのかもしれない。
「でもね、レネ。私はそういうお店に行かなくても、君がいるから十分だよ。それに、お揃いの指輪の相手がいるのにそんな所に行くのは不誠実じゃないか」
両手を握り閉めたまま、正面からそう言われるとそうなのかな、と思ってしまった。
いやいやいや。指輪は単なる口実だよね? そんなこと言われたらホントの婚約者みたいで……。
心臓が急ぎ足で脈打ち始めたのを知られたくない。そう思って手を引こうとしても離してもらえない。
「……だから、君もそういうお店には行ったりしないでくれるかな?」
近い近い近い。ずいと顔を近づけてくるから玲音は身動き取れなくて焦ってしまった。
「行きませんよ。だいたい、僕じゃ子供扱いされてつまみ出されるのがせいぜいです」
ヤケ気味でそう答えたら、失礼にも相手は盛大に笑い出した。おかげで手を離してもらえたけれど、自虐でウケてもあまり嬉しくない、と思った玲音だった。
……でも、冷静になってみるとコンラットさんが他の人と……というのはあまり考えたくない。どう接していいのかわからなくなるし、自分が邪魔になっている気がして、申し訳なくなってしまうから。
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