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26.値札はちゃんと確かめましょう

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 何か昨日から、コンラットさんがこっちを見る目がおかしい気がする。ものすごく気を使われているというか……緊張しているというか。きっと昨日僕のスキルの話をしたからヤバい奴認定されちゃっただろうか。

 玲音の冒険者初仕事はトラブルに巻き込まれるだけ巻き込まれて終わった。
 王領の森を狩猟シーズン前に調査する仕事だったのに、シーズン前に勝手に魔狼を狩ろうとした王子に絡まれてしまった。
 憂さ晴らしのつもりで僕を連れて行こうとしてたけど、一体何をする気だったのか考えたくもなかった。もう会わないことを祈りたい。
 でもまあ、僕だってあのヘーラルト王子からしたら疫病神かもしれない。
 ドラゴンの時も魔狼の時も結局邪魔しちゃったようなものだし。フード被ってたから顔見られてないよね……。次に会ってもバレないよね。
 近くで見てもヤバい人だってわかったけど、魔狼たちにはもう川を越えないように説得したからもう捕まらないはず……。というかもうあの森にいる全動物に対して告知したい気分だった。
 玲音が以前聞いた話ではコンラットと歳が違わないはずだ。なのにあまりに印象が違いすぎて人間の成長ってそれぞれだなと感心してしまった玲音だった。

「レネ? どうかしたのかい?」
 考え事をしていて、歩調が少し遅くなったのに気づいたらしいコンラットが問いかけてきた。今日は二人で宝飾店に向かうことになっていた。
 今日のコンラットの服装は少し仕立てのいい裕福な庶民……というところだろうか。流石に宝飾店に行くならお金持ちっぽく見せたいのだろう。
 いつものように栗色の髪の鬘で目元を隠しているけれど、姿勢がいいから全体的に品のいい印象を受ける。貴族のお忍びとか思われそうだと玲音は思った。
「それとも、やっぱり気が乗らないのかな?」
 王子との遭遇のあとでギルドの事務所みたいなところに連れて行かれて、事情を詳しく訊かれてコンラットとの関係を尋ねられた。
 それで今後もあれこれ言われるのならお揃いの指輪でも買って関係性を見せた方がいいのではないかと提案された。
 こちらの世界でもお揃いの装飾品を身につけるのは婚約者か伴侶の証なのだとか。
 つまり偽装婚約ということだろう、と玲音は理解した。

 まあ、僕が空から落っこちてきたところをコンラットさんが拾ってくれたとか言っても誰も信じないだろうし、説明がややこしい。ましてや異世界から来た「まろうど」という伝承の存在だと言われたら、珍獣扱いされて捕まえられそうな気がした。
 赤の他人でしかも元の世界よりも幼く見える僕を連れ歩いていたら人攫いか変態さんと思われて通報されかねないというのはわかるんだけど……いいんだろうか。
 僕なんかと婚約してると趣味が悪いと誤解されて困るのはコンラットさんのほうじゃないのかな。
 だからお互いに本気の相手ができたら解消するということにしてもらった。

「いえ、昨日のことを思い出していて、またあの人と遭遇することがないといいなあって……」
「まあ、おそらくこれから部屋に閉じこめられてると思うよ。仮病じゃなくホントに病気だと言い張るためにね」
 コンラットは困ったように肩をすくめる。「あの人」だけで通じてしまうのは彼も同じ見解だからだろう。
「私だってヘーラルトの目に君が映るのは嫌だからね。それに今日の愛らしい君の姿を見たら別の意味で血迷ったことを言い出しそうだから」
 玲音はシンプルなワンピースドレスと帽子という女装姿。どこで手に入れてきたのかお化粧も少し施された。裕福な庶民のお嬢様風だとコンラットがコンセプトを説明してくれたけれど、自分の貧相な身体つきには似合っているとは玲音には思えなかった。
 けど、普段の姿だともっと貧相だから、せめて「婚約指輪(仮)」を誂えるときくらいは婚約者っぽい服装の方がいいのだろうと、玲音は考えた。
 けど、着飾ったせいであの王子に目をつけられるのはとても嫌だ。
「剣術大会の時は貧乏な格好で行きますからね? あの人来るんでしょう?」
「まあ、隠れて観戦してるかもしれないけど……でも、君の可愛さは服装くらいでは誤魔化せないからね。また対策を考えるよ」
 そう言いながらコンラットが玲音の手を握る。
「迷子にならないように繋いでおこう。そのほうが親密そうに見えるだろうし」 
 大きな手が指を絡めるように玲音の手を捕らえる。
 恋人繋ぎってやつですか……。人生初の恋人繋ぎがこんなイケメンでいいんだろうか。
 そう思いながら、玲音は彼の右手中指にある指輪に気づいた。
「コンラットさんの指輪は魔法の道具でしたっけ……?」
 玲音はふと問いかけた。綺麗な紫色の石があしらわれた銀色の指輪。
「……そう。防御魔法の付加がかけてある。実はこれは父の遺品なんだ。亡くなる直前に私に届けられた。自分が死んだら後ろ盾を失う私を気にかけてくれたのかもしれないね」
 ……遺品。そうだった、この人も両親がいないんだ。
「素敵ですね。コンラットさんの瞳と同じ色で」
 しかも防御スキルを持たないコンラットのために防御魔法をかけた指輪を贈ってくれたなんて、きっとこの人は父親からも愛されていたんだろう。
「じゃあ君の指輪も同じ石を使おうかな……。私は君の瞳の色がいい」
「でも、口実なのにそんな高価な……」
 玲音は今回の報酬で指輪を誂えると聞いていたのでそんな高価な物ではないと思い込んでいた。
 でも、考えたらコンラットは足りなかったらぽんとポケットマネーを出してくれそうな気がして、玲音は罠に填められた気分になった。
 なんとなく、コンラットさんは僕のこと飾り立てたいんじゃないかと思う。ペットの犬に服を着せる飼い主みたいな感覚なんだろうか。まあ、連れて歩くのならやっぱりいくらか自分にふさわしいように飾りたいのかも。
 根があまり社交的ではなく、引っ込み思案だった玲音は猫背になりそうな身体に力を入れた。
 せめて背筋だけでもちゃんとしておこう。コンラットさんの評判に関わるようなことはしたくない。

 そして案の定、連れて行かれた宝飾品店は庶民が行くにしては高級志向だった。剣術大会が終わるまでには仕上げてくれるということになったけれど、コンラットは値段の話を一切玲音には振らなかった。
 ……百円ショップ以外で値札見ないで買い物したことなんてないんだけど。ここは絶対百円どころじゃないよね? 
 それに偽装婚約の指輪なのに、僕の目の色に合わせてしまっていいの? 僕はコンラットさんの瞳の色の指輪は嬉しいけど……。
 もし偽装婚約の必要がなくなって解消したら、もう使えなくなっちゃうのに。
 玲音はそう思ったけれど、コンラットが何やらとても楽しそうだったので、曖昧に微笑んでいるしかなかった。

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