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34.男はケダモノで変態ですか?

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 王都までたどり着くまでは長かったのに、飛び出すのは一瞬だった。
 というか、王子様の雑な求婚断ったから、僕もお尋ね者だろうか。

 玲音はそう思いながらファースと一緒に森の中で薪を拾っていた。
 王都を出て丸一日経った。日がゆっくりと傾くのを背に、玲音たちは街道から少し外れた森の中で野営の準備をしていた。
 玲音がドラゴンと交わした約束を果たすためだ。

「それにしても君の防御スキルは確かにすごいんだけど、一番は魔力量だね」
 金色の髪をツインテールにした外見美少女のファースは集めた薪を束ねながらそう言った。
 ファースのことを最初はとっつきにくいと思っていた玲音は、彼は基本的にあまり感情を顔に出さないし、愛想も振りまかないタイプだと気づいて少し気が楽になった。
 それに玲音の事情を知ってからは明らかに態度が軟化した。塩対応されているのはコンラットだけになってしまって、ちょっとコンラットが気の毒に思えた。
「僕が見る限り【絶対防御】のスキルは常時発動、魔力の鎧をずっと着込んでいる。そんなの普通の人間には無理なんだよ。魔力が見える魔法使いだったら、君には怖くて近づかないね」
「そういうものなんですか」
 さらりと普通の人間じゃないと言われて玲音は戸惑うしかなかった。
 玲音は今までの人生で魔力なんてものを認識したことがない。それもきっとこの世界に来た時にあの神様がくれたものなんだろう。
 というか、クレームされるのが嫌だからって何でもかんでもサービスしてくれるのって過剰反応すぎないかな……神様。
 玲音がこちらの世界に来た経緯は話しているけれど、あの神様の話は流石にファースたちには言えなかった。
「コンラットは君の力を利用しようとしてるよ? 君はそれでいいの?」
「それはあの人のスキルからしたら当然じゃないかと。僕もこの世界のことわからないので、色々協力してもらってますから、お互い様ってことで」
 玲音が即答すると、ファースは驚いた様子で問い返してきた。
「え? あのトゲトゲ野郎が自分のスキル見せたの?」
「はい。僕のスキルを見せたらあの人のも見せてくれました」
 ファースは額を押さえて悩んでいる表情になった。
「あのバカ……。君、魔法使いはスキルを見せ合いするのって超絶ラブラブな夫婦でもない限りやらないって知らなかったの? 士官の時でも必要なスキルだけ申告して、全部を見せることはない」
「え? でも、僕は魔法使いじゃありませんし、確かにスキルを見せるのは丸裸みたいなものだって言われましたけど」
「だから、君が何にも知らないのにそんなことするなんて、真っ裸で迫ってるのと同じなんだってば」
「え? え?」
 ラブラブ夫婦くらいって、そんなことは言われなかった。スキルはあまり人に明らかにするものじゃないとは言われたけど……。
 でも彼は僕のスキルを全部知っている訳じゃない。彼は僕のスキルが読めなかったんだから。まだこちらは全裸じゃない……ってあまり救いにはならない。
「あの男は見た目は穏やかな優男だけど、めちゃくちゃ警戒心が強いんだよ。人当たりよく接していても誰とも親密にはならない。僕らにも軽口は叩いても手の内は絶対見せなかった。戦闘になったら、勝手に一人で瞬間移動で前に突っ込んで戦っていた。あれは全身全方位トゲトゲのヤマアラシだよ。あの男がスキルを他人に見せるなんて……天地がひっくり返る前触れか?」
「……ヤマアラシ」
 玲音は以前動画で見たヤマアラシを思い出して、むしろそれ可愛くない? と内心で呟いた。
「でも、最初からとても親切にしてもらいましたし……それにスキルのこともちゃんと説明はしてくれましたよ。僕を保護するためにそうしてくれたんじゃないかと」
 ファースは何か気持ちの悪いことを聞かされたかのように身震いした。
「親切? 大体、その指輪のことだってありえないって思ったくらいだよ。天使だとか訳のわからない比喩使うし。君、何にもされてない? 君のスキルなら本気で拒めば身体に触れることもできないはずだから、大丈夫だとは思うけど。絶対狙われているよ?」
「触れない?」
 いや、最初からコンラットは玲音に頻繁に触れてきた。頭を撫でたり手を握ったりされたし。距離感近すぎてこっちが焦るくらいだったけど。
 あれ? つまり僕はあの人に触られるのが嫌じゃなかったの?
 玲音は混乱した。彼の整った顔が近づいてくるだけで自分は狼狽えていたのに、それを認めていたのも自分だった?
「え……でも、あの人くらい優秀で見た目も良かったら僕なんかに手を出さなくても、お相手はいるでしょうし」
「それじゃ聞くけど、君に会ってからコンラットが誰か他の人を相手にしてた?」
「……それは……。多分ないです」
 玲音は出会ってから今日までコンラットが自分の側を離れたのはほんの数刻くらいで、ほぼ自分の視界内にいたのを思い出す。
 もしかして、僕がいたからいわゆる「綺麗な人たちがお相手してくれるお店」に行ったり、誰かを誘ったりできなかったのかもしれない。
 だから何か口説くとかキスして欲しいとか際どいこと言ってきたのかな。あれは欲求不満だったのかな。
 だって、あれこれ言われたけど、僕はコンラットさんの隣に居ても親子だとか言われる始末だもの。性的な魅力があるとは思えない。
 彼からしたら僕はただの庇護者で、冒険者になったら盾役として使いたいから手放したくないだけ……じゃないのかな。それ以上求められてはいない……と思う。
 だって、ずっと僕はあまり人から興味を向けられなかったから、自分に何の取り柄があるのかわからないし。
「とにかく、コンラットが服の中に手を突っ込んできたら逃げるんだよ? 男は皆ケダモノで変態なんだからね? いざとなったら思いっきり股間蹴っとばしていい。僕が許す」
 ……いや、あなたも男性なんでしょう? それ酷くないですか。
 玲音はそう言い返したかったけれど、そういえばこの人はすでに伴侶がいるんだったと思い出した。ラルスさんもこの人にとっては変態なんだろうか。
 それとも伴侶ならそういう事をされても許せるから、「ケダモノで変態な男」の中には入ってないのかも。
 その後はほとんどコンラットへの批判が続いた。仕事相手としては信用しているのだろうけれど、ファースはコンラットがあまり人を寄せ付けないことを苛立っているようだった。

「お帰り。食事の用意はできているよ」
 コンラットたちのところに戻ると、彼らは天幕を張って、その傍らに石を積み上げた簡易竈を作って調理を始めていた。
 ラルスがファースと玲音の手の中にあった薪を軽々と受け取った。
「二人ともお疲れ様。これだけあれば助かるよ」
 玲音はうっかりラルスの逞しい上腕の筋肉に見とれそうになった。こういう逞しい男性になるには自分はどれだけ頑張ればいいんだろうと思ってしまう。
「どうかしたのかい? レネ?」
「僕も筋肉欲しいって思って……」
 ラルスの問いに玲音はうっかりと正直に答えてしまった。ファースが後ろで吹きだしていた。コンラットも口元を押さえて笑いを堪えている。
 ただラルスだけは少し目を細めて頷いてくれた。
「そうか。俺も子供の頃はひょろひょろだったんだ。けど、しっかり食べて鍛えれば大丈夫だ。まずはご飯を沢山食べような?」
 うわあ、この人いい人だ。天使っていうのはこういう人を言うんじゃない?
 玲音はラルスへの好感度が爆上がりしたのを自覚した。ファースがこの人を伴侶に選んだ理由がわかった気がした。
 それにこの人は少なくともケダモノにも変態にも見えない。
 あれ? だったらコンラットさんはケダモノで変態なのかな……? いや、まさかね。
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