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14.王子様は舞踏会より武闘会がお好き【前篇】

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 玲音はコンラットの話に色々びっくりしてしまってあれから寝付けなかった。
 朝からあくびをしていると、コンラットが笑いを堪えているのに気づいた。
 ……いや、どっちかというとあなたのせいなんですが。

 コンラットの父はこの国の先代国王、今の国王の兄だという。コンラットの実母は愛人だったので彼は王位継承権を持たない王子として育った。
 王妃にはなかなか子ができず、王が若い側妃を娶れば心が離れてしまうと危惧して、自分の侍女を愛人に差し出したのだという。そんな経緯だからコンラットは王妃から疎まれることもなく静かに暮らしていた。
 先代国王にはコンラットの他に子ができず、十年前二人の弟が王位争いをした後に今の国王が即位したのだそうだ。
 今の国王陛下からしたらいくら王位継承権がなくても、我が子より優秀で目立つコンラットの存在は目障りだろう。逆らえないように母を人質にして、さらに刺客を送りつけていたとか、なかなかに執念深い。
 ……隣国に行くって言ってたけど、大丈夫なのかな。妨害とかされないんだろうか。そもそも王都はスルーしたほうが安全なのでは……。
 そんなことが心配になって玲音は全然眠れなかった。

「やっと王子様一行が今日到着するらしい。あの暴れ者王子にも困ったものだ」
 実はここ数日玲音たちはこの街で足止めされていた。オルテガ国の王子一行が通過するので街道の通行が制限されていたからだ。
 暴れ者王子、と言われて玲音はコンラットに問いかけた。
「……もしかして、オルテガの王子様も知ってるんですか?」
「噂程度だ。面識はないよ。オルテガの第二王子は武で名前を上げるために各地に剣の修行旅行をしているんだ。本人はお忍びのつもりだが、傍から見たら従者をぞろぞろ連れての優雅な旅だ。まあ、我が国の馬鹿王子よりは剣の腕は確からしい」
「もしかして、強い人を見つけたら片っ端から勝負を申し込むような……?」
 剣豪同士の決闘みたいなのを想像した玲音に、コンラットが小さく吹きだした。
「それに近いな。有名な武術大会とか聞きつけたら必ず現れるらしい。おそらくもうじき王都で国王主催の剣術大会があるからじゃないかな。出場する気かもしれないし、もしくは優勝者に勝負を挑むつもりかもしれない」
「剣術大会ですか。きっとすごく強い人がたくさん出るんですね」
 この国にも宮本武蔵みたいな剣豪がいるんだろうかと期待して問いかけた玲音に、コンラットは首を傾げた。
「さあ……あれは私程度でも優勝できるんだから大したことないんじゃないかな」
 優勝? そういえば鑑定した時この人の肩書きに「剣士」ってついていたような……。
「……優勝したんですか? つまり普通にコンラットさんがすごく強いってことなのでは?」
 コンラットはふわりと穏やかに笑みを浮かべる。
「まさか。私は魔法が専門だから剣術は学校で習った程度の素人だよ。去年国王命令で無理矢理出場させられただけだ。けど、全員話にならないくらい弱かったし、毒を塗った剣とか不意打ちに魔法具使うとか姑息な奴ばっかりだったな……。あんなのばっかりで国軍は大丈夫なのか?」
 ……またさらっと怖いこと言ってない? 専門でもない剣術大会に出場を命じて、相手は毒とか使って来たとか。
 まさか、国王は剣術大会で事故に見せかけてこの人殺そうとしてたってこと? それを全部やっつけて優勝したこの人もすごくない? 剣も魔法も得意ってことじゃないか。
 もしかして、偶然とはいえ自分はとんでもない人を連れにしてしまったのでは??
 玲音は混乱しつつも曖昧に相づちを打つしかなかった。

 待っているだけも暇だし少しは外に出てみるか、と誘われて玲音はコンラットと街を散策することにした。商店をいくつか回って通りに出ると人が大勢集まっていた。どうやら王子様ご一行の到着らしい。
 数台の馬車とそれを囲む騎馬の護衛たち。それがきちんと整列して等間隔で進んでくる様子は壮観だ。
 距離があって見えにくいけど、王子様はきっとあの一番豪勢な馬車に乗っているんだろう。これはまた武者修行というには優雅過ぎる。
「オルテガはこの国より大国だし、豊かな国だ。だから王子の道楽旅行と言えど派手だろう?」
 コンラットがそう言いながら行列に目を向けていた。
 すると、最後尾にいた金髪の大柄な男がコンラットの方を見て馬上からひらひらと手を振ってきた。それに気づいて彼の隣にいた金髪ツインテールの美少女もこちらに目を向けてきた。
 どうやら軍人ではないらしく、その二人だけ揃いの軍服を着ていないので妙に浮いていた。
「お知り合いですか?」
「二人ともオルテガ所属の冒険者だ。何度か組んだこともあるよ」
 コンラットがそう言うと、ふわりと紙切れが彼の前に落ちて来た。彼がそれを一瞥して手に取ると一瞬で溶けるように消えた。
「あとで訪ねてくるらしい。宿に戻って早めに食事にしよう」
「今のも魔法ですか?」
「ああ、ファース……あの小柄な方。本職はアーチャーだけど魔法も使えるんだよ」
 金髪ツインテールの人だな、と思い出しながら玲音は頷いた。自分とそんなに歳格好が違わないように見えたのに、弓と魔法が使える冒険者。
 この世界では子供のころからそういう訓練をするんだろうか。そう思ったら自分は能力的に遅れているかもしれない。だって元の世界では高校卒業してから社会に出る感覚だったし。これじゃ子供扱いされても仕方ないのかもしれない。
 この世界で自分に何ができるんだろう。コンラットさんは優しいけど、お荷物にはなりたくない。
 玲音はそう思って少し落ち込んだ。
「あの脳筋王子様の目当ては剣術大会だけじゃないそうだ」
 コンラットはそう言うと、何故かじっと玲音の方を見つめていた。さっきの紙に何が書いてあったのか玲音には読めなかった。
「僕は関係ありませんよね?」
 でも、何で僕を見るの? 僕はオルテガの王子様なんて知らないし。
 何しろこの世界に来たばっかりだ。剣なんて体育の授業の竹刀以外持ったこともない。
 そう思った玲音だったが、コンラットは小さく溜め息をついた。
「……だといいな。どっちにしても面倒事の匂いがするよ」

「俺の名はラルス。こっちは相棒のファースだ。……それにしても、コンラットにこんな可愛らしい息子がいたなんて知らなかったなあ」
 豪快な笑い声とともにコンラットの背中を大きな手でバンバン叩いているのがラルス。その隣で興味津々という様子で玲音の顔を覗き込んで来ているのがファース。
 コンラットの言っていたとおり、夕方になると宿の方に二人が訪ねてきて有無を言わさず酒場に連れ出した。
 常々思っているけど、こちらの世界の人たちはびっくりするほど背が高い。平均身長が一八〇センチくらいあるんじゃないだろうか。
 小柄と言われたファースでさえ玲音より背が高い。

 この街に来る道中に会った人からもれなく子供扱いされて、コンラットと親子だと思われたのも実は初めてではなかった。
 もしかして、背丈だけが原因では亡いのでは? 神様がこちらに馴染める容姿にしてくれるとは言っていたけれど、もしかして転生前よりすごい童顔にされてしまったとか? 
 そう思って鏡を見て愕然とした玲音だった。
 さらさらと真っ直ぐな栗色の髪と青とも緑ともつかない不思議な色の瞳。ふっくらとした唇は淡く色づいていて、まるで宗教画に出てくる天使のような愛らしさ。稚さの残る顔立ちは庇護欲を煽るだろう。
 これが自分の顔……。アフターサービス怖っ。神様、これは盛りすぎだよ。顔にここまで補正入れるのならむしろ身長伸ばしてほしかった。確かに外見については注文を入れなかったのは僕だけど……。
 後悔した玲音だったが、いまさらどうにもできない。この世界の人からしたら、自分は小学生くらいにしか見えないらしいと納得するしかなかった。

 でも、一応コンラットさんの身の潔白は立ててあげないと。
「いえ。僕これでも十八ですから」
 玲音の言葉に二人が揃って固まった。コンラットはそれを見て吹きだしていた。
「……この子はレネ。身よりを失ったから私が引き取った。それより二人はどうしてセブリアン王子に同行してるんだ?」
 そう問われた二人は疲れ果てたようにテーブルに突っ伏した。
「あー……話すとちと長くなるんだが、聞いてくれ」
 ラルスさんはそう言ってから、運ばれてきたジョッキ一杯の酒を受け取ると景気づけとばかりに一気飲みした。
 なんだろう。ストレス溜まった会社員みたいな匂いがする。
 玲音はそう思いながら隣に座っているコンラットの顔を見上げた。彼もまた困ったように微笑んでいた。
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