上 下
35 / 59

35.再会と災難はワンセット【前篇】

しおりを挟む
 日が落ちてから森の奥にある湖のそばで玲音は招竜石を取りだした。あたりを照らすのは月明かりと、コンラットが手にしたランタンだけだ。
「封印を解くのってどうすればいいんですか?」
「ああ、それなら」
 ファースが石に手をかざすと複雑な模様が浮かび上がる。
 それと同時に玲音の耳に甲高い弦楽器の音のようなものが響いてくる。他の人にはどうやら聞こえていないようだけれど、これが竜の声なんだろうか。
「……あ、来ましたよ」
「え? どこに?」
 ラルスとコンラットは空をじっと見つめていた。すぐに大きな羽ばたきの音がして、目の前にドラゴンが舞い降りてきた。漆黒の鱗は闇夜に半ば溶けたように馴染んでいる。
「約束通り石をもらってきたよ」
 玲音がそう言って石を差し出すと、ドラゴンは頭を擦り付けてきた。
「角に結わえ付ければいいの?」
 確かにドラゴンは服のポケットもないんだからこの石を持ち運ぶのは難しそうだ。前肢で握って行くのも不安がある。玲音は慎重に布で包んでから紐でドラゴンの角に石を結わえ付けた。
 ドラゴンは満足げに頷くと自分の身体から一枚の鱗を引き抜いて玲音に差し出してきた。鱗と言っても玲音の両手に余るほどの大きさだ。
 前に水族館で見たピラルクという巨大魚の鱗が靴べらになるサイズだと聞いていた。これはもっと大きくてお盆にでもなりそうだ。
「……え? もらっていいの?」
 問いかけると肯定するように頭を縦に振る。
『お礼。特別だよ?』
「そうなの……?」
 黒光りするつややかな美しい鱗。貴重なものにちがいない。招竜石はオルテガの宝物だったことを考えると、そのお礼なんだろう。
『そう。君のことを仲間に言ったら、お礼に鱗あげていいって。僕のこと撫でてくれて、痛いの消してくれたから。そんなことしてくれる人間いないから嬉しかった』
 ということは、この鱗は石のお礼じゃないんだ。
 ブラックドラゴンを足蹴にしてしまったときに、玲音は彼の頭を撫でたりした。コンラットの話ではその時治癒魔法を意識せずに使ってしまっていたらしい。
「そうなんだ……あれ?」
 不意にその鱗が玲音の手の上で溶けるように消えた。そして右手の甲に繊細な文様が現れる。幾何学的にも芸術的にも見える不思議なそれは現れた時と同様にふわりと消え失せた。
「え? もしかして僕の中に溶け込んだの?」
『害はないから心配しないで。鱗は友誼の証だよ。生きたドラゴンから鱗を与えられた者はドラゴンを呼び寄せることができるんだって。だからまたいつでも遊べるよ。また撫でてくれる?』
「そのくらいならいつでも大丈夫だよ」
 玲音はそう答えてドラゴンの顔を撫でた。
『また遊んでね。いつでも呼んでね』
 ドラゴンはそう言いながら目を細める。
 仕草を見ているとどこか幼い感じがする。もしかしたらこのドラゴンは十分巨大に見えるけれど若い個体なのかもしれない。
 その分好奇心が強いからあのドラゴン討伐の時も一番に現れたんだろう。人間を遊び相手だと認識して。
「ありがとう。またね。気をつけて帰ってね」
 玲音がそう声をかけるとブラックドラゴンは再び翼を拡げて飛び立った。
 少し離れたところでそれを見守っていた三人はぽつりと声を揃えた。
「「「またね?」」」
「……え? もう会っちゃいけなかったですか?」
「いや……普通そんなに何度もブラックドラゴンと会いたいとは思わないだろ……」
 ラルスがぽつりと言った。
「それにドラゴンが鱗を渡すなんて……しかもアレ、契約じゃん……」
 ファースが呆れたように呟いている。
 え? 何かまずいことしちゃっただろうか。でもお礼だとしか言わなかったから、そんなに重大なことだとは思わなかった。
「え? でも、友誼って言ってたからお友達という意味じゃないんですか?」
 軽く眉を寄せたコンラットが玲音に歩み寄ってきて肩に手を置いた。
「ドラゴンが自ら鱗を渡すのは相手に忠誠を誓う意味だと聞いたんだが……つまりは最上位の従属契約だ。言っておくけど、ブラックドラゴンとお友達になった人間もいないんだ」
 コンラットの言葉にファースたちも頷いている。
「地上最強種とお友達とか……レネは世界征服でもやらかすつもりなの?」
「いやー、ブラックドラゴンの魔力紋がついた人間なんて、そこらの魔物は怯えて逃げちゃうね。味方でよかったよ」
「え?」
 嫌な予感がして、玲音は慌てて自分のスキルを鑑定した。
 確かにあのドラゴンをいつでも呼べるということは、自分が生きた招竜石になったようなもので……はっきり言って危険人物なのでは……。
 最終行に【ドラゴンティマー】というとんでもない一言がちゃっかり追加されているのを見て、もう神様いい加減にして、と頭を抱えたくなった。
 三人からドラゴンと遊びたくなったらちゃんと事前に報告すること、勝手に呼んだりお呼ばれしたりしないように、と念を押された玲音はほんのりと魔力の痕跡が残る右手の甲を見ながら、大変なことになってしまったと息を吐いた。
 何か僕、天使じゃなくラスボスになってないだろうか……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

六日の菖蒲

あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。 落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。 ▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。 ▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず) ▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。 ▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。 ▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。 ▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉

あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた! 弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー
BL
人よりも大きな体躯で、魔法を操る“魔人”が統べるベルクマイヤ王国。この国の宮廷の端には誰も近寄らない、湖面に浮かぶ塔がある。 孤児院を出て行くアテもなかった未成熟なノアがこの塔の生贄として幽閉されるが、その責務は恥辱に満ちたものだった。 生贄の世話役、ルイス=ブラウアーは生贄の責務を果たせないノアに選択を迫るため、塔を管轄下に置く元武官のアシュレイ=バーンスタインを呼び寄せるが……? R18は※がついております 3P、陵辱、調教シーンありますので苦手な方は閲覧をお控えください。

【完結】王子の婚約者をやめて厄介者同士で婚約するんで、そっちはそっちでやってくれ

天冨七緒
BL
頭に強い衝撃を受けた瞬間、前世の記憶が甦ったのか転生したのか今現在異世界にいる。 俺が王子の婚約者? 隣に他の男の肩を抱きながら宣言されても、俺お前の事覚えてねぇし。 てか、俺よりデカイ男抱く気はねぇし抱かれるなんて考えたことねぇから。 婚約は解消の方向で。 あっ、好みの奴みぃっけた。 えっ?俺とは犬猿の仲? そんなもんは過去の話だろ? 俺と王子の仲の悪さに付け入って、王子の婚約者の座を狙ってた? あんな浮気野郎はほっといて俺にしろよ。 BL大賞に応募したく急いでしまった為に荒い部分がありますが、ちょこちょこ直しながら公開していきます。 そういうシーンも早い段階でありますのでご注意ください。 同時に「王子を追いかけていた人に転生?ごめんなさい僕は違う人が気になってます」も公開してます、そちらもよろしくお願いします。

処理中です...