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9.人は見た目に欺される

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 コンラットの母は先代国王の妃の侍女だった。妃がオルテガ国から嫁いで来たときに同行してきた。十年前新たに王位に就いた先代国王の弟ニクラスは先代国王と王妃との思い出が残る王宮で暮らせるようにする、と言ってコンラットの母を王宮に閉じこめた。
 もし彼女がオルテガへ帰国すれば天才魔法使いとして名を上げていたコンラットも同行すると思ったのだろう。そうして、母を人質にコンラットに無理難題を押しつけてきた。
 母は王宮で暮らせることはニクラス王の温情だと思っていて、さらに元々の持病も悪化したために強引に連れ出すこともできなかった。

 ……母が最後まで幸せなまま亡くなったのなら、それでいい。
 けれど、それを隠してまだコンラットを利用しようと思っていた国王にこの先も従う義務なんてない。どうせドラゴン討伐であわよくば死んでくれと思っていたのだろうし。
 長い間、枷をつけられて服従させられていた自分の心はすり減って疲弊して、投げやりになっていた。
 この討伐が最後だ。これが終わったらこの国を捨てる。投げ出しても構わないドラゴン討伐を引き受けたのは、巻き込まれた兵士たちに同情したからだ。
 ……被害は免れない。ブラックドラゴンをあの人数で倒せるわけがないのだから。自分が参加することで少しでも被害を抑えたかった。いくら何でも味方の兵が誰もいなくなったら馬鹿王子も撤退する気になるだろう。
 そんな状況を一人の子供が一気にひっくり返してくれるなどとは、予想もしなかった。

「……あなたも大変だったんですね。お母様のことはお悔やみ申し上げます」
 母が亡くなったことを聞いて、レネはそう言ってくれた。
 異国出身の侍女で、仕えていた主ももういない。そんな母の死を悼んでくれる人がいるとは思わなかった。
「ありがとう。でも、神様に吹っ飛ばされた君も結構大変じゃないかい?」
 今まで住んでいた場所から引き離されて、縁もゆかりもない場所に放り込まれたんだから。
「君は……元の世界に家族がいたのか?」
「……祖父母が……。悪いことしちゃったなあって思って……」
 聞けば彼は家族を一年前に亡くして、祖父母に引き取られたばかりなのだという。せっかく引き取った孫も失ったとなれば、確かに祖父母は気の毒だ。
 そして彼はたった一人放り出された自分の事より、祖父母を気にかけている。
 ああそうか。親を失ったばかりだから、彼は私を気遣ってくれたのか。
 少し表情を曇らせた彼の肩にコンラットは手を置いた。
「君は良い子だな。だけど、あんまり人を信用しすぎてはいけないよ。悪い人は掃いて捨てるほどいるからね」
「あなたは悪い人なんですか?」
 大きな碧色の瞳がコンラットを捉える。
「まあ、私は自分が善良だとは正直言えないね。でも、少なくとも君に危害を与えるつもりはないよ。逆に自分でいい人って言うような奴は信じちゃダメだ。知らない人にうかうかとついていかないようにね?」
 綺麗な目をしたレネを見ていると何だか危なっかしくて押しつけがましいことを口にしてしまった。
 何を偉そうに説教しているんだ、私は。そんなできた人間じゃないだろう。
 レネは子供扱いされたと思ったようでちょっと不機嫌そうな顔をする。
「そのくらいわかります。僕だってもう十八なんですから」
 レネは愛らしく頬を膨らませる。
「え? 十八?」
 小柄でまだあどけない風貌のせいで多く見積もっても十二、三歳だと思っていたコンラットは思わずまじまじと彼の顔を見つめてしまった。
「もしかして、子供だからどうにでもだませるとか思ったんですか?」
 幼く見られたのがよほど不満だったようで、レネは訝しむように問いかけてきた。
 うっかり見た目にだまされたのは事実なのでこれ以上何か言えばますます怒らせるだろう。そう思ったコンラットははぐらかすように問い返した。
「じゃあ、君には私はどんな風に見える?」
 レネは目を瞬かせた。
「見た目は人当たりがいいのに、絶えず片手を後ろに隠して手の内を見せないようにしてるような感じがします。そんな警戒心の強い人がどうして僕に親切にしてくれるのかな、とは思ってます。何かあなたに利益があるのかな、と」
 コンラットは思わず口元を手で覆った。大概の人はコンラットの外面に欺されるか、噂を信じ込むかのどちらかで、彼自身の印象まで踏み込んで来ない。
 けど、ここまで率直に言われたら何と返していいのか。
「そこまで腹黒なつもりはないんだけどな……」
 そう言われたら、自分の手札を晒さなければ信用してもらえないだろう。
 確かに無償の親切は裏があると思われても仕方ない。自分が彼の立場だったらさっさと話を聞かずに逃げている。
「私にも利があるんだけど……どう説明したらいいかな」
 正直にそう答えたら、レネは軽く首を傾げる。
「んー……それじゃ、こうしようか? 君の秘密を見たんだから、私を【鑑定】してごらん? 君も鑑定持ちだったはずだ。お互い丸裸になったら腹の探り合いはないだろう?」
「え? 鑑定って丸裸なんですか?」
 レネがさあっと顔を赤らめたのを見て、コンラットは一瞬狼狽えた。
 裸という言葉だけでこんな反応をされるとこっちまで気恥ずかしくなる。
「まあ、それに近いってこと。弱点も全部晒すことになるからね」
 内容が怖すぎたのとだまし討ちで鑑定してしまった引け目もあったから、コンラットは彼のスキルを全部は聞かなかった。けれどその内容だけで大概の人は血の気が引くだろう。
「……鑑定……してもいいんですか?」
「どうぞ?」
 コンラットは遠慮がちの問いに答えるように手を差し出した。
 レネは恐る恐るという様子で一回り小さな手を重ねてきた。緊張しているのか少しひんやりした指がコンラットに触れる。不慣れでぎこちないのが可愛らしくて笑みが浮かびそうになるのを我慢した。
 丸裸というのは、ほぼ事実だ。剣術の強さはスキルだけではなく個人の技量も加味されるが、魔法などのスキルは手の内を全て見せることになる。敵対する人間に知られるわけにはいかない。
 今まで人に見せたことはないが彼の信用をそれで得られるのなら悪くない、とコンラットは思った。
 それに、私のことをもっと知ってほしい。できることなら興味を持って欲しい。
 まるで初めて恋をした乙女のように、彼の一挙一動から目を離せなくて、コンラットはこれはもう手遅れだと自覚した。



 
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