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17.王都ではいつも鐘を三度鳴らす【後篇】

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「君も言うなあ……。それかなり無茶ぶりだからね? それに、私がヘーラルトのことを気にしているのは、万一噂が広がったら、あの時同行した兵士たちを口封じのために処分する可能性があるからだ」
「え? そこまでやりますか?」
「少なくとも指揮官は無事では済まないんじゃないかと思う。元々あの軍勢に入れられていたのは王位継承争いのときに今の王の派閥にいなかった者たちだから、容赦しないだろう」
「そんな……酷い」
 玲音は怒りがこみ上げてきた。自分がドラゴンを倒したことにしたいからって、他の人に嘘をつかせたり、そのために処分するとか酷すぎるのではないか。
 だってあの兵士たちは王子様のためにドラゴンと戦わされるはずだったんだよね? あの人はトドメだけやって勇者を名乗るつもりだったってコンラットさんが言ってたし。最初から自分の気に入らない人たちを死んでもいいからって討伐に行かせたってこと?
 ……いくら王様だからってやっていいことと悪いことがあるんじゃないだろうか。
「……他に継承権のある人はいないんですか? あの人が次の国王って滅茶苦茶不安になりませんか?」
 不敬ととられても仕方ない言葉だと解っていたけれど、玲音は疑問を口にした。
 コンラットは小さく頷いた。
「いなくはない。現国王の兄弟で王位継承争いに加わらなかった方がいる。それに国王の従弟に当たる人物も何名かご存命だ。だが皆国政から距離をとっているからな……」
「もしかして追い出されたんですか?」
「そういうことだ。下手に政治に口出しすれば王位を狙っていると思われて何をされるか解らないからな。王都からも離れている」
「……すみません。この国の人間でもない僕が言うことじゃないですね……」
 あの王子は放蕩者で見栄っ張りな人でさほど怖いとは思わないけれど、彼の父親である国王は粘着質な性格に思えた。自分に逆らったり敵対しかねない人に今まで酷い事をしていたんだろう。その非道さが薄気味悪く感じられる。
 王位継承権のないコンラットさえも人質を取って縛り付けていたように。疑い深く嫉妬の強い、警戒心の塊みたいな印象だ。
 そんな人が王位を狙える人たちを野放しにしているわけがない。
 玲音はそれに気づいて差し出がましいことを言ってしまったと反省した。
「いや、この国の人間でない者から見ても異常だろう。それは大事な視点だ。私が国を出たいと望んだのも、違う目線でこの国を見たかったからだ。私の父は常に民に目を向ける慈悲深い国王だった。今のこの国を見たらさぞ嘆くだろう」
 コンラットはそう言いながら玲音を部屋の隅にある姿見の前に立たせた。
「……そういうわけだから、これから外出するとき変装しないといけない。どんな格好がいいか話し合おうか? 何を着ても可愛いだろうから心配なのは変わりないんだけど」
 え? いや何かさっきまで真面目な話してましたよね? いきなり変装の話ですか?
 何がそういうわけなのか解らないんですが。
 話の切り替えが早すぎてついていけない玲音は困惑した。
「変装……?」
「私も顔が知られているし、君も目立つ訳にはいかないんだから当然だろう。実は君の服をラルスが持たせてくれたんだ」
 そう言いながらコンラットは数枚の衣服を取りだした。
 くるぶし丈のスカートと細かな刺繍があしらわれたブラウスとエプロン。フリルのついた布製のかぶり物……ボンネットとか言うんだっけ……? いつの間にこんなものを。
 他にも何種類かあったけれど、ことごとく女性用の服だった。いやまあこの国の人の体格だったら自分は子供みたいなものだとは思うけど……最初から女物を出されると複雑だなあ……。
「……何でラルスさんは女物の服を持っているんですか?」
「ラルスはファースの服を縫うのが趣味なんだ。君とファースは体型がそんなに変わらないから着られるだろうって言っていた」
 ファース……そういえばラルスさんと一緒に居た女の子がそんな名前だった。
 ラルスが連れていた華奢な金髪ツインテールの美少女。ただ、玲音と会ったときは一言も話さなかったので印象が薄かった。
 そしてあのマッチョのラルスさんは裁縫名人だった……。あの大きな手でちまちま縫い物をしている姿が想像つかない。
 色々情報量が多くて玲音は混乱した。
「……縫う? え? 裁縫できるんですかあの人。すごいんですね。……まあでもあれだけの美少女なら着飾らせたくなりますよね」
 それを聞いたコンラットは怪訝そうな顔になった。
「君、それは勘違いしてるよ。もしかして、私が話してなかったんだっけ……」
「え? 何を?」
「ファースは男性だよ。しかも百歳を超えてるから」
「え?」
 つまり、まさかの男の娘? それに百歳超えてるって……全然そうは見えない。自分と同じか少し上なのかと思ってた。アンチエイジングすごすぎる。この国の人って皆そうなんだろうか。姉さんが聞いたらきっとコツを教えてとか追っかけ回しそうだ。
 でも、コンラットさんは年相応に見えるし、道中老人も見かけたし……。
「ファースは北方の少数部族でね、平均寿命が二百歳を超える長命種族なんだ。彼らは年頃になったら外に伴侶を探しに行く習わしで、それで冒険者になったらしい」
「つまり、冒険者をしながら婚活していたんですね」
 少数部族だから故郷では結婚相手がみつからないのかもしれない。だから外に探しに行くのかな?
 そう考えると冒険者として働きながら各地を転々とするのは合理的なのかも。でもなんで女装してるんだろう。趣味? というか衣装作ってるのはラルスさんだから、あの人の趣味? 
 玲音は納得できることと理解しがたいことが混ざり合って困惑していた。
 コンラットはそれを察してか笑みを堪えている様子で説明してくれた。
「彼はあれで凄腕の冒険者だよ。ただ、彼らは種族的に小柄でね。さらにあの外見のせいで舐められることが多くて、開き直って女装しているらしい。ラルスはそれを心配してあれこれ世話を焼いているうちに組んで仕事をするようになった……とか言っていた」
「……舐められるから女装って……逆に煽ってませんか」
「そういう性格なんだ。それで絡まれたら本気で相手をボコボコにしてしまうんだからね。ラルスも心配しているよ」
「……もしかしてファースさんの伴侶ってラルスさんなんですか?」
「よくわかったね。ファースは結構嫉妬深いから気をつけてね」
 ……なるほど。もしかして、あの時ラルスさんとの会話に口をはさまず黙っていたのは、初対面の僕がいたから警戒してたんだろうか。
「それじゃ、ラルスさんから服をいただいたりして良かったんですか? 怒られませんか?」
「この服はファースが好みじゃないって着たがらなかったのをもらったから、大丈夫だよ」
「……それならいいんですけど……」
「いいんだ……」
 コンラットが意外そうに呟いたので、玲音は顔を上げた。
「何ですか?」
「君、子供扱いとか言われるの嫌っていたから、女装も怒るかなって思ってた」
「まあ……姉に着せ替え人形みたいにいろんな服着せられていたんで……慣れてるというか……慣らされたというか」
 玲音の姉はファッションモデルだったので、仕事先のブランドで玲音に似合いそうな服を見つけては着せたがった。あまり人付き合いが得意ではない玲音は着て出かけることもないんだからと断ったのだけれど、全く懲りる様子はなかった。
「……コンラットさんも変装するんですか?」
「そうだよ。お忍びで庶民の服を着ていたから。髪色が目立つから鬘にする。食事は外に行くからそれまでに着替えておいてくれるかな」
 髪色を変えたくらいでいいんだろうか? この人の顔で庶民の服って滅茶苦茶浮きそうだけど……大丈夫かな……。
 玲音はそう思いながらとりあえず着替えることにした。
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