9 / 59
9.人は見た目に欺される
しおりを挟む
コンラットの母は先代国王の妃の侍女だった。妃がオルテガ国から嫁いで来たときに同行してきた。十年前新たに王位に就いた先代国王の弟ニクラスは先代国王と王妃との思い出が残る王宮で暮らせるようにする、と言ってコンラットの母を王宮に閉じこめた。
もし彼女がオルテガへ帰国すれば天才魔法使いとして名を上げていたコンラットも同行すると思ったのだろう。そうして、母を人質にコンラットに無理難題を押しつけてきた。
母は王宮で暮らせることはニクラス王の温情だと思っていて、さらに元々の持病も悪化したために強引に連れ出すこともできなかった。
……母が最後まで幸せなまま亡くなったのなら、それでいい。
けれど、それを隠してまだコンラットを利用しようと思っていた国王にこの先も従う義務なんてない。どうせドラゴン討伐であわよくば死んでくれと思っていたのだろうし。
長い間、枷をつけられて服従させられていた自分の心はすり減って疲弊して、投げやりになっていた。
この討伐が最後だ。これが終わったらこの国を捨てる。投げ出しても構わないドラゴン討伐を引き受けたのは、巻き込まれた兵士たちに同情したからだ。
……被害は免れない。ブラックドラゴンをあの人数で倒せるわけがないのだから。自分が参加することで少しでも被害を抑えたかった。いくら何でも味方の兵が誰もいなくなったら馬鹿王子も撤退する気になるだろう。
そんな状況を一人の子供が一気にひっくり返してくれるなどとは、予想もしなかった。
「……あなたも大変だったんですね。お母様のことはお悔やみ申し上げます」
母が亡くなったことを聞いて、レネはそう言ってくれた。
異国出身の侍女で、仕えていた主ももういない。そんな母の死を悼んでくれる人がいるとは思わなかった。
「ありがとう。でも、神様に吹っ飛ばされた君も結構大変じゃないかい?」
今まで住んでいた場所から引き離されて、縁もゆかりもない場所に放り込まれたんだから。
「君は……元の世界に家族がいたのか?」
「……祖父母が……。悪いことしちゃったなあって思って……」
聞けば彼は家族を一年前に亡くして、祖父母に引き取られたばかりなのだという。せっかく引き取った孫も失ったとなれば、確かに祖父母は気の毒だ。
そして彼はたった一人放り出された自分の事より、祖父母を気にかけている。
ああそうか。親を失ったばかりだから、彼は私を気遣ってくれたのか。
少し表情を曇らせた彼の肩にコンラットは手を置いた。
「君は良い子だな。だけど、あんまり人を信用しすぎてはいけないよ。悪い人は掃いて捨てるほどいるからね」
「あなたは悪い人なんですか?」
大きな碧色の瞳がコンラットを捉える。
「まあ、私は自分が善良だとは正直言えないね。でも、少なくとも君に危害を与えるつもりはないよ。逆に自分でいい人って言うような奴は信じちゃダメだ。知らない人にうかうかとついていかないようにね?」
綺麗な目をしたレネを見ていると何だか危なっかしくて押しつけがましいことを口にしてしまった。
何を偉そうに説教しているんだ、私は。そんなできた人間じゃないだろう。
レネは子供扱いされたと思ったようでちょっと不機嫌そうな顔をする。
「そのくらいわかります。僕だってもう十八なんですから」
レネは愛らしく頬を膨らませる。
「え? 十八?」
小柄でまだあどけない風貌のせいで多く見積もっても十二、三歳だと思っていたコンラットは思わずまじまじと彼の顔を見つめてしまった。
「もしかして、子供だからどうにでもだませるとか思ったんですか?」
幼く見られたのがよほど不満だったようで、レネは訝しむように問いかけてきた。
うっかり見た目にだまされたのは事実なのでこれ以上何か言えばますます怒らせるだろう。そう思ったコンラットははぐらかすように問い返した。
「じゃあ、君には私はどんな風に見える?」
レネは目を瞬かせた。
「見た目は人当たりがいいのに、絶えず片手を後ろに隠して手の内を見せないようにしてるような感じがします。そんな警戒心の強い人がどうして僕に親切にしてくれるのかな、とは思ってます。何かあなたに利益があるのかな、と」
コンラットは思わず口元を手で覆った。大概の人はコンラットの外面に欺されるか、噂を信じ込むかのどちらかで、彼自身の印象まで踏み込んで来ない。
けど、ここまで率直に言われたら何と返していいのか。
「そこまで腹黒なつもりはないんだけどな……」
そう言われたら、自分の手札を晒さなければ信用してもらえないだろう。
確かに無償の親切は裏があると思われても仕方ない。自分が彼の立場だったらさっさと話を聞かずに逃げている。
「私にも利があるんだけど……どう説明したらいいかな」
正直にそう答えたら、レネは軽く首を傾げる。
「んー……それじゃ、こうしようか? 君の秘密を見たんだから、私を【鑑定】してごらん? 君も鑑定持ちだったはずだ。お互い丸裸になったら腹の探り合いはないだろう?」
「え? 鑑定って丸裸なんですか?」
レネがさあっと顔を赤らめたのを見て、コンラットは一瞬狼狽えた。
裸という言葉だけでこんな反応をされるとこっちまで気恥ずかしくなる。
「まあ、それに近いってこと。弱点も全部晒すことになるからね」
内容が怖すぎたのとだまし討ちで鑑定してしまった引け目もあったから、コンラットは彼のスキルを全部は聞かなかった。けれどその内容だけで大概の人は血の気が引くだろう。
「……鑑定……してもいいんですか?」
「どうぞ?」
コンラットは遠慮がちの問いに答えるように手を差し出した。
レネは恐る恐るという様子で一回り小さな手を重ねてきた。緊張しているのか少しひんやりした指がコンラットに触れる。不慣れでぎこちないのが可愛らしくて笑みが浮かびそうになるのを我慢した。
丸裸というのは、ほぼ事実だ。剣術の強さはスキルだけではなく個人の技量も加味されるが、魔法などのスキルは手の内を全て見せることになる。敵対する人間に知られるわけにはいかない。
今まで人に見せたことはないが彼の信用をそれで得られるのなら悪くない、とコンラットは思った。
それに、私のことをもっと知ってほしい。できることなら興味を持って欲しい。
まるで初めて恋をした乙女のように、彼の一挙一動から目を離せなくて、コンラットはこれはもう手遅れだと自覚した。
もし彼女がオルテガへ帰国すれば天才魔法使いとして名を上げていたコンラットも同行すると思ったのだろう。そうして、母を人質にコンラットに無理難題を押しつけてきた。
母は王宮で暮らせることはニクラス王の温情だと思っていて、さらに元々の持病も悪化したために強引に連れ出すこともできなかった。
……母が最後まで幸せなまま亡くなったのなら、それでいい。
けれど、それを隠してまだコンラットを利用しようと思っていた国王にこの先も従う義務なんてない。どうせドラゴン討伐であわよくば死んでくれと思っていたのだろうし。
長い間、枷をつけられて服従させられていた自分の心はすり減って疲弊して、投げやりになっていた。
この討伐が最後だ。これが終わったらこの国を捨てる。投げ出しても構わないドラゴン討伐を引き受けたのは、巻き込まれた兵士たちに同情したからだ。
……被害は免れない。ブラックドラゴンをあの人数で倒せるわけがないのだから。自分が参加することで少しでも被害を抑えたかった。いくら何でも味方の兵が誰もいなくなったら馬鹿王子も撤退する気になるだろう。
そんな状況を一人の子供が一気にひっくり返してくれるなどとは、予想もしなかった。
「……あなたも大変だったんですね。お母様のことはお悔やみ申し上げます」
母が亡くなったことを聞いて、レネはそう言ってくれた。
異国出身の侍女で、仕えていた主ももういない。そんな母の死を悼んでくれる人がいるとは思わなかった。
「ありがとう。でも、神様に吹っ飛ばされた君も結構大変じゃないかい?」
今まで住んでいた場所から引き離されて、縁もゆかりもない場所に放り込まれたんだから。
「君は……元の世界に家族がいたのか?」
「……祖父母が……。悪いことしちゃったなあって思って……」
聞けば彼は家族を一年前に亡くして、祖父母に引き取られたばかりなのだという。せっかく引き取った孫も失ったとなれば、確かに祖父母は気の毒だ。
そして彼はたった一人放り出された自分の事より、祖父母を気にかけている。
ああそうか。親を失ったばかりだから、彼は私を気遣ってくれたのか。
少し表情を曇らせた彼の肩にコンラットは手を置いた。
「君は良い子だな。だけど、あんまり人を信用しすぎてはいけないよ。悪い人は掃いて捨てるほどいるからね」
「あなたは悪い人なんですか?」
大きな碧色の瞳がコンラットを捉える。
「まあ、私は自分が善良だとは正直言えないね。でも、少なくとも君に危害を与えるつもりはないよ。逆に自分でいい人って言うような奴は信じちゃダメだ。知らない人にうかうかとついていかないようにね?」
綺麗な目をしたレネを見ていると何だか危なっかしくて押しつけがましいことを口にしてしまった。
何を偉そうに説教しているんだ、私は。そんなできた人間じゃないだろう。
レネは子供扱いされたと思ったようでちょっと不機嫌そうな顔をする。
「そのくらいわかります。僕だってもう十八なんですから」
レネは愛らしく頬を膨らませる。
「え? 十八?」
小柄でまだあどけない風貌のせいで多く見積もっても十二、三歳だと思っていたコンラットは思わずまじまじと彼の顔を見つめてしまった。
「もしかして、子供だからどうにでもだませるとか思ったんですか?」
幼く見られたのがよほど不満だったようで、レネは訝しむように問いかけてきた。
うっかり見た目にだまされたのは事実なのでこれ以上何か言えばますます怒らせるだろう。そう思ったコンラットははぐらかすように問い返した。
「じゃあ、君には私はどんな風に見える?」
レネは目を瞬かせた。
「見た目は人当たりがいいのに、絶えず片手を後ろに隠して手の内を見せないようにしてるような感じがします。そんな警戒心の強い人がどうして僕に親切にしてくれるのかな、とは思ってます。何かあなたに利益があるのかな、と」
コンラットは思わず口元を手で覆った。大概の人はコンラットの外面に欺されるか、噂を信じ込むかのどちらかで、彼自身の印象まで踏み込んで来ない。
けど、ここまで率直に言われたら何と返していいのか。
「そこまで腹黒なつもりはないんだけどな……」
そう言われたら、自分の手札を晒さなければ信用してもらえないだろう。
確かに無償の親切は裏があると思われても仕方ない。自分が彼の立場だったらさっさと話を聞かずに逃げている。
「私にも利があるんだけど……どう説明したらいいかな」
正直にそう答えたら、レネは軽く首を傾げる。
「んー……それじゃ、こうしようか? 君の秘密を見たんだから、私を【鑑定】してごらん? 君も鑑定持ちだったはずだ。お互い丸裸になったら腹の探り合いはないだろう?」
「え? 鑑定って丸裸なんですか?」
レネがさあっと顔を赤らめたのを見て、コンラットは一瞬狼狽えた。
裸という言葉だけでこんな反応をされるとこっちまで気恥ずかしくなる。
「まあ、それに近いってこと。弱点も全部晒すことになるからね」
内容が怖すぎたのとだまし討ちで鑑定してしまった引け目もあったから、コンラットは彼のスキルを全部は聞かなかった。けれどその内容だけで大概の人は血の気が引くだろう。
「……鑑定……してもいいんですか?」
「どうぞ?」
コンラットは遠慮がちの問いに答えるように手を差し出した。
レネは恐る恐るという様子で一回り小さな手を重ねてきた。緊張しているのか少しひんやりした指がコンラットに触れる。不慣れでぎこちないのが可愛らしくて笑みが浮かびそうになるのを我慢した。
丸裸というのは、ほぼ事実だ。剣術の強さはスキルだけではなく個人の技量も加味されるが、魔法などのスキルは手の内を全て見せることになる。敵対する人間に知られるわけにはいかない。
今まで人に見せたことはないが彼の信用をそれで得られるのなら悪くない、とコンラットは思った。
それに、私のことをもっと知ってほしい。できることなら興味を持って欲しい。
まるで初めて恋をした乙女のように、彼の一挙一動から目を離せなくて、コンラットはこれはもう手遅れだと自覚した。
48
お気に入りに追加
183
あなたにおすすめの小説
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・不定期
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる