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21.魔法使いの困惑【後篇】
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「君は私にとって救いの天使だ。君の存在全てが私には必要なんだ」
腕の中に捕まえた相手にそう訴えたものの、彼は首を横に振る。
「……僕は天使じゃないですよ」
「そうだね。天使だったらこんな風に抱きしめたら、天罰が下る。君が人間で良かった」
「人間相手だったらセクハラですよ」
レネは口元に笑みを浮かべながらそう答える。それでもコンラットの腕を押しのけようとはしない。嫌悪はしていないと示すかのように。
「セクハラって何だい?」
「相手の意思を確認せずに迫ったりすることです。そりゃあ、コンラットさんくらいイケメンだったら、大概の人は喜んじゃうのかもしれませんけど」
イケメン、前にも言われたとコンラットは思い出す。いくら顔が良かろうが、コンラットの出自を知れば大概の人はさあっと離れていくのが常だというのに。
「……君は喜んでくれないのかな?」
そう問いかけるとレネは少し頬を染めて困ったように眉を下げる。
「嫌ではないですけど、子供扱いされているみたいで嬉しくないです」
そこまで言われたらコンラットは彼を腕の中から解放するしかなかった。レネはそれに気づくと少し慌てたように付け加えた。
「あ、でも悪気がないのはわかってます。僕がまた後ろ向きなこと言ったから慰めてくれたんですよね……。すみません」
「いや、こちらこそ……」
そうだった。彼は十八歳だと言っていた。頭を撫でたり一方的に抱きしめられるのは不快なのかもしれない。
それどころか、十八歳ならすでに結婚して子供が居ても不思議がない年齢だ。とてもそうは見えないが。
……いや、いたのかもしれない。
「……もしかして、君、あっちの世界で結婚していたとか? 婚約者がいたとか?」
「え? いませんよ」
聞けば彼のいた国では結婚年齢は十八歳以上と法律で決まっているのだという。
「そうなのか。貴族だと十四、五歳で結婚するのも珍しくないからね。ほぼ政略結婚だ。庶民はもう少し遅いけど、君くらいの歳なら結婚していて不思議じゃない」
「じゃあ、コンラットさんも?」
「いないいない。私は結婚相手としては優良物件とは言えないからね。国王に疎まれているような男に我が子を嫁がせようなんて考える人はいない」
先代国王の庶子、そして今の国王からは疎まれ敵視されている。魔法の才能はあっても出世の見込みはない。王位継承権も領地も持たない微妙な立場。
だから容姿で騒がれても、せいぜいちょっとした火遊びの相手扱いだ。本気になるつもりもないし、ましてや結婚などはありえない。
「……お互い独り身なら、気兼ねしなくていいよ。もちろん君が私を口説いてくれてもかまわないからね」
「それは無茶振りでしょう?」
レネは冗談と受け取ってか、あっさりと首を横に振る。
やれやれ振られたかな。この子が誰かと恋をしたらどんな顔をするのかは気になるけれど、今はまず、自分を雑に扱う癖は直さないと。
彼を冒険者に誘ったのはコンラットだ。だけど、いくら防御スキルがあっても自分を大事にできないならこの先危うすぎる。
こっちから甘やかすだけじゃダメだ。彼が自分から動かないと。
「レネ。一つ提案があるんだ」
今までコンラットはレネに無理をさせないことに集中しすぎて、道中の危険を先回りして避けてきた。彼は庇われなくてもドラゴンにぶつかって無傷で済む人間だというのに。
そうやって彼に実戦をさせなかったのが、彼の自己肯定の機会を潰してきたのかもしれない。
「剣術大会までまだ日があるから、それまで冒険者のまねごとをしてみないか?」
レネは大きな目を瞠ってコンラットをじっと見つめていた。
「まねごと?」
「私は隣国で冒険者登録をしているから、この国でも依頼を受けることはできる。それに同行という形でちょっとした仕事をやってみよう。立場としては見学というか見習いみたいなものだね。君はまだ冒険者がどんなものか知らないだろうし、仕事を通して学べることもあるだろうから」
「……いいんですか?」
レネははっきりと興味を示した。ああ、こういう意思が見えるのはいい傾向だ。
どこか他人との間に壁があるような気がするのは、防御スキルのせいだけじゃないだろう。こんなに愛らしいのに誰かに愛されることに戸惑うなんて勿体ない。
「もちろん。それじゃ明日は早起きしよう。色々あったけど眠れそうかい?」
「……大丈夫です。あ。この服皺にならないようにしないと……」
レネは着ていた女物の服を見おろす。ラルスの手作りだと聞いて大事にしようと思ってくれているらしい。
そういう優しい気持ちがあるのだと思うと、ますます愛おしく思えてくる。
そして、コンラットは重要なことを言い忘れていたことに気づいた。
「……ああそうだ。ごめん。この家ベッドが一つしかないんだ。二人で使うことになるけど……大丈夫?」
「構いませんけど……寝相に自信がないので……」
「あ、それは安心していいよ。私も全然自信はないから」
就寝中の寝相やイビキに自信がある人間なんているはずない。そんな心配を一番にしてくるのが可愛くて笑みが浮かんだ。
レネとは今まで同じ部屋で眠っていたことはあるけれど、コンラットの知る限り時々魘されていたことはあっても目に余るほど寝相が悪かったことはない。いつも手足を縮めて丸くなって眠っている。
「それじゃ、よろしくお願いします。寝相が悪くて暴れていたら容赦なくベッドから追い出してくださいね」
レネはそう言って深々と頭を下げた。
……大丈夫と聞いたのは寝相の話だけじゃないんだけど……。
性的な心配を一切されてないのは、信頼されているのか彼が自分の魅力をわかっていないのか……それとも眼中にないのか。
コンラットは少し自信を失った。
けれど焦って無理強いなどして、経験の浅そうな彼に嫌悪されたら、防御スキルが発動して二度と触れる事もできなくなるかもしれない。撫でることもできなくなるのは困る。
コンラットの懊悩をよそにレネは淡々と就寝準備をして、ベッドに入ると数秒で寝入ってしまった。
……眠っているとますます幼く見えるな……。
コンラットはレネの髪を撫でると、小さく溜め息をついた。
それにしても、異世界はこんな可愛い子が無垢でいられるような場所なんだろうか。それこそ神の国じゃないか。
腕の中に捕まえた相手にそう訴えたものの、彼は首を横に振る。
「……僕は天使じゃないですよ」
「そうだね。天使だったらこんな風に抱きしめたら、天罰が下る。君が人間で良かった」
「人間相手だったらセクハラですよ」
レネは口元に笑みを浮かべながらそう答える。それでもコンラットの腕を押しのけようとはしない。嫌悪はしていないと示すかのように。
「セクハラって何だい?」
「相手の意思を確認せずに迫ったりすることです。そりゃあ、コンラットさんくらいイケメンだったら、大概の人は喜んじゃうのかもしれませんけど」
イケメン、前にも言われたとコンラットは思い出す。いくら顔が良かろうが、コンラットの出自を知れば大概の人はさあっと離れていくのが常だというのに。
「……君は喜んでくれないのかな?」
そう問いかけるとレネは少し頬を染めて困ったように眉を下げる。
「嫌ではないですけど、子供扱いされているみたいで嬉しくないです」
そこまで言われたらコンラットは彼を腕の中から解放するしかなかった。レネはそれに気づくと少し慌てたように付け加えた。
「あ、でも悪気がないのはわかってます。僕がまた後ろ向きなこと言ったから慰めてくれたんですよね……。すみません」
「いや、こちらこそ……」
そうだった。彼は十八歳だと言っていた。頭を撫でたり一方的に抱きしめられるのは不快なのかもしれない。
それどころか、十八歳ならすでに結婚して子供が居ても不思議がない年齢だ。とてもそうは見えないが。
……いや、いたのかもしれない。
「……もしかして、君、あっちの世界で結婚していたとか? 婚約者がいたとか?」
「え? いませんよ」
聞けば彼のいた国では結婚年齢は十八歳以上と法律で決まっているのだという。
「そうなのか。貴族だと十四、五歳で結婚するのも珍しくないからね。ほぼ政略結婚だ。庶民はもう少し遅いけど、君くらいの歳なら結婚していて不思議じゃない」
「じゃあ、コンラットさんも?」
「いないいない。私は結婚相手としては優良物件とは言えないからね。国王に疎まれているような男に我が子を嫁がせようなんて考える人はいない」
先代国王の庶子、そして今の国王からは疎まれ敵視されている。魔法の才能はあっても出世の見込みはない。王位継承権も領地も持たない微妙な立場。
だから容姿で騒がれても、せいぜいちょっとした火遊びの相手扱いだ。本気になるつもりもないし、ましてや結婚などはありえない。
「……お互い独り身なら、気兼ねしなくていいよ。もちろん君が私を口説いてくれてもかまわないからね」
「それは無茶振りでしょう?」
レネは冗談と受け取ってか、あっさりと首を横に振る。
やれやれ振られたかな。この子が誰かと恋をしたらどんな顔をするのかは気になるけれど、今はまず、自分を雑に扱う癖は直さないと。
彼を冒険者に誘ったのはコンラットだ。だけど、いくら防御スキルがあっても自分を大事にできないならこの先危うすぎる。
こっちから甘やかすだけじゃダメだ。彼が自分から動かないと。
「レネ。一つ提案があるんだ」
今までコンラットはレネに無理をさせないことに集中しすぎて、道中の危険を先回りして避けてきた。彼は庇われなくてもドラゴンにぶつかって無傷で済む人間だというのに。
そうやって彼に実戦をさせなかったのが、彼の自己肯定の機会を潰してきたのかもしれない。
「剣術大会までまだ日があるから、それまで冒険者のまねごとをしてみないか?」
レネは大きな目を瞠ってコンラットをじっと見つめていた。
「まねごと?」
「私は隣国で冒険者登録をしているから、この国でも依頼を受けることはできる。それに同行という形でちょっとした仕事をやってみよう。立場としては見学というか見習いみたいなものだね。君はまだ冒険者がどんなものか知らないだろうし、仕事を通して学べることもあるだろうから」
「……いいんですか?」
レネははっきりと興味を示した。ああ、こういう意思が見えるのはいい傾向だ。
どこか他人との間に壁があるような気がするのは、防御スキルのせいだけじゃないだろう。こんなに愛らしいのに誰かに愛されることに戸惑うなんて勿体ない。
「もちろん。それじゃ明日は早起きしよう。色々あったけど眠れそうかい?」
「……大丈夫です。あ。この服皺にならないようにしないと……」
レネは着ていた女物の服を見おろす。ラルスの手作りだと聞いて大事にしようと思ってくれているらしい。
そういう優しい気持ちがあるのだと思うと、ますます愛おしく思えてくる。
そして、コンラットは重要なことを言い忘れていたことに気づいた。
「……ああそうだ。ごめん。この家ベッドが一つしかないんだ。二人で使うことになるけど……大丈夫?」
「構いませんけど……寝相に自信がないので……」
「あ、それは安心していいよ。私も全然自信はないから」
就寝中の寝相やイビキに自信がある人間なんているはずない。そんな心配を一番にしてくるのが可愛くて笑みが浮かんだ。
レネとは今まで同じ部屋で眠っていたことはあるけれど、コンラットの知る限り時々魘されていたことはあっても目に余るほど寝相が悪かったことはない。いつも手足を縮めて丸くなって眠っている。
「それじゃ、よろしくお願いします。寝相が悪くて暴れていたら容赦なくベッドから追い出してくださいね」
レネはそう言って深々と頭を下げた。
……大丈夫と聞いたのは寝相の話だけじゃないんだけど……。
性的な心配を一切されてないのは、信頼されているのか彼が自分の魅力をわかっていないのか……それとも眼中にないのか。
コンラットは少し自信を失った。
けれど焦って無理強いなどして、経験の浅そうな彼に嫌悪されたら、防御スキルが発動して二度と触れる事もできなくなるかもしれない。撫でることもできなくなるのは困る。
コンラットの懊悩をよそにレネは淡々と就寝準備をして、ベッドに入ると数秒で寝入ってしまった。
……眠っているとますます幼く見えるな……。
コンラットはレネの髪を撫でると、小さく溜め息をついた。
それにしても、異世界はこんな可愛い子が無垢でいられるような場所なんだろうか。それこそ神の国じゃないか。
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