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13.透明人間から透明をとったらただの人【後篇】
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玲音の家は子供の頃から雑誌モデルや女優として芸能活動をしている姉とそのサポートをしている母、会社員の父の四人家族だった。家族全員が揃うことは滅多にないけれど、休みを合わせて外食に行ったりドライブにでかけたりしていた。
姉の芽衣は玲音のことを気にかけてくれて、ロケ先でお土産を買ってきてくれたり、楽しい話を聞かせてくれた。
玲音にとって姉の教えてくれる見知らぬ世界の話はまるでフィクションの物語のようで楽しかった。
けれど外に出たら玲音は「早島芽衣の弟」と呼ばれた。誰も玲音を見ていない。まるで透明人間だと自虐的に思っていた。
透明人間ではいられなくなったのは、一年前。高校の春休みだった。
久しぶりに姉がまとまったオフが取れたから、遠出しようかという話になった。玲音が三年生になったら受験で忙しくなるからと。
海の見える温泉宿に泊まって観光して……という楽しいプランは、車線を越えてこちらに向かってきた大型車のヘッドライトを最後に終わってしまった。
衝撃と全身を襲う痛み。家族に呼びかけても誰も応えてくれない。意識が遠のく寸前にサイレンの音を聞いた気がした。
気がついたら病院にいた。
自分以外の家族は全員助からなかった。玲音はシートと車体の隙間にはさまれて助かったのだと説明された。
玲音は女優早島芽衣の死とともにたった一人生き残った悲劇の少年としてマスコミのネタにされていた。入院中にも芸能記者や姉のファンだという人たちが接触を図ってきた。退院後静養していた祖父母の家も同様だった。
……ああ、今なら僕は透明人間になりたい。消えて無くなってしまいたい。
玲音はそう思った。
家族の死を代償にしなければ存在を認められないなら、ずっと透明人間でいたかった。
そう言えばあの事故の後でこんな風に祖父母以外の人と家族の話をしたことがなかった。周りの人たちは聞いちゃいけないと気遣ってか触れようとしなかったから。
「……仲が良かったんだ。いいご家族だったんだね」
「はい……」
そういえばこの人は最近母親を亡くしたばかりだったはずだ、と玲音は思いだした。
王侯貴族の家族関係は自分たちとは違うのだろうか。
母親を人質に取られていた、と言うからにはしょっちゅう会える立場はなかったはずだと察して、胸が痛くなった。
……この人はずっと一人で戦っていたんだろうか。人質を守るために。
「罰が当たったというのは、そういう意味なんだね。君は一人生き残ったのが辛かったから余計にそう思ったのかな。誰が何を言おうと、一番辛いのは家族を失った君じゃないか。他の人の声なんて気にする必要はないんじゃないかな」
言われて玲音が向き直ると、コンラットはベッドに寝転がってこちらを静かに見つめていた。
「家族と過ごしてきた思い出を自分を責めるネタにしちゃ勿体ない。それは君の大切な宝物なんだろう?」
「……そう、ですね」
そう言われて玲音は気づいた。
家族との思い出がいつの間にか辛くて苦しいものに思えていた。でも、本当は大切な幸せな時間だった。決して僕を責めるものじゃないのに。
……勿体ない。そうかもしれない。自分の引け目のせいで大事なものを見失っていた。
あの思い出を知る者は僕しかいないのだから。
玲音は思わず目元を拭った。こぼれ落ちそうになっていた涙を止めるために。
「コンラットさんは強いから、こんな風にくよくよ悩んだりしないんでしょうね」
コンラットは少し複雑な笑みを浮かべた。
「んー……そうでもないよ。王都にいたころは日課のように命を狙われていたせいで、悩む時間もなくてね。気を抜いたら刺客が目の前にいるんだからね……」
「……え? なんでそんなに恨まれるんですか……」
っていうか、さらっと怖いことを言わないで欲しい。悩む暇がないほど命を狙われるって一体何事なんだ。
「さあね。一番の理由は私が優秀すぎたからかもしれない。学業優秀で天才魔法使いでしかも美男子となると、全方面から恨まれても仕方ないんだろうね」
コンラットは平然とした顔でそんなことを言う。
「あー……それは僕も恨んじゃうかも」
玲音としては背が高いというだけでちょっと妬ましい。
……けどきっと、それが理由じゃないんだろうな。事情は知らないけど、お母さんを人質とられて行動も制限されて、その上命を狙われていたとか、重すぎる……。
玲音はそう察して軽い口調で返した。
「あ。もしかして、あの王子様と比べられていたりして?」
「正解。叔父上もいいかげんに刺客を雇って私を消すくらいなら自分の息子をちゃんと教育してくれればいいのに」
冗談のつもりだったのに、どうやら玲音の言葉が核心を突いていたらしい。けれど、さらにさらっと大変なことを言わなかっただろうか。
「……叔父?」
今、この人王子様の父親が叔父だって言ったよね? 国王の甥? それって王族じゃん。
「ああ。私は先代国王の庶子なんだ」
え? つまり、この人も王子様ってことでは……? 滅茶苦茶偉い人じゃない? けど、この人国を捨てて隣国に行くって言ってたけど。どういうこと?
驚いてすっかり目が冴えてしまった。
姉の芽衣は玲音のことを気にかけてくれて、ロケ先でお土産を買ってきてくれたり、楽しい話を聞かせてくれた。
玲音にとって姉の教えてくれる見知らぬ世界の話はまるでフィクションの物語のようで楽しかった。
けれど外に出たら玲音は「早島芽衣の弟」と呼ばれた。誰も玲音を見ていない。まるで透明人間だと自虐的に思っていた。
透明人間ではいられなくなったのは、一年前。高校の春休みだった。
久しぶりに姉がまとまったオフが取れたから、遠出しようかという話になった。玲音が三年生になったら受験で忙しくなるからと。
海の見える温泉宿に泊まって観光して……という楽しいプランは、車線を越えてこちらに向かってきた大型車のヘッドライトを最後に終わってしまった。
衝撃と全身を襲う痛み。家族に呼びかけても誰も応えてくれない。意識が遠のく寸前にサイレンの音を聞いた気がした。
気がついたら病院にいた。
自分以外の家族は全員助からなかった。玲音はシートと車体の隙間にはさまれて助かったのだと説明された。
玲音は女優早島芽衣の死とともにたった一人生き残った悲劇の少年としてマスコミのネタにされていた。入院中にも芸能記者や姉のファンだという人たちが接触を図ってきた。退院後静養していた祖父母の家も同様だった。
……ああ、今なら僕は透明人間になりたい。消えて無くなってしまいたい。
玲音はそう思った。
家族の死を代償にしなければ存在を認められないなら、ずっと透明人間でいたかった。
そう言えばあの事故の後でこんな風に祖父母以外の人と家族の話をしたことがなかった。周りの人たちは聞いちゃいけないと気遣ってか触れようとしなかったから。
「……仲が良かったんだ。いいご家族だったんだね」
「はい……」
そういえばこの人は最近母親を亡くしたばかりだったはずだ、と玲音は思いだした。
王侯貴族の家族関係は自分たちとは違うのだろうか。
母親を人質に取られていた、と言うからにはしょっちゅう会える立場はなかったはずだと察して、胸が痛くなった。
……この人はずっと一人で戦っていたんだろうか。人質を守るために。
「罰が当たったというのは、そういう意味なんだね。君は一人生き残ったのが辛かったから余計にそう思ったのかな。誰が何を言おうと、一番辛いのは家族を失った君じゃないか。他の人の声なんて気にする必要はないんじゃないかな」
言われて玲音が向き直ると、コンラットはベッドに寝転がってこちらを静かに見つめていた。
「家族と過ごしてきた思い出を自分を責めるネタにしちゃ勿体ない。それは君の大切な宝物なんだろう?」
「……そう、ですね」
そう言われて玲音は気づいた。
家族との思い出がいつの間にか辛くて苦しいものに思えていた。でも、本当は大切な幸せな時間だった。決して僕を責めるものじゃないのに。
……勿体ない。そうかもしれない。自分の引け目のせいで大事なものを見失っていた。
あの思い出を知る者は僕しかいないのだから。
玲音は思わず目元を拭った。こぼれ落ちそうになっていた涙を止めるために。
「コンラットさんは強いから、こんな風にくよくよ悩んだりしないんでしょうね」
コンラットは少し複雑な笑みを浮かべた。
「んー……そうでもないよ。王都にいたころは日課のように命を狙われていたせいで、悩む時間もなくてね。気を抜いたら刺客が目の前にいるんだからね……」
「……え? なんでそんなに恨まれるんですか……」
っていうか、さらっと怖いことを言わないで欲しい。悩む暇がないほど命を狙われるって一体何事なんだ。
「さあね。一番の理由は私が優秀すぎたからかもしれない。学業優秀で天才魔法使いでしかも美男子となると、全方面から恨まれても仕方ないんだろうね」
コンラットは平然とした顔でそんなことを言う。
「あー……それは僕も恨んじゃうかも」
玲音としては背が高いというだけでちょっと妬ましい。
……けどきっと、それが理由じゃないんだろうな。事情は知らないけど、お母さんを人質とられて行動も制限されて、その上命を狙われていたとか、重すぎる……。
玲音はそう察して軽い口調で返した。
「あ。もしかして、あの王子様と比べられていたりして?」
「正解。叔父上もいいかげんに刺客を雇って私を消すくらいなら自分の息子をちゃんと教育してくれればいいのに」
冗談のつもりだったのに、どうやら玲音の言葉が核心を突いていたらしい。けれど、さらにさらっと大変なことを言わなかっただろうか。
「……叔父?」
今、この人王子様の父親が叔父だって言ったよね? 国王の甥? それって王族じゃん。
「ああ。私は先代国王の庶子なんだ」
え? つまり、この人も王子様ってことでは……? 滅茶苦茶偉い人じゃない? けど、この人国を捨てて隣国に行くって言ってたけど。どういうこと?
驚いてすっかり目が冴えてしまった。
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