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25.防御は最大の攻撃?【後篇】

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 コンラットたちはそのあと冒険者ギルドで事情をもう一度聞かれた。魔狼たちを追跡したが川向こうに逃げられたということにした。
 この国のギルドにレネのスキルを正直に話すことは避けたかった。
 冒険者たちを治療したので彼が治癒スキルを持っていることは知られているが、ドラゴンや魔狼の言葉がわかるとは到底言えない。
 それにどうやら攻撃されたら弾き返すこともできるようだとコンラットは察していた。もう彼のスキルについては訊かない方がいいのか、とことん問いただすべきかと迷っている。訊いたら訊いたで悩まされそうな気がしている。
「治癒能力持ちならうちのギルドに是非登録して欲しいんだが……。やはりオルテガで申請するのか?」
 ギルド長がレネにそう問いかけていた。レネは小さく頷いた。
「だって、この国のギルドに所属したらあの王子殿下にまた会うことになるのでしょう?」
 そう言われたギルド長はがっくりと肩を落とした。
「私としてもこの子に手を出そうとするような人物の側にはいたくはありませんので、落ち着いたらすぐにオルテガに向かいます」
 コンラットはそう答えて何とか勧誘を断った。
 なんでも冒険者界隈でも職人界隈でも優秀な人材ほど他の国に移る傾向があるらしい。
「……先代国王の御代ならこんなことはなかったんだがなあ……」
 年嵩のギルド職員が苦笑いしていた。おそらくその先代国王の息子が目の前にいるとは夢にも思わないだろう。
「ところで、君たちはどういう関係なのか訊いてもいいだろうか?」
 ギルド長が問いかけてきた。レネが困ったようにコンラットを見つめてくる。親子というには歳が近いし、親族としても顔も似ていない。
 相手はコンラットのことを隣国の冒険者だと思っているから、不当に連れ回していると疑われてもしかたないだろう。しかも貴重な治癒能力持ちを。
「……野暮なことは訊かないでほしいね」
 そう言いながらコンラットはレネの背中に手を回して引き寄せた。髪を撫でながら額にキスを落とした。
 一瞬硬直したレネだったがすぐに演技だと割り切ったのか、そのままもたれかかってきた。それで相手には通じただろう。
 さらにレネの年齢を聞いて、申し訳なかったとギルド長は言ってくれた。
 ラルスがにやにやしているのが目に入ったが、後で説明すればいいかとコンラットは割り切った。
 無事コンラットたちには魔狼の情報の報酬と今回の依頼報酬が支払われた。ラルスたちはそれを見届けて早速セブリアンに報告に行ってくると言っていた。
 ……ヘーラルトは今晩から眠れないだろうな。

「良かったね。君の初めての報酬だよ」
 帰り道、そう言って報酬の入った袋をレネに渡すと、レネは予想外という様子で碧い瞳を見開いた。
「え? でもこれはコンラットさんが受けた依頼だから……」
「でも私は何にもしてないだろう? 魔狼を助けたのも、冒険者を助けたのも君なんだし」
「……でも……僕はまだ冒険者ではないんでしょう?」
 律儀にも彼は自分の功を主張しない。
 彼は今の十倍以上の自信家になるべきだ。それでもヘーラルトには及ばないくらいだ、と思いながらコンラットはそっと問いかけた。
「じゃあ、このお金で今晩はちょっと贅沢な食事でもしようか? 旨い煮込み料理の店があるんだ。二人で使うのならいいだろう?」
「……そうですね、それなら」
 レネはやっと頷いてくれた。
 とは言ったものの食事だけでは使い切れない金額だったので、それなら今日の記念になにか買い物をするかとコンラットは考えた。
 そしてちょっとした企みを思い立った。
「相談だけど、今日みたいな質問をされるのも面倒だから、余ったお金でお揃いの指輪を作らないかい? そうすれば勝手に周りが察してくれるだろうし」
「僕のいたところでは、お揃いの指輪をつけるのは結婚や婚約みたいなある程度深い仲を指すのですけど、こちらは違うのですか?」
「いや、それで合っているよ。お揃いの装身具を作るのは婚約の証だ。腕輪でも耳飾りでもいいんだけど。ラルスたちは一見わかりにくいけどお揃いのペンダントを身につけてる。私としては君の可愛い指に指輪を贈りたいな。大丈夫。ただの口実だから、大げさに考えなくていいよ」
 コンラットはレネの手をとって、白い指に触れた。できることならこの白い指に自分が選んだ飾りをつけたい。そしていつか本当の伴侶にしてしまいたい。
 口実をつければレネはきっと素直に身につけてくれるだろうから、少しずつ押し切れば……。
 レネは少し頬を染めて、首を横に振った。
「やっぱりダメですよ。それじゃコンラットさんが誤解されますよ?」
「私には誤解されて困る相手はいないよ。現に婚約者のあてもないし」
「でも、それはこの国の国王陛下に嫌われているからでしょう? オルテガに行ったらきっとモテると思いますけど……」
 コンラットとしてはレネがモテるほうが大問題だったので、自分のことなどどうでもいい。口実でもなんでもいいから、彼にはろくでもない人間が近寄らないように虫除けが必要だと思っていた。
「じゃあ、お互い伴侶にしたい人ができたら相談して外すってことで、それまでは詮索されないようにつけておく、ってことでどう?」
 コンラットがいっそそれを本物にしてしまう気満々だとは、レネは思いもしていないだろう。
「そうしないと私がいたいけな少年を連れ回してる変態って思われそうだからね。ちゃんと関係を示したほうがいい」
「……そう……なんですか……?」
 レネは困惑した顔でしばらく迷っているようだったけれど、諦めたように頷いた。
「コンラットさんが捕まったら僕も困りますから、頑張って婚約者のふりをしますね」
「……頑張るのか……」
 コンラットは気抜けした。頑張らないと婚約者のふりができないなんて、どういうことなんだ。
 でもまあとりあえず偽装婚約者でも少しだけ彼に近づけそうだから、まあいいかと納得することにした。

「ところで、レネ。一つ聞きたいんだけど。君のスキルは防御だけじゃないのかい? 攻撃をはね返したように見えたんだけど気のせいかな?」
 目当ての食堂に向かって歩きながらコンラットは疑問に思っていたことをレネに尋ねた。レネは複雑そうに口元に手をやった。
「あー。【攻撃全反射(十倍返し)】ですよね……。良かったですね、王子が直接攻撃してくる性格じゃなくて」
 説明を聞いたコンラットは背筋が寒くなった。
 レネのスキルは防御だけではなく攻撃を十倍にして返す仕掛けらしい。振り下ろした斬撃が十倍の勢いではね返されれば、大の大人が吹っ飛ばされたのも理解できる。
 ……そんなスキルは聞いたこともないんだが……。
「……つまり君に攻撃したら十倍になって返ってくるのか?」
「そうみたいです。さらに悪意ある攻撃だとボーナスで二十倍だそうです。いくら神様とはいえ、ふざけてますよね」
 なんだその危ないスキルは……。コンラットは遠慮して彼のスキルを一部しか聞いていなかった。それだけでも十分とんでもなかったのに。
 その聞かなかった部分にさらにありえないものが含まれていたとは。
 ……二十倍になって攻撃が返ってきたら、下手をすると命の危機だ。ヘーラルトがしびれを切らして剣を向けてきていたら大変なことになっていただろう。
 コンラットは好奇心で彼の防御スキルを試さなくてよかったと心の底から思った。


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