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27.王子様(その二)との遭遇

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 オルテガ国の第二王子セブリアン・プレシアドは今年二十二歳。剣の強さを追求するという趣味に絡むと暴走するが人柄はヘーラルト王子よりはるかにマシだと聞いていた。
 赤い髪と青い瞳、逞しい鍛え上げた肉体。素性を知らなければ兵士か傭兵を思わせるような明るい表情をしている……と聞いている。
 ……だが、何故ここにいる?

 宝飾店に行って二人分の指輪を発注したあと、コンラットはレネをつれて露店を見て回っているところで騒ぎに遭遇した。
 剣術大会があることから腕自慢が集まっているため、あちこちで腕試しとばかりに騒ぎを起こす者がいるのだがその類だろうかと思ったら。
「……腕相撲大会……?」
 レネがぽつりと呟いた。
 酒場の前で大きな木箱を台にして屈強な者たちが力勝負をしているようだった。おそらくそれに乗じて賭けもしているようだった。
 ちょうど勝負がついたところらしく、人々から喝采を浴びている大柄な男を見てコンラットは驚いた。
「セブリアン王子?」
「え? あの人が?」
 レネがぎょっとした顔でコンラットと壇上にいる男を見比べる。庶民的な服を纏って、豪快な笑みを浮かべている姿は王子とは思えないだろう。
「遠目に見たことしかないんだが、多分間違いない」
 しかも周りを見ても護衛らしき者の気配がない。ラルスたちもいない。
 どうして一人で出歩いているんだ。
 おそらく勝って調子づいているのだろう、次の挑戦者はいないかと呼びかけている。けれど、軒並み強そうな者たちは倒されてしまった後なのか、誰も名乗り出ない。
「……剣術大会前だというのに余裕ですね……」
「まあ、平民とか下級貴族枠は予選があるが、高位貴族や王族は本選からだからな……」
「シード枠みたいなものですか? ……あ、特別に勝ち残ったことになったりすることですけど」
 レネがそう問いかけてきた。
「そうだね。高位ほど試合数は少ないからね。セブリアン王子ならおそらく最終決戦あたりからの参加だろう」
 それにセブリアン王子の目的はあくまで剣術大会ではなくヘーラルトだ。
 見ていると参加者が現れなかったのでセブリアンは賞金を受け取ってそれを酒場の店主に渡している。その場にいる者に奢るとでも言ったのだろう。歓声が上がっている。
 ふと、セブリアンの目がこちらに向いた。そのままこちらに向かって歩いてくる。
 向こうと目が合ったのに逃げ出すのは悪手だろう。
 今は剣を下げてもいないし、栗色の髪の鬘で変装している。コンラットに気づいた訳ではないだろう。何が彼の興味を引いたのか……と考えてから、傍らにいるレネに目を向けた。
 可愛らしいワンピースドレスに身を包んだレネは目を引くに十分だろう。
「レネ。私の側から離れないように。最悪の場合は瞬間移動で逃げる」
 そう囁くとレネは不思議そうにコンラットを見上げたけれど、頷く代わりに繋いだ手に少し力を込めてきた。
 セブリアンはレネとコンラットを交互に見て、問いかけてきた。
「観戦していたんだろう? 良かったら一杯やっていかないか?」
「ありがたいが、そろそろ戻らねばならないので」
「俺は結構鼻がきくんだ。あんたも連れも強そうだ。できれば一戦交えたいくらいに」
 セブリアンは青い瞳を輝かせてにやりと笑った。
 鼻がきく……? コンラットは動物的な物言いに驚いた。自分は剣を習ってはいるが、レネはまったくの素人だ。それとも彼の強い防御魔法を感じ取ったのか。
「まさか。私どもがあなたのような豪腕に勝てるとは思えませんね」
「ふん。手の内は明かさないか。あんたも剣術大会に出るのか?」
「いえいえ。単に観戦のために王都に来ただけの田舎者です」
 セブリアンはそれからその場に屈むとレネの顔を覗き込んだ。
「……妹御か?」
「婚約者です」
 レネがそれだけ答える。セブリアンが驚いた顔をしてレネに手を伸ばしてきた。
 レネは素早くコンラットの背後に隠れる。防御魔法が発動したらますます興味を持たれると思ったのだろう。
 傍目に見たら内気な令嬢が大男に怯えて隠れたようにしか見えない。
「すまん。怖がらせてしまったか。随分と箱入りのようだ。強い防御で守られている」
「もしかして、魔力が見えるのですか?」
 コンラットの問いにセブリアンは首を横に振る。
「見えるというほどではないが、相手の能力を見極めることができねば強い剣士とは言えないからな。格上の相手に挑む愚など格好が悪いだろう。時間を取らせてすまなかった」
 セブリアンはさらりとそう答えると、立ちあがってコンラットに詫びた。
 驚いた。鼻がきくというのはそういう意味か。
 確かに格上の相手に挑む馬鹿には嫌と言うほど振り回されたから、それはわかる。
 コンラットは曖昧に笑みを浮かべた。
「……いいえ。含蓄のあるお言葉に感動しました。剣術大会、ご健闘をお祈りします」
 立ち去りかけたセブリアンは数歩進んでからこちらに振り向かずにぽつりと言った。
「こちらこそ、昨年の優勝者に会えてよかった」
 どうやら彼が目をつけたのはレネだけではなかったらしい。この場で勝負を挑んで来なかったのはコンラットが剣を下げていなかったからだろうか。
 それともこちらが変装しているから、目立つことを避けてくれたのか。
 噂通りの猪突猛進だけではないらしい。
 コンラットがほっと息を吐くと、背中に隠れていたレネが囁いた。
「あの人、すごいですね。存在感があるというか……」
「まあね。民からも慕われているらしい」
「悪い人ではないんでしょうけど、我が道を行く感じなんですね」
 レネがこそっと背後から顔を覗かせてコンラットの顔を見上げてくる。
 ……可愛い。
 子ウサギが巣穴から顔を出したような姿にコンラットはうっかり悩殺されそうになった。
「というか、王子様単独行動って放っておいていいんですか?」
「それだ」
 うっかりと、当初の問題をすっかり忘れていた。
 コンラットはパチンと指を鳴らした。手のひらにぼんやりと白い小鳥が現れる。用件を吹き込んでその鳥を放す。
「ファースに伝言を送っておこう。きっと従者たちは大騒ぎになっているはずだから」
「そうですね。報・連・相は大事です」
 レネが「報告連絡相談のことですよ」と補足してくれたので意味をやっと理解した。
「それは名言だな。気に入ったよ」
 コンラットがそう答えると、レネは恥ずかしそうに微笑んでくれた。

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