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11.最強の盾と最強の矛【後篇】

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 近い近い近い。玲音が後ずさりしても手を握られているから逃げられない。彼からすれば絶好の盾役。それは解るんだけど、何かこれ違う意味に取られかねない。
「ええと……口説……って、要するに戦闘時は協力しようってことですよね?」
 理由はわかったから、口説くとか紛らわしいこと言わないで欲しい。
 前世でも恋愛経験ないから言葉だけで恥ずかしくなってくる。しかもその顔で至近距離でそんなことを言うのはやめて欲しい。
 あなたくらいのイケメンなら手慣れてるのかもしれないけど、僕は無理。
 っていうか、この人さっきからマジで距離が近いんだけど。心臓の速さがメーター振り切りそうな勢いになってる。
 絶対この人自分の顔がいいのわかっててやってるよね? ずるいよね? 
「そう。戦闘時に私の盾になってほしい。その代わりに生活面では私は君の盾になれる。いい関係だと思わないかい?」
「盾……」
 ああそうか。この人は……。
 玲音のスキルを当てにしているだけじゃなく、この世界に慣れていない玲音のことを守りたいと思ってくれているのか。
 今まで自分のことを見てくれる人なんていなかったから……。自分は必要にされていないのだと勝手に思っていた。
 彼が言うように、自分の能力では物理や魔法の攻撃からは身を守れても、悪い人に欺されたりする事態は防げない。自分に知識がないからだ。
 きっとこの人はそれを察してくれているんだ。だったら。
 玲音はやっと真っ直ぐに相手の顔を見上げた。
「わかりました。具体的には僕は何をすればいいんですか?」
「……実は私は今後は国を出て冒険者として働くつもりだ。君も冒険者になるつもりはないか?」
「冒険者……? つまり、仕事を一緒に……?」
 この世界で生きていくなら、仕事を持つことは必要だろう。
 だって今のところ確実に一文無しだし、何にも持ってないし。仕事ももらえるならありがたいけど……職務内容が全くわからない。
 冒険者って何? 南極点やヒマラヤ山頂に到達したりするんだろうか?
「冒険者って、どんな仕事なんですか?」
「基本的には街の便利屋みたいなものだが、害獣退治とか魔獣討伐、自警団の手伝いや旅商人の護衛……ただの力仕事もあるよ。有事のときは傭兵のまねごとをすることもある。完全な実力主義だから移民や流れ者でも登録は簡単だ。国を跨いだ仕事をすることも多いから他国との行き来も認められているし、評価が上がれば報酬もそれなりに上がる」
 それって危険な仕事のような気がするけど……自分のような弱気な人間にできるんだろうか。スキルだって本当に使えるのかどうか自分では解らないし。
 足手まといになるのでは、と。玲音は危惧した。
「でも、僕は働いたことも戦ったこともないし……ビビりだから痛いことも怖いことも苦手で……」
「大丈夫。危険な任務には無理強いしない。向いてないと思ったら他の仕事を紹介するよ。私は君がこの世界で一人立ちできるように手助けしたいだけなんだ。……いや、正直言ってしまえばそれだけじゃない」
「……え?」
 思わず顔を上げたら、躊躇いなく近づいてきた相手の唇が耳元に来た。
「……君ともっと話したいし、君に興味がある。君も私に興味を持ってくれると嬉しい」
 吐息が触れるような耳元でそう囁かれて、玲音は身体の力が抜けそうになった。
 イケメンの上にイケボとか……滅茶苦茶卑怯。いつもこうやって誰かを口説いてるんだろうか。僕のこともどうにかしようとか……?
 そう思うと急に怖くなって、玲音は慌てて両手を突き出して相手の身体を押し戻す。
 玲音の様子を見て、コンラットは小さく吹きだした。
「……ごめん。悪ふざけが過ぎたね。子供じゃないって言ってたから、つい」
 悪ふざけ? え? もしかしてからかわれた?
 玲音は一気に顔が熱くなった。
「からかったんですね。僕はどうせこういう経験ゼロですよ。あなたみたいに百戦錬磨のイケメンにはわかんないでしょうけど、こういうことされたら傷つきますからね? 怒りますよ?」
 玲音がそう言い返すと、コンラットはふっと真顔になった。
「……イケメンって何?」
「如何にも女性にモテモテそうな顔がいい人のことです」
 怒りが残っていた玲音がヤケ気味にそう答えたら、コンラットは首を傾げた。
「君は腹を立てていても相手を褒めるのかい? 本当にいい子だね」
「え?」
「つまり僕の顔を好ましく思ってくれているってことだね。それは嬉しいな」
 玲音は思わずぽかんと口を半開きにしたまま固まってしまった。
 いや、めっちゃポジティブ過ぎない? 嫌味のつもりだったんだけど。
 何か予想外に喜ばれてしまって、玲音は気が抜けてしまった。
「私は嘘はついていないよ。君を守りたいのも、君に興味があるのも本当だ。けれど、無理強いはしないからね。嫌になったらいつでも離れて構わないよ」
 コンラットは穏やかに微笑んでいる。
 この人はちゃんと他に選択肢があることを教えてくれている。
 自分の手札を全部見せて、僕のことを必要だと言ってくれている。
 僕のスキルを必要にしているのはわかるし、他所の世界から来たなんていう突拍子もない話をちゃんと聞いてくれた。
 むしろそんなことを言えば興味を持つのは当然だ。きっとおかしな意味じゃなかったんだろう。言い方はアレだけど。
 子供扱いしてはいない。ちゃんと僕個人を尊重してくれている。
 この世界で今までできなかったことに挑戦できるだろうか。ここには僕を知る人は誰もいない。……透明人間だった僕もいない。

 玲音はコンラットに向き直った。
「こちらこそ、足手まといだったらいつでも言って下さい。ご迷惑をかけると思いますけど、よろしくお願いします」
 ……この世界で生きていく。だったら自分の価値は自分で見つけよう。せっかく残り寿命分の人生をもらったんだから、好きなように生きよう。
 玲音の言葉にコンラットは甘い笑みを浮かべて頷いてくれた。
「こちらこそよろしく。私の天使」
「い……言っておきますけど、僕は天使じゃありませんからね? 人間ですからね?」
 そう答えたら彼は口元を手で覆って笑っていた。
「ごめんごめん。ちょっと嬉しかったから舞い上がってしまったんだ」
 ……もしかしてまたからかわれたんだろうか。でも、こんなに楽しそうに笑ってくれたら、この先心配事なんてなさそうに思えるから不思議だ。
 玲音はそう思いながらほっと大きく息をついた。

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