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20.魔法使いの困惑【前篇】
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「コンラットさん?」
思わず腕の中に取り込んでしまった小さな身体が緊張して強ばっていた。碧い瞳がコンラットをじっと見つめている。
愛らしい顔立ちは女物の服を着てもまったく違和感がない。
そんな誰からも愛されそうな彼は自分に対して素っ気なくもぞんざいな扱いをしている。自分の死が間違いだったと神に聞かされても、それより家族の死が間違いだったほうが良かったと言ってしまうくらいに。
……前にも自分が生き残ったのが罰だったとか言っていた。自分が無価値だと思っているのだろうか。
「君がここにいてくれるのは、私には紛れもない幸運なんだ。間違いでも何でもここにいてくれて良かったと思っているよ」
コンラットは自分のことを人間関係には冷淡というか、割り切っている方だと思っている。目立つ容姿のせいか女性に騒がれることは多かったが、出自で悪し様に言われてきたのもあって、人を一定以上近づけたくなかった。
もっぱら魔法研究に専念していたこともあって人間全般にあまり関心がなかった。周囲とは当たり障りのない接し方で誤魔化してきて、誰かに執着したこともなかった。
それなのに、彼に対しては自分から近づいてしまった。しかもかなり食い気味に。
いや、普通興味あるだろう。ドラゴンを一撃で沈めた上に無傷。しかも恐るべきスキルを隠す気もない。そんな猛者(?)が見た目子供のように愛らしいなんて。
神に送られた者、「まろうど」という伝承どおりの特殊能力持ち。そんな存在を目の前にして興味を持つなというのが無理な話だ。
彼のことを知る者が誰もいないうちに、自分が囲い込んでしまいたかった。
最初は好奇心と興味が半々、今は彼の一挙一動が気になってしまっている。
けれど、本人は危ういくらい正直者で世間知らず。
異世界から来たという主張を差し引いてもあまりに無防備で呆れるほどだった。
きっと彼が住んでいた場所はひったくりやぼったくりに遭ったりしないような平和な田舎だったのだろう。
そんな彼が時々見せる脆さにコンラットは落ち着かない気持ちにさせられる。
彼が自分の事をぞんざいに扱うような言動をするのが耐えられない。
彼に出会う前のコンラットはあのブラックドラゴン討伐の落とし所をどうするか悩んでいた。あれだけの数の兵士たちがむざむざ王子の道楽で命を落とすのは見たくもなかった。
コンラットの魔法ならドラゴンを撃退くらいはできるだろうが、味方を守ることはできないので巻き込んでしまう。それでは意味がない。
ヘーラルトが兵士たちに無謀な突撃を命じる前に自分が姿を消せばどうにかならないだろうかとも思った。
ブラックドラゴンの硬い鱗は物理攻撃を寄せ付けない。魔法攻撃の要になるはずだったコンラットが居なくなればあの馬鹿王子も諦めるのではないか。
けれど、馬鹿だからそんなことに気づかないかもしれない。
そんな事態をひっくり返してくれたのがレネだった。あの不意打ちで馬鹿王子がレネに気を取られて飛び出したことでドラゴンが王子のみを敵認識した。慌てて全軍撤収を命じてくれたので無駄な被害を出さずにすんだ。
彼は気づいていないが、あの時無駄死にするはずだった多くの兵士たちを救ったのだ。
「……ありがとうございます。僕も僕のスキルを必要にしているコンラットさんに会えたのは幸運だと思ってます」
コンラットの言葉に少し首を傾げてから穏やかに微笑んでレネは答えた。
違う、私は彼のスキルだけが目当てじゃない。
確かに最初は好都合だとは思ったけれど、彼の素性を聞いたらまるごと全て手に入れたくなったというのに。少しでも親しくなりたいと距離を詰めていたつもりだったのに全然伝わっていない。
スキルだけが目当てだったら、こんなに彼のことが気になってはいないし、世話を焼いたりしない。それともどこかで伝え方を間違ったのか。
今まで適当な人付き合いしかしてこなかったから、人の気持ちに踏み込むのはあまり得意ではない。
どこかで彼に誤解されるような振る舞いをしてしまったのではないかとコンラットは心配になってきた。
今までコンラットに図々しく甘えたことを言ってきたかわいげのない人間は山ほどいたというのに、甘えて欲しいと思っているレネは甘えてくれない。
コンラットはそう答えながら、心の中で猛省していた。
初対面の時、彼に素手で触れたら強い反発を感じた。彼の警戒心にスキルが発動していたのだろう。それでもコンラットは顔に出さず、彼の手を取った。
あれはおそらくこちらに敵意がないからその程度で済んだのだろう。おそらく強引に何かすれば吹き飛ばされたのではないだろうか。
同行しているうちに彼の警戒が緩んだのか、彼に触れても反発を感じなくなっていた。それで嬉しくなって必要以上に頭を撫でたり手に触れたりした。
もしかして、それがマズかったんだろうか。
恋愛や性的な接触に不慣れそうな彼はコンラットが近づくたびに戸惑っているようだった。彼からすればそれは好ましい接触ではなかったのかもしれない。
距離を詰めようとした私のことは、誰彼なく口説くような遊び人だと思われていたのでは……? 本気ではないと思っているとか?
思わず腕の中に取り込んでしまった小さな身体が緊張して強ばっていた。碧い瞳がコンラットをじっと見つめている。
愛らしい顔立ちは女物の服を着てもまったく違和感がない。
そんな誰からも愛されそうな彼は自分に対して素っ気なくもぞんざいな扱いをしている。自分の死が間違いだったと神に聞かされても、それより家族の死が間違いだったほうが良かったと言ってしまうくらいに。
……前にも自分が生き残ったのが罰だったとか言っていた。自分が無価値だと思っているのだろうか。
「君がここにいてくれるのは、私には紛れもない幸運なんだ。間違いでも何でもここにいてくれて良かったと思っているよ」
コンラットは自分のことを人間関係には冷淡というか、割り切っている方だと思っている。目立つ容姿のせいか女性に騒がれることは多かったが、出自で悪し様に言われてきたのもあって、人を一定以上近づけたくなかった。
もっぱら魔法研究に専念していたこともあって人間全般にあまり関心がなかった。周囲とは当たり障りのない接し方で誤魔化してきて、誰かに執着したこともなかった。
それなのに、彼に対しては自分から近づいてしまった。しかもかなり食い気味に。
いや、普通興味あるだろう。ドラゴンを一撃で沈めた上に無傷。しかも恐るべきスキルを隠す気もない。そんな猛者(?)が見た目子供のように愛らしいなんて。
神に送られた者、「まろうど」という伝承どおりの特殊能力持ち。そんな存在を目の前にして興味を持つなというのが無理な話だ。
彼のことを知る者が誰もいないうちに、自分が囲い込んでしまいたかった。
最初は好奇心と興味が半々、今は彼の一挙一動が気になってしまっている。
けれど、本人は危ういくらい正直者で世間知らず。
異世界から来たという主張を差し引いてもあまりに無防備で呆れるほどだった。
きっと彼が住んでいた場所はひったくりやぼったくりに遭ったりしないような平和な田舎だったのだろう。
そんな彼が時々見せる脆さにコンラットは落ち着かない気持ちにさせられる。
彼が自分の事をぞんざいに扱うような言動をするのが耐えられない。
彼に出会う前のコンラットはあのブラックドラゴン討伐の落とし所をどうするか悩んでいた。あれだけの数の兵士たちがむざむざ王子の道楽で命を落とすのは見たくもなかった。
コンラットの魔法ならドラゴンを撃退くらいはできるだろうが、味方を守ることはできないので巻き込んでしまう。それでは意味がない。
ヘーラルトが兵士たちに無謀な突撃を命じる前に自分が姿を消せばどうにかならないだろうかとも思った。
ブラックドラゴンの硬い鱗は物理攻撃を寄せ付けない。魔法攻撃の要になるはずだったコンラットが居なくなればあの馬鹿王子も諦めるのではないか。
けれど、馬鹿だからそんなことに気づかないかもしれない。
そんな事態をひっくり返してくれたのがレネだった。あの不意打ちで馬鹿王子がレネに気を取られて飛び出したことでドラゴンが王子のみを敵認識した。慌てて全軍撤収を命じてくれたので無駄な被害を出さずにすんだ。
彼は気づいていないが、あの時無駄死にするはずだった多くの兵士たちを救ったのだ。
「……ありがとうございます。僕も僕のスキルを必要にしているコンラットさんに会えたのは幸運だと思ってます」
コンラットの言葉に少し首を傾げてから穏やかに微笑んでレネは答えた。
違う、私は彼のスキルだけが目当てじゃない。
確かに最初は好都合だとは思ったけれど、彼の素性を聞いたらまるごと全て手に入れたくなったというのに。少しでも親しくなりたいと距離を詰めていたつもりだったのに全然伝わっていない。
スキルだけが目当てだったら、こんなに彼のことが気になってはいないし、世話を焼いたりしない。それともどこかで伝え方を間違ったのか。
今まで適当な人付き合いしかしてこなかったから、人の気持ちに踏み込むのはあまり得意ではない。
どこかで彼に誤解されるような振る舞いをしてしまったのではないかとコンラットは心配になってきた。
今までコンラットに図々しく甘えたことを言ってきたかわいげのない人間は山ほどいたというのに、甘えて欲しいと思っているレネは甘えてくれない。
コンラットはそう答えながら、心の中で猛省していた。
初対面の時、彼に素手で触れたら強い反発を感じた。彼の警戒心にスキルが発動していたのだろう。それでもコンラットは顔に出さず、彼の手を取った。
あれはおそらくこちらに敵意がないからその程度で済んだのだろう。おそらく強引に何かすれば吹き飛ばされたのではないだろうか。
同行しているうちに彼の警戒が緩んだのか、彼に触れても反発を感じなくなっていた。それで嬉しくなって必要以上に頭を撫でたり手に触れたりした。
もしかして、それがマズかったんだろうか。
恋愛や性的な接触に不慣れそうな彼はコンラットが近づくたびに戸惑っているようだった。彼からすればそれは好ましい接触ではなかったのかもしれない。
距離を詰めようとした私のことは、誰彼なく口説くような遊び人だと思われていたのでは……? 本気ではないと思っているとか?
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