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18.アップデートが来ました【前篇】
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オルテガの第二王子セブリアンという人は結構な有名人ではあるらしい。
夕方近くになってコンラットの家に近い大衆食堂兼酒場のような店に行くことになったのだけれど、店の中では剣術大会の話題で持ちきりだった。
誰が勝つかと声高に論争する男たちの声が店の中に響いていた。
「そりゃあセブリアン王子だろう。あの方の武勇は有名だからな」
「我が国の殿下も出るんじゃないのか。勇者様なんだろう?」
「いやいや、流石に出ないんじゃないか。人前で恥をかかされたくないだろうからな」
「違いない」
「けど王子様だと優勝したらどんな褒美を国王陛下に願い出るのかねえ」
「定番だと財宝か、もしくはお姫さまを妻に……とかだろうが、今の王家には年頃の娘がいないからな」
「どっちにしても羨ましい話だ」
栗色の髪の鬘で目元も隠すようにしたコンラットは、それを聞いてやれやれ、と呟いていた。
「どうやら王子殿下は大会参加をねじ込んだようだね」
女物の服を着せられた玲音は黙って頷いた。王子様特権で飛び入り参加もできるとは、この国にとってオルテガは重要な相手なんだろうと察した。
店内の男たちの声はさらに大きくなった。
「去年の優勝者は優男で騒がれていて面白くなかったからな」
「フェルセン魔法伯はドラゴン討伐の最中に逃亡したんだとさ。所詮顔だけの男だったんだな。きっと去年もズルをして優勝したに違いない」
……え? そういうことになっているの? やっぱりこの世界でも命令違反とか敵前逃亡とか言われるんじゃないか。平気な顔してるからこっちにはそういう処罰はないのかと思ってた。
玲音が聞き耳を立てていると、コンラットが気にしなくて言いと言わんばかりに首を横に振った。
まあそうだよね。噂だし。国王陛下がどう考えているかなんてわからない。今も執念深く追っ手を出している可能性もある。
「去年の優勝者はご褒美に何を願い出たんですか?」
「次回以降の出場免除の権利」
コンラットは即答した。
なるほど。そうすれば嫌がらせに引っぱり出されることはない。それに魔法使いのコンラットが剣術で目立つのは各方面から反感を買うだろう。一回限りのまぐれにしておいたほうがいい。
「……優勝者の褒美は大勢の観衆の前で宣言するから国王陛下も断りにくい。セブリアン王子はそれを狙っているんだろうな」
確かに大勢の前で優勝者に褒美あげるって言って、それを「無理」とか断ったら施政者として度量が小さいとか思われそうだ。そうなるとヘーラルト王子はボコボコにされる運命に……。
「大丈夫なんですかそれ……」
運ばれてきたパンとシチューをもそもそ口に運びながら玲音はそう呟いた。
こちらのパンは硬めなのでシチューに浸しながらちょっとずつ囓るような感じだ。少しは慣れてきたけど、やっぱり硬い。
日本人は唾液が少ないから柔らかいパンを好むって何かで聞いたんだよな。美味しいけどやっぱり慣れるまで大変かも。
「前から思っていたけど、栗鼠みたいな食べ方をするね。可愛いな」
前髪で隠れているけれど、コンラットの口元が緩く弧を描いていて、微笑んでいるのがわかる。
「……行儀悪いですか? 作法とかわからなくて……」
「いや、こういう所に作法なんて関係ないよ。というより、行儀とか作法という言葉が出る方が普通じゃない」
あー。この酒場にいるような人たちは作法なんてことを気にしたことがないってことだろうか。
玲音がそう思っていると頭の中で奇妙な音が聞こえてきた。
『アップデート完了。新しいスキルが追加されました』
ん? アップデート? そう言えばあのステータス画面っぽいリストにもそんなことが書いてあった。
何を追加してきたんだ一体。またとんでもないものだったらどうしよう。
そう思っていると、コンラットが首を傾げた。
「どうかしたの?」
「……いえ。あとで話します」
流石にこの騒がしい店内で込み入った話をする気にはなれない。玲音がそう答えたところで、すっと頭上から影が差した。
「こんな所にいたのか。お二人さん。探したじゃないか」
「変装してたのによくわかったな」
「そりゃ、背格好は変わんねえからな」
そこにいたのは庶民っぽい服を着たラルスとファース。
ファースは女物の服を着せられた玲音をじっと見つめてきた。まだ警戒されているのかと玲音はちょっと身構えてしまった。
「なんだ。二人は貴族区画に滞在しているんじゃないのか」
「いや、俺らは剣術大会当日まで出番はないから、こっちの宿に滞在する。相席してもいいかな?」
「構わないよ」
コンラットは穏やかに答えた後で、玲音を意味ありげにチラリと見た。
何だろう。僕がいたらまずい話でもあるんだろうか。でもまあ、彼らの仕事の話は僕には到底関われないことだし。
夕方近くになってコンラットの家に近い大衆食堂兼酒場のような店に行くことになったのだけれど、店の中では剣術大会の話題で持ちきりだった。
誰が勝つかと声高に論争する男たちの声が店の中に響いていた。
「そりゃあセブリアン王子だろう。あの方の武勇は有名だからな」
「我が国の殿下も出るんじゃないのか。勇者様なんだろう?」
「いやいや、流石に出ないんじゃないか。人前で恥をかかされたくないだろうからな」
「違いない」
「けど王子様だと優勝したらどんな褒美を国王陛下に願い出るのかねえ」
「定番だと財宝か、もしくはお姫さまを妻に……とかだろうが、今の王家には年頃の娘がいないからな」
「どっちにしても羨ましい話だ」
栗色の髪の鬘で目元も隠すようにしたコンラットは、それを聞いてやれやれ、と呟いていた。
「どうやら王子殿下は大会参加をねじ込んだようだね」
女物の服を着せられた玲音は黙って頷いた。王子様特権で飛び入り参加もできるとは、この国にとってオルテガは重要な相手なんだろうと察した。
店内の男たちの声はさらに大きくなった。
「去年の優勝者は優男で騒がれていて面白くなかったからな」
「フェルセン魔法伯はドラゴン討伐の最中に逃亡したんだとさ。所詮顔だけの男だったんだな。きっと去年もズルをして優勝したに違いない」
……え? そういうことになっているの? やっぱりこの世界でも命令違反とか敵前逃亡とか言われるんじゃないか。平気な顔してるからこっちにはそういう処罰はないのかと思ってた。
玲音が聞き耳を立てていると、コンラットが気にしなくて言いと言わんばかりに首を横に振った。
まあそうだよね。噂だし。国王陛下がどう考えているかなんてわからない。今も執念深く追っ手を出している可能性もある。
「去年の優勝者はご褒美に何を願い出たんですか?」
「次回以降の出場免除の権利」
コンラットは即答した。
なるほど。そうすれば嫌がらせに引っぱり出されることはない。それに魔法使いのコンラットが剣術で目立つのは各方面から反感を買うだろう。一回限りのまぐれにしておいたほうがいい。
「……優勝者の褒美は大勢の観衆の前で宣言するから国王陛下も断りにくい。セブリアン王子はそれを狙っているんだろうな」
確かに大勢の前で優勝者に褒美あげるって言って、それを「無理」とか断ったら施政者として度量が小さいとか思われそうだ。そうなるとヘーラルト王子はボコボコにされる運命に……。
「大丈夫なんですかそれ……」
運ばれてきたパンとシチューをもそもそ口に運びながら玲音はそう呟いた。
こちらのパンは硬めなのでシチューに浸しながらちょっとずつ囓るような感じだ。少しは慣れてきたけど、やっぱり硬い。
日本人は唾液が少ないから柔らかいパンを好むって何かで聞いたんだよな。美味しいけどやっぱり慣れるまで大変かも。
「前から思っていたけど、栗鼠みたいな食べ方をするね。可愛いな」
前髪で隠れているけれど、コンラットの口元が緩く弧を描いていて、微笑んでいるのがわかる。
「……行儀悪いですか? 作法とかわからなくて……」
「いや、こういう所に作法なんて関係ないよ。というより、行儀とか作法という言葉が出る方が普通じゃない」
あー。この酒場にいるような人たちは作法なんてことを気にしたことがないってことだろうか。
玲音がそう思っていると頭の中で奇妙な音が聞こえてきた。
『アップデート完了。新しいスキルが追加されました』
ん? アップデート? そう言えばあのステータス画面っぽいリストにもそんなことが書いてあった。
何を追加してきたんだ一体。またとんでもないものだったらどうしよう。
そう思っていると、コンラットが首を傾げた。
「どうかしたの?」
「……いえ。あとで話します」
流石にこの騒がしい店内で込み入った話をする気にはなれない。玲音がそう答えたところで、すっと頭上から影が差した。
「こんな所にいたのか。お二人さん。探したじゃないか」
「変装してたのによくわかったな」
「そりゃ、背格好は変わんねえからな」
そこにいたのは庶民っぽい服を着たラルスとファース。
ファースは女物の服を着せられた玲音をじっと見つめてきた。まだ警戒されているのかと玲音はちょっと身構えてしまった。
「なんだ。二人は貴族区画に滞在しているんじゃないのか」
「いや、俺らは剣術大会当日まで出番はないから、こっちの宿に滞在する。相席してもいいかな?」
「構わないよ」
コンラットは穏やかに答えた後で、玲音を意味ありげにチラリと見た。
何だろう。僕がいたらまずい話でもあるんだろうか。でもまあ、彼らの仕事の話は僕には到底関われないことだし。
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