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22.ある日森の中、王子様に出会った【前篇】
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コンラットがレネを連れてきたのは王都郊外の森の中だった。
顔バレしないように変装して朝一番で冒険者ギルドで問い合わせたら、目当ての依頼がでていることがわかった。
「王都の近くにこんな広大な森があるんですね」
「ここは王家の領地なんだ。貴族たちを集めて狩猟大会などを催すんだけど、狩猟シーズン前に獲物の個体数や危険な野獣や魔獣がいないか確認する依頼がこの時期出されるんだ。複数の冒険者が入っているから、私たち以外にもいるかもしれないね」
狩猟の対象になる野ウサギや鹿などを保全するために大型の肉食獣などが入り込んでいないか、そうした調査なのであまり危険はない。調査記録を提出するだけで一日あたりの報酬が決まっている、かなり楽で美味しい仕事だ。
「危険というと熊とか……?」
レネは周囲を見回しながら問いかけてきた。
「熊を知っているのかい? ここらには珍しいかもしれないね。過去には小型のドラゴンが迷い込んできていたこともあるらしいから油断は禁物だけど」
それを聞いたレネは興味津々でこちらに向き直る。
「……熊とドラゴンってどっちが強いんですか?」
「さあねえ……小型の低級ドラゴンなら熊の方が強いだろうけど、大型だったら熊が負けるかもしれないね……。とにかく今日は君のスキルの効果を見たいから、私は魔法を使わないからね?」
レネの防御スキルは空から落ちてドラゴンに衝突しても無傷ということで実証されている。けれど、コンラットは本人がそれを無自覚でやっているよりも実感してもらった方がいいと考えた。そうすれば自分には何もできないとは思わないだろう。
「スキルと言っても、僕は自分から攻撃はできませんよ?」
「けど、攻撃されもしないんだろう? まずは場所に慣れることからだ。それに、君の生きていた場所とは生物環境も違う可能性がある」
場所が変われば植生も動物の生息域も違う。それが異世界となったらコンラットにも予想ができない。熊、という言葉を知っていたと言っても、彼の思う熊とこの世界の熊では違うはずだ。
「そうですね。植物もちょっと見たことないのがありますね」
「興味があるなら、採取したら金になる植物も教えてあげよう」
「あ……ゲームの定番回復アイテムですね」
「ゲーム? 盤上遊戯のことか?」
コンラットには彼の言葉が時々理解できない。彼は流ちょうにこちらの言葉を話しているけれど、本来彼の母国語は全く異質なものらしいとは知っている。
「ええと……そうですね。それに似ているんですが、架空のお話仕立てになっていて、その中で戦ったり冒険したりするんです。その中で薬草で怪我を治したりするんです。僕の世界では製薬技術が進んでいるので、薬草を直接治療に使うことはないのでちょっと珍しく感じてしまって」
けれど、問い返したら一生懸命説明してくれるのが可愛らしい。適当に誤魔化すことだってできるだろうに。
「なるほど、駒を使って対戦するだけではなく、それに物語をつけているわけか」
かなり複雑な遊戯になりそうだが、彼の世界はそういう遊びをするらしい。
しばらく歩いていると森の奥から人の声が聞こえてきた。何やら言い争う気配がして悲鳴のような声も。
「……何かあったんでしょうか」
「だろうな、行ってみよう。君は隠れていていいから」
「行きます。僕、治癒スキル持ってるんですよ」
ああ、そうだった。
コンラットは決意した様子のレネの表情に頷きかけた。
どうやら森の整備に雇われた他の冒険者らしい。五人ほどいるが巨大な狼の群に囲まれている。黒い毛並みで普通の狼より体躯が太く、体高も倍以上ある。
「……あれは魔狼だな。この森にはいないはずなんだが……」
魔狼は数が多いが知能も高くて警戒心も強い。この森には生息していないはずだ。人間と関わることは避けて生活しているのでこんな襲撃はむしろ珍しい。
そのため今回の討伐対象にはなっていない。
冒険者たちは魔物の気配に勇んで攻撃をしかけたところで群と鉢合わせたのだろう。五人のうちまともに立っているのは二人だけだ。
ある程度こちらの力量を見せれば引くだろう。
「レネ、彼らに防御付与をできるか? 魔狼は私が追い払う」
「わかりました」
レネはそう言ってから何か問いかけるような目を向けてきた。コンラットは苦笑いした。
「約束だからね、魔法は使わない」
コンラットは空間収納から一本の長剣を取りだした。そもそもコンラットの魔法はここでは使えない。彼の魔法は広範囲すぎて森を破壊しかねないのだ。
「じゃあ、あなたにも防御付与しておきます」
レネの手がコンラットの背中に一瞬触れた。自分の周りをレネの魔力が覆ったのを感じた。
……なんて優しい魔力だ。
コンラットが頷くと、レネは怪我人は任せてください、と冒険者たちに向かって走って行った。
魔法は使わない。森の整備に来て更地にするのはマズいからな。
コンラットは剣を握ると魔狼たちに対峙した。
顔バレしないように変装して朝一番で冒険者ギルドで問い合わせたら、目当ての依頼がでていることがわかった。
「王都の近くにこんな広大な森があるんですね」
「ここは王家の領地なんだ。貴族たちを集めて狩猟大会などを催すんだけど、狩猟シーズン前に獲物の個体数や危険な野獣や魔獣がいないか確認する依頼がこの時期出されるんだ。複数の冒険者が入っているから、私たち以外にもいるかもしれないね」
狩猟の対象になる野ウサギや鹿などを保全するために大型の肉食獣などが入り込んでいないか、そうした調査なのであまり危険はない。調査記録を提出するだけで一日あたりの報酬が決まっている、かなり楽で美味しい仕事だ。
「危険というと熊とか……?」
レネは周囲を見回しながら問いかけてきた。
「熊を知っているのかい? ここらには珍しいかもしれないね。過去には小型のドラゴンが迷い込んできていたこともあるらしいから油断は禁物だけど」
それを聞いたレネは興味津々でこちらに向き直る。
「……熊とドラゴンってどっちが強いんですか?」
「さあねえ……小型の低級ドラゴンなら熊の方が強いだろうけど、大型だったら熊が負けるかもしれないね……。とにかく今日は君のスキルの効果を見たいから、私は魔法を使わないからね?」
レネの防御スキルは空から落ちてドラゴンに衝突しても無傷ということで実証されている。けれど、コンラットは本人がそれを無自覚でやっているよりも実感してもらった方がいいと考えた。そうすれば自分には何もできないとは思わないだろう。
「スキルと言っても、僕は自分から攻撃はできませんよ?」
「けど、攻撃されもしないんだろう? まずは場所に慣れることからだ。それに、君の生きていた場所とは生物環境も違う可能性がある」
場所が変われば植生も動物の生息域も違う。それが異世界となったらコンラットにも予想ができない。熊、という言葉を知っていたと言っても、彼の思う熊とこの世界の熊では違うはずだ。
「そうですね。植物もちょっと見たことないのがありますね」
「興味があるなら、採取したら金になる植物も教えてあげよう」
「あ……ゲームの定番回復アイテムですね」
「ゲーム? 盤上遊戯のことか?」
コンラットには彼の言葉が時々理解できない。彼は流ちょうにこちらの言葉を話しているけれど、本来彼の母国語は全く異質なものらしいとは知っている。
「ええと……そうですね。それに似ているんですが、架空のお話仕立てになっていて、その中で戦ったり冒険したりするんです。その中で薬草で怪我を治したりするんです。僕の世界では製薬技術が進んでいるので、薬草を直接治療に使うことはないのでちょっと珍しく感じてしまって」
けれど、問い返したら一生懸命説明してくれるのが可愛らしい。適当に誤魔化すことだってできるだろうに。
「なるほど、駒を使って対戦するだけではなく、それに物語をつけているわけか」
かなり複雑な遊戯になりそうだが、彼の世界はそういう遊びをするらしい。
しばらく歩いていると森の奥から人の声が聞こえてきた。何やら言い争う気配がして悲鳴のような声も。
「……何かあったんでしょうか」
「だろうな、行ってみよう。君は隠れていていいから」
「行きます。僕、治癒スキル持ってるんですよ」
ああ、そうだった。
コンラットは決意した様子のレネの表情に頷きかけた。
どうやら森の整備に雇われた他の冒険者らしい。五人ほどいるが巨大な狼の群に囲まれている。黒い毛並みで普通の狼より体躯が太く、体高も倍以上ある。
「……あれは魔狼だな。この森にはいないはずなんだが……」
魔狼は数が多いが知能も高くて警戒心も強い。この森には生息していないはずだ。人間と関わることは避けて生活しているのでこんな襲撃はむしろ珍しい。
そのため今回の討伐対象にはなっていない。
冒険者たちは魔物の気配に勇んで攻撃をしかけたところで群と鉢合わせたのだろう。五人のうちまともに立っているのは二人だけだ。
ある程度こちらの力量を見せれば引くだろう。
「レネ、彼らに防御付与をできるか? 魔狼は私が追い払う」
「わかりました」
レネはそう言ってから何か問いかけるような目を向けてきた。コンラットは苦笑いした。
「約束だからね、魔法は使わない」
コンラットは空間収納から一本の長剣を取りだした。そもそもコンラットの魔法はここでは使えない。彼の魔法は広範囲すぎて森を破壊しかねないのだ。
「じゃあ、あなたにも防御付与しておきます」
レネの手がコンラットの背中に一瞬触れた。自分の周りをレネの魔力が覆ったのを感じた。
……なんて優しい魔力だ。
コンラットが頷くと、レネは怪我人は任せてください、と冒険者たちに向かって走って行った。
魔法は使わない。森の整備に来て更地にするのはマズいからな。
コンラットは剣を握ると魔狼たちに対峙した。
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